『心の色は緑色』



 タッタッタッタッタッ…… ガラッ
「チワーっす!吉野達也、ただいま参りました!!」
「あら、吉野君。元気いっぱいね、何かいいことあったの?」
「周防先輩。オレ、今日先輩に見てもらいたい絵があるんです。」

 オレの名前は『吉野達也(よしのたつや)』。美術部に所属している高校1年生だ。
 この女の人は『周防 遙(すおうはるか)』先輩。オレのひとつ年上で副部長をしている。とーっても絵がうまいんだよね。そんでもってオレの尊敬する人であり、オレが今好意を寄せている相手でもある。
 しかし、今のところ相手にされているような感じではないんだな、これが。よーし、がんばって絵を描いて先輩の心をゲットするぜ!
「あれー、吉野ー。なにガッツポーズしてんの?」
「え?あ、賀川先輩…。な、なんでもないっス。」
「ふーん、そなの。」
 『賀川 希(かがわのぞみ)』先輩。この人はおっとりした性格の人で、これでも我が美術部の部長である。
 かなり個性的な絵を描くのだが、絵のうまさはピカイチ!周防先輩よりもうまいんじゃないかなー。オレより二つ上の高3だ。

「ねぇ、吉野君。私に見せたい絵ってどれ?」
「あ、これこれ。ジャーン、タイトルは「夏の空」です。」
「わぁー、よくできてるじゃない。この入道雲の感じがダイナミックでいいわね。でも…。」
「でも?」
「今は2月よ。ちょっと気が早すぎたかもね。」
「ははははは…。気にしないでください。」
 失敗したなぁ。まさか今が2月なんて気付かなかったなー…って、普通気付くよな。とりあえず、今は笑うしかないでしょう。
「それにしても吉野君は空の絵とか水の絵ばかり描くのね。「青」…好きなの?」
 周防先輩は興味しんしんの眼差しでオレを見る。
「そうです!オレは青系の色が大好きなんです。空の青の静的かつ広大な感じがオレの「絵描き魂」をくすぐるのです。先輩は黄色が好きなんですよね?」
「ちからいっぱい語ってくれたわね。でもよく私の好きな色がわかったわね。」
「そりゃあもういつも先輩のこと見て…」
「ハーイ!!みんな集まってー!」
 突然の賀川先輩の声でオレの声はかき消された。
 しかし、よく考えてみるとあのまま「いつも先輩のこと見てますから…」なーんて言ってしまってたら、気まずい雰囲気になってただろうな。賀川先輩ナーイス。
「ほら、吉野君。部長が呼んでるわよ。」
「あ、はい。今行きます。」
 オレを含めた美術部員達は賀川先輩の前に集まった。

「それじゃー、今からデッサンの練習を始めるねー。」
 うちの部は毎日クラブの始めに日替わりで部員の中からモデルを選び、デッサンの練習をする。デッサンは基本中の基本だからこの練習は毎日欠かさずやっているのだ。
 と、まぁここまでは普通の美術部なんだろうけど、うちの部はモデル選びが少し変わっている。
「えーっと、今日のモデルは誰かなー…ルーレットスタート!!」
 そう、うちの部はその日のモデルをルーレットで決めるんだ。ルーレットは賀川先輩のお手製で、かなりよくできている。今は25個のランプがついていて、ひとつひとつに部員の名札が貼ってある。40個まではランプを増やすことのできるスグレモノだ。
「それでは、ストーップ!」
 賀川先輩が勢い良くストップボタンを押す。緊張の瞬間だ。
 ピロロロロロ… ピロピロ…ピロ…ピ…
「ハーイ!!今日のモデルは…周防ちゃんよー。」
 この瞬間モデル以外の部員から「ふぅーっ」という安心のため息が漏れる。
 周防先輩は「はい」と返事をして、モデルの定位置に向かう。モデル用のいすに座る時、オレの方をちらっと見た。
「綺麗に描いてね」「はい!まかせといてください」というアイコンタクトがとれたかどうかは分からないが少なくともオレの目はそう叫んだつもりだ。
 それからはみんな真剣にデッサンに打ち込む。デッサンの時間は10分間と決まっている。早く描くということも練習のうちなのだ。

