(この日記は、新しい日付が上に来るようにして書いてあります。また、ここには、2000年7月以降〈00年後半〉のものを記載しています。それ以前の日記は、左フレーム画面内で選択してください)
●12月31日(日)(せっかく書いたのに、アップするのを忘れていて、1月1日になってしまった……。世紀をまたぐ失敗。情けない)
ついに、今年も最終日になってしまった。本当に早いものだ。
仕事の面で考えてみると、今年の前半はわりとのんびり、後半はバタバタ……という感じだった。
生活の面では、4月に引っ越しをしたことが、なんといっても一番の出来事だった。16年も続けて住んでいた場所だった。2人の子どもはそこで生まれた。
引っ越しの時には、それだけ感慨深いものがあるかと思ったら、意外に、どうっていうこともなく、あっさりと終わってしまった。その前の、渋谷から府中に移る時のほうがジンとくるものがあったような気がする。荷造りがなかなか終わらずに、あたふたしていたから、そんな余裕もなかったのかもしれない。
ともあれ、新居はなかなか住み心地がいい。
これでパソコンが新しくなれば、きっと、仕事がはかどることだろう。
来年は、スポーツクラブに通って少し体重を落としながら、仕事のほうも、そこそここなすように努めよう。
この日記は、最後のほうは、飛び飛びになってしまった。
来年は、もう少しまめに書くように努力したい。
何かを頑張っている人は、時間の使い方がうまいのか、たくさんのことを超人的にこなしたりする。自分がそうなれるとは思わないが、せめて、ここの日記だけでも、しっかりやり通したいものだ。
最後になってしまったが、メールなど、さまざまな形で応援してくださったかた、ありがとう。心からお礼申し上げたい。
どうか、来年もよろしく。
●12月30日(土)
ホームページのトップページのデザインを変えたら、ひどく不評だった。とくにボタンの形がよくない、見にくい……ということだった。
そこで、また変更してみた。どうあがいても、センスのいいものにはなりそうもないので、これで新世紀を迎えることにしよう。
今日は掃除をするつもりだったが、年賀状の宛名シールを打ち出していたりしていたら、時間がなくなってしまった。
話は変わるが、昨日、友人に週刊文春を見せてもらったら、そこに、ミステリーのベスト・オブ・ベストというのが載っていた。これは、推理作家や評論家からのアンケートを集計したものである。先週号では、この1年のベストミステリーを、今週号では、ここ20何年のベストを選ぼうという企画だ。
僕のところにも、そのアンケートは来ていたのだが、それほどたくさんの作品を読んでいるわけではないので、回答しなかった。
で……、結果は天藤真氏の「大誘拐」が1位となっていた。2位が宮部みゆきさんの「火車」、3位は高村薫さんだったか島田荘司さんだったか……。
作家別の集計もあって、こちらは宮部さんが1位だった。
それぞれを見て気になった点がひとつ。
西村京太郎さんとか、内田康夫さん、赤川次郎さん、森村誠一さん……といった、いわゆる所得番付のトップに名を連ねている人たちの作品はほとんど載っていない、ということだ。作品別、作家別、どちらもである。
この20何年間で、もっとも本を売ったミステリー作家を上から挙げれば、間違いなく赤川さんと西村さんと森村さんの名が並ぶことだろう。
なのに、どうして、この「ベスト」には彼らの名が見えないのだろうか。
僕は、どちらかというと、こういう「売れている」作家の作品が好きである。
森村誠一さんの作品に感動して、自分もミステリー作家になりたいと思ったわけだし、内田康夫さんのような作品を書きたいといつも願っているし、西村京太郎さんの「東北新幹線殺人事件」は僕にとっての手本のような作品だ。
どうして、こういう人たちは「プロ」に評価されないのだろう。
なんとも、不思議でならない。
●12月29日(金)
仕事仲間との忘年会。
新宿の街は意外なほど混んでいた。少人数だったので予約をせずにお店に入ろうとしたら、どこも空いていない。列ができているところもある。駅の周辺はぜんぜんだめ。新宿通から靖国通り沿いを歩き、ついに新宿3丁目までいって、ようやくかろうじて入れるお店が見つかった。かろうじて、というのは、その席が、中二階のようなところにあって、靴置き場をまさに目の前にしていたからである。天井も低くて、夏場だったら靴の臭いで居たたまれなくなってしまいそうな場所だった。それでも、7時ぐらいから探し始めて、すでに8時近くになっていたから、文句を言うような気分にもならなかった。
こんなに混んでいたのに、11時ぐらいになって次のお店に行くころには街を歩く人の数もだいぶ減ってきて、2時すぎになって帰ろうという時には、人の数よりもタクシーのほうが多いくらいになっていた。
新宿から自宅マンションの前までのタクシー代はちょうど5千円ぐらいである。前に府中に住んでいたときには、9千円弱だったから、だいぶ安くなった。とはいえ、貧乏人には5千円はつらい。電車なら百円台の支出ですむのである。
最初は、電車で帰るつもりだった。でも、楽しく飲んでいると、そういう気分も吹き飛んでしまい、「よし、次に……」なんていうことになってしまうのだ。ま、盛り上がらなくて、早々に引き上げることになるよりはいいだろう。
今日は最後にソバを食べた。
僕のいつものパターンでは、飲んだ後にはラーメンがつきものなのだが、残念ながら、ラーメン屋さんが見つからなかったのだ。
メニュー全品千円以上という自称「高級ソバ」屋さんだったが、たしかに、おいしかった。
今世紀最後の忘年会はとても楽しく終わった。
家に帰ったら、部屋がぐちゃぐちゃだった。
明日は今世紀最後の掃除だな。(30日午前5時記)
●12月28日(木)
新刊が出たのを機会に、ホームページのトップページを変えてみた。これで、何度目になるだろう。そのたびに、どうしてこんなにセンスがないのかと自分ながらに呆れてしまうのだが、今回もそれは同じだった。ちょっと画面に動きを加えて誤魔化すことにした。
ところで、18日から我が家もようやくフレッツISDN接続となった。
2台のパソコンを無線LANでつないでいるので、同時接続もできるし、非常に便利である。しかし、世の中はいきなり高速通信の時代になろうとしている。他の国に後れをとるまいとして、政府が慌ててそれを推進しようとしはじめたためだろうが、一部では、光ファイバーを使った接続サービスまで始まったようだ。
NTTが本格的なサービスを始めたDSLは3千円台の料金らしい。フレッツISDNは4500円。ISDNのほうが速度がはるかに遅いのに、料金は高い……というのは、なんとかならんのかなあ。
11月17日の日記をアップするのを忘れていたので、ついでに入れておいた。過ぎてしまえばべつにどうということのない話だが、あの時はかなり頭にきていたのだった。
●12月20日(水)
日記が途切れている。どうしたのか、と、何人かの人からメールをいただいた。
こんな日記でも、読んでくださっている人がいるのは、とても嬉しい。仕事の忙しさに追われていただけので、サボっていたつもりはないのだが……。
子どもの頃から、日記をつけようとしても、どう頑張っても「3日なんとか」になってしまうような性格だったから、それから考えると、この日記がここまで2年以上も続いているのは、自分なりには、すごいことかもしれない。
でも、これは「日記」であって「月記」ではないのだから、もう少しちゃんと書かないとね。これからは、心を入れ替えよう。入れ替えたい。入れ替えられたらいいなあ。
で、近況。
今日は投資信託を買った。
世界初といわれるゲームファンドである。
コナミが発売している「ときめきメモリアル」の次期バージョンの開発費を調達するためのもので、発売後6カ月間に売れた本数によってリターン金額が決まる、というシステムになっている。
どうしてこれを買ったかというと、下の子がこのゲームにはまっていて、これまでの「ワン」「ツー」ともに関連グッズまで買い込むほど入れ込んでいたからである。
ファンドの購入者には、エンディングロールに名前が表示され、さらに、新ゲームの特別包装版がもらえる、という特典がある。名前のほうは、購入者名と決められているので子どもの名前が出るわけではないのだが、特別包装版が手に入るなら、絶対に欲しい、欲しい、欲しい、欲しい、欲しい、欲しい、欲しい……と収拾がつかなくなってしまったわけだ。
しかし、このゲーム、高校を舞台にして、女の子をゲットするという、いわゆる恋愛シミュレーションものなのだ。
そういうゲームに小学生の女の子が夢中になっているというのも変だ。
そういう変な子に、ファンドの話をしてしまい、せがまれて結局購入する羽目に陥ってしまう僕も、そうとう変だ。
こういうのを、親バカというのだろう。
もうひとつ。
ちょっと前に、連れ合いが、どこかから取材を受けた……といっていた。どこかに何かを食べに行くとかなんとか聞いたような気がするのだが、詳しいことはよく分からなかった。それが今日、はっきりした。
ここでそれを明かすのもどうかと思うが、バカついでに、えいやっ!
http://www.tokumaru.or.jp/ol/index.html
●11月17日(金)
もう、めちゃくちゃ腹が立った。
今日、新宿から八王子まで車を運転した。中央道の集中工事の最終日だったのだが、高速に乗ってみたら、途中で一箇所渋滞があっただけで、まあストレスなく走ることができた。
そして、帰り道。急いでいたから、府中インターから次の調布インターまで中央高速を使うことにした。たった8キロ程度だけれども、下の国道を走ると20分ぐらいかかる。高速を使えば5分に短縮できるのだ。
高速に乗る少し手前に高速の渋滞案内があって、三鷹料金所渋滞12キロ……とあった。往路で乗った時にも、何キロだかの表示があったが、たいしたことはなくて、全体的に流れていたから、どうせそんなものだろうと思って、インターを入った。
ところが、進入路を走っている段階で、すでに本線に車が連なっているのが分かった。しかも、ほとんで進んでいない。ガーン。でも、少し行けば流れるようになるだろうと期待して、手を挙げて本線の列に入れてもらった。
少し行ったところに○○まで何分……という表示があった。いちばん上が「60分」となっている。高井戸出口までだろう……と思いながら近づいてみると、なんと、「調布」と書いてあるではないか。
「うそー!」
思わず、叫んでしまった。たった8キロを、1時間?
信じられずに、何度もたしかめてみたが、間違いなく調布まで60分と書いてある。
急いでいたから高速を使ったんだぞ。600円も払ったんだぞ。なのに、下を走るよりも3倍も時間がかかるなんて。こりゃ、詐欺じゃないか。
いや、表示は何かかの間違いで、本当は、30分程度で行けるんじゃないか。だいたい、20何年間、この中央高速を何度となく利用しているけれども、連休の時の大月や笹子トンネルのあたりならともかく、このあたりで時速8キロなんてことは考えられない。きっと、もっと短時間で行けるさ。
そんな期待をしたのだけれども、車は全然進まない。ずーっと止まって、少し動いて、またずーっと止まって……。
イライラはつのっていく。しかし、車はいっこうに動かない。
途中から、車線が一車線になっている。そこに入ったら、あとは動いてくれ……と願ったが、ダメだ。
業を煮やしたのか、時々、路肩を走っていく車がある。僕も続こうか、とも思うが、やっぱり、それはまずいよなあ……。でも、本線は動かない。
時計の針とにらめっこしながら、結局、本当にほとんど60分かかって、やっとこさっとこ調布に着いた。合計すると八王子から2時間15分もかかったことになる。なんてことだ。
それにしても、道路公団には腹が立つ。
どうして料金所の手前でも、所要時間表示をしておかないのだろう。本線に乗ってからじゃ、引き返すことはできないのだ。
何キロ渋滞、という表示はあっても、それでは実情が分からない。一週間ほど前、同じく府中から調布まで乗った時には、やっぱり「渋滞5キロ」程度の表示があって、実際、ずーっと片側一車線通行になってはいたが、止まることなく流れていた(しかし、片側を止めているのに、工事はやっていなかった。旗振りのガードマンが数人いただけだ。この時は、これに頭にきたのだったが……)。
恒常的に設置するのが無理ならば、こういう工事の時だけでも、利用者の便宜をはかるべきではないだろうか。
道路公団め……。600円返せ!
●11月16日(木)
運動不足が深刻だ。
個人的な話なのだが、最近、運動らしい運動はまったくやっていない。最近……ではない。今年に入ってから、それらしいことを何かやったか……と考えてみても、何も浮かばない。せいぜい、電車に乗ろうとして駅まで走った……ぐらいではないか。
今日はちょっと歩いた。十五分ぐらいのみちのりを、往復した。
後から、足の筋肉が張っているというのか、なんていったらいいかよく分からないけれども、痛くなるちょっと手前のような感じの違和感がある。早足で歩いたわけじゃない。話しながら、普通に歩いただけなのに、たったそれだけで……。
まずい。とけるように、体がなまっていく。まずい。
解決するのは簡単だ。体を動かせばいいのだ。運動すればいいのだ。
ところが、それがなかなかできない。
今は忙しいから、ま、いいや。そのうちにやるから……なんていつも、先延ばしにする。面倒なことは後にしよう、という、その性格がいけない。心がなまっている、とでも言ったらいいのか。
いっそのこと、食事をするのが面倒になってくれたらいいのだが、不思議なことに、いくら胃の調子が悪くても、食欲だけは落ちない。落ちてくれない。
●11月15日(水)
倉木麻衣がいる。どこに……って、僕のデスクトップにである。パソコンを起動すると、画面いっぱいに、倉木麻衣の顔が映るのだ。
インターネット本をやっている時に、壁紙サイトを見つけて、ためしにダウンロードして表示させてみたら、これがなかなかいいから、そのままにしてしまった。
倉木麻衣は無事に大学進学が決まったそうである。もうすぐ大学生か……。
そういう子の写真をデスクトップの壁紙にしている……なんて、なんともあやしいオヤジ46歳である。
でも、自分のこどもの写真を表示してニヤニヤしているよりは、いいんじゃないの。
●11月14日(火)
ベッドはいい。当たり前のことだが、寝るのなら、やっぱり床や畳の上でなくて、ベッドだ。体のあちこちが痛くなったりしないから、そのために目が覚めることもない。朝までぐっすりと寝られる。
ちょっとプライベートなことになるが、「寝る」ということに関して、僕の家族はとてもルーズだ。
何しろ、僕が和室で畳の上にじかに横になって寝ていて、夜中の2時とか3時とかに、ふと目を覚ますと、隣りのリビングのソファーの上で一人目の子どもがだらしない格好で寝ていたりする。ありゃありゃと思うと同時に、その床にもう一人の子どもがじかに横になっていることに気づく。2人とも、パジャマに着替えてもいない。布団も何もかけていない。まるで、フェリーの三等客室のようだ。
こういうことが、よくある。
どうしてこうなってしまうかというと、唯一、家族のなかで寝ることにしっかりしている連れ合いが先に寝てしまうからなのだ。
やがて、床にゴロゴロしながら漫画本を読んでいた下の子がそのまま眠ってしまい、携帯でメールをやりとりしていた上の子も眠ってしまう。
で、僕は僕で、いつとは分からずに、なんか疲れたなあ……と思った次の瞬間、眠ってしまっていた……わけだ。
床でもソファーでも、一度眠ってしまった子どもはいくら起こしても起きないから、僕はそのまま放っておくことにしている。
さすがに、このところ急に寒くなってきたので、気がついたら布団をかけるようにしているが、事情を知らない人がその状態を見たら、この家はいったいなんなのだ……と、呆れることだろう。
まあ、事情を知っている人も、呆れるだろうが。
●11月13日(月)晴れのち曇り
いやー、まいった。前の日記をアップしてから、もう一カ月がすぎてしまった。ずっと、更新をさぼってしまった。
べつに体を悪くしていたのではない。
友人といっしょに、インターネット関連本を書こうということになり、毎日、何時間もインターネットに接続していたら、疲れてしまって、日記を書く気にもなれず、そのままにしてしまった。もともと、頭があまり器用ではないから、あれもこれも、となると、うまくこなせなくなってしまうのだ。
この長いブランクを心配してくださった人から、どうしたことかと、メールをいくつもいただいた。ありがとう。
僕はこれまで、フィクションばかりを書いてきた。でも、今度やろうということになったのは、インターネットのサイトを紹介するものだった。今までのようなフィクションだったら、設定も自分で勝手につくっていいし、どんな語句を使おうと自由だったが、実際のサイトのことを書くとなると、そうはいかない。
もちろん、嘘は書けないし、そのサイトに示されている内容から外れたことは書けない。そのために、サイトをある程度把握してから進めなくてはならないうえに、ひとつひとつの言葉も不適切ではないかどうかを吟味しながら使っていく。手間と時間が非常にかかる。
原稿用紙にして百五十枚にもならないものなのに、結局、まる一カ月もかかってしまった。
真剣にディスプレイを眺めて、そこの字を読みとろうとしていたから、とにかく緊張して、とんでもなく疲れた。
和室にパソコンを置いて閉じこもってそれに向かい、夜も眠くなったところでごろ寝をし、起きてはまた……と、なんとも情けない生活を続けてしまった。いい加減、ベッドに寝たいと思う。今夜は、もうその原稿の心配がなくなったから、大丈夫だろう。
この一カ月、いろいろなことがあった。
田中康夫氏が長野県知事に当選した。巨人とダイエーの日本シリーズで巨人が勝った。サッカーのアジアカップで日本が優勝した。世界一安全といわれていたシンガポール航空の飛行機が落ちた。アメリカの大統領選挙の結果がすぐに出なかった。オーストリアのケーブルカーがトンネル内で火災を起こした。
私事でいえば、母が三週間あまり入院した。それから、電話回線をISDNに変更して、ついでに無線LANを導入した。無線LANは使い勝手が非常にいい。部屋のどこからでも、インターネットできる。パソコン同士のファイルのコピーもあっという間にできる。これで、フレッツアイになり、もう一台パソコンを買えば、パソコン環境は整う。
さっき書いたように、今まで、僕はずっと作り話を書いてきた。
だから、自分が平気で嘘をつける人間なのだろうと思っていた。でも、今回の仕事で、嘘とフィクションは違うものなのだということが分かった。
できるならば、フィクションも書けて、今回のような事実に即したものも書けて、嘘もうまくつける……、そんな人間になりたいと思った。
●10月14日(土)
僕はよくソファーで寝てしまう。床に寝ることもある。畳で寝たりもする。もしかしたら、ベッドで寝る回数よりも、こうやって、どこかに寝てしまうほうが多いかもしれない。
