九州北部の弥生時代早期から弥生時代前期(年表参照)にかけての土器(夜臼U式土器・板付T式土器)に付着していた炭化物などの年代を、AMS法による炭素14年代測定法によって計測したところ、紀元前約900〜800年ごろに集中する年代となった。
考古学的に、同時期と考えられている遺跡の水田跡に付属する水路に打ち込まれていた木杭2点の年代もほぼ同じ年代を示した。
これらの年代の整合性を確かめるために、前後する時期の試料、同時期の韓国や東北地方の試料の年代を測定した結果、以下のことがわかった。
1) 韓国の、この時代に併行するとされる突帯文土器期と松菊里期の年代について整合する年代が得られた。
2) 考古学的に、この時期と前後する土器の型式をもつ土器の試料の年代値と考古学的編年の間にはよい相関が得られた。
3) 遺跡における遺物の共伴から、同時代とされる東北地方の縄文晩期の土器の年代と強い一致が得られた。
以上のように、夜臼U式土器・板付T式土器を使用していた時代は紀元前9〜8世紀ごろ、すなわち日本列島の住人が本格的に水田稲作を始めた年代(夜臼T式)は、紀元前10世紀までさかのぼる可能性も含めて考えるべきであることが明らかとなった。
なお、この成果は平成15年秋に開催の「歴史を探るサイエンス」において展示される。
研究の経過と結果
炭素14年代にもとづく弥生時代の開始年代
補足資料T 炭素14年代測定法
補足資料U 用語説明
国立歴史民俗博物館(以下、歴博)では、数年来、AMS法(加速器質量分析法)による高精度炭素14年代測定法とその歴史研究への活用を行ってきた。2001年度からは、科学研究費による3ヵ年計画で、共同研究「縄文時代・弥生時代の高精度年代体系の構築」を進行中である。
この計画では、土器型式をはじめとする各種考古資料で得られている緻密な編年体系を、炭素14測定結果から得られる暦年代情報によって再構築し、縄文・弥生時代の年代的枠組みを、列島規模で構築することを目的としている。具体的には、考古編年の基礎となっている土器型式との関係を明確に確認できる資料の収集につとめ、試料の採取・観察・前処理・炭素試料作成(一部)を歴博の研究者が直接行い、AMS法による炭素14測定を米国、および日本の研究機関に依頼する形で調査研究を行っている。
今回、縄文−弥生移行期の年代研究のため、九州各地を中心に韓半島南部までの範囲で、土器に付着したコゲ・ススを中心に、炭化物、木材、堅果等の試料について炭素14による年代測定を行った。測定法はすべてAMS法である。得られた測定結果は、国際的な標準となっている「暦年較正曲線」(補足資料参照)によって暦年代に変換した。
これまで得られた30点以上の試料の年代データを分析し、弥生時代前期初頭の年代として紀元前800年前後(誤差30年程度)という数値を得た。これは、多くの教科書に採用されている前3世紀より、400〜500年さかのぼる年代であり、従来、弥生時代早期(縄文時代晩期終末期とする研究者も多い)とされてきた前5〜4世紀より300〜400年さかのぼる暦年代である。
試料は写真1に示した遺跡から出土した土器に付着したスス・コゲ、炭化物、炭化米、木杭である。地域は韓半島南部、対馬、玄界灘沿岸地域、佐賀平野、薩摩、周防灘沿岸の諸遺跡である。なお写真2は弥生時代が始まったころの福岡平野の土器である。
結果については、一部、既に遺跡調査報告書(福岡市雀居遺跡第12次調査、資料6参照)でまとめられたものもあるが、ほとんどは未発表であるので、付属資料の雀居遺跡報告書からの、図3によって示す。
この中で、たとえば、福岡市博多区雀居遺跡第12次調査の資料の分析結果では、板付T式(前期初頭)に属する土器資料の推定年代は前800年(95%の信頼区間で前830-750年)と得られた。これは、従来の年代観であった前300年から500年さかのぼっている。逆に板付Uc式(前期終末期)に属する土器の推定年代は、91%の確率で前790-510年という約300年近い幅に該当しており、年代をこれ以上絞り込むことはできない。
佐賀県唐津市梅白遺跡、福岡市早良区橋本一丁田遺跡の夜臼U式、板付T式の土器に付着したスス・コゲから得られた年代は、夜臼U式が前900〜750年の間に95%、板付T式を前800年ごろに95%の確率で絞り込むことができる。
このように、九州北部の弥生時代早期から弥生時代前期にかけての夜臼U式土器・板付T式土器に代表される試料11点のうち、10点が紀元前約800年をはさむ年代に集中する結果となった。
(今村峯雄、藤尾慎一郎)
現在与えられている炭素14年代による弥生時代の開始年代に関して考えられることを考古学の立場からコメントしておきたい。
1) 北部九州で水田稲作を本格的に始めた時期を弥生時代早期(略して弥生早期)と呼び、夜臼T式、Ua式と細別する。そのあと、弥生時代前期(弥生前期)がつづく。この時期を夜臼Ub式・板付T式、板付Ua、板付Ub、板付Uc式と細別する。
炭素年代の較正値では、縄文晩期の始まりは前1200年前頃、弥生中期末の一点が前50年頃であることが、これまでわかっていた。