 ピーピーピー!!
 10分過ぎたことを示すタイマーが鳴る。
「はい10分ー!デッサン時間は終わりよー。周防ちゃんご苦労さんねー。」
 モデルを終えた周防先輩がこっちに向かってくる。
「どう、吉野君。うまく描けた?」
「ええーっと、まあまあかなっ?」
 周防先輩が話し掛けてくれた。アイコンタクトが成功したのか?
「どれどれ。うーん、……がんばってね。」
 ガックリ…
 にっこり微笑んでくれたのだが、オレの心は灰色だ。…がんばろう。

 デッサンの後は普通のクラブ時間だ。今は何かのコンクールがあるわけでもなく、自分で自分に課題を与え、それに見合った絵を描きあげるという時期だ。オレはあいかわらず好きな「空」や「水」をモチーフにして絵を描いている。
「そういや吉野君、私が黄色を好きなこと誰かに聞いたの?」
 突然周防先輩が思い出したようにオレに聞く。
「え?あ、うーんと、そう!賀川先輩、賀川先輩に聞いたんだ。」
「ふーん…そうなんだ。」
「え?」
 何だ…今の反応は!?もしかして…いや、考えすぎだよな。そうだ、考えすぎだ…うん。
 しかし、今日は先輩のあの言葉が気になって思うような絵が描けなかった。
「さあ、もう終わりにしましょうー。お疲れさまでしたー。」
「お疲れさまでした!」
 賀川先輩の声クラブの時間の終わりを告げる。みんなキリのいい所で片付けを始める。
「吉野ー!ちょっと来てー。」
 賀川先輩の声だ。オレに何の用だろう。不思議に思いつつ先輩の所へ行く。
「賀川先輩、オレに何の用ですか?」
「あのねー、今日少し残ってて。」
「は?残るんですか?何で?」
「いいから、いいから、ね☆」
 そう言って先輩は片目をつぶって見せた。どうしたんだろ急に。

 先輩が言った通りオレはクラブが終わった後美術室に残っていた。他の部員はもうみんな帰ってしまった。周防先輩の姿もない。
 しばらくすると画材置き場から賀川先輩が戻ってきた。
「先輩、いったい何の用ですか?」
「あのさー吉野、あんた周防ちゃんのこと好きなんでしょ?」
「な、何言い出すんですか!?ち、違いますよぉ!」
 いきなり核心をついた質問をしてくる。なに考えてるんだよこの人は。とりあえず否定はしておこう。
「あれー違うのー?おっかしいなー。ふーん。」
 「ほんとかなー?」という目でオレの顔をじっと見ている。オレは「本当です!!」という目でにらみ返す。
「ちょっとー、そんなに怒らないでよー。もう、怖い顔しちゃってー。」
「いきなりそんなこと言い出すからです。」
「ふーん、じゃあ周防ちゃんに今彼氏がいるって噂、聞いてもどうってことないねー。」
「ええ!?周防先輩、今誰かとつき合ってるんですか!?」
 オレの反応を確認すると先輩はニヤッと微笑む。…やられた。オレは右手で額をつかみ、その場に座り込む。
「ほーらやっぱりー、人間時には素直になるものよー。」
「何で分かったんですか?先輩。」
「そんなのーあんた見てたら分かるわよー。気付いてないと思ってるのあんただけよー。」
 なにーっ!!そんな、オレそんなに分かるようにしてたのか!?
 …となると周防先輩はオレの気持ちをもう知っている…あああああー!!そう考えると急に恥ずかしくなってきた。
「あれーお耳が真っ赤よー吉野ちゃん。」
 くそー賀川先輩、オレをからかってやがる。
「先輩、オレをからかうために残したんですか!?」
「もー、何いきりたってるのー?鈍感なあんたにこの希おねーサマがわざわざ教えてあげたんだから感謝しなさいよー。」
「オレ、帰ります!!それじゃあ!」
「あれー帰っちゃうのー?噂は本当なのにー。」
「え?」
 先輩の一言でオレは足を止めた。「周防先輩に彼氏がいる」という話は本当のこと!?
 賀川先輩の作り話だとばかり思っていたのに…。オレは心のない人形のようにそのばに立ちつくした。
「ちょっと、ごめんー。言い過ぎたねー。彼氏がいるってのは嘘でー、ほんとは周防ちゃんに好きな男の子がいるってことなのよー。」
「そ、それ誰のことなんですか!?」
 「あんたのことー」という答えに希望を抱き先輩に答えを求める。
「知らないー。」
 ガラガラガラ…という音が聞こえてきそうなほどオレはその場に崩れ去った。
「あのさー、まだあんたにもチャンスがあるかもしんないんだから元気だしなよー。ね☆」
 先輩はそう言ってくれたが、オレの心はかなりのダメージを負ったようだ。
「そうだ!!吉野ー、今日は私が家まで送ってってあげるー。」
「え、そんな悪いですよ。先輩は女の子なんだからオレが送っていきますよ。」
「今のあんたに送ってもらったって全然頼りにならないわよー。」
 言われてみれば確かにそうかもしれない…今のオレは空気の抜けた風船みたいなもんだ。何かあっても先輩を護る自信がない。
「さぁ帰ろうー、吉野ー。」
「ちょっと待ってください。今用意しますから。」
「早くしないと鍵閉めちゃうぞー。」
「ああああ、待って、待って!!」
「くすくす…」
 この人はオレで遊んでいる…。