寝るのに場所は気にならないのだ。
でも、さすがにテーブルの上で寝たことは、これまでなかったが、昨夜はついに、それをしてしまった。
テーブルに腰をかけてテレビを見ていたら、眠くなって、そのまま足を乗せて横になってしまった……。
そのテーブルは、シングルベッドよりも大きいサイズだから、寝るのに支障はないのだが、それでも、やっぱり落ちたら痛いよなあ……という意識があってか、熟睡はできず、五時頃には目が覚めてしまった。
そんなことで、今夜は早く寝よう……なんて思っていたら、なんと、サッカーのアジアカップ、日本対サウジアラビア戦が午後十時からあるではないか。
寝るわけにはいかない。
サウジアラビアといったら、いわゆる「ドーハの悲劇」の時を思い出す。決勝リーグの初戦だか2回戦目でサウジアラビアと当たり、引き分けてしまった。
福田選手のとても惜しいシュートがあった。横っ飛びしたキーパーの、指先ぎりぎりのところにボールがひっかかって止まってしまったのだ。あれがゴールに入っていれば、日本はサウジに勝ち、あの「悲劇」は起こらなかった。
そのサウジには、オライワンといったか、ワールドカップのアメリカ大会で、まるでマラドーナのように、何十メートルもドリブルをしてゴールを決めた素晴らしい選手がいた。
今回のアジアカップには、出場していないようだ。
傑出した選手はいないのか、しかも、組織がまだできあがっていないのか、4対1というスコア以上に力の差があったような気がする。
日本が強くなったのか、サウジが弱くなったのか……。
解説の柱谷氏は、両方だ、と言っていた。
前回は、決勝トーナメントの2回戦で負けてしまったのだったかな。今回は、今日の試合を見るかぎり、それ以上のところに行けるのではないだろうか。
●10月13日(金)
使い捨てコンタクトレンズに不良品があり、メーカーが回収している……という記事が新聞に載っていた。
おや、僕が使っている製品ではないか。
今は、基本的には、ハードレンズを装用しているが、目の調子がちょっとよくない……という時などに、ソフトレンズを使うようにしている。
それが不良品だったわけか。使っているうちに壊れてしまうことがある、というから、ちょっと怖い。
前にも、あるハードレンズが、届け出た成分ではないものを含んでいたということで回収になったことがあった。たまたま、僕の使っていたのがその製品で、購入先から通知があって、新品と取り替えてくれるということになり、すでに何年か使ったものだったので、ずいぶん得をしたような気がした。
今回の件では、すでに使って捨ててしまった分についてはケアしてくれないようなので、なんのメリットもない。いや、メリットどころか、損をすることになる。
手元に残っているのは3セットしかない。取り替えてもらえるほどの量ではないし、かといって、不良品だと分かっている製品を使うのも嫌だし。結局、捨てざるを得ない。
数百円の損失だ。
●10月12日(木)
スーパーに行ったら、二十世紀梨が売っていた。
来年になったら、どうなるのだろう。
「二十一世紀梨」として売るのだろうか。それとも、「二十世紀」のままなのだろうか。
ところで、「二十世紀」は「にじゅっせいき」ではなくて、「にじっせいき」と読むのが正しいはずだが、でも、「にじゅっせいき」と発音している人が多いのではないだろうか……。テレビのアナウンサーもそう発音しているように聞こえるのだが……。
そんなことを考えていたら、あまり仕事にならなかった。
●10月11日(水)
バスで10分ぐらいのところに住んでいる友人が、昼食をいっしょに食べよう、と電話で言ってきた。もちろん、断わる理由はない。
タイ料理のランチを食べ、その後、近くのオープンエアーの喫茶店でコーヒーを飲んだ。
話していたら、ふいに、その友人の知り合いが前を通り、おや、こんなところでどうしたの……ということになり、話に加わった。
友人はほとんど坊主頭だし、その知人はロングヘアー、僕は3日ほどヒゲを剃っていない。3人とも四十代で、Tシャツか、よれよれの綿のシャツ、それにジーパンという格好。一人はサンダルばき……。
真っ昼間、こんな男3人が話をしている姿は、周囲の人にはどのように映っただろうか。
ちなみに、僕以外の二人はフリーのカメラマンである。
●10月10日(火)
さすがもと体育の日の特異日。昨日までぐずついていたのに、今日は、スカッとではないにしても、一応、晴れた。
●10月9日(月)
昨日、交通事故を見たのに、また今日も見てしまった。
T字路の直交する道のほうから進入し、左折しようとした車が、交差点に頭を突っ込んだところで、前方の車にクラクションを鳴らされてブレーキを踏んだ。ちょうど、その後ろに続いていた車が、そのブレーキへの反応が遅れて止まりきれず追突してしまった……という事故だった。
僕は、たまたま、そこの横断歩道を渡ろうとしていたところだった。その二台の車の動きを目で追っていたから、追突する瞬間も見てしまった。
グワンというような音とともに、前の車のバンパーがグシャッとへっこみ、またボコッと元にもどる光景が、まるでスローモーションビデオのように、僕の目に焼きついた。
警察が来たから、いちおう、目撃者として名前を書いておいたが、怪我をした人もいなかったようだから、電話がかかってくることもないだろう。
そのすぐ後で、高校生らしい男の子の乗った自転車が、トラックと接触しそうになった瞬間を、すぐ目の前で見てしまった。
目を向けた先で事故が起こるような気がしてきて、怖くなってしまった。
●10月8日(日)
久しぶりに、車で出かけた。とはいっても、近所に買い物に出かけただけである。
前に車を使ったのが8月27日だったようだから、1カ月ちょっと空いている。9月30日に、2カ月ぶりに風呂に入ったと書いたから、風呂に入るのも、車に乗るのも同じようなペースだ。
ともかく、出発した。
途中、大きな交差点を曲がろうとしたら、そこに小さなガラス片が散乱していた。バンパーでも取れたのか、新聞紙ぐらいの大きさのものが転がっている。近くに二台の車が停めてあって、片方の車は、フロントの部分をかなりへこませていた。
前の時にも、事故を見た。
まいったなあ……と思いつつ、帰り道、甲州街道を走っていたら、またパトカーの赤い光が見えて、そこを通ったら、これも、事故だった。8月に、2度目に事故を見た場所と同じところだった。
二回車に乗って4つの事故を見る……なんて、最近は、それほど交通事故が頻発しているものなのか、と、驚いてしまった。
いずれも、大事には至らなかったようだからよかったが、怖いから、今後、ますます車に乗らなくなるだろうなあ……。
●10月7日(土)
インターネットエクスプローラーとアウトルックエクスプレスを4から5・5にバージョンアップした。
見た目はあまり変わらない。でも、細かな部分が変更されているようだ。影響があったのは、エクスプローラーのほうでは、クッキーの設定だった。
今までは、「オプション」の「詳細設定」のところにあったのに、なくなっている。
前に、友だちがこれで苦労した話を聞いていたので、「セキュリティ」のところで設定するということがすぐに分かって、それは問題がなかった。
ところが、アウトルックエクスプレスでは、ひとつ、困ったことが生じてしまった。
メールを作成中に、範囲指定して「コピー」をしようとすると、その範囲の文字が消えてしまう。しかも、「ペースト」しようとしても、貼りついてくれない。
その文字がどこかになくなってしまうのだ。
「カット」でも同じだ。「ペースト」しようとしても、できない。消えてしまう。
マウスでやれば、問題はない。
また、IMEが起動していない状態だったら、キー操作でやってもOKなのだ。
そこから推察されることは、IMEとの相性がよくないということだが、それが分かったところで、どうしようもない。
何か、設定上の間違いでもあるのなら改善できるのだろうが、バグだとどうにもならない。
それを確かめる暇はないから、当面は、不便だけれども、マウス操作でカット&ペーストすることにしよう。
でも……、不便になっただけなんて、いったい、なんのためのバージョンアップだったのだろう。
●10月6日(金)
北区つかこうへい劇団の「ロマンス2」を観に行った。場所は、三鷹市芸術文化センター。
僕は演劇は滅多に見ない。今回は、知人が出演するという特別な事情があって、友人と出かけてみたのだった。
素人としての感想を言わせてもらえば、知人が出ているということとは関係なしに、面白かった。
料金は3000円だったかな。これくらいだったら、まあ、僕のようなビンボー人にもなんとか見ることができる。
次が楽しみだ。
●10月5日(木)
北朝鮮にコメを百万トン援助するという。
それはそれで、人道的に見ればいいことなのだろう。しかし、ちと、考えたくなってしまう。
いっぽうで、北朝鮮に拉致されたまま、何年も行方が知れないといわれている人たちがいる。実際に、北朝鮮に生存していることが判明している人もいるらしい。肉親はとても、悲しみ、心配し、困惑していることだろう。
そういう自国民がいるのなら、国として、まず、その人を助けようとするのが、先ではないだろうか。
べつに、特殊部隊を派遣して救出作戦を敢行せよとはいわないが、国として、自国民を助けるために、外交ルートを用いたり、経済援助を利用したり、あらゆるルートを通じて、最大限の努力をすべきではないのか。
現在においては、国というものは、自国民を守るために存在すべきものではないだろうか。
極端な話、自国民一人と、他国民百万人が危機にさらされている場面に直面したら、まず自国民を助けようとするのが、国というものではないだろうか。
現実には、もちろんそのようにすることはないだろうが、そういう意識をつねに持っている必要はあるだろう。
それによって、国民は、自分が国に守られている、国が自分を守ってくれる……という気持ちになり、逆に、国を愛する意識も抱くのではないだろうか。
その点から見て、日本という国には、国民を守ろう……という意識が欠けているように思えてならない。
これは、対国外だけではない。
国内に目を向けても、そうだ。
放漫経営で危機に陥った銀行は、責任が経営者にあるにもかかわらず、莫大な公的資金を注入して助けてやる。
ところが、地震や噴火で家や職を失った人は、何も悪くないのに、ろくに助けてやろうもしない。天災なのだから、国の費用で原状回復すればいいではないか。そういう慣習をつくっておけば、誰も文句は言わないだろう。自分だって、いつどこで天災に遭うかわからないのだ。そういう時に、国がきちんと助けてくれる、という安心感があれば、国を愛したくもなるだろう。国に誇りを持ちたくもなるだろう。
経済的に助けてもらえないばかりではない。
たとえば、ストーカーに狙われている人が、国の機関の一部である警察に助けを求めても、何もしないどころか、後で大事件になっても、反省せずに、その不手際を隠そうとさえしている。
薬害エイズの問題だってそうだ。
ダイオキシンの排出基準にしても、わけの分からない数字を根拠にして、ドイツなどとは桁が違うほど緩やかにしてしまっている。
本気で国民を守ろうという気があるのか、疑いたくなってしまうことばかりだ。
卒業式、入学式の時期がくるたびに、国旗だ、国歌だと騒いでいる政治家や評論家がいるが、そういう人は、まず第一に、もっと国民を大事にせよ、と、国に言ったほうがいいのではないだろうか。
国が国民を愛さないかぎり、いくら卒業式に日の丸を掲げることを強いたところで、国民に「愛国心」なんて育ちはしないのだ。
●10月4日(水)
サッカーの日本代表対Jリーグ外国人選抜の試合をテレビで見た。
どうして、こんな試合を企画したのだろう。相手の外国人選抜は寄せ集めチームで、練習もほとんどしていないわけだから、個人技はあっても、チームプレーなど、ほとんどできない状態だ。それに、互いにお祭り気分だから、勝利に向けての気迫もない。アジアカップの壮行試合というが、こんな試合で2対0で勝ったところで、なんの意味があるというのか。
分かったのは、外国人選手のほうが、個々のテクニックでははるかに上だ、ということぐらいだが、そんなことは、今さらどうしようもないことなのだ。
オーストラリアとか、それこそオリンピックで負けたアメリカとか、そのあたりの国を招いて試合をするわけにはいかなかったのだろうか。
招くのがダメだったら、こちらから出かけていってアウェーでやればいい。
●10月3日(火)
家族の誕生日。4人がそろい、「おめでとう」を言って、プレゼントを渡す……。平和な一市民の平凡な生活である。
●10月2日(月)
オリンピックが終わった。
頑張った選手たちには、心から、お疲れさま……と言いたい。
メダル数が、前のアトランタ大会の時よりも増えたようで、その点で、ニュースなども明るい調子のものが多い。
しかし、本当に喜べることなのだろうか。
先進7カ国だか9カ国だかの蔵相会議というのがある。G7とかG9とか言われているが、その国の中でみると、日本のメダル数は下から2番目なのである。唯一日本の下であるカナダは、人口が3千万弱、日本の4分の1しかないから、少なくて当たり前。
したがって、日本は、先進国の中では、いちばんのスポーツ弱体国、なわけだ。
なのに、これをあまり深刻に受け止めているお偉方はいないようだ。
参議院に人気投票のような選挙制度を取り入れようとして、無茶なことをやっている。
自分や、党の利益ばかりを追求していないで、国民のことをもっと考えろ!と言ってやりたい。
●10月1日(日)
都民の日。平日ならば、公立学校や一部の会社が休みになるのだが、今年は日曜日に重なってしまった。国民の祝日と違って、振り替えにはならない。
子どもは、休みを一日損したような気分になっていることだろう。
でも、自治体によっては、「県民の日」でも学校が休みにならないところもあるらしい。
だからなんだということはないが、他にとくに書くこともないので、書いてみた。
●9月30日(土)
久しぶりに、風呂に入った。前に入ったのが、熱海に行った時……だから、7月27日のこと。2カ月ぶりということになる。
僕は暑がりだから、湯船につかるのが、どうも苦手だ。一度つかってしまうと、ある程度気持ちいいので、長湯になり、出てきてから汗びっしょりになってしまい、後悔することになる。
周囲には、温泉好きの人もいるが、そういうわけで、僕は、自分からみんなを誘って温泉に……ということはしない。
自宅でも、シャワーだと15分ぐらいですむのに、湯船につかると、どうやってもその倍以上の時間がかかってしまうから、そういう点でも、できるだけ避けたいと思ってしまう。
夏の暑い時は、家族もそれに合わせて、シャワーだけですませていたが、涼しくなると、今日のように湯船に湯を張って……ということになる。
今日は、せっかくお湯を入れたのだから、もったいない……と思って入ったのだが、これが毎日となると、「もったいない」という気持ちと、「暑いのはいやだ」という気持ちが、いつもせめぎ合うことになるから、疲れてしまう。
いっそのこと、毎週○曜日しか湯船にはつからない、というように決めてしまったら、楽になるのかもしれない。
●9月29日(金)
十年以上も前のことだが、拙著『双曲線上の殺人』が「火曜サスペンス劇場」で『星座伝説殺人事件』というタイトルでドラマ化された。
そのこと自体をほとんど忘れかけていたところ、どうやら、26日にその再放送があったらしいと知って、驚いた。放送したのは、TVQという、九州地方をカバーしているテレビ局だ。8月には、四国のKBSという局でも再放送されているようだ。
再放送されたからといって、べつに、僕のところにお金が入ってくるわけではない。製作会社やテレビ局から連絡があるわけでもない。
では、どうして知ったかというと、たまたま「火曜サスペンス劇場」を扱っているホームページを見つけて、そこに再放送予定というのがあったから覗いてみたら、なんと、『星座伝説殺人事件』もリストに載っていた……というわけだ。
そういう意味では、古本屋さんで自分の本が売られている場合と似ている。本の場合は、見つけた時に嬉しさと同時に、多少、残念な気持ちも抱くが、ドラマの再放送では、残念な気持ちはわかない。それなりに人気があったから再放送にもなるのだろう……と、勝手に解釈して納得してしまう。
ドラマの内容は、原作とかなり変わっていたので、どんなものだったのか、僕自身、あまり覚えていない。たしか、局から送ってもらったビデオテープがあったのだが、引っ越しの時、いや、それ以前から行方不明になったままだ。
近隣の局かケーブルテレビのどこかで、再放送をやってくれないだろうか。
●9月28日(木)
ある民事裁判の傍聴をした。
場所は、三鷹にある簡易裁判所である。行ってみて驚いたのは、まず、その建物の小ささだった。
八王子にある地裁の支部には、何度か行ったことがある。前に住んでいたマンションで、入居していた会社が倒産し、管理費が入金されなくなってしまったために、当時の管理組合の理事長をしていた僕が配当請求の書類を提出しに行ったのだ。
その時のイメージを抱いていたから、2階建てのその建物は、マッチ箱のように小さく見えた。
法廷に入って、さらに驚いた。
とても、狭いのである。
正面の一段高いところに裁判官の席があり、その前に書記官が座り、左右に原告、被告席があるだけ。傍聴席は前後2列ぐらいしかない。小学校の教室ほどの広さもないだろう。
簡易裁判所というと、こんなものなのだろうか。
裁判の内容はここには書くことができないが、あれやこれやと、いろいろ勉強になった。
●9月27日(水)
朝、西側に見える山々がものすごくきれいだった。富士山は7合目あたりから上が白く、北斎の「神奈川沖」に描かれているような典型的な姿をしていた。
連なる山の稜線があまりにはっきり見えるので、もしかしたら、どこかに堂平山が見えるかもしれない……と思い、双眼鏡を出してきた。
堂平山は、埼玉県の中央よりやや西寄りにある。標高が876メートル。1962年、当時の東京天文台が山頂に観測所を開設し、91センチという、その頃では日本で最大口径となる反射望遠鏡を置いた。
僕は中学生の頃、ハイキングを兼ねて、その堂平山の観測所を見に行ったことがあった。歩いている途中の木々の上に、野生の猿を見つけて、驚いたものだった。
まあ、それはそれとして、その堂平観測所が今年、閉鎖された。周囲の街明かりがひどくなり観測に適さなくなったため、それに、口径8メートルのすばる望遠鏡がハワイに完成するなどして、ここの91センチ望遠鏡の存在意義がなくなったためである。
前に住んでいたところからは、最初のうちは、その堂平山の山頂にあるドームが、ごく小さくではあるが、見ることができた。
ここも、まだ北西の方向には高い建物がないから、見えるはずだ。
なかなか見つけることができなかったが、場所をちょっと動いてみたら、あった!