2) これまでの較正値では、夜臼Ua式は橋本一丁田、梅白、雀居の3遺跡9点のうち1点(梅白4)だけがかけはなれて古いほかは、8点とも前820年頃を中心に前9〜前8世紀に収まり較正値は安定している。
板付T式は雀居遺跡の2点が前800〜前770年ころを示している。
3) これによると、夜臼Ua式が前9世紀末頃、夜臼Ub式・板付T式が前8世紀初め頃となっている。夜臼Ua式に先行する夜臼T式は前10世紀頃までさかのぼる可能性がある。すなわち、北部九州の弥生早期は少なくとも前9世紀、弥生前期は前8世紀までさかのぼる可能性がつよくなってきた。
4) 夜臼式〜板付T式の年代をこれまでは前5〜4世紀頃と推定してきたから、今回の結果との懸隔はきわめて大きい。弥生時代が始まるころの東アジア情勢について、従来は戦国時代のことと想定してきたけれども、殷(商)の滅亡、西周の成立のころのことであったと、認識を根本的に改めなければならなくなる。弥生前期の始まりも、西周の滅亡、春秋の初めの頃のことになるから、これまた大幅な変更を余儀なくされる。
5) 板付T式から板付Uc式は前800〜前400年の間にほぼ収まっており、弥生前期は400年間にわたっている。従来、弥生前期の時間幅はこれまで約150〜200年間と見積もってきたから、炭素年代を較正した結果によれば、その時間幅は非常に長い。その間の人口増加、社会発展についてはきわめて長期的な年代幅のなかで再考しなければならなくなる。
弥生前期と弥生中期の境界がいつになるかを判断できる炭素年代の材料はまだ少ない。仮に前400年頃にあるとすれば、これまた従来の考えとはまったくちがって、中国では戦国時代のこととなる。朝鮮半島から流入する青銅器について、これまでの説明とは違ってくるだろう。
6) 炭素年代によって得られた弥生前期の年代は、年輪年代とは整合的である。なお、中国では西周代の炭素14年代の測定をすすめているが、矛盾が生じていない点は、この方法が妥当であることを証明しているといえるだろう。
(春成秀爾)
1. 有機物を構成する炭素には、大気起源の放射性同位体、炭素14、が極微量含まれる。
2. その濃度(炭素原子に占める炭素14の割合)は、有機物が光合成されセルロースなどの複雑な有機物となって固定された年における大気中炭酸ガスの炭素14濃度であり、その後の経過時間により減少する。(図1参照)
3. 有機炭素試料中の炭素14濃度を測定し、得られた結果を、国際的な標準となっている「暦年較正曲線」(図1参照)と比較し実年代(暦年代)を推定する。
1. AMS法(補足説明U参照)とよばれる高感度高精度測定法が1977年に提案され、その後の開発によって高精度化が進み、最近はAMS法が主流となっている。
2. 年輪年代との照合で得られる炭素14濃度の「暦年較正」データベース値の整備が国際的に進み、炭素14濃度を正確に暦年代に変換できるようになった。
3. 1990年代中ごろから高精度年代研究の環境が整ってきた。
1. 炭素14年代測定では、炭素14濃度の均一な系を炭素源とする有機物を想定している。大気は炭酸ガスを含み、均一な炭素14濃度をもつ理想的な系であるので、大気の炭酸ガスを炭素供給源とする木材、堅果類などの植物、漆などそれらを利用した製品、それらを常食とする動物等の骨等の遺物、ならびにそれらの炭化物(木炭や土器付着炭化物など)は年代測定のためのよい対象である。
2. 海洋表層は大気に比べ炭素14濃度が若干低い別の準均一系と考えられるが、その炭素14濃度は、海域や時間による変動が知られており、一般に海洋性の貝などの年代測定は高精度の年代測定には適さない。
3. 研究試料としての適格性を考慮しなければならない。特に、遺跡が数時代にわたって重複している場合は、年代試料と「目的」の遺物との関係が明確でなければならない。一般に同じ地層に共伴する遺物の同時性は保障されない。コゲやススは土器編年と使用年代の関係を見るうえで良好なケースである。
1. 遺跡出土試料は、土中のさまざまな物質による汚染、各種作業に伴う汚染をうけており、前もって取り除く作業を行う。顕微鏡観察下で夾雑物を物理的に除去するとともに、有機溶媒、酸・アルカリを用い油脂成分や腐食酸などを化学的に取り除く。
2. AMS法による測定では、グラファイト炭素としたものを測定する。そのため、前処理後の試料をいったん酸化して炭酸ガスに転換し、さらに精製し水素還元により炭素に変換する。
3. AMSでは、炭素14のほか炭素12、炭素13を同時に測り、質量の違いによる効果を補正して炭素14濃度を決定する。(測定機関)
4. 得られるデータは炭素14濃度であるが、慣習的に、濃度を炭素14年代(計算上の年代)として計算したものが報告される。実年代を求める際には、「暦年較正曲線」を用いて「実年代」に変換する。
1. 多数の標準試料を試料と同時に測り、データの再現性を検定することによって装置の安定性のチェックや測定結果の品質管理が行われている。
2.
