最終更新日:平成15年5月23日

化学兵器一覧 <化学 Vol.52 No.11 (1997) より>


前書き
 ここにこの化学兵器資料を掲げた理由を書いておきたい。現在我々の隣国である北朝鮮にはかかる兵器が大量に蓄積され,今後の展開では日本に対しても使用される可能性があることに起因する。危機の実態を知っておくことは防御の第一歩である。知らないでは対策は立てられない。私の試算ではミサイルで300キログラムのサリン,VXガスを効率よく散布した場合,無風状態で着弾地点からそれぞれ最大半径390m,17000m以内はそれぞれの致死濃度に達するものと考えられる。風が吹いている場合,風下は2倍ないし3倍まで高濃度のガスに覆われることになろう。


神経ガス[タブン|サリン|ソマン|VX]|びらん剤[マスタードガス|ルイサイト]|窒息剤血液毒[塩化シアン|シアン化水素|アルシン]|無力化剤|嘔吐剤|催涙剤

神経ガス
 第二次世界大戦中にドイツによって初めてつくられた神経ガスは、戦後もその製造技術がイギリス、アメリカ、旧ソ連へと引きつがれ、VXという強力な毒ガスが開発された。被害者の神経系統を冒し、極度に致死量が高く、かつ毒性の発現も早い。現在、世界各国の化学兵器の主力となっている。北朝鮮はサリンを中心に7000tの神経ガスを保有し、ロドンミサイルの開発で、いつでも日本をサリンで攻撃できるとされている。

●タブン
       O
       ‖
(CH3)2N―P―CN
       |
       OC25

○物性:融点:-49℃、沸点:246℃、蒸気圧:0,036mmHg(20℃)
○毒性:人体への侵入経路:肺・目・皮膚
    致死量:400mg・min/m3(気体)
○歴史:1937年、ドイツのGerhard Scraderによって発見され、その後ドイツ軍の正式な化学兵器となる。イラン−イラク戦争で初めて実戦で使われる。現在、米軍の正式の化学兵器として貯蔵されているが、2004年までには廃棄される予定。
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●サリン
     O
     ‖
CH3―P―F
     |
     OCH(CH3)2

○物性:融点:-56℃、沸点:147℃、蒸気圧:2.10mmHg(20℃)
    揮発性:12,000mg/m3
○毒性:人体への侵入経路:肺・目・皮膚
    致死量:100mg・min/m3(気体)
    最低中毒濃度:1×10-4mg・min/m3(気体)
    ヒトを行動不能にする濃度:0.5mg・min/m3(気体)
○歴史:1938年ドイツのSchrader,Ambros,Rudrigerとvan der Lindeによって開発され、4人の名前の一部を取ってSARINと命名される。1940年より兵器として生産される。
米軍の兵器として貯蔵されているが、2004年までに廃棄される予定。
イラン-イラク戦争では使われなかったが、クルド人内乱の鎮圧にイラク軍が使用、オウム真理教が一般市民に使用し、テロとして使えることが実証される。
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●ソマン
     O
     ‖
CH3―P―F
     |
     OCH-C(CH3)3
      |
      CH3

○物性:融点:-80℃、沸点:167℃、蒸気圧:0.27mmHg(20℃)
○毒性:致死量:40〜70mg・min/m3(気体)
    最低中毒濃度:1×10-5mg・min/m3(気体)
○歴史:1944年、第二次世界大戦の末期にドイツによってつくられる。
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●VX
     O           CH(CH3)2
     ‖          /
CH3―P―S―C―C―N
     |    H2 H2  \
     OC25        CH(CH3)2

○物性:融点:-20℃、沸点:300℃、蒸気圧:0.044mmHg(20℃)
○毒性:致死量:0.1mg・min/m3(気体)
    最低中毒濃度:1.1×10-5mg・min/m3(気体)
    揮発性が低く、戦場で長期間にわたって(2週間ぐらい)毒性を保持する。
    皮膚からの浸透性が大きい。
    神経ガスのなかでも最強の毒、つまり毒ガス中で最強の毒である。
○歴史:1952年イギリスで発見、引き続きアメリカで開発され、正式な武器となる。
    実戦ではまだ使用されたことがない。
    1994年、オウム真理教が人に対して初めて使用した。
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びらん剤

 びらん剤は皮膚に水泡をおこす。その際、激痛を伴い、目や肺も冒す。マスタードガス(イペリット)はなかでも代表的なガスで、今日でも広く保有され、実戦でもしばしば使われている。