ちょうど、手前の鉄塔と送電線が重なっていたところにあったので、判別しにくかったのだ。
僕の今の家からも見えるということは、天文台からも、このあたりが見渡せるわけで、天文台としては、これほど条件の悪いところもなかっただろう。
いずれ、望遠鏡は撤去され、ドームも解体されてしまう。そうなったら、当然、山の頂上には何もなくなって、ここからでは、どこが堂平山か分からなくなる。
91センチ望遠鏡はどうなるのだろう。せっかくだから、天文台の施設をまるごと国立科学博物館の所有にして、そのままアマチュアに開放すればいいと思うのだが、無理なのだろうか。
●9月26日(火)
昼ごろ、寒冷前線が通過した。昼頃に一時、激しい雨がふり、その後、北のほうが晴れてきて、南のほうが厚い雲に覆われている。寒冷前線通過の典型的なパターンといっていいような天気だった。
●9月25日(月)
ソフトボール、日本が決勝に進出したという。
日本の選手は、柔道を除くと、どうも女子の活躍ばかりが目立っているような気がする。体操は、男子のほうが目立つかな……と思っていたら、そうでもなかった。頑張っている選手には申し訳ないが、男性陣はちと情けない。
最近は大学生の学力が低下しているというから、小さい頃から勉強ばかりやっているせいでスポーツが弱くなっている……というわけでもなさそうだ。
いったい、どうしたのだろう。
●9月24日(日)
女子マラソン。テレビをつけたら、日本の3選手が先頭を走っていた。驚いて、そのまま見続けた。
いやー、すごい。瀬古も中山も宗兄弟も実現できなかったマラソンでの優勝を、経験の浅い高橋選手が成しとげてしまうなんて。お見事。感激した。
柔道の田村選手にしても、この高橋選手にしても、とても小さくて、いつも笑っていて、かわいらしく見える。どこにそんなパワーが潜んでいるのかと、不思議に思ってしまう。
高橋選手は、5キロをだいたい16分から17分の間で走っている。
昔、皇居一周マラソンというイベントに参加したことがあった。途中に、下り坂も上り坂もあって、5キロをちょっと欠けるぐらいのコースだった。その時の優勝タイムがたしか17分前後だったと思う。その8倍以上の距離を、同じスピードで走りきるのだから、すごい。
ちなみに僕は、24、5分だった。同じ力のメンバー10人でリレーしたとしても、高橋選手には勝てない。
平凡なオヤジの目から見たら、彼女、ほんとうにオバケだ。
●9月23日(土)
柔道。最後にやってくれた……という感じだ。ここまでくると、日本バッシングといってもいいかもしれない。できれば、篠原選手には、そのまま畳の上で座り込んで、抗議の意志を示してもらいたかった。判定が覆らないというのなら、なんとしても、誤審であることをはっきりさせて、少なくとも、ニュージーランドの主審を国際競技の場から永久追放するぐらいの処分はさせるべきだ。
サッカーはアメリカに体力負けしてしまった感じ。楢崎選手も、ほかの選手もよく頑張った。楽しませてくれた。興奮させてくれた。
中田選手は、これまで、その姿を代表で久しぶりに見るたびに、うまくなっているのを感じたのだが、今回のオリンピックでは、そうではなかった。
「さすが」と思わせる場面は少なくて、逆に、「どうしたのか……」というシーンばかりが印象に残ってしまった。調子が悪かったのか。それとも、もしかしたら、早熟だっただけで、このレベルですでに選手として完成されてしまったのかもしれない。
カズを代表の座から引きずりおろしたのは、ある意味では、中田だったといえるだろう。
その中田自身が、新たに台頭してきた誰かによっておろされる時期は、意外に早くやってくるかもしれない。いや、早くやってこなければ、日本のサッカーの発展はないとさえいえるかもしれない。成長の止まった中田が、いつまでもチームの中心に居座っていては、しょうがないのである。
今のところ、中村にしても小野にしても、中田を脅かす存在にはなっていないが、ぜひ、海外に出て力をつけてきてもらいたいものだ。また、今の16、7歳あたりの世代から、新たな天才が出現してくれることも期待したい。
トルシエについては、交代を望む声はあまり出ないかもしれない。
しかし、もしこのチームが、トルシエの理論や戦術をそこそこ具現化し、ある程度完成されたものであったとしたら、そして、トルシエがこれからも指揮を執るとしたら、チームをさらにレベルアップさせるためには、それぞれの選手がレベルアップするしか、道はないのである。
今のレベルでは、2002年のワールドカップでは、予選で1勝できるかどうか、というところだろうと思う。もちろん、誰もがそれ以上の結果を望んでいるはずだ。
では、どうしたらいいのか。監督を代えないのなら、どうやって、選手のレベルアップをしようというのか。
サッカー関係者は、もう一度、真剣に考えたほうがいいのではないだろうか。
●9月22日(金)
講談社、推理作家協会共催の江戸川乱歩賞授賞パーティーに行く。受賞者の首藤瓜於氏は、髪を剃ったいわゆる丸坊主で、背も高く迫力がある。その印象に、ちょっと気後れしてしまい、挨拶には行かなかった。
その後、日頃から親しくさせていただいているかたたちと、近くのバーに行く。
僕は、「あら、ずいぶんご無沙汰じゃないの……」なんて言いながら女の人が隣りに座ってくるような店は好きじゃない。そういう女性と、一生懸命に話題を探して話をしても、ちっとも面白くない。女性がいる分、勘定も高くなる。接待で連れていかれるのなら別だが、自分で払って……なんて、根がケチなもんで、絶対にしたくない。
今日行ったバーは、こぢんまりとして静かで、とてもいい店だった。
話も弾んだ。もうちょっと……と思いつつも、銀座からタクシーで帰るお金がなかったので、最終電車で帰ってきた。
うーん、残念。金と時間を気にせずに飲めるようになりたいものだ。(23日記)
●9月21日(木)
オリンピックの競技の中で、一回戦で敗退してしまうなどして、ある選手にとって、いちばん短い時間で競技が終わってしまう可能性があるのは、いったいどの競技なのだろうか……。
すぐに浮かんだのは、陸上の100メートルである。
一次予選でビリになり、一回しか走ることができなかったら、その選手のオリンピックはたった10秒あまりで終わってしまう。
では、これ以上短い競技時間の種目はないか……と思ったら、柔道には、そうなる可能性があった。
勝負が始まり、相手と組んだ……その瞬間に投げられて一本決められてしまったら、わずか数秒で終わってしまうのだ。
何年もそのために練習を重ね、準備をしてきたのに、たった数秒で終わり……となってしまうなんて、勝負だから仕方ないとはいえ、とても気の毒だ。
……と、考えたところで、実際の競技に参加できない選手もいる、ということに気がついた。
補欠とか、控えのメンバーである。
たとえば、サッカーで、ベンチから自分の出番がくるのを待っている選手がいる。とくに、ゴールキーパーの控えの選手などは、アクシデントがない限り、出番はない。
せっかくオリンピック代表選手として現地まで行きながら、競技に出ることなく帰る……というのも悲しい。
勝負の世界は厳しい。でも、門外漢の僕には、なんとかならないのかなあ……なんて思えてしまう。たとえば、サッカーの予選3試合のうちに、登録選手全員を一度は出場させなくてはならない……というようなオリンピックルールを作るとか。
オリンピックは出場することに意義がある……なんて言葉は、もう死語なのかなあ。
●9月20日(水)
昨日、柔道で滝本選手が金メダルを獲得した。
今朝の朝日新聞で、柔道チーム監督の山下泰裕が「第一日を終えた後、正直言って審判団に、日本に対するアレルギーのようなものが出た」と書いている。
一昨日書いた友だちの心配……に関して、山下氏も同様なことを感じていたわけだ。
サッカーはブラジルを本気にさせて、その結果、負けてしまったが、その「本気」にさせた分、日本が強くなったわけだから、決勝トーナメントに進めたことだし、喜んでおこう。
でも、采配に疑問を感じないわけでもない。
前回のスロバキア戦では、中村を交代させ、そのすぐ後に失点した。あそこは、むしろ中田を代えたほうがよかったのではないか。
今日のブラジル戦では、もう少し早く本山を出してほしかった。
負けるならば0対1でも2でも3でも同じなのだから、もっと果敢に攻めに出て、まず1点を取りにいくべきだったのではないだろうか。
まあ、それもこれも、結果がよければすべてよし。
23日はアメリカ戦。中2日だから、選手は大変だ。テレビ観戦するほうは、その日は祝日だからありがたい。
●9月19日(火)
パソコンにインストールしてあるのだけれども、なぜか使えない――というソフトが2つある。
1つは、マイペディアという事典系のソフト。もう1つは、ステラナビゲーターという天文シミュレーションソフト。どちらも、アイコンをクリックすると、起動画面にはなるのだが、以後は何も起こらない。たとえば、マイペディアだと……調べたい語を入力すると、それに一致した項目名が並ぶところまではいくのに、その項目をクリックしても本文が表示されない。
これは、前に書いた、コントロールパネルの「画面」アイコンがなくなって、画面設定が変更できなくなった――のと同じ頃に発生している。
ずっと、使用を諦めていたのだが、画面設定もできるようになったことだし……と思い、段ボール箱の中からソフトを探し出してきて、再インストールしてみた。
しかし、動かなかった。2つとも、ダメ。改めて削除し、もう一度インストールしても、変わらない。
たぶん、前と同じように、Windowsシステムの中の、何らかのファイルが失われてしまったためにこうなるのだろう。
悔しいから、なんとかしてそれを探し出してやろうと思い、古いもう一台のパソコンを立ち上げて、向こうにあって、こっちにないファイルを探し出そうとした。
しかし1500ぐらいあるファイルを1つ1つ比較していくのはとても辛い作業だし、ちょっと比較しただけでも、向こうにあってこっちにないファイルは意外にたくさんある。それらの中には、コピーしたらハングしてしまうようなものもあるかもしれない。
素人には不可能だ……。
でも、ここで諦めるのもなんだし……、いくつかの種類のファイルにしぼって比較してみることにした。
最初に、拡張子がdllのファイルを見た。これがどういう役割をしているのか知らないのだが、アプリケーションをインストールする時などによく見るから、きっと、重要なのだろうとアタリをつけたのだ。
そうしたら、ファイル名の一部がアンダーラインになっているものが2つあった。開いてみようとしたら、中身がない。サイズも、作成された日時も表示されているのに、中はカラなのだ。怪しい。
そこで、そのファイルの残っている部分の名前で、もう1つのパソコンのほうを検索してみたら、それぞれに、該当すると思われるファイルがあった。日付は違うが、サイズが同じ、しかも、似た名前のファイルがそれぞれに同じように存在している。
さっそく、その2つのファイルをこちらのパソコンにコピーしてみたら……。
直った。2つとも、きちんと起動したのだ。
画面設定ができるようになった時も嬉しかったが、あれは、一度設定してしまえば、その後はあまり変更するようなこともない。その意味では、ソフトが使えるようになった今回のほうが、嬉しい。
でも、これでもまだ、このパソコンは完璧にはなっていない。
百科事典の地図を表示しようとすると、その地図の部分だけが、時々、ウインドウの隅のほうに隠れてしまうことが判明した。マウスでクリックするときちんとした位置に戻ることもあれば、地図がまったく表示されないこともある。
これも、前には問題なく表示されていたものだ。
3Dのスクリーンセーバーが使えないのも、相変わらずだ。
どちらも、実害はあまりないから、このままにしてしまうかもしれない。
それにしても……。
どうしてこんなことになってしまったのだろう……。
●9月18日(月)
柔道の初日で、いきなり2つの金メダルを取ったものだから浮かれていたら、友だちが、かえってこれで、以後のメダルが取りにくくなってしまったのではないか……と言った。
日本は、カラー柔道着などの問題で、その世界では疎んじられる傾向にある。もしこのオリンピックで日本にあまりたくさんメダルを取らせたら、発言力が大きくなってしまってまずいから、審判の間に、それを押さえようという意識が強く出てくるのではないか……というのだ。
そう言われてふりかえってみると、たしかに、昨日の楢崎選手の決勝戦では、最初に投げで技ありを取ったのだが、その後の一本を取られた投げと比べると、あまり差がなかったようにも思えてくる。最初が技ありなら、あれも技ありではないのか。
今日の、日下部選手が負けた3回戦の試合も、けっこう攻めていたから、これは勝てただろう……と思っていたら、判定では1対2だった。
僕は柔道にはまったくの素人だし、日本の選手を贔屓目に見てしまうのは当然なのだが、ソウルオリンピックの時に、どうも韓国選手に対するポイントが高すぎるように思え、それ以来、柔道やボクシングの審判はあまり信用できないのでは……という気持ちがあるから、よけいに、さもありなん……となってしまう。
明日から出場する選手には、すっきりとした一本勝ちで勝ち進んでいってもらいたいなあ。
●9月17日(日)
今朝も、雷と激しい雨。雨は一時、霧のように視界を白く覆ってしまうくらいにすごかった。こんな雨は、初めてといっていいかもしれない。昨年、練馬で1時間に130ミリ(だったかな?)を記録したというが、今朝の雨も1時間降り続いたら、それくらいになるのではないかと思えてしまうくらいだった。幸い、ほんの10分程度で小降りになった。
この雨のいちばん激しい時に、上の子が出かけていった。
少し待てば小降りになるだろうから……と言ったのだが、友だちとの待ち合わせに遅れてしまうとまずいといって、タオルを持って出ていった。
こういう時には、複雑な気持ちになる。
最初から、こんな雨じゃ出られないから遅れてもしょうがないよね……なんてウダウダしていたら、「約束なんだから、遅れないように出ていきなさい」と言いたくなる。でも、出ていくと言われると、何が起こるか分からないからちょっと様子を見てみたら……と思いたくなってしまう。
とにかく、子どもは出ていった。
でも、ちょうど駅に着いたころに、雨はいきなり小降りになっていた。
●9月16日(土)
朝から、夜までずっと雷が鳴っていた。午後までは、祭りの時のように、近所で大太鼓を叩いているような状態が続き、夕方になったら、激しい雨とともに、何度か激しい雷鳴が轟いて稲妻が走った。
こんなに長時間にわたって、雷を聞き続けたという記憶は、ない。
それはともかく、オリンピックの競技が始まったと思ったら、いきなり、金メダルがふたつに銀がひとつ。すごいことだ。田村選手、野村選手、そして、田島選手に心から拍手を送りたい。
体操の男子団体予選が始まっているというから、夜になってテレビで見ようとしたら、メダルのニュースのためか、ぜんぜん映らなかった。残念。
●9月15日(金)
オリンピックの開会式の行進を見ながら、栗の皮むきをする。ふだんは、僕は台所仕事はやらないことにしているのだが、栗の量が多かったので、手伝わざるをえなかった。
やってみて、ずいぶん大変な作業であることが分かった。かなり力を入れて包丁を扱わなくてはならないので、持ち方を工夫しないとマメができてしまいそうだし、下手をすると鬼皮が爪の間に刺さるように入ってしまって痛い。
栗ごはんも、こういう過程を経てからできあがるのかと思うと、ありがたみがましてくる。
子どもと、ごはんの中の栗の取り合いをして遊んだ。俺がこの栗をむいたんだぞ……と思うと、こういう遊びにも真剣になれる。