「暦年較正」のための基礎データベースINTCAL98は、欧米産木材の年輪試料を用いている。大気は対流圏でよく撹拌され、地球上の炭素14濃度は、ほぼ均一であると考えられるので、北米、ヨーロッパのデータをもとにまとめた「暦年較正データベース」が国際標準として用いられる。なお、炭素14濃度の地域差については、実測値から、(短期的かつローカルな変動を除くと)北米、ヨーロッパの中緯度地域間で0.1%以下、日本と北米・ヨーロッパ間で0.2%以下であると結論されている。海洋の影響の多い南半球は北半球に比べ0.3%弱、炭素14濃度が低いとされる。
3. 炭素14濃度は、太陽活動や地磁気の変化による宇宙線強度や気候変動の影響を受けるが、短期的な変化は緩和され、その濃度は、ほぼ一定に保たれる。大気圏は約150年分の炭素14生産分を蓄えたプールと考えられ、11年周期でおこる太陽活動の影響は±0.1〜0.2%程度とされている。長期的な太陽活動や地磁気等の変化は緩やかな経年変化として観測される。
(今村峯雄)
自然界の炭素原子は炭素12、炭素13、炭素14の3つの同位体の混合物である。このうち炭素14(14C)は5730年の半減期をもつ放射性同位体で、大気や現在生育している生物には炭素14が1012個(1兆個)当たり1個ほどの割合で含まれている。なお炭素14濃度は、同位体効果とよばれる、同位体の重さに起因する効果を補正した濃度で示される。
大気中の炭素14濃度が変化しないと仮定して算出した年代を伝統的に「炭素14年代」と呼ぶ。具体的には炭素14の半減期を5568年(実際には5730年)とし、同位体効果を補正した炭素14濃度から算出した年数を、西暦1950年を起点にさかのぼって示したモデル年代である。単位を「BP」などで表し、誤差を1標準偏差で示す。「放射性炭素年代」「14C年代」「炭素年代」という用語も用いられる。ちなみに「炭素14年代測定法」は「炭素14」による「年代測定法」と解釈すべきである。
大気中の炭素14濃度は変化するので「炭素14年代」はあくまでも計算上の年代すなわちモデル年代というべきものである。暦年で示される年代を一般に「実年代」という表現で区別する。
「炭素14年代」を実年代に変換することを「暦年較正」、変換された年代を「暦年較正年代」、あるいは単に「較正年代」と呼ぶ。
「炭素14年代」を実年代に変換するための基礎データベース。炭素14濃度を、基準年(西暦1950年)に対する濃度比としてプロットすると、ほぼ炭素14半減期の5730年にしたがって減少するが、詳細には大気中濃度の経年変化を反映した凸凹のある曲線となる。暦年較正のための国際標準データベースとして用いられることの多いINTCAL98は、年輪年代で暦年代を値付けした欧米産木材の年輪試料を用い、約11,800年前までの測定データをまとめている。それより古い年代のデータベースには、堆積物の年縞や、珊瑚の試料を使ったデータが用いられているが、年代精度は格段に悪くなる。
加速器によってイオンを加速し、直接一個一個検出して正確にその同位体濃度を測定する方法である。炭素14測定では、現在、ミリグラム以下の炭素試料を0.3-0.5%の精度で測定することができる。放射線で測定する場合に比べて千分の1の試料量での年代測定が可能である。
(今村峯雄)