 外はもう真っ暗で、オレと先輩は街路灯に照らされた道を歩く。オレの家は学校からさほど離れてなく、歩いて通学している。先輩の家もそうなのかなー?歩いて通っているようだから多分そうだろう。
「あー!公園だー!!ねー吉野ー、公園行こう、公園ー。」
 突然先輩がすごくいいものを見つけたような顔でそう叫んだ。
「先輩オレの家、すぐそこですよ。」
「公園ー!」
 オレの話は聞こうともしない。
「はいはい、わかりました。」
 オレがそう言うと先輩はニコーッと無邪気な笑顔を見せた。オレよりふたつも年上なのに今の先輩は小さな子供みたいだ。けど、オレはそんな先輩を少しかわいいと思った。こんな一面もあったんだな。
「吉野ー!」
「先輩、今度は何ですか?」
「あれー。」
 そう言って先輩はある方向を指差す。指の先に目をやると、そこにはお約束のブランコがあった。どうやらあれに乗りたいらしい。こういう時なんで女の子は決まってブランコに乗りたがるんだろう。まぁどうでもいいことだけど、素朴な疑問のひとつだな。
「そうですね。少し疲れたからブランコにでも座りましょうか。」
 そう言ってオレがブランコに座ろうとすると先輩がオレの腕をつかんで引き止めた。
「座るんじゃなくて、こぐのー。あんたがー。」
 ギィーッ…ガシャン ギィーッ…ガシャン
 古めかしい金属音をたてながら、ブランコが前後に揺れる。
「ねー、吉野ー。」
「なんですかー?先輩ー。」
「あんたさー、年上好みなんだねー。」
 突然なに言い出すんだこの人は…
「…えーっと、そう…なりますね。それがどうかしたんですか?」
「えー、べつにー。」
「………。」
「あんたさー、周防ちゃん好きなんだよねー。」
「…そ、そうです…。先輩、何度も言わせないでください。」
「えー、あんたの口から聞いたの今が初めてよー。」
「あれ?そうでしたっけ?まぁいいじゃないですか。」
「顔が赤いぞー。吉野ー。」
「からかわないでください。」
 ギィーッ…ガシャン ギィーッ…ガシャン
 しばらく辺りに金属音だけがこだまする。
「よーいしょっとー。」
「うおーっと、危ないですよ先輩。急に降りると…」
「きゃっ!!」
 ズテッ
 案の定、先輩は着地に失敗して転んでしまった。
「ほらほら、言わんこっちゃない。先輩、大丈夫ですか?」
 そう言ってオレは手を差し出す。
 先輩は素直にオレの手をつかんで起きあがり、パンッパンッと砂を払い落とす。
「あ、ありがとねー。」
「どーいたしまして。さあ、もう帰りましょう。」
 先輩は恥ずかしげに小さくうなづいた。
 数分後、オレと先輩はオレの家に着いた。
「先輩、今日はどうもありがとうございました。」
「いいのよー。それに恥ずかしいとこ見せちゃったわねー。」
「はは、かわいくていいじゃないですか。それじゃあ先輩、気を付けて帰ってくださいよー。」
「大丈夫よー。じゃねー。」
 先輩が角を曲がって見えなくなるまで、とりあえずオレは見送っていた…。