●9月14日(木)
オリンピックのサッカーの試合を見る。今回の日本の五輪チームは本当に強い。
そういえば、昨日の夜中も、サッカーの試合を見ていたのだった。どうも、あまり強いチームはないらしい。そのように見える。日本はかなりいけるのではないか……なんていう期待を持ってしまうが、誰かが、「上手い同士がやっていると、それほど上手いようには見えないが、実際に自分がやってみると、ものすごく上手いことが分かる」というようなことを言っていたから、あまり楽観しないほうがいいのかもしれない。
●9月13日(水)
今日も、何をしているのかよく分からないうちに、一日がすぎてしまった。
こういう日が2日続いても、まあいいか。
●9月12日(火)
あれ、今日はいったい何をしたのかな……と考えてしまうほど、ぼんやりと一日をすごしてしまった。
こういう日が、たまにはあってもいいか。
●9月11日(月)
パソコンの話の続き……。
画面設定の不具合はなおった、と思っていたら、3Dタイプのスクリーンセーバーが起動しないことが分かった。花びらが落ちてきたり、星が飛んだりするタイプは、問題なく起動するのに。
さらに、画面下にあるタスクバーのアイコンが、いつの間にか入れ替わってしまうというおかしな現象もなおっていなかった。これは、たとえば、一太郎のアイコンがあったところに、世界大百科のアイコンが来てしまっていて、でも、クリックすると一太郎が起動する……という、おかしなものだ。
フロッピーディスクのフォーマットもできないし、依然として、こいつがかなり不安定な状態にあることは間違いない。
でも、まあ、とりあえずは仕事に支障がないので、放っておくことにした。僕の力では、なおせないかもしれないし。
●9月9日(土)、10日(日)
ずっと、パソコンをいじっていた。
前にも書いたかもしれないが、僕がふだん使っているパソコンは、画面の設定が変更できなくなってしまっている。普通は、コントロールパネルの「画面」というアイコンをクリックすれば、画面の解像度とか、スクリーンセーバーなどの設定が行なえるのだが、いつの間にか、そのアイコンがなくなってしまったのだ。
おまけに、真っ黒にしておいたはずのデスクトップの中心に、空と雲を描いたような「絵」だか「写真」だかが表示されてしまう。タスクバーのディスプレイのアイコンをクリックしても何も動かない。スクリーンセーバーが起動する時間になると、「プログラム開始エラー」という小さなウインドウが出るだけで、スクリーンセーバーにならない。
変だけれども、とりあえず仕事にはさしつかえないので、そのままにしておいた。こうなってから半年以上経っている。
で、9日に急に思い立って、直すことにした。
最初に、画面設定を変更するアプリケーションがどこかにあり、そことのリンクが切れてしまっているのだろうと思い、WindowsフォルダーのなかにあるEXEファイルをひとつひとつチェックしていった。それが見つかれば、ショートカットを作れば問題は解決するはずだ。
しかし、いくら探しても、それらしいものはない。
Windows98にアップグレードするしかないか……と諦めかけた時に、ようやく、「ファイルの種類」が「コントロールパネル」となっているものがいくつかあることに気がついた。
そこで、別のもう一つのパソコンのそのファイルの数を比較してみたら、こちらのほうが一つ少ないことが分かった。ファイル名の頭が「desk……」となっている。おそらく、これが「画面」設定にかかわっているものだろう。
なぜか分からないが、こちらのパソコンから、そのファイルが消えてしまったらしい。
で、問題は、そのファイルをどうやってこちらのパソコンに復活させるか……ということになった。
簡単なのは、そのファイルをフロッピーにコピーして、こちらに移せばいいのだが、あちらはNECの98シリーズのノート型。こちらは、DOS/Vのデスクトップ型だから、動かないばかりか、下手をすれば、画面が全然映らなくなってしまうかもしれない。
で、こちらのパソコンのリカバリーディスクから探すことにしたのだが、ない。
ドライバー類は別ファイルとしてあるのに、そういうWindows本体のファイルはパックされてしまっているらしい。
やっぱり、Windows98にするしかないか……。しかし、データが消えてしまう恐れがあるし……と悩んだあげく、98のノートからファイルを移してみることにした。これでハングする可能性と、Windows98にしてデータが消える可能性と比較して、結局、ハングする可能性のほうが低いだろうと判断したわけだ。
その結果……。
元に戻すことができた。ラッキーなことに、そのファイルは、画面設定に入る「入り口」の役割しかしていなかったようで、98でもDOS/Vでも同じものだったらしい。
おかげで、デスクトップを真っ黒にすることができたし、スクリーンセーバーも起動するようになった。
丸2日かけたかいがあった。
ただ、フロッピーをフォーマットしようとしたら、「○○のファイルが見つかりません」というエラーメッセージが出てしまい、フォーマットできなかった。
今度、時間がある時に、それも直せるかどうか、チャレンジしてみよう。
●9月8日(金)
窓から外を見ていて驚いた。
数百メートル離れたところに女子校があるのだが、なんと、そこの校庭が見えるではないか。建物の間の、ほんのちょっとした隙間からではあるが、たしかに、そこに校庭が見えるのだ。
これまで視界をふさぐ役割をしていた木の葉が落ちたのか、そこの木の枝が剪定されたのか、とにかく、そんな理由で隙間が出現したらしい。
だから……なんだというわけではない。
ただ、女子校の校庭が見えるようになったので、驚いた……それだけの話である。
今度、双眼鏡で眺めてみよう……なんていう気持ちはまったくない。
●9月7日(木)
このところ、新聞にお詫び広告が載ることが多い。
一時代前だと、お詫び広告を見つけると、面白がって、「こんなのがあった……」と、食事時に話題にしたりしたものだが、最近は、珍しくない……というよりも、あまりにたくさんありすぎて、話しきれないという感じだ。
これは、最近になってひどい事例が多く発生している……ということではなくて、これまでだったら、その食品や製品の「問題」を発見した人とメーカーや販売会社との間で内密に話がすんでしまって、表にはあまり出てこなかったのに、最近は、みんな敏感になっているから、たとえば、食品に異物が入っていたりすると、すぐに保健所に届け、そこから話題になってしまう……ということではないかと思うのだが、どうだろうか。
それとも、日本の技術力が低下しつつあったり、日本人が堕落してきているせいなのだろうか。
ま、いずれにしても、企業名やブランドで信用するのではなく、ちゃんと中身を吟味して選ばなくては……ということである。
これは、小説についても同じで、作者の名前や出版社で作品を選ぶのではなく、中身で判断すべきではないだろうか。
しかし、僕はあまり声を大にしてこれを言える立場にはない。
だから、話はここで終わり。
●9月6日(水)
友人がメールで教えてくれた。悲しい知らせである。
昨日の朝日新聞の朝刊に、たがわ靖之さんの訃報が載っていたというのだ。さっそく、開いてみたら、そのとおりだった。見落としていた。
たがわさんは、僕が、会社勤めをしていた頃に、担当させていただいた漫画家さんの一人だった。訃報にも書いてあった『包丁無宿』が担当作品だった。これは僕の企画ではなくて、先任者を引き継いだものだった。
内容は、フリーの板前が、流れ旅をしながら働く先々の料亭や旅館で、さまざまな事件やごたごたに巻き込まれ、最後は、料理勝負で決着をつけよう……ということになる一話完結もので、料理勝負に負けたかもしれないが、実はそこに意外な工夫や細工が施されていて、最後には勝利して終わる……というパターンがほとんどだった。
人情がらみのストーリーと、最後の勝負のネタの意外性が受けたのか、非常に人気があり、連載も長期に渡ったほか、たしか、後に映画にもなったのではなかったかと思う。
作品には原作者はない。すべて、たがわさんのオリジナルストーリーである。
当然、担当編集者も話づくりに参加することになる。僕も、料理事典やら他の料理書と首っ引きでネタを探したり、思いつくままにストーリーを述べたりした。原稿のあがりはけっして早くはなかったが、担当させていただいて、とても楽しかった。
いちばんの思い出をあげるとすると、赤坂の辻留に、二人で取材と称して食事に行ったことだろう。
一人2万5千円の料理を注文した。僕は美食家ではない。懐石料理についても、にわか仕込みの知識ぐらいしか持っていなかった。たしかに、いいネタを使った料理だったのだろうが、あまり記憶に残っていない。
では、何が思い出になったかというと、その中に出てきた一つの食材である。山菜の葉のようなものにゼリー状のものがからめてある感じだ。これは、いったい何だろう……と、たがわさんと、食べながら首をかしげた。日本料理だからゼリーではないだろう。葛か、寒天か……などと、適当なことをいいつつ、結局、よく分からないので、店の人に尋ねてみた。
「ジュンサイでございます」
店の人はあっさりと答えた。そうか、これがジュンサイなのか……と思ったが、日本料理を主題にした作品を書いていながら、そんなことを知らなかったのが恥ずかしくて(たぶん、たがわさんもそうだっただろう)、そのまま、店の人には何も言わずに食べ進んだのだった。
たがわさんがそういう漫画を書いていることは、店の人には最後まで明かさなかった。もし、最初のうちに、それをベラベラと喋っていたら、とんでもない恥をかいていたところだった。
その後、たがわさんと飲んだ時には、必ず、その時の話が出て、二人で笑ったものだった……。
たがわさんのご冥福をお祈りしたい。
●9月5日(火)
サッカーのオリンピック代表壮行試合をテレビ観戦。
前半は、相手のスピードに面食らっていた様子だったが、後半、相手の動きが鈍くなるとともに、調子が出てきた感じだった。激しい雨の中だったのに、トラップ、パスなどの時のボールの動きは、普段とあまり変わらないように見えた。それだけ、技術が高いのだろう。
勝ったのはよかった。特に、後半は守備も非常に安定していて、安心して見ていられた。しかし、やっぱりフォワードは物足りない。土曜日の試合と合わせて9点入ったのに、登録メンバーのフォワードは平瀬の1点だけ。情けないではないか。
●9月4日(月)
ロシアのプーチン大統領はスパイ映画に出てくる悪役のような顔をしている。冷静で冷淡な、スパイ組織の主任といったイメージである。KGB出身だと聞いて、さもありなんと思った。あまり、友だちになりたくないタイプだ。
その点、クリントン米大統領は、そのあたりにいる気のいいオジサンのような感じだ。不倫疑惑の際には、必死に言い訳をしている姿が、なんとも人間味があって、その点で親しみを感じた。
僕の個人的な印象なのだが、これはそのまま、その国のイメージを象徴している。
ロシア原潜沈没の際に、当局の責任を追及する遺族が鎮静剤を注射されてその場で意識を失ったというエピソードがあったが、大統領の不倫疑惑も、これがところかわって、ロシアだったら、モニカとかなんとかいう女性は、とっくに消されていたのではないだろうか。
こんなことを書くと、僕はロシア嫌いのアメリカ好き、なんて思われるかもしれないがそんなことはない。
1970年代、アメリカは僕の中では、「アメリカ帝国主義」であった。大嫌いであった。打倒すべき対象であった。
今の印象はだいぶ変わって……日本よりも民主的であるし、その面では素晴らしい……とも思う。
でも、やっぱり、無条件で好きにはなれない。沖縄で米兵が殺人を犯したりすると、「アメリカは日本から出てゆけ!」なんて思ってしまう。
だいたい、日本軍の南京大虐殺を問題にして、どうして、アメリカの原爆投下や、東京大空襲を問題にしないのか。あれだって、一般市民を対象とした大量虐殺ではないのか。
……ありゃりゃ。ちと、筆が、いや、キーボードがすべってしまった。
まあ、どうも、そんなこんなが影響しているのか、僕はまだアメリカには行ったことがない。ハワイぐらいには行ってみようかと思うが、なかなかその気になれない。
行くとしたら、せいぜい、浦安のディズニーランドぐらいかな。
●9月3日(日)
夏目漱石にはなれなかった。
やっぱり、全体的に薄いから、いくら伸ばしても、情けなさがついてきてしまう。それに、僕の顔はそもそもヒゲが似合うダンディな雰囲気ではなかった。
ということで、ヒゲはきれいに剃ってしまった。
夕食の時に顔を合わせた子どもたちが、こちらが言うまで、そのことに気がつかなかった。
親を見る子どもの目なんて、そんなもの。そうは思ってみても、はやり、ちょっとショックである。
●9月2日(土)
サッカーの五輪壮行試合をテレビで見た。
分かった。うん。強い。ただ、フォワードの選手がちょっと物足りなかったなあ。吉原は補欠だしなあ。
どうして、北嶋を呼ばなかったのだろう。Jリーグで結果を出しているのに。
柳沢のあの切れ長の目は、トルシエの好みなんじゃなかろうか……なんて、勘ぐりたくなってしまった。
●9月1日(金)
ようやく、学校が始まった。
子どもが家にいると、昼食を気にかけなくてはならないから、それが、大変だ。時には、部活だったり、友だちと遊んだりするから外で食べる……、時には、外で食べる予定だったけど、やっぱり、家で食べる……など、いろいろある。一人の時は、気楽に、時間も場所もその日の気分で決めていたのに。
まあ、家で食べるといっても、僕がつくるわけではないから、結局は、外食なんだけれどもね。
●8月28日(火)〜8月31日(木)
ずっと、仕事をやっていた。こんなに真面目に集中して取り組んだのも、久しぶりだ。なんとか、完成にこぎつけた。
出来については……まあ、僕が判断することではない。(9月1日記)
●8月27日(日)
生まれて初めての経験をした。
自宅の近くにアルコールのディスカウントショップがない。そのために、車で買い出しに出た。あまり時間がないので、急いで……と思っていたら、途中で、とても危険なことをしてしまった。
はるか先のほうの車の動きに気をとられていた。片側2車線の道路で、左車線に駐車している車があるらしく、右側の車線に出ようとウインカーを出している車が見えたのだ。今のうちに右に出ておこうか……と、右に視線をうつして、もう一度前を見たら、なんとそこに信号があった。しかも、赤!
ブレーキを踏んだが、もう交差点に入ってしまっている。
ギャッ!と思ったが、幸い、右折用の矢印がついていた。そのまま、通り過ぎた。
完全な信号無視だった。先の車の動きに気をとられて、手前の信号を見落としていた。
フライングして発進した車や、渡り始めた歩行者などがいなかったからよかったが、下手をすれば、とんでもない事故になっていたところだ。
気をつけなくては……と、心をひきしめた。
生まれて初めての体験は、しかし、それではない。
僕は、それから慎重に運転していた。
ある交差点。信号待ちから発進したところで、僕の前を走る車が左にウインカーを出して、いきなり左折しようとした。Y字路のちょっと大きな交差点だから、スピードはそこそこに上がりはじめている。
こいつ……危ないじゃないか……と思いながら、僕はブレーキを踏んだ。
その時、ちょうど、僕の左斜め前方にバイクが走っていたのである。僕の前の車から見ると、そのバイクは左斜め後ろにいることになる。
そのバイク、気づいていないんじゃないか……と思った次の瞬間、バイクはそのまま左折しようとする車の側面にドン!