●マスタードガス(HD)
ClCH2CH2
       \
        S       HD
       /
ClCH2CH2

ClCH2CH2
       \
        NCH3    HN-2
       /
ClCH2CH2

ClCH2CH2
       \
ClCH2CH2―NCH3    HN-3
       /
ClCH2CH2


○物性:HD  融点:14℃、沸点:217℃、蒸気圧:0.112mmHg(25℃)
    HN-2 融点:-60℃、沸点:75℃、蒸気圧:0.427mmHg(25℃) 
    HN-3 融点:-4℃、沸点:138℃、蒸気圧:0.01mmHg(25℃)
○毒性:致死量:1500mg・min/m3(気体)
    ヒトを行動不能にする濃度:100mg・min/m3(気体)
○歴史:HD、HN-2、HN-3はよく戦場で使われ、次のようなところでの使用の報告されている。
1918年 ドイツが第一次世界大戦で初めて使う
1919年 イギリスがアフガニスタンで使用
1925年 スペインがモロッコで使用
1935年 イタリアがエチオピアで使用
1934〜45年 日本が中国で使用
1984〜86年 イラン-イラク戦争でイラクが使用

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●ルイサイト(L)
ClCH〓CHAsCl2

○物性:融点:-13℃、沸点:190℃、蒸気圧:0.394mmHg(20℃)
○毒性:致死量:1500mg・min/m3(気体)
    マスタードガスより迅速に作用する。皮膚に水泡を生ずる。
○歴史:1918年アメリカで作られる。
    米軍の兵器として貯蔵されているが、2004年までに破棄される予定。

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窒息剤

 この毒ガスは呼吸器系統の組織を破壊し、肺水腫を引き起こして呼吸が困難になる。代表的なのは塩素ガス、ホスゲンである。

●ホスゲン
COCl2

○物性:融点:-118℃、沸点:8.2℃、蒸気圧:760mmHg(8℃)
○毒性:致死量:3200mg・min/m3(気体)
    ヒトを行動不能にする濃度:1600mg・min/m3(気体)
○歴史:ドイツが1915年に初めて使用。

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血液毒
 この種のガスは気体として使われ、血液によって身体各部に循環され、細胞内のシトクロムオキシターゼと結合して中毒を起こす。

●塩化シアン
CNCl

○物性:融点:-6.5℃、沸点:12.5℃、比重:1.2、無色の気体または液体。
○毒性:致死量:2000mg・min/m3
○歴史:イラン-イラク戦争でイラクが使用

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●シアン化水素
HCN

 ナチスがユダヤ人虐殺に用いたガスで、アメリカのいくつかの州では今でも死刑執行用に使われている。

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●アルシン
AsH3

 ヒ素含有で無色のガス。
 融点:-113.5℃、沸点:-55℃、230℃で熱分解する。0.05ppm(空気)で毒性を示す。
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無力化剤

 この種のガスは戦場用ではなく、ある少数の人間を一時的に麻痺させて動けなくするのを目的とする。たとえばハイジャックの犯人を麻痺させて逮捕するような場合にも使われる。いろいろな種類があるが、公表されていないものが多く、ここでは3-キヌクロジニルベンジラート(BZ)のみをあげる。BZはアトロピンに似た作用をもつが、毒性はアトロピンより2〜3倍強い。

 そのほかリゼルギン酸ジエチルアミド(LSD)や、benactyzineがある。おもに神経系統、とくに視覚を狂わせ、迅速に神経作用を不能にさせるのが目的である。
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嘔吐剤

 吸うと嘔吐を引き起こすため、兵士の戦闘能力が著しく損なわれる。このため戦場だけでなく、暴動鎮圧などにもよく使われる。アダムサイトジフェニルクロロアルシンなどが代表的なもので、ヒ素を含むものも多い。


●アダムサイト(DM)

○物性:融点:193〜195℃、沸点:120〜121℃(9〜10mmHg)、蒸気圧:2×10-13mmHg(20℃)
    水に不溶。
○毒性:致死量:15000mg・min/m3(気体)
    ヒトを行動不能にする濃度:2.5mg
○歴史:1918年、アメリカでつくられる。
    催涙ガスと混合してよく使われる。
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催涙剤

 催涙剤の特徴は、毒性が低い(致死量が大)が行動不能にする濃度はきわめて小さいことである。おもに目を刺激し、涙をださせる。一方、皮膚に対しても一時的ではあるが刺激性がある。
●クロロアセトフェノン(CN)

○物性:融点:56℃、沸点:247℃
    白い結晶で水に不溶。アセトン、ベンゼンに溶解。
○毒性:致死量:8500〜25000mg・min/m3
    行動不能効果を1.5mg・min/m3で即座に起こす。
○歴史:1918年、アメリカが毒ガスとして開発する。おもに暴動鎮圧や護身用のスプレーとして使用するが、戦場でも作戦用毒ガスとしてしばしば使われる。
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