 それから数日が過ぎ、日付は2月14日になった。
 この日は年に一度のセントバレンタインデイ。心当たりのある奴らはやたらと恋に色めき出すが、心当たりのない男どもにとっては迷惑極まりない日である。オレはどっちの部類に入るのだろうか。できれば前者の方がいいなぁ。はぁー…と、ため息をつきながら歩いていると…br> 「おーい、吉野ー!」
 聞き覚えのある声がオレを呼ぶ。賀川先輩だ。
「あ、先輩。おはようございます。どうかしました?」
「良く聞けよー吉野ー、あんたにこの希おねーサマがいい話を持ってきてやったぞー。」
「え?何ですか?いい話って…。」
「今日は何の日か知ってるよねー。」
「バ、バレンタインデイ…ですよね。」
「ピンポーン、せいかーい!でね、今日の放課後美術室に行ってみなー。きっといいことあるからー。じゃねー。」
 そう言い残して先輩は去っていった…。なんだったんだろう。
 今日はあちこちで告白タイムが開かれている以外、何の変哲もない一日だった。オレには誰もチョコをくれるわけがなく、そのまま放課後となった。
「今日は部活はない日なんだけどなー。」
 などとつぶやきながら、オレは先輩に言われた通り美術室へと足を運ぶ。そして開いているはずのない戸に手をかけ、とりあえず開けてみる…
 ガラッ
「あれ?開いてる…」
 誰かいるのか?もしかして賀川先輩?…そう思いながら美術室へ入ると中に居たのは周防先輩だった。
「周防…先輩。」
「あ、吉野君…。」
 賀川先輩のいい話ってこのことだったのか?けど、今日は女の子が告白する日だぜ。なんでオレが…はっ、もしかして周防先輩がオレに…?
「ねぇ、吉野君。私ね、吉野君に話したいことがあるんだ。」
 来た来たぁー。来ましたよー。
「あ、えっと。何ですか?」
「私ね、今好きな人がいるの。」
「え?」
「今日バレンタインデイでしょ。それで今日こそ告白しようって思ってたんだけど、私フラれちゃったみたいなんだ。」
 なにー!!オレに告白じゃなかったのか!?それも恋の相談をよりによってこのオレにするだなんて…最悪だ。
「私ってやっぱり魅力ないのかなー。」
 なにがいい話だよ。こんなの全然良くないじゃないか!!オレはいったいどうすればいいんだよ。オレへの告白どころかこれじゃぁ…ん?告白?…そうか、せっかく二人っきりになれたんだ。ダメもとでオレから告白するか?オレなんかが相手じゃ慰めにもならないかもしれないけど…
「そんな…そんなことないです周防先輩…。話変わりますけどオレ、「青」の他に「緑」も好きなんです。緑色って何の色だか知ってますか?」
「え?緑色って、あのビリジャンとかの緑色のこと?」
「そうです。」
「えーっと…、木の葉っぱとか草とか…。自然の色かな?」
「そうです。緑は自然の色ですね。でもオレの好きな緑色は少し違うんです。」
「え?どういうこと?」
「オレの好きな緑色はオレと先輩の心の色なんです。オレは「青色」、先輩は「黄色」。ほら、混ぜたら「緑色」になるでしょう。」
「吉野君…。」
「オレ、周防先輩が好きです…。先輩には他に好きな人がいて迷惑かもしれませんが、オレは先輩のことが好きなんです。もしよかったらオレとつき合ってください…ってやっぱだめですよね…。」
「はい、チョコレート☆」
「え?」
「吉野君のために私が創ったんだよ。受け取ってくれますか?」
「え?…そ、それじゃぁ…。」
 先輩はニコッと微笑んでくれた。
「やったー!!うれしいなぁー!!くーーーっ!」
「ごめんね、嫌な思いさせちゃって…。実は部長に「告白は吉野の方にさせなさいよー。たまにはバレンタインデイ男から告白したっていいじゃないー。」って言われてたから。」
「えー!?それで先輩はこんな事したんですか?ひどいなー。」
「ごめんね。私もそれもいいかなーって思っちゃって…。ほんとにごめんね。」
「でも、結果が良かったからいいです。」
「そうそう、男の子は心が広くなくっちゃね。」
「先輩、もう遅いから帰りましょうよ。」
「そうね、帰ろっか。…あ、そうだ。これから二人の時は名前で呼んでね、達也君☆」
「了解しました。遙さん☆」
「ふふふ。」
「あははは。」
 オレと遙さんは昇降口でそれぞれの下駄箱の場所へ向かう。
 オレの下駄箱の所を見るとなにやら物が入っている。…チョコレートだ。よく見ると手紙も一緒に置いてある。オレはその手紙を開けてみた。手紙は賀川先輩からだった。
『吉野ー、周防ちゃんと仲良くやれよー。これは私からのお祝い(?)だー。がんばれよー。希おねーサマより』
 「がんばれよー」の「ば」と「よ」の文字が丸い小さなシミでにじんでいた…

                   END


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