後輪が宙に浮いて、ドライバーが投げ出されてしまった。
その一部始終を、僕は見てしまったのだった。
交差点を渡ったところで車を停めて、慌てて現場に戻ると、幸いにして、バイクに乗っていた人は立ち上がっていた。高校生ぐらいの男の子だった。バイクは原付だった。
その男の子は、自分が事故を起こしてしまった、ということをとても恥ずかしがっているようで、大丈夫、大丈夫を連発していた。車の運転手(五十歳前後のオヤジ)も、「ウィンカー、見えなかったの?」なんてことを言っているから、このままだと、じゃあ、何かあったら、ここに連絡をしてね、バイバイ……なんてことになってしまいそうだった。
しかし、膝と肘をひどくすりむいていて、とくに膝が痛いと言っているではないか。今は興奮しているから痛みを感じないかもしれないけれど、後になって、具合の悪い部分が出てきて、実は骨折していた……なんていうこともあったりするから、絶対に警察に届けて、ちゃんと病院にも行っておいたほうがいいよ……と言い、携帯で110番しようとしたら、少年が、近くに交番があるからそこに行く……、などと言って、結局、そこまで歩いて行くことになった。
ま、僕は交番で、目撃したことを話し、住所と名前を伝えて、すぐに出発することにしたのだけれど、少年は救急車を呼ぼうという警官に、「後で自分で病院に行くからいい」などと、馬鹿なことを言っていた(これは、結局は、呼ぶことになった)。
事故を起こした車のほうには、助手席に奥さんらしい女の人が乗っていたのだが、この人は最後(交番の警官が救急車の手配をして、僕が、ではこれで失礼します……と言ってその場を去る時)まで、ついに、一歩も車から外に出てこなかった。夫の運転する車が事故を起こし、相手の少年が血を流しているというのに、「大丈夫ですか……?」の一言もないのである。鬼か、このババアは……と思ったが、ここで文句を言ってもしょうがない。
こういう時には、その人の性格が出てくるものなのだなあ……と、しみじみ思いつつ、車に戻った。
……そういうことで、生まれて初めての経験とは、交通事故が起こった瞬間を見てしまった……ということだったのだ。
ビールを買った帰り道、その興奮がまだ冷めないまま走っていたら、前方で車の流れが悪くなっている。左の車線の車がみな右に車線変更しようとしているから、駐車している奴がいるのだろう。たしかに、三、四台の車がハザードをつけて、やや間隔を開けて連なって止まっている。歩道のあたりで立ち話をしているようだから、旅行にでも行った帰り道で、ここで解散しようとしているのか、それにしても、こんな場所にこんな止め方をするなよな……なんて思いつつ通り過ぎようとしたら、なんと、車の間に250CCぐらいのバイクが転倒し、ガードレールの脇に男の人が倒れているではないか。僕からは見えなかったのだが、助手席にいた連れ合いは、その男の人の体から血が流れているのを見たという。事故が発生した直後だったようだ。さっきの事故よりも、こちらのほうがはるかに深刻だ。
なんていう日なんだ……。二度あることは三度……となって、自分が関わったりするのもいやだから、とくに慎重に運転して帰った。
あまり、ありがたくない初体験だったが、それはともかく、バイクはあぶない。
●8月26日(土)
22日に、ブレーカーが落ちてしまった……という話を書いた。その後、何人かの人と話したり、メールをやりとりし、あることに気がついた。
電気湯沸かし保温ポット(そういう名称かどうかは分からない)……という電気製品が、世の中の家庭にはけっこう普及しているらしい……ということである。水を入れてコンセントを差し込むと、お湯が沸いて、そのまま保温する……という製品だ。
僕のところには、ない。
僕の実家には、ある。遊びに行くと、まずはお茶……と、母がそこからお湯を注いで、出してくれる。だからというわけではないが、僕はその製品は、おもにお茶好きのご老人の家庭で使われているのだろうと思っていた(ご老人でないのに持っているかた、ごめんなさい)。
でも、そうでもないようである。
僕のところでは、日本茶は夕食後か、休日の午後ぐらいしか飲まない。だから、いつもお湯がわいている必要はないので、電気湯沸かし保温ポットは、もしあったとしても、使わないだろう。コーヒーはもともと熱々の湯でいれないとだめだから、その場で沸かしている。
そういえば、以前、電気につなげるやつではない、普通の保温ポットを使っていたが、いざお湯が必要だ、といっても、すでに熱湯ではなくなってしまっているから、沸かし返さないと使えない……ので、役に立たなかった。電気湯沸かし保温ポットがあれば、いつでも、熱湯が出てくるから、まあ、便利……ということで、普及したのだろう。
僕のところでは、逆に、それならお湯が必要な時にヤカンで沸かせばいいか……ということになり、だから、今は、普通の保温ポットもない。
●8月25日(金)
一歩も外に出なかった。
●8月24日(木)
東京競馬場の花火の日だった。毎年家族で出かけているので、今年も……という話になり、席取りのために、4時半ぐらいに一人家を出た。
花火は8時からだ。ちょっと早めに……ぐらいの心づもりでいたのだが、行ってみてびっくり。席取りのシートで、あの広い競馬場の一階スタンドが、すっかり埋めつくされてしまっているのではないか。かろうじて、一畳分ぐらいの場所を通路の脇に見つけて、そこに身を縮めて座ることにした。
ここの花火が始められて十何年になるが、最初の頃は、けっこうゆったりとくつろいで見られたものだった。打ち上げている時間は三十分しかないのだが、ごく間近で見られるのがいいのか、年々人が多くなり、今年はついに内馬場にまで人を入れるようになっていた。
ところが、そのために、打ち上げ場所が少し遠くなってしまい、前のように、視界が全部花火で埋まってしまうようなすごい迫力はなくなってしまった。
わりと近くで見えるけれども普通の花火……に成り下がってしまった感じがして、興ざめだった。
それはそうと……。
家に帰ってから、なんだか尻が痛いなあ……と、尾てい骨あたりに手をやったら、マメができかかっていた。コンクリートの上に薄いビニールシートを敷いて、無理な体勢で座っていたから、尾てい骨が当たったのだろうか……。
それにしても、なあ……。
親指、両肘、そして、尻……。たて続けだものなあ。そんなにマメって、できやすいものだったかなあ……。
どこか、悪いんだろうか。
●8月23日(水)
19日に、このまま、秋になってしまうのか……なんて天気のことを書いたが、どうやら暑さが盛り返しているようだ。朝のうちは雲っていて、次第に晴れて強烈な日差しが照りつけてくる……という真夏のパターンとはちょっと違うような気がするが、日中は、少しは日が差しているようだ。
あまり外に出ないから、よく分からないのだが、とにかく、まだ秋らしくはなっていないらしい。
まあ、それはそれとして、何もやってないから、書くことがなくて、困る。
●8月22日(火)
友達から飲みに行かないか、という誘いのメールがあった。知り合いが、あるところでトークショーをやるらしい。
行きたい、と思った。が、もろもろの事情を考えると、今は、とても、飲みに行っていられるような状況ではない。
で、断腸の思いで、断わった。
その結果……というわけでもないかもしれないが、今日は一歩も外に出ないまま過ごしてしまった。デブ街道まっしぐら、である。
やっぱり、行きたかったなあ……。太りたくないものなあ……。
あ、いや、そういう問題ではないか。
……ところで、ところで。
二週間ほど前の出来事で、書き忘れたことがある。僕にとっては、かなり重大な問題を含んでいることだから、思い出しつつ、書いてみる。
夜、いつものようにパソコンに向かっていたら、突然、ディスプレイの画面も、僕の周囲の空間も、真っ暗になった。
えっ、何があったの。どうしたの……。
一瞬、頭の中がパニックになった。
でも、すぐに、これは停電か、ブレーカーが落ちたのだと気がついて、窓から外を見れば、いつもの街明かりが。となると、ブレーカーが落ちたわけだ。
懐中電灯の光を頼りに、配電盤を見ると、たしかに、メインのブレーカーのスイッチがOFFになっている。
でも……。そんなにたくさん電気を使ったかなあ。
その時に何のスイッチが入っていたか、調べてみたら、大きいのは、エアコン二台と食器洗い機ぐらいで、あとは、僕のパソコンと、テレビが二台に、各部屋の明かり……あと、冷蔵庫がついていたかもしれない。
この家の契約容量は40アンペアである。60アンペアにしようかとも思ったが、まあ、そんなに使うこともあるまいと、そのままにしておいたのだ。
やっぱり、エアコン二台はきついのかなあ……と、その時には思ったのだが、それはそれとして、もっと大きな問題は、僕のパソコンのほうなのである。
いきなりシャットダウン……だもの。それまでの仕事はどうなるの。
もちろん、保存していない部分は消えてなくなっている。
自動保存するようにしてあるので、その日の仕事が全部なくなってしまうなんてことはないが、せっかく書いたものが消えてしまうと、ショックは大きなもので、失われてしまったあのような素晴らしい文章は、もう二度と書けないかもしれない……なんて気がして、滅入ってしまう。
そうしてこうして数日して、ふと気がついたら、夜、三台のエアコンを使っていた。ありゃ、危ない……と思ったが、電気が切れる様子はない。そのまま、使い続けてしまった。
さらに、数日して、また、いきなり電気が切れた。仕事が、また消えた……。
どうして、こうなるのだ……と、怒りとともに、調べてみたら、エアコン二台に、食器洗い機、それに、掃除機……。
さらに、数日後。また切れた。僕の頭も切れた。
その時も、エアコン二台に、食器洗い機……。
どうも、この食器洗い機がくせ者らしい。
どれくらいの電気を食うのか知らないが、こいつは一台のエアコンよりも浪費家のようだ。
とにかく、3回もブレーカーを落として、その度に仕事を消してしまって、いったい、何をやっているのだ、僕は……と思うが、いまだに、60アンペアに変更せずにいる。
どうして、速やかにそうしないのか。自分でもよく分からないのだが、基本料金がそれだけ高くなる……というおそれが、心の底にあるせいかもしれない。
要するに、消えていった僕の仕事は、その増える基本料金の分よりも価値がない……。
僕自身が、そう意識しているわけだ。
まあ、正直、そんなものだろうとは思うが、ちと寂しい気もするから、60アンペアにしようかな。でも、こういうのって、夏の盛りのこの時期だけなんだよなあ……。
●8月21日(月)
昨日、外に出てたくさん歩いた反動、というわけではないが、今日は夕方まで外に出なかった。その夕方も、食事のためだから、散歩にもならない程度だ。
その分、仕事がはかどったかというと、そうでもない。
寝てしまったのだ。
●8月20日(日)
あるイベントのために、東京ビッグサイトに行った。名前のとおりの、とにかく、大きなところである。会場に入るのに、1時間も待たなくてはならないほどなのに、外に出たら、人の姿はまばらだ。
友だちも別のイベントに来ているということだったが、たまたま会うかもしれない……というような規模ではなかった。
それはともかく、一日中、立っていたので、疲れた。
●8月19日(土)
このところ、どうも、天気がスカッとしない。
この前の9号台風は東に進んでしまった。それだけ、太平洋の高気圧の力が弱いということだろう。この時期、普通なら、台風は高気圧に押されて、沖縄や九州のほうに進んでいくのに。
このまま、秋になってしまうなんていうこともないだろうが、しばらく、こんな天気が続くのだろう。
●8月18日(金)
また、間違えた。罵詈雑言(ばりぞうごん)を「ばりぞうげん」と言ってしまった。
ちょー恥ずかしー。
昨日の友達との会話の中で、使ってしまったのだ。僕がHPの掲示板で、そういうことを話題にしていることもあって、あえて、その友達がメールで指摘してくれた。
この言葉には気をつけなくてはならないぞ……と思いながら、なかなか正しいほうを憶えられない……というものがある。
僕にとっては、侃々諤々も、そうだ。「けんけんがくがく」なのか、「かんかんがくがく」なのか、話している瞬間に判断できずに、ええい……と思って、「けんけんがくがく」なんて言ってしまったりする。
僕には、漢字でも、なかなか正しい形を憶えられないものがある。たとえば、信託の「託」。書こうとして、はて、つくりは「宅」だったっけ……と、迷ってしまう。
この文字は、ずっと前に、連れ合いが間違えていたのを指摘して、それから、なぜか自分でも間違えるようになってしまった。
ここでこうやってあらためて憶えても、きっとまた間違えるだろうなあ……。
●8月17日(木)
朝、気がつくと、両肘にマメができていた。左腕のほうはつぶれてしまって、皮がむけてしまったから、痛い。
この前(10日)の親指のように、とくに肘をこすったりしたわけではない。昨夜は、二人の友達と飲んだ。それだけだ。飲んでいる最中に、左の肘が気になって触ったら、皮がむけた……という記憶があるから、そのあたりの時点で、できたようだ。
しかし、どう考えても、マメが両側にできるようなことをした記憶がない。肘の同じ位置なのである。
そこで、どういう姿勢でいたらマメの位置に当たるようになるのか、テーブルの向かって試してみた。
結果、両ほうの手のひらを合わせて、そのまま両肘をテーブルにつき、さらに、身を乗り出すようにして体重を前にグッとかけた時に、ずばり、マメの位置にくることが分かった。
たしかに、そういう姿勢で話していたことがあった。
しかし、いくら体重をかけたとはいえ、普通に座っていただけなのに、マメができてしまうなんて……。
なんとも、情けない体になってしまった。
●8月16日(水)
サッカー、対UAE戦をビデオで見る。
なんとも、目的のよく分からない試合だった。オリンピックに出る選手たちを、ここで最終的に選考しようというのならば、それらしい布陣を試せばよかった。若手をたくさん使ったとはいえ、結局、最初に得点したのが森島……なわけで、試合には勝ったものの、複雑な気持ちだ。
どうせならば、オリンピック壮行試合その1……にしてしまえばよかったのに。
●8月15日(火)
敗戦記念日。
日本が、あの時点で、太平洋戦争に突入せずに、最後まで戦わずに切り抜ける、ということはできなかったのだろうか。
戦争を避け、できるだけアメリカやイギリスとうまくやっていこう……と考えていた人たちが、政府や軍の中枢にもいたはずである。
そのあたり、今度調べてみようかと思っている。
●8月14日(月)
子どもが、「お父さん、これできる?」と、国語のドリルを持ってきた。夏休み中に、これくらいはやっておこうね……と、連れ合いが買い与えたものだ。
示されたところを見ると、漢字が並べて書いてあり、部首の違うものを一つ上げ、その部首の名前を書け、というものだった。
見てみたら……。
分からない。どれもみな同じに見える。
二つの問題のうち、かろうじて一つはできたが、もう一つは見当がつかなかった。
僕が小学校の勉強をおろそかにしたのか……、それとも、この問題がカルトすぎるのか……。
――――――――――――――――
「言の葉掲示板」のほうにその問題をアップしておいたので、興味のあるかたは、ご覧になってください。
●8月13日(日)
さて、今日の日記を書こう……と、パソコンに向かいながら、ふと、窓の外に目をやった。深夜、十二時ちょっと前である。
街道へ通じる新しい道が見える。そこに、サイレンを鳴らしながら、パトカーが走ってきて、止まった。その向こうにハザードライトを点滅させて止まっている車がある。僕の見ているところからはかなりの距離があり、雨も降っているので、そこで何が起こったのか分からない。
少ししたら、今度は救急車のサイレンが聞こえてきて、そこに止まった。
おそらく、交通事故だろう。
だとすると、僕が知っているだけで、この通りで起こった事故はもう三件目である。四月から、なのである。
片側一車線だが、道幅が広く、歩道にも余裕があり、電柱もない。わずか三百メートルほどの、とても見通しのいい道だ。
マンション前の道は、この道の半分ぐらいしか幅がない。センターラインも歩道もない。バスが来たら、電柱の手前で待っていないとすれ違えないようなところだ。
前にも書いたが、そこで事故が起こったという話は聞かない。
どうしてだろう。不思議だ。
今、向こうに見える救急車が、再びサイレンを鳴らして出ていった。
乗せられた人は、大丈夫だろうか。
●8月12日(土)
夏目漱石を目指そうと思っている。
いや、べつに「文豪」になろうというわけではない。お札の顔になりたい、というわけでもない。
ヒゲである。
あんな感じに伸ばしてみたいと考えているのである。
なぜ夏目漱石かというと、ヒゲの似合う人として、一番最初に僕の頭に浮かんだだけで、べつに理由はない。
もうだいぶ伸びてきてはいるが、あそこまできれいに整うまでには、あとどれくらいかかるのか。ふだんの手入れはどのようにやればいいのか。全然分からないが、まあ、とにかく、目指せ夏目漱石なのである。
しかし、実は僕は致命的な問題を抱えている。
ヒゲの一部が薄い……のだ。もっと正確にいうなら、スカスカの部分がある、のだ。
このまま伸ばしていっても、十円ハゲのように、そのスカスカ部分が残ってしまうかもしれない。
次に出る本の著者近影は、夏目漱石ふうの写真にしようと思っているのになあ。ダメかなあ……。
●8月11日(金)
全身を映す鏡の前に立って驚いた。
なんと! 胴の下に、オマケのようにちょこんと足がついているだけ。まるで、ダックスフントがチンチンしているみたいな僕の姿がそこにあった。
「ギャッ!」
思わず叫んでいた。
なんだ、なんだ、これは。こんな短足じゃないぞ、僕は。
鏡がおかしいんじゃないのか。豊島園だか向ヶ丘遊園だか読売ランドだか、どこかの遊園地に、ノッポに映ったり、デブに映ったりする鏡がいろいろあった。あれと同じように、この鏡のどこかが歪んでいるんじゃないか……。
けれども、鏡は壁にはりついていて、どこも曲がっちゃいない。
ならば、これは夢なんだ。悪夢なんだ……。
僕は頬をつねってみた。
痛っ、たたたた……。
夢じゃない。
となると、どう考えたらいいんだ。「どっきりカメラ」か。でも、鏡には細工はないんだぞ。何が、どうなっちまったんだ……。
混乱しながら、僕は家族を大声で呼んだ。
「こ、こんな短足になってしまった。ど、どうしてだろう……」
ところが、家族は平然として言い放った。
「前から、こうだったじゃない」
ガーン!
嘘だ!。
「いや、僕はこんな短足じゃなかった」
「ううん、こんなもんだった」
みんなうなずきあい、つまらなそうな顔をして、去っていった。
ガーン! ガーン!
本当か。本当に、僕の足はもとからこんなに短かったのか。
そんなことはない。
そんなことはないよ。
僕は、目の前の鏡に映った、カッコ悪い自分の姿を見ながら、思った。
きっと、ここ何日も、ずーっと外に出ずに、椅子に座ってばかりいたので、ついに足が退化しはじめてしまったんだ。
ヤバイ!
明日から、もっと足を使うようにしよう。そうしないと、ますます短くなってしまう。
……ということで、僕は明日は少しは外に出て歩いてみよう、と決意したのである。
●8月10日(木)
子どもとテレビゲームをやろうということになり、ゴルフものとか、シューティングものを試してみたが、コントローラーの使い方もろくに分からないから、ちっともゲームが面白くない。
それでも、あるゲームの中のオマケゲームに、いいのがあった。
100メートル競走である。ボタンを早押しすれば、それだけ自分のキャラクターが速く走る……という、単純なゲームだ。いかにも、オマケらしいが、これがまた単純なだけに、はまってしまう。
◎と×のボタンを交互に、できるだけ早く押す。それだけ。
二本の指を使よりも、一本の指を往復させたほうがいい、と子どもに教えられて、そうしてみた。
親指を必死に往復させる。ゴール。よし、11秒8台だ。
しかし、子どもがやると、11秒6台。
くそっ、もう一度。
だめ、やっぱり、11秒8台。
もう一回……。
だめ。
もう一回……。
よっしゃ! 出た、11秒6台。これで、やっと子どもと並んだ。
よし、次は狙え、夢の10秒台……。
あれ、親指の先が痛いぞ。どうしたのかな。
れれれ、マメが……。
……というオチがついて、おしまい。
じゃあ、指を使わないものを……と、ダンスダンスレボリューションをやったのだが、これも、子どもに負けどおし。
くそっ、くそっ。どこへ行ったのだ、オヤジの威厳は……。
これを書いていても、変換キーを押すたびに、右の親指の先のマメが痛いし……。夏休みなんか早く終わってしまえ!
