窓。…それは、すばらしい景色につながる 小さな扉。僕はそんな窓を開けて、ただボー ッと景色を眺めるのが好きだ。僕の名前は、 『五十嵐 充』。普通の高校一年生。高校に 入学してすぐに写真部に入った。今までは景 色をただ眺めるだけだったけど、これからは その景色を写真という形で残せるんだ。普通 の人にはたいしたことじゃないかも知れない けど、僕にとってはすごいことなんだ。 僕の撮る写真にはすべて窓枠を入れるよう にしている。普通の景色もいいけど、やっぱ り窓がないとね。入口がないと景色の世界に 入れないじゃないか。そう思っているのは僕 だけらしく、先輩にはあまりいいようにはと ってもらえない。 僕は昼休みなんかの長い休み時間には校内 を散歩して、いい窓を探してまわるんだ。こ この学校は結構いい景色が見える窓がたくさ んあって僕は気に入っている。 そんな窓の中でも一番いい窓は自分の教室 の窓。僕の机は窓側にあって、授業はしょっ ちゅう窓の外を見ている。けど、この窓の向 こうに見えるのは景色じゃないんだ。素晴ら しい景色と言えば景色なんだけど、実はある 女の子が見えるんだ。 この学校は男子部と女子部で教室が分かれ ている。クラブ活動とか授業以外は自由に男 子と女子が会えるんだけど、なぜか授業だけ は別々なんだ。そんな中、僕はその女の子に 恋をしてしまったんだ。いつも眺めているう ちにだんだん好きになって…でも恋愛はあま り得意ではないのでまだ何も出来ないでいる。 今日も何事もなくいつものように放課後を むかえる。放課後になると部室へ行って自分 用のカメラを持って一人撮影に出掛ける。う ちのクラブは部員がいていないようなもんで、 みんな自由に写真を撮って楽しんでいる。現 像室は予約制になっていて1人1時間で、1 日最高3人が限度なんだ。 僕はさっそく昼休みに見つけた場所に行く。 今日のテーマは『4階から見る街』だ。足早 に階段をのぼり、4階の廊下へ出ると誰かい る。あっ、あの女の子だ。 偶然にもそこにいたのは僕がいつも眺めて いるあの子だった。何でこんな所にいるのか は分からないけど彼女と知り合いになれるチ ャンスだ。僕は思いきって声を掛けることに した。 「あ…あのぅ、ここで写真撮ってもいいです か?」 緊張で少し声がうわずってしまった。 「えっ?…あ、ああ…はい、いいですよ。」 「ありがとう。」 僕は少しホッとして三脚を立て、撮影の準 備をする。彼女の方をちらっと見ると興味深 そうな目でこっちをじーっと見ている。 「あなた、写真部の人?」 突然彼女が話し掛ける。 「え?そう…だけど。」 「写真部の人って女の子の写真ばっかり撮っ てるって聞いたことあるんだけど本当なの?」 「そ、そんなことないよ!他の人はどうか知 らないけど、少なくとも僕は違うよ!!」 僕は少しむきになってそう言い返した。自 分のやっていることを間違ってとらえられて いると思うと腹が立つ。 「ご、ごめんなさい。あなたのことを悪く言 うつもりで言ったんじゃないのよ。ただ、 ちょっと疑問に思っていただけなの。」 「あ、いや。僕の方こそむきになってしまっ てごめん。やっぱり写真部のイメージって そうなのかなあ?僕『五十嵐 充』ってい うんだ。君は?」 「『羽田 明日香』っていうの。よろしくね。」 よし、名前が聞けた。一歩前進だ。 それからしばらくは写真を撮ることに熱中 した。彼女も黙って僕のすることをずっと見 ていた。 そしてだいたい撮り終わった頃また彼女が 話し掛けてくれた。 「ねえねえ、さっき撮った写真ってすぐに見 れるの?」 「うん、現像室が空いてたらすぐに現像でき るよ。見たいの?」 「見たい見たーい!」 「それじゃあ、ついておいでよ。」 「うん!!」 無邪気にはしゃぐ彼女の姿を見てますます 彼女のことを好きになった。 3階の隅にある部室の中にはいる。幸い今 は誰もいなく、現像室も空いている。 「良かった。ちょうど誰もいないや。それじ ゃあ羽田さん、少し待ってて。」 「うん。」 僕は現像室に入って早速さっき撮った写真 を現像し始める。数分後に写真は出来上がり、 僕は現像室を出た。 「はい、お待たせ。さっき撮ったのが出来た よ。」 「あ、ありがとう。…わぁ!!きれい!すご くきれいに撮れるのね。私の住んでいる街 じゃないみたい。」 「良かったら他のも見る?」 「うん、見たーい!」 それからしばらく彼女は僕が今まで撮った 写真をすごく楽しそうに見ていた。その間僕 は自分の窓に対する思いを話した。彼女は写 真を見ながら僕の話をちゃんと聞いてくれて いる。 「こんなに綺麗な写真が撮れるのに、女の子 の写真ばかり撮ってるなんて疑ってゴメン ね。私はこの窓のある写真、好きよ。」 「そう言ってくれると嬉しいな。窓の良さを 誰も分かってくれなかったんだ。羽田さん が初めてだよ。」 「へえー。そうなんだ。たいへんねえ。」 今日の僕はなんか違うぞ。女の子と自然に 話が出来る。しかも、相手は好きな女の子な のに…。 「あ。」 突然彼女がそう言って一枚の写真を手に取 った。 「どうかしたの?」 「これ…私。」 ガビーン!! しまった!ずっと前に偶然撮ることの出来 た彼女の写真。他のと一緒にしてあったの忘 れてた!! 「ああ、えっと。そ、それはね…」 ああ、彼女の視線が痛い。女の子の写真は 撮らないなんて言ったくせに、一枚だけとは いえ証拠があったら言い訳できない。 「…綺麗。」 「へ?」 「こんなに綺麗に撮れている私の写真初めて 見た。」 彼女は怒ってはいない。むしろ喜んでいる。 だとすれば、告白するには今しかない。ダメ でもともと、当たって砕けろだ。 「…写真っていうのは撮る人の心が現れるん だ。」 「え?それじゃあ…」 「僕は君が好きなんだ。知らないと思うけど、 いつも教室の窓から君を見ていた…。窓の 向こうの君を見ていたんだ。いきなりだけ ど、僕とつきあって下さい。」 しばらくの間彼女は黙っていた。考えてみ れば今日初めて会ったような男に告白されて O.K.な訳ないよな…。 「ごめん今言ったことは忘れてくれ。さ、も う遅いから送ってくよ。」 そう言って僕が写真を片付け始めたとき… 「ね、ねぇ…つき合ったら、もっと綺麗に撮 ってくれる?」 彼女の声で僕は振り向き、視線が合う。そ して、僕は笑ってこう答えた。 「もちろんさ!!」 僕は嬉しさ一杯で片付けを終え、彼女を送 る。嬉しいことに彼女とは家の方向が一緒で いつも見慣れた道を二人で歩く。 「ねぇ、今日初めて会ったのに好きになるの って変?」 「そんな事ないよ。好きになるのに時間なん て関係ないさ。」 「そう、よかった。…ありがとう。」 そう言った彼女の笑顔が最高だった。 「よーし、頑張って綺麗に撮るぞー!!」 「ふふっ、よろしくお願いしますね。私のカ メラマンさん。」
|