●8月9日(水)
長崎の原爆忌。
長崎には十年ほど前に、一度、行ったことがある。長崎を舞台にした作品を書くための取材だった。夏の盛りで、どこを歩いても、肌がじりじりと焼かれ、汗だくになったものだった。原爆が投下された日も、そんな晴れた日だったのだろうか。
平和公園にある平和祈念像はとくに印象的だった。たしか、天をさした右手は原爆の恐ろしさを表わし、水平に伸ばした左手は未来に渡っての平和を願っている……のだったと思う。その願いが永遠にかなえられ続けることを、祈りたい。
ところで、その平和祈念像のミニチュアのような像を、最近、どこかへ出かけた際に見かけた。車の中から通りすがりに見たのだ。しかし、そこがどこだったのか、よく憶えていない。どうして、そこにその像があるのかも分からない。
今度、調べておこう。
ふたたび、ところで……。
「調べる」ことに関係した話を一つ。
このHPに「言の葉掲示板」をつくり、ポツリポツリと書き込んでいただいているのだが、その中で、「間違え」という名詞的な使い方は正しくない、「間違い」のほうがよろしいのでは……という指摘があった。
そこで、調べてみた。
その結果は、掲示板のほうに書いたので、ここには書かないけれども、ふだん何気なく使っている言葉にも、奥深いものがあるものだ……と、実感した。
書き込みに感謝。
みたび、ところで……。
ヒゲは家族に恐ろしく不評なので、剃ることにした。けれども、もともと剃るつもりなのに無精していたために伸びてしまったものなので、剃ることにしたけれども、いつになるかは分からない。
しかし、この顔は自分で見ても、汚いと思う。僕の友人にはヒゲの似合う人が何人かいるが、彼らが羨ましい。
●8月8日(火)
ヒゲを伸ばしている。いやいや、剃らないままでいたら、はっきりと存在が分かるくらいに伸びてきてしまった……わけだから、そう書くのは正確ではない。
ヒゲが伸びてしまった。
そう、それが正しい。
何日ぐらい剃っていないのだろうか。まだ、一週間にはなっていないと思うが、それでも、指先でつまめるくらいに伸びているから、ここまでの僕の人生でいちばん長いくらいにはなっている。
そのヒゲを見ていて思う。
ヒゲの中に、たくさん白いものがある。その割合は、頭髪と同じぐらいだ。
腕を大きく上げると、脇の下が露わになり、そこにも毛があることが分かるが、そこには、白いものはない。
裸になって、いわゆる「シモの毛」を見ても、白いものはない。
どうして、頭髪とヒゲに白いものがあって、ほかにはないのだろうか……。
ホルモンの関係とか、なんちゃらとか……調べればそれなりの答えが見えてくるのかもしれないが、今は時間がないので、疑問のままでおしまい。
ま、僕なりに、考えがないわけではない。
体の上部、要するに、頭のてっぺんから、色素がなくなっていくのではないか……というものなのだが。
さて……。
●8月7日(月)
7月28、29日に熱海に行った、ということはこの日記に書いた。
その時、同行した男は僕を含めて4人だった。温泉に入り、そこの脱衣場に置いてあった体脂肪計に代わる代わる乗ってみた。ら、なんと、僕がいちばん数値が高かった。
えっ、えっ……どう見ても、僕がいちばん華奢な体つきをしているのに……。
要するに、ムチムチしているということなのだろう。
ショックだった。
よし、帰ったら毎日運動して汗をかいて、次にこういうことがあったら、いちばん下……とはいかないまでも、下のほうにいるようにするぞ!……と決意した。
けれども、実際に帰ってきたら、暑くて暑くて、とても運動するどころではない。
今日は、一日中、冷房を効かせた家の中にいて、一歩も外に出なかった。
昨日も、ちょっと買い物に出ただけ。一昨日は外に出たが車だった。金曜日は、夕食のために外に出ただけ。その前は、昼食だけ……。
この暑さがいけない。こんな暑いのに体を動かしたら、倒れてしまう。
涼しくなるまで……、やっぱり、運動の秋がくるまで、熱海の決意は保留かな。
●8月6日(日)
広島原爆忌。
「核の抑止力」を主張する人たちは、核があることによって、世界中を巻き込むような大戦を防いでいる……と言っている。
しかし、もし、核を使った戦争が起こってしまったら、人類が滅亡の危機にさらされることは間違いないだろう。
その「もし」は、現実には、ありえないことなのだろうか。
一部の核兵器を所有している国に、世界制覇を企む強烈な「野心」を持った独裁者が現われない、とも限らない。「宗教心」が、その「野心」の代わりをする場合だってあるかもしれない。
過去にあったソビエトのアフガニスタン侵攻や、イランのクウェート侵攻が、将来は、戦車ではなくて核ミサイルによって行なわれることだって、ありうる。
使用されれば報復もあるだろうし、そうなれば、限定使用なんてきれいごとはいっていられなくなる。その時の世界情勢によっては、いっきに世界中を巻き込んだ戦争になってしまうかもしれない。
核兵器は、存在すること自体が危険なのだ。
こんなことは誰でも分かっているだろう。しかし、すでに存在してしまっている現状では、いきなりそれらをすべて廃棄する……ということも難しい。
天然痘のウィルスをすべて廃棄するか、研究用に保存しておくか……という問題でさえ、簡単には決着がつかなかったのである。
カルト集団やテロリスト集団の手に核兵器が渡る可能性さえ否定できない状況では、完全廃棄を実現することは、将来に渡って、不可能かもしれない。
もし、核兵器を完全に廃棄する道があるとしたら、それは、より大量の殺戮を可能にする新兵器が開発され、核兵器が無用の長物となった時なのかもしれない。
こういう空しい見方はしたくないのだが……。
●8月5日(土)
仕事をするつもりだったが、なんとなく遊んでしまった。
●8月4日(金)
千葉すず選手、敗訴したのか。
残念だ。
判事は、選考状況をほんとうにきちんと把握したうえで、今回の「判決」を下したのだろうか。
どうも、釈然としないが、とにかく、彼女の勇気に拍手。
水連にしても陸連にしても、選手の選考の際に、いろいろ影響を及ぼしたいエライさんがたくさんいるのだろう。それが、基準の明確化の妨げとなっているのではないか。
PTAの会長選びから、大臣の椅子まで、そういうエライさん同士の綱引きで決まったりする日本だから、まあ、体質として仕方ないのかな。
でも、こういうのに翻弄される選手は可哀相だ。
●8月3日(木)
地震だ、と思ったら、また地震、また地震……。
三宅島、式根島、神津島あたりを震源とする群発(?)地震は相変わらず……というよりも、ますます激しくなっているように思える。
ずいぶん前の伊豆半島南部の群発地震や、伊東あたりの海底噴火にしても、どうして、狙ったように夏場に起こるのだろう。
これでは、観光を生業としている人たちは、お手上げではないか。
この夏の三宅島あたりの島の観光収入は、当然ながら、激減していることだろう。もともと、その時の流行や嗜好によって観光客の数は変動するとはいえ、これは、そういうものとは違う。
こういう時にこそ、打撃を被った人たちのために、公的資金を活用すべきではないかと思う。低利の融資とかそういうのではなくて、援助でいいのである。
外国に対する援助額では、日本は世界で二番だとか、なんとか聞いたことがあるが、その金額に比べたら、自国の国民を救済するのに必要なこの金額はけっして大きくはないはずだ。
当然、バブルの馬鹿騒ぎをやった銀行を助ける金よりも、はるかに少ない額ですむだろう。
なんとか、ならないものかなあ。
●8月2日(水)
新聞広告で知ったのだが、6月1日から、酒類の自動販売機が巷からなくなっているそうだ。
青少年の非行を防ぐため、らしい。
ならば、タバコの自販機も……とくるのが、ごく普通の流れだと思うのだが、どうも、そうはならないらしい。
大蔵省が、税収が減る可能性がある……という理由で、待ったをかけているらしいのである。
全体の販売額に対する自販機の販売額の割合が、酒よりもタバコのほうが高く、自販機を撤去したら、売り上げに対する影響が大きくなり、くわえて、これを機会に禁煙……なんていう人が多く出て、よけいに消費量が減る……ということなのか。
国民の健康よりも、金が大事……というわけである。
呆れてものも言えない……という言葉は、こういう時のためにあるのだろう。
●8月1日(火)
8月1日だからというわけでもないが、一つの計画を立てた。
長編を今月中に一本書き上げるのだ。
考えてみれば、ここ一年以上、長編を書いていない。ちゃんとやらないと、書き方を忘れてしまう。
今月末までというと、かなり厳しいが、なんとか頑張ろう。
●7月31日(月)
僕はパソコンのキーボードから日本語を入力する場合、「かな」入力をしている。
ローマ字入力は、キーのタッチ数が多くなる。ダイレクトで「かな」入力したほうが速いに決まっている……と思ったので、最初にワープロを使い始めた時から、「ま」と「は」のホームポジションに指を置いて、キーボードを見ないで打ち込めるようにしてきた。
現在は、だから、ほとんどキーボードには目をやらない。
ところが、聞くところによると、世の中では、どうやらローマ字入力が主流になっているらしい。
パソコンスクールでは、ローマ字入力を勧めているようだから、この先、その傾向はどんどん強くなっていくだろう。
「わたし」というところを、頭の中で「WATASI」と「翻訳」して打つ……なんてことは、僕にはとてもできそうにない。「しゃー」とか「みょう」なんて、そもそもローマ字にしたらどうなるのか、よく分からない。
まあ、世の中が、どういう傾向になろうとも、自分にとってやりやすいやり方でやっていればいいのだが、ローマ字入力している人は「バイリンガル」のように思えて、ちょっと羨ましい。
●7月30日(日)
不思議な現象を目の当たりにした。
鼻がムズムズするので指先で鼻の穴の内側をこするようにして探ってみたら、ひっかかるものがある。鼻毛が伸びているらしい。この前、鼻毛を切ったのはいつだったか……と思い返してみたが、はっきりとは憶えていない。とはいえ、それほど前ではないはずだ。
しかし、こんなに存在感のある鼻毛があるなんて……と不審に思いながら、鼻毛切りバサミを取りにいくのが面倒なので、指先でつまみ、そのまま、中年パワーでフンッとやって一気に抜いた。
ちと痛かった。
でも、次の瞬間、その痛みは驚きに消されてしまった。
鼻毛は、なんと、一センチぐらいの長さがあったのだ。
僕は鼻がムズムズするようになったら適宜鼻毛を切るようにしている。その間隔は一定しないが、切って落ちた鼻毛の長さはいつもだいたい3ミリ程度だ。
鏡で見ながら、徹底的に切るから、鼻の穴の中はつるつる状態になる。
なのに、一センチぐらいの鼻毛が抜けた。
どういうことなのだろう。
一回カットするにつき3ミリだとすると、少なくとも、二回は見逃していることになるが、生えていた場所は、とくに見つけにくいところではなかった。
この一本だけ、他の3倍ぐらいの速さで伸びたのか……。
不思議だ。
●7月28日(金)〜29日(土)
熱海に別荘マンションを持つ仕事仲間から、花火大会があるので……という招きを受けて、他の仕事仲間と一泊ででかけてきた。
刺身をつつきながら食事をして、花火を見て、温泉に入って、酒を飲んで……午前四時近くまで騒いだ。
誰も2日酔いはなく、二日目は熱海の海岸を散歩するなどして、仲良く帰ってきた。
いやー、楽しかった。
これでカラオケがあったら、ほとんど社員旅行のノリだが、まあ、親しい同業仲間だから社員≠フようなものだ。
定期的に、こんな親睦旅行ができるといいんだけどなあ……。(30日記)
●7月27日(木)
初めて、コレクトコール電話を受けた。
ベルが鳴ったので受話器を耳に当てたら、いきなり女性の声で、「そちらは、0××の××××ばんですか?」と聞いてきた。「はい、そうですが……」と答えながら……いや、まいった。電話料金が引き落とせなかったので、催促の電話がかかってきてしまったのか……と、首を縮めるようにしていたら、「コレクトコールです」と、きた。
「○○さんていうかたからですが、お受けになりますか?」。面食らいながらもOKすると、「後から料金通知をしますか」というようなことを聞いてきたので、「いりません」と返事をしたところで、電話がつながった。
その間、べつに、なんていうこともないやりとりしか交わさなかったのだが、初めての体験だったので、なんか、ワクワクしてしまった。
ところで、僕のところの電話はナンバーディスプレイで、なおかつ、電話をかけてきた相手を声で教えてくれるようになっている。
国際電話がかかってくると「区域外です」と案内される。
でも、今回の電話はそうではなくて、「公衆電話です」という声がした。
一般的な公衆電話からもコレクトコールがかけられるということを知らなかったので、その点でも驚いたのだが、それよりももっと驚いたことがある。
あの時、オペレーターは、電話をかけてきている地域も教えてくれた。市外通話にはなるものの、同じ都内からの電話だったのである。
●7月26日(水)
夕方、高校時代の友人と会った。
かつてここの日記にも書いたことがあるのだが、小惑星を発見して「早稲田」と名づけたS氏と、僕を去年スキューバーダイビングに誘ってくれたT氏である。
二人とも、それぞれの仕事をしっかりとこなしつつ、趣味もとことんやっている。
無趣味で、仕事も滞りがちの僕とは、まったく別タイプの性格で、体形も僕と違ってスマートだ。
高校時代は、クラブ活動で、生徒会活動で、彼らと共に行動することが多く、彼らはその時の経験を今につなげて、仕事、趣味以外にも、さなざなま社会活動に参加している。
その点でも、僕は彼らを尊敬している。
アルコール抜きで、ファミレスで話した4時間は、僕にとっては、とても楽しく有意義だった。
彼らに刺激されて、家に帰ってから、「よし、頑張るぞ!」と思った。そして、あれやこれやとやっているうちに、朝を迎えた。徹夜である。
うーん、我ながら、よく頑張った。
しかし、純粋な仕事ではない。いわゆる野暮用というやつである。これで生活のリズムをくずしては逆効果だが、まあ、とにかく、頑張るぞ!(27日記)
●7月25日(火)
4月まで住んでいた旧居を売りに出すためにリフォームする、という話は前に書いた。
その後、業者を決め、その工事が先週の月曜日に始まり、昨日終わった。明日、業者の担当者と中をチェックすることになっているので、今日、夜になってから、家族といっしょに見にいった。
引っ越しして出た後は、中を見ると「うわっ!」と顔をしかめてしまうくらい汚なかった。よく、こんなところに住めていたものだ、と感心させられてしまうくらいだった。それが、「うわっ!」と歓声を上げてしまうくらいきれいになっていた。
まさに新品同様である。
これだったら仕事部屋として自分で使いたい……と思うが、二重ローンを払っていく余裕なんて、とてもない。現実に、もうそういう状態に突入していて、青息吐息なんだから。
20日に書いた話ではないが、何か、特効薬はないものだろうか……。
ま、とにかく、早く売れてくれ!
●7月24日(月)
冷房を効かせた部屋で、倉木麻衣を聞きながら、ずっと仕事モードになっていたつもりだが、あまり進まなかった。情けない。
今日の朝食はトーストとトマト、牛乳。昼食は近所のファミレスでポークピカタとクリームコロッケのランチにコーヒー。夕食はラーメンに餃子。デザートにアイスクリーム。
厚生省が勧める「一日30品目」……には遠く及ばないな。
●7月23日(日)
一日中、家の中にいた。食事以外にしたことといえば、友だちと長電話をして、昼寝をして、二度洗濯をして、ちょっとニュース番組を見た……ぐらいかな。やらなかったことは、仕事と運動。
頭と体には、贅沢な一日だったのかもしれない。
●7月20日(木)〜22日(金)
2泊3日で、千葉の九十九里方面に出かけた。家族と、車でである。
片道120キロほど。その大半が高速道路や自動車専用道路だ。毎年のように同じところへ出かけているので、東京タワーとかレインボーブリッジ、幕張、ザウスなど、主要な風景は見慣れてきた感じがする。
それはそれとして、高速道路や自動車専用道路を走っていて不思議に思ったことがある。
どうも、右側車線に出る気持ちになれないのである。
右側車線とは、いうまでもなく、追い越し車線のことだ。
以前は高速道路を走り始めたら、間もなく追い越し車線に出て、それからは、ずーっとそこを走り続けていた。
後ろからポルシェやベンツなどがとんでもないスピードで追いついてきたら引っ込んで道を譲るが、すぐにまた右に戻って走った。
速度はその時による。100キロぐらいの時もあれば、130から40、いちばん出した時には160なんていうこともあった。僕はべつに暴走系ではないけれども、とにかく速いのが好きなのだ。
家族を乗せたままこんなスピードで事故でも起こしたら全滅してしまうから、まずいなあ……と思いつつ、高速道路に出ると、どうしても右側に出てしまう。いつも、そうだった。
……ところが、このところ、そういう気持ちがなくなってきた。
むしろ、左側の車線のほうが居心地(走り心地)がいい。
今回は、片側3車線ある湾岸道路でも、左側の車線を主に走り、あまりにも遅い車に迫った時に中央の車線に出るくらいで、いちばん右の車線には一度も出なかった。速度も80キロから、せいぜい110ぐらいまでだった。
どうしてだろう。
べつに怖いわけではないのに、スピードを上げようという気にならないのだ。
19日に、2千円札の登場に関連して目のことを書いた。
それと同様に、速度に対する感覚というか、運動神経というか、そういうものも年を取るとともに鈍ってきていて、高いスピードについていけなくなってきているのだろうか。
だとしたら、仕方ないことなのかもしれない。
しかし、僕には、いつかベンツを手に入れて、そこのけそこのけベンツが通る的な傍若無人な運転をしたい……という夢がある。
これでは、その資格≠ェなくなってしまうではないか。中年男のささやかな夢が消えてしまうではないか……。
悲しい。
バイアグラのように、青春のパワーを取り戻す薬はないものだろうか。ビュンビュン車を飛ばせるようになる薬はないのだろうか……。
ついでに、収入の面でも、ベンツに乗る資格≠ェ得られるような、特効薬があるといいな。(23日記)
●7月19日(水)
2千円札が登場した。
連れ合いが手にいれてきたので、透かしてみたり、斜めから見てみたり、目を近づけてみたり、いろいろ調べてみた。
その結果、分かったことは、たしかに様々な最新技術が取り入れられているらしいということだったが、それ以上にびっくりしたのは、もしかしたら、あまり近いところになると、僕の目の焦点が合いにくくなっているかもしれない……ということだった。
ショックである。
明視距離というと一般的に25センチとされているが、まあ、そのくらいの距離なら問題はない。しかし、20センチあたりからもっと近くなってくると、怪しい。
これは、いわゆる、一つの老化現象であろうか。単刀直入にいうと、老眼がはいってきているかもしれない、ということだ。
もうちょっと広くとらえると……2千円札が発行されると、眼鏡屋さんが儲かる……という壮大な話になる……かもしれない。
●7月18日(火)
ハルキ文庫から『「北斗星」0文字の殺人』が出たのを機会に、このホームページをマイナーチェンジした。
朝からあれやこれやと試行を重ね、夕方までかかって、なんとかある程度の形にした。
「日本語おもこ事件」を試験的に立ち上げ、掲示板を設け、トップページのデザインをちょっと変更した。
自分の思い描いてきた形が、なんとか、できあがりつつある。
……しかし、けっきょく、一日をこのために使ってしまい、仕事はぜんぜんやらなかった。
いや、一本電話をかけたぞ。
●7月17日(月)
昨夜、皆既月食が見られた。月が地球の影のほぼ中心部を通るために、皆既食の継続時間が理論的な最長時間にかなり近いところにあり、これを上回る長さの皆既月食は千年(だったかな?)以上先になる……らしい。
皆既食とはいえ、そのとたんに、月が真っ暗になって完全に見えなくなってしまうわけではない。影の周縁に近いところでは、月は血に染まったような赤い色になる。そして、影の中心部に近づいていくに従って暗くなっていく。その色の変化が面白い。
で、今回はそれを楽しみにしていたのだが、ある事情のために、皆既食を見ることができなかった。
そのある事情とは……実は……うっかり、忘れてしまったのである。
あー、なんてことだ。
本を読んだり、うたた寝をしていたりして、無駄に時間をすごし、「あ、いけねえ! 月食だったじゃないか!」と、慌ててベランダに出てみたら、月はもう下弦の月のように半欠けに戻ってしまっていた。
あー、なんてことだ。
大ボケだ。
梅雨明けだ。
●7月16日(日)
ベランダに、ミニヒマワリが咲いた。
高さ20センチほど、花の直径が7、8センチ……という、テーブルサイズのヒマワリである。横に10輪並ぶと、なかなかいい眺めだ。
タネを撒いてからここまで育てたのである(僕は眺めていただけで、べつに何もしなかったのたけど)。よけいに、気分がいい。
誰だかによれば、富士山には月見草が似合うそうだが、夏のベランダには、やっぱりミニヒマワリがよく似合う。
コスモスも撒いたから、秋も楽しめるかな……と思っていたら、なんと、こちらも、もう咲いてしまった。これもミニだから、育つのが早いのかな。
同時期に撒いたマツバボタンはまだ双葉のままだ。
これは、原寸大だから遅いのか。
いや……、失敗かもしれない。
でも、僕は何もしていないゾ。
していないからマズかったのか……。
●7月15日(土)
九州南部で梅雨明け……だそうだ。平年よりも2日遅く、去年よりも8日早いという。もともと、梅雨明けに際して明確なサインが現われるわけではなく、あくまでも、いくつかの現象を総合的に判断して判断することなので、1日、2日の違いをあれこれいってもあまり意味はないとは思うが、とにかく、このぶんだと、関東地方も20日前後に梅雨明けとなるだろう。
今年の梅雨は、あまりジメジメとしなかった。降るときにはものすごーく降る、照る時にはそこそこ照る……いわゆる、陽性の梅雨だったのかもしれない。
洗濯物がなかなか乾かなくて困る……というジメジメした日も、一週間ぐらい続いただけだったような気がする。
昔は、陽性、陰性を表現するのに、男性型、女性型という言葉を用いることがあった。
さすがに、最近は使われなくなった。差別的な言い方だから、である。
あと、天気予報では、「台湾坊主」という言葉も、かつては使われていたが、最近はきかない。冬に台湾近海で発生する低気圧で、これが東海沖に進んでくると、関東地方に雪が降る。「台湾坊主が東進してきましたから、明日は雪になるかもしれません」なんてことが、天気予報で言われていたのだが……。
どうして使われなくなったかというと……正確なところは分からない。
今度、いや、いつか時間ができたら、調べておこう。
●7月14日(金)
梅雨はどこに行ってしまったのだろう。暑い。
それはそれとして、夕方、近くの古本屋さんに行った。
資料になりそうな本があった。ハードカバーがよりどり3冊で200円のコーナーだ。文庫も同じ値段だ。
いいねえ。お手頃価格。
しかし……。こういうところで、自分の作品を見つけてしまったら、複雑な気持ちだろうなあ。
それだけ売れている……と思って喜ぶか、書棚に残してもらえなかったことを嘆くか……。
幸か不幸か、僕のはなかった。
でも、友人の名前を見つけてしまった。こちらは、なんと5冊で250円。読んだことのない作品だったので、買ってしまった。
友人に申し訳ない気がした。
●7月13日(木)
そごうが倒産した。同業他社が、それまでの出店計画を見直し、むしろ店舗を整理しようとしていた時期に、どんどん新規出店していた。社長が、100店舗をめざす、とかなんとか言っていたように記憶しているが、たぶん、周囲の人たちは、そのうち大変なことになる……と、密かに思っていたのではないだろうか。
出入りの業者の中には、連鎖倒産するところもあるかもしれない。
ワンマン社長を、誰も諫めなかったツケ……にしては、あまりに大きな犠牲ではないか。
いきなり職を失ってしまった人たちは、どうするのだろう。
リストラ、倒産……というニュースが新聞に載る裏には、何百、何千という人たちの苦しみや悲しみがある。
何百年か後には、他の時代と同様に、「今」も歴史の一場面として語られるようになる。その時には、「今」という時代は、「未曾有の不況」、「戦後の財閥解体に匹敵する経済変動」……というような短い言葉でひとまとめにされてしまうかもしれない。生活苦に直面させられた何万人、何十万人という人たちの切実な叫びは、きっと、そこには表われない。
同様に、たとえば戦国時代に生きた人たちの生活に根ざした声は、武将たちの華々しい活躍の陰に隠れて、なかなか聞こえてこない。
それが、「歴史」というものの本質なのだろうか。
日差しを映してきらきらと輝く川面。それを眺めるのが歴史だとするならば、その下に流れる汚れのまじった水を描くのは……。
もしかしたら、文学なのか……?
あ、……いや、いや。
僕はそんなことを考えようと思っていたのではない。
単に、百貨店、大型スーパーという業態が、そのままでは時代に合わなくなってきているのではないか、ということだ。
昨日、ある「カメラ」店でビールを売っている……と書いたが、あれは間違いではなかったそうだ。池袋の店である。
もともと、「カメラ」の専門店だったはずの店が家電製品を売るようになり、ついに、アルコールも扱うようになった。
薬屋さんでもお米を扱う。
こうやって、「安い」を売りにした店は、客のニーズと市場のメカニズムに敏感に反応して、どんどん形を変えている。
既存のデパート、スーパーも、見習わなくてはならない。
たとえば、外食大手のスカイ○ークのように、高級志向の店、安い店、セルフサービスの店……というように、既存の店舗をどんどん変化させていって、客のニーズに応えていく柔軟さが、今は、必要とされているのかもしれない。
銀座にあるデパートのプラン○ンが、いきなり、スーパーのダイ○ーになり、少ししたら、安売りのトポ○とコンビニのロー○ンの複合店になっていた……なんていうことがあっても面白いのではないだろうか。
●7月12日(水)
薬屋さんの前を通って、驚いた。お米を売っていたのだ。安い。でも、薬屋さんでお米なんて、どうもなじめない。それに、お米屋さんで薬を売っていないんだから、不公平な気がする。
……なんてことを夕食の時に話したら、連れ合いがもっと驚くようなことを教えてくれた。
ある有名な「カメラ」店で、ビールを売っているというのである。とても安かったので買った、という話を、友人から聞いたそうだ。
本当だろうか。にわかには信じがたい。
でも、まったくの間違いとも思えない。
僕は真偽をたしかめるように頼んだ。それが事実だと分かったところで、どうということもないのだが。
しかし、こんなことが続いて、やがて、「メガネなんとか」に入ったらチョコレートがあったり、「ジーンズなんとか」にパンがあったり、「生蕎麦」の店にスパゲッティペスカトーレがあったり(これは、ちょっと違うか)……なんてことになったら、ややこしいなあ。
●7月11日(火)
仕事仲間と飲む。
以前、計6人で事務所を共有していたことがあり、そのメンバーと飲んだのである。僕は都合によりだいぶ前に退所させてもらったのだが、他の人たちは今も仲良くやっている。飲み会に声をかけてもらったことが嬉しくて、喜んで参加させてもらった。
久しぶりに会ったので、太ったとか痩せたとか、髪形がどうだ……という話を、事務所でちょっと飲みながら話し、次に、焼鳥屋に行った。
店内がいっぱいだったために、店の前の道路脇の、ビール箱と板で作られた即席の席についた。駅のすぐ近くだけれども、ちょっと露地を入ったところだから、人通りもなく、暑すぎず、風もなく、周囲の話し声も聞こえず、飲むには最高の環境だった。
まあ、こやって道路に席を作るのは、厳密にいえばいけないのだろうが、飲んでいる間に一台も車が通らなかったから(通行人も一人もいなかったような気がする)、問題はないのだろう。
そういういい環境だったし、このところ、人に会っていなかった不満もあってか、アルコールが回るにつけどんどんいい気分になって、同時に舌も回るようになり、後で考えてみたら、僕ばっかり騒いでいたような感じだった。
みなさんに不愉快な思いをさせなかっただろうか。次の機会にも呼んでもらえるだろうか……。気がかりである。
それはともかく、話の中で、驚いたことが一つあった。
僕はよく子どもに歯磨きのやりかたで文句を言う。
歯ブラシを握って親指を添え、力強く上下に動かして磨く……それが、僕が理解している正しい歯磨きのやりかただった。
ところが、下の子は、中指と人差し指、親指の3本の指でつまむようにして歯ブラシを持ち、まるではけで埃を払うような感じで軽く磨く。そういうやり方ではダメだ……と何度も「指導」したのだが、頑固な性格で、いっこうにあらためようとしない。「テレビの歯磨きのコマーシャルでも、こうやって磨いているよ」なんて言って、得意になって、僕の前で見せつけるように磨いていたりする。僕は、あんなコマーシャルはやめてほしい、とたしょう怒っていた。
そんなわけで、知り合いの歯科衛生士に、正しい歯磨きのやり方について、聞いてみた。
すると、最近は柔らかい歯ブラシで、歯の間とそんなに力を入れずに丁寧に磨き、同時に歯茎をマッサージするように磨く、というのが主流になってきつつあるそうではないか。
僕のほうが分が悪い。
いや、でも、僕は、歯医者さんで診てもらうたびに、歯がきれいに磨けている……と誉められる。子どもの頃は、歯磨きなんか大嫌いだったので、虫歯はいっぱいあった。でも、今は、そういうわけで、歯磨きに自信を持っていた。
固い歯ブラシで、力をこめて磨く。歯茎が痛いくらいにゴシゴシやる。それが僕のやり方なのだが、それだと、歯の表面のエナメル質を削ってしまうから、年を取ってから歯がダメになりやすくなるから、改めたほうがいい……そうだ。
……なんていう話を、した。
そうしたら、一人が、「私は20年以上前に、歯科衛生士さんから、その磨き方を教えてもらった」と言ったのである。
20年前というと、「白い歯」に関心が集まっていた時代か。いや、もうちょっと後か。では、「リンゴをかじると、歯茎から血が出ませんか」……なんてやっていた時代、いや、もうちょっと後かな。「塩」が歯茎を引き締めるとかいって、「ソルト」なんとかという歯磨きが流行った頃かな。いや、歯垢を取るという歯磨きが話題になっていた頃か……。こう考えると、歯磨きにも流行があるんだな。「芸能人は歯が命」なんていうのも流行ったし。
まあ、それはそれとして、そんな昔から、そのやり方(なんていう方式なのか、名前を聞いたのかもしれないが、忘れてしまった)で磨いていたなんて、驚きである。もちろん、周囲には、そんな方法は知られていなかったのだが、歯科衛生士さんが頑固にそれを勧めたので、それに従ったそうだ。
たしかに、それを言った人(女性)はとても美しい歯をしている。
僕は、20何年も遅れていることになるのか。
しかし、今さらそう言われても、馴染んできたものはなかなか変えられるものではない。柔らかい歯ブラシも試したことはあるのだが、汚れが歯にこびりついているような感じがして、なじめなかった。
子どもには自分のやり方を押しつけないようにしよう、とは思う。でも、僕は、これからも、ゴシゴシ磨いていくことだろう。
●7月10日(月)
郵便受けに、「工事停電のお願い」というチラシが入っていた。
数日後に、「配電設備の移設工事」のために、午前1時から3時50分まで停電する――と書いてある。
2時間50分間の停電?
驚いた。3時間近く、だ? 「2分」の読み違えじゃないのか。そんな長い時間停電するなんて……。
何度も見直してみたが、間違いなく、「1時から3時50分」とある。
しかし、僕はここまで40何年間生きてきたが、そんな長時間の停電なんて、記憶にないぞ。雷とか台風の時に停電、というのは何度もあった。けれど、なんでもない時に、こんな長時間の停電なんて……。
いや、もしかしたら、今度のような深夜の時間帯にあったのかもしれない。僕が子どもだったから、気がつかなかったのかも。
それにしても、だ。
少なくとも、ビデオなど、タイマー機能のある電気製品を使うようになってからは、なかったはずだ。
昔は、それらの電気製品はコンセントを抜いたりして、一瞬でも電気が途絶えると、内蔵時計がリセットされてしまった。いちいち、そのたびに、何年の何月何日、何時何分……と、ボタンを押して合わせなくてはならなかった。
僕が前に使っていた留守番電話は、IC録音が出始めた頃のものだったから、バックアップ機能などなくて、ちょっとコンセントを抜くと、そのたびに、いちいち「はい、矢島です。大変申し訳ありまりせんが、ただいま留守にしております。お手数ですが、発信音の後にメッセージをお残しください」というメッセージと、もう一つ、フルに録音された時のための、「大変申し訳ありませんが、ただいま留守にしておりますので、後ほどおかけなおしください」というメッセージを吹き込まなくてはならなかった。
だから、外出中にちょっとした停電でもあると、その電話の留守番機能が使えなくなって、表示が点滅しているから、すぐに分かった。
この電話は、7、8年は使ったと思うが、その間、そんな形で停電のあったことが判明したのは、1度だけだったと思う。
まあ、それはそれとして、後に、数分程度ならば電気の供給が途絶えても大丈夫、という製品が登場し、ちょっとした停電ならば、面倒な時計合わせなどをしなくてすむようになった。
さらに、最近は、フラッシュメモリーを使ったものが出てきたから、電話に記憶させた電話番号などは停電によって消えることはないようだ。
しかし、我が家の電気製品のすべてがそうなっているわけではない。
3時間近い停電となると、2台のビデオとステレオ、それに炊飯器、洗濯機、ファクス、エアコン、床暖房コントローラーのそれぞれの時計を、後からセットしなおさなくてはならなくなるだろう。
これは、けっこうな手間である。
それに、停電しているその3時間はパソコンを使った仕事も、その他の家事も何もできないのである。僕の車は2層になっている駐車場の下段にあるから、車にも乗れない。寝るしかない。
日頃、我々がいかに電気に頼った生活をしているか、この停電でそれが実感できることだろうが、それと不便をこうむるのとは、別問題だ。
「このたび、工事のために下記のとおり停電させていただくことになりました。ご迷惑とは存じますが、よろしくお願い申しあげます」――この程度の文章ですませてほしくない。
だいぶ前だが、僕の加入している会社の携帯電話が、システムのトラブルのために、関東地区で半日ぐらいかからなくなった。
その時には、基本料から日割りで1日分が割り引かれたうえに、貯めると何かがもらえるというポイントが500ポイントプラスされた。3000ポイントになると新しい携帯電話に機種変更できる……というものだから、基本料の割引は当然としても、そこそこのサービスである。
東京電力も、そういった補償、もしくはサービスをすべきではないか。
少なくとも、停電した時間の分の料金を、基本料から割り引くべきである。
3時間というと、30日の総時間数の240分の1となる。基本料がいくらなのか、不勉強にして知らないが、たとえば、480円だったら2円、720円だったら3円を割り引くべきではないか。
よし、東京電力に電話して、そのように言ってみよう……と思ったのだが、電話をかけるほうが高いことに気がついて、やめにした。
●7月9日(日)
インターネット上で、こうして「日記」を公開していることについて、考えさせられる出来事があった。
ある友人の作家のホームページにも「日記」がある。
そこに、友人が「家族」のことについて書いた。その内容が、かなりプライベートなことだったので、そんなことを「公開」していいのだろうか、と思ったのである。
いくら家族とはいえ、自分の所有物ではない。そのプライバシーは尊重しなくてはならない。
まあ、「今日は家族と買い物に行った」ぐらいの記述だったら何も問題はないだろうが、たとえば、「私の妻は会社の同僚とこんなトラブルを起こしている」なんていう話だったら、勝手に書いたらまずいのではないだろうか。そういうことを「公開」してしまったために、妻に思わぬ影響が出てくるかもしれない。そういう場合は、少なくとも、事前にその部分の文章を見せて、承諾を得る、ぐらいはすべきである。
僕は、この「つれづれ日記」の中では、当事者ではない人から見て、ある個人が特定され、ある出来事と結びつく……というような記述は、できるだけ避けるように努めている。
たとえば、推理作家協会のパーティーに出た、ということは書いても、そこで誰と会って、どんな話をした、なんていう具体的なことには触れない。話の内容は書いたとしても、それを誰が言った、ということは書かない。
そのために、この「つれづれ日記」は僕個人の話が多くなり、いわゆる「噂話」的な情報もなく、面白みに欠ける内容になっている。が、それはそれで、仕方ない。
僕は、僕の文章によって人を傷つけるようなことはしたくない。もちろん、「人」の中には「家族」も含んでいる。
●7月8日(土)
昨晩から今朝にかけて、台風3号が房総半島の東側をかすめるように通過していった。
窓から見ていると、強い北風に飛ばされていく雨が、レースのカーテンが揺れているかのように白い濃淡になっていた。それはそれで、美しい眺めだった。
台風というと、幼い頃に、家に床上浸水したことがあるのを思い出す。
家が水浸しになり、僕は姉といっしょに押入の段の上に避難していた。飼っていた猫が水に落ちて外に流されてしまい、父親が慌てて助けてきた……という記憶がある。
家の柱には、その時の浸水の跡が残っていて、僕が大きくなってから父にその台風を名前を聞いたら、伊勢湾台風だ、と答えた。
僕の記憶では、もう一度、床上浸水したことがあるのだが、父はその台風の名前ははっきりとは覚えていないようだ。
あと、台風で記憶があるのは、僕が小学校の高学年だったか、中学生の頃だったか、「26号」という台風が静岡県の御前崎あたりに上陸して北上したことがあった。富士五湖の西湖に面した足和田村で大規模な土砂崩れがあり、たくさんの犠牲者が出た……ということかな。
あの時には、東京でも最大瞬間風速が40・6メートルを記録したそうで、その夜は、戸や窓が風に押されて今にも家の中に飛び込んできそうになるので押し返すのが大変だった。朝になって外に出ると、近所にある新しい家のいくつかで屋根がなくなっていた。これにはびっくりした。
その「26号」よりも多少後のことだろう、「4号」という台風があった。
これは、4月だか5月だか、まだずいぶん早い時期に、房総半島の東側を、ちょうど、今回の「3号」のようにかすめていったもので、強風による被害が大きかったのではなかったかと思う。
大学生の時には、多摩川の堤防が狛江市あたりで決壊して、何軒もの民家が流される……ということがあったが、その台風のことはよく憶えていない。僕はちょうど、北海道旅行の最中で、テレビ画面で、流されていく家を見ていた。
このほか、十年ぐらい前に、日本海を進んで東北地方の果物などに大きな被害をもたらした17号台風(後で名前がつけられたはずだが忘れてしまった)というのがあったが、これは報道による知識しかない。
僕の台風に関する記憶は、この程度である。
●7月7日(金)
以前住んでいたところの役所に行った。用事は、リサイクル団体の登録更新。
僕が住んでいたマンションでは、月に一度、リサイクルの集団回収を行なっていた。そのことを役所に登録しておくと、集めた新聞、アルミ缶などの量に応じて補助金が出るので、管理組合の運営資金にそれを充てていた。
登録は、毎年更新しなくてはならず、そのために、出かけていったのである。
僕はもう引っ越してしまっている。これまでは、団体の責任者となっていたが、別のかたに変更しなくてはならない。それで、管理組合の新しい理事長さんのところへ寄り、書類に名前を書いてハンコをついてもらってから、役所に行った。
補助金をもらうためには、毎月の回収の後に業者から届けられる伝票を役所に提出しなくてはならない。だから、僕の手元にあった1月から3月までの伝票を、同時に持っていった。
その伝票には2枚の書類を添付して提出する。それぞれに、団体名、責任者の住所と名前を書いてハンコをつく。
で、係のカウンターに行って伝票と登録更新の書類を出したら、
「伝票に添付する書類のほうも、新しい責任者名で書いてください」
と、言われた。
「でも、この伝票の日付は、私が責任者の時のものだから、私の名前で請求するのが当然じゃないですか」
「いえ。伝票の日付ではなくて、請求した時の責任者名を書いてもらうことになっているんです」
「じゃあ、今、ここで書きなおしますけど、ハンコがなくてはダメですか」
「はい。お金が関係してくることなので、ハンコがないと」
「ここに登録変更の書類があって、そこに新しい責任者のハンコがついてある。ならば、こっちにハンコがなくても、いいじゃないですか。振込先が変更になっているわけじゃないし」
「でも、そういうことになっていますので」
くそ……。そうなると、もう一度、新しい理事長さんのところに行ってハンコをもらってこなくてはならないではないか。
僕はムッとしながらも、しかたないので、2枚の書類に新しい責任者の住所と名前をそれぞれ書き、ハンコをもらうために、前に住んでいたマンションまで戻った。
何度も煩わせてしまって申し訳ない気がしたので、僕は、ついでに、新理事長さんのところに届けられていた4月から6月までの伝票を受け取り、同時に役所に提出することにした。
ところが、窓口で……。
「4月からの伝票は、3月までのものとは別に処理しますから、別に請求書類を書いてもらわないとダメなんです」
ガーン!
「だって、さっき書類はこの一組だけでいいですかって聞いたら、いいっていったじゃないですか」
たとえば、代理人だから委任状が必要だ……なんて後から言われてもいやだから、僕はそう確認したのだ。係の人は、たしかに一組だけでいいとうなずいた。
「いや……、あの時は、4月からの伝票がなかったので、そう答えたのですが……」
「同時に提出するわけだから、こっちの一組にハンコがあれば、別の一組にはハンコがなくてもいいじゃないですか」
「いえ、年度で別々に処理しますから、それぞれにちゃんとハンコがないと……」
しょうがない。僕は新しい理事長さんのところに3度目の足を運び、ハンコをついてもらってきた。
マンションが市役所と道路を隔てた向かい側にあったからいいけど、これが遠かったら、とんでもないことになっていただろう。
それにしても、伝票の請求者の名前が新しい責任者でいいと分かっていたら、最初から新しい理事長さんにそれを郵送して、登録の更新ともども、やってもらったのに……。
半日以上、このために無駄にしてしまった。
●7月6日(木)
前にも書いたが、僕は先日、倉木麻衣のアルバムを買った。デビュー曲のころから、いいと思っていた。声に透明感があり、ポップな曲もいい、それに、かわいい。
でも、僕はシングルCDは割高……と思えてしまうケチな性格だから、アルバムが出るまで買うのを控えていたわけだ。
アルバムの中身はとてもいい。ZARDもELTもバッハもやめて、このところずーっと、そればかりを聞いている。
で、僕のそういう状態を知っている友人が、昨日の朝、スポーツ新聞に倉木麻衣の記事が一面に大きく載っている……と教えてくれた。
なんでも、ダウンタウンの番組の中で、宇多田ヒカルをゲストに迎えた浜田が、倉木麻衣は宇多田ヒカルのパクリだ……と決めつけるような発言をし、後に、それに怒った倉木麻衣の事務所がテレビ局と浜田の所属事務所に抗議をした、ということらしい。
面白そうだから、お昼に喫茶店に行き、スポーツ新聞を開いてみた。
番組中に出てきた他のアーチスト名はピー音で消されていたのに、倉木麻衣の名前は消されずに、しっかりと出ていたばかりでなく、「パクリ」という大きな字幕まで出たというから、フジテレビ側もそれをあおった、という意味で、抗議の対象になっているらしい。
「パクル」という言葉は、広辞苑第三版によれば、「店先の商品などをかすめとる。また、金品をだましとる」という意味だから、浜田は倉木麻衣のことをそうとう悪く言っていることになる。
しかし……、ヒットソングを飛ばしている歌手、グループの間には、外観、雰囲気、音楽等のどれかがかなり似ている……ということがたくさんある。
たとえば、グループでいえば、ELTがデビューした時はZARDそっくりだったし、LUNASEAとPIERROTも格好やら歌が似ている。SURFACEはB’Zをちょっと若くした感じ。ゆずと19、サムシングエロスは、曲や声だけでなくルックスまで似ているから、僕には区別できない。
個人で見ても、たとえば、知念里奈はアムロの継承者みたいだし、椎名林檎と、最近出てきた矢井田瞳はファンでなければ違いが分からないだろう。
倉木麻衣と宇多田ヒカルを見ると、曲によっては雰囲気が似ている……ぐらいで、ルックスも、声も大きく違う。上記のアーチストの似ている具合を越えるものではない。
むしろ、倉木麻衣よりも傳田真央のほうが、より宇多田ヒカルに近いのではないか。
多分、浜田は宇多田ヒカルの大ファンなのだろう。だから、曲の雰囲気ばかりでなく経歴まで似ている倉木のヒットが許せないのだ。ファンの心理としては、理解できる。
ただ、宇多田ヒカルだって、曲の雰囲気はUAやMISIAとかなり近いところにいるのだから、一人、他とかけ離れて存在しているわけではない。
もともと、音楽というものは、先人の真似から出発するわけで、バッハだって、積極的にヴィバルディのコピーをしていた時期があったではないか。
倉木麻衣のアルバムは、出だしのセールスでは、宇多田ヒカルを抜いたという。
要するに、こういう雰囲気の曲の市場は、かなり大きいということだ。
今後、傳田真央に続いて、さらに似たイメージのアーチストがデビューしてくる可能性がある。
若くてかわいい子好きの僕にとっては、とても嬉しい状況になってきたのである。
●7月5日(水)
僕の住んでいるマンションから最寄り駅に行くまでに、とても狭い道路を通らなくてはならない。センターラインはもちろんない。なのに、バス通りとなっている。
バスが来るたびに、どちらかが路肩に車を寄せて止まり、対向車をやりすごすことになる。人も車もけっこうたくさん通るのに歩道もないから、歩行者のすぐ横を車がじゃんじゃん走りぬけることになり、とにかく危険だ。
ここの道は、僕が大学時代からこんな状態だった。
僕が知ってからもう25年も経ち、当然、その以前から同じ状態だったはずだから、とにかく非常に長い期間同じ状態で放置されたままになっている。商店街だから権利関係が複雑で拡幅が難しい……というわけではないだろう。片側は工場になっているから、そちら側だけ広げるのだったら、それほど困難なことでもないように思える。要は、行政がほったらかしているのである。そこは都道だから、都にやる気がないということになる。
ところが……。
その道から駅に向かって分かれていく新しい道路が、僕の引っ越しと同時に開通した。おかげで、その狭い道をとおるのは30メートルほどですんでいる。
やれやれ……なのだが、実は、そう安心もできないことが判明した。
その新しい道は片側一車線だが、両側に2メートル幅の歩道があり、ハナミズキが植えられていて、しかも電柱はないから、とてもきれいだ。
その道で、もう2回も交通事故が起こっているのだ。
いずれも、重大な事故ではないようだが、救急車が来ているから怪我人は出ている。
狭くて危険な道のほうでは、事故が起こったという話は聞かない。なのに、新しい道では2度も……。
どういうことなのだろうか。
もしかしたら、狭い道では細心の注意を払って運転し、そこから見通しのいいきれいな道に出たとたんに警戒心がなくなって、ドン!……ということになるのかもしれない。
外に出るたびにその道を通るから、そのたびに、世の中の不思議を感じながら、油断してはいけない……と、戒めている。
●7月4日(火)
ずいぶん前に書いたことがあるのだが、僕は野菜ジュースがけっこう好きだ。グラスの底にタバスコを数滴たらしておいて、そこに野菜ジュースを注いで飲むと、ピリピリしてとてもうまい。
しかし、後で胸やけして後悔することが多い。
ところが、あるメーカー(デルモン○)の野菜ジュースだと大丈夫なのである。
でも、このデルモン○の野菜ジュースはあまり売っていない。見かけるのは、いつもカゴ○である。ということで、あまり野菜ジュースを飲めるチャンスがない。
今日、近所の安売りのお店に行ってみたら、たまたまデルモン○の野菜ジュースがとても安い値段で売っていた。さっそく買って、飲んだ。
胃は大丈夫だった。
カゴ○の製品とデルモン○のそれと、どこが違うのだろう。自分でも、味の違いなんて分からないのだけれど、胃はしっかりその違いを分かっている。不思議だ。
●7月3日(月)
岡山県に小惑星専門の観測所ができるそうだ。口径50センチの望遠鏡がもうすぐ本格的に稼働し、近々、1メートル鏡もそなえられるそうだ。
これは、地球に衝突するかもしれない小惑星を、いちはやく見つけだすためのものである。要するに、映画の『ディープインパクト』とか『アルマゲドン』の世界はごめんだから、早くそれらしい小惑星を見つけてしまおう、ということだ。
小惑星が地球に衝突する確率は何百万年に一回……とも言われているが、その一回が実は間もなく起こるかもしれないのである。
小惑星を探索している友だちが言っていたけれども、小惑星がこのままの軌道を進んでくるとあと1年後ぐらいにぶつかる、というのでは、手遅れなのだそうだ。
それよりも前の周回の時に、何年か後に再び近づいたらあぶない……ぐらいのタイミングで見つけないと回避は難しい、逆にいえば、それくらい早く見つければ、ロケットを衝突させるというような少しの力でなんとかなる、らしい。
すでに、アメリカでも、小惑星探索システムがスタートしているというから、我々が『アルマゲドン』に感動している間にも、ちゃんとデータをチェックしている人がいるわけなのである。
ありがたいことだ。
●7月2日(日)
ずっと前にプレステ2を買ったのだが、それ専用のソフトはいまだに買っていない。
で、今日は近くのレンタルショップでDVDを借りてきて、見てみることにした。
タイトルは『マトリックス』である。
うん。たしかに、画像はきれいだ。ノイズやちらつきもないし、解像度が高い。
音もいい……ような気がする。
それに加えて、メイキング画像とか、キャストの紹介もあって、これならビデオテープよりもずっとお徳な感じがする。
面白いのは、再生中に白ウサギのマークが出ると、ボタンを押すと、そのシーンのメイキング画像が始まる……というモードがあったことで、その場で、そうかこのシーンはこうやって撮影したのか……と納得できるのである。
このほか、小さな画面にいくつかのシーンが映されて、それを選択するとそこから見始めることができるようになっていたり、字幕と吹き替えを選択できるようになっていたり、かなり楽しめる。
レンタル料金がテープといっしょか、若干高い程度だから、これからは、DVDを借りることにしよう。
ただし、まだあまりソフトが揃っていないようだ。
でも、そのうちに差がなくなるだろう。
●7月1日(土)
もう7月である。お中元の季節である。
あるクレジットカードの会員向け冊子を見た。ここに載っている通販は「高級」「高価」なものが多くあるので面白い。以前にも書いたが、ライカM6の特別仕様モデルが86万円、とか、ディズニー映画「ホカポンタス」のセル画が300万というようなのがある。
今回はお中元特集だったので、そういう高価なものはなかったが、「高級」なものがあった。
たとえば、岡山の「最高級白桃」6個セットで1万円。送料が千円かかる。一個あたり1500円以上する桃だ。
続けて、新潟産の枝豆、1・5キロで5千円。
こういうのをつまみに、720ミリリットルが1万円という超特選大吟醸の日本酒を飲むと、心地よく酔えるだろうなあ。
しかし、なんといってもすごいのは、10個5千円という、ニワトリの卵である。
中国のなんちゃら……というとても稀少な卵らしいが、価値の分からない人に贈ると、ありがたがられるどころか、「俺をバカにしているのか!」なんて怒られかねない。スーパーではワンパック10個で百円前後だものね。
あと、お中元ではなく普通の通販だが、1個6千円という石鹸もあった。12個セットではないよ。たった1個でこの値段。百グラムというから、普通の大きさだろう。これにもしっかり送料が500円かかる。
いったい、どういう人が買うんだろうね。