1.集落が丸ごとなくなる

 酪農地帯を車で少し走ると、写真1のような風景にしばしば出会う。住宅らしき建物はつぶれているのに、頑丈なサイロだけが残っている。屋根がへこんだ倉庫には、ロール状の牧草が牛に食べられることなくそのまま積んである。

 酪農家戸数の減少に伴い、学校や病院や商店もなくなり、形成されていた集落が丸ごとなくなってしまう。

 

他方、廃屋の目立つ酪農地帯にあって、ひときわ目をひくのは、超大型化したサイロや畜舎をもち、大型機械を使っている酪農家(あるいは酪農法人)である。こうした酪農家を見ると、借金はどれくらいあるのだろうか、子どもがいれば通学はどうしているのだろうか、病気やケガをした時には、どこの病院にかかるのだろうか、ふだんの買い物はどうしているのだろうか、など生活上の心配もわいてくる。

 せっかく開拓し、切り開いた土地に人が住み、集落を形成していったのに、消滅してしまう。こうした風景は異様である。大変な事態でもある。本稿は、酪農家の減少によって、生活環境がどう変化するのか、酪農家の減少をくい止め、暮らしやすい生活環境には何が必要か考えていきたい。

2.高齢が住めなくなる

 少子高齢化が全国的に進行するなかで、酪農地帯に限ってみると、意外にも高齢化率はそれほど高くはない。(注:北海道の酪農地帯をみると、釧路、根室支庁などの酪農専業地帯の高齢化率は稲作地帯、畑作・野菜地帯と比較して低い。拙書『北海道酪農の生活問題』(筑波書房、2005年)の第1章を参照。)

 稲作地帯等と比較して高齢化問題がより深刻化していないようにみえる。しかし、高齢者にとっては住みにくくなる、住めなくなってしまうのが酪農地帯の特徴でもある。

 畜産統計(2007年2月1日現在)によれば、この1年間に全国で1,200戸の酪農家が減少している。北海道だけでも280戸の減少である。飼養頭数に目を向けると、増加している府県(和歌山、大阪、山梨、栃木)が若干みられるものの、全国的には対前年比97.3%で頭打ち状態となっている。1戸当たりの飼養頭数をみると、数頭単位で増加している県(三重、東京、大分、静岡など)もあり、多頭化が相変わらず続いている。

 2006年から2007年の1年間にやめた酪農家は、高齢となり後継者がいないケースが多い。規模拡大の背景には、後継者のいない高齢酪農家の存在がある。彼らが酪農をやめたあと、その地に留まるとしても住み慣れた同じ土地で生活していくには困難が多い。

 写真2は、北海道北部の集落にあった簡易郵便局である。2006年3月に廃局となった。前後してJA系ガソリンスタンドやたった一つの商店も営業を止めた。診療所も病院もなくなり、元気がなければ通院さえできない皮肉な事態となった。

 

かつては鉄路やバス路線があり、お店も病院もあったと想像するのさえ難しい農村地帯は多い。地域住民の交通手段は、今では自家用車にたよる以外にない。運転免許のない人や病気や高齢が理由で運転できなくなってしまうと、移動の自由を失ってしまう。移動の自由がないことは、生活できないことを意味する。

3.忙しさのしわ寄せは女性

 大規模化した酪農家の生活はどうか。「個別経営の営農類型別経営統計」(平成17年)によれば、規模が大きくなるにしたがって、搾乳や飼養管理などの農業労働時間が増加する傾向にある。一人当たりの農業労働時間がもっとも長いのは、100頭以上の規模である。雇用や酪農ヘルパーの助けを借りても、労働加重状態である。

 酪農に従事しながら、家事も子育ても担当してきた女性にとって、規模拡大路線によってますます忙しくなる。疲れていても休めず、自分の時間はほとんどなく、ひたすら働いて酪農と家族の生活を支えている。

 家族の誰かが病気になったりケガをしたり、介護の必要が出てきたら、たちまち農作業にも支障が生じる、ギリギリの状態となる。

 しかも農村は未だに男社会である。女性を対等なパートナーとしてではなく単なる労働力とみなす輩も少なからず存在する。残念ながら、女性が正当に評価されない土壌が農村にはまだ残っている。そうなると、女性たちの不満はたまってくる。(注:酪農に従事するすべての女性を対象にした調査では、離婚をいつも考えている女性の実態が明らかになった。前掲拙書の第3章を参照。)

 40代のある女性は、お互いに共働きなのだから少しは家事の協力をしてほしいと願っている。せめて夫からの「ありがとう」や「ご苦労さん」のねぎらいの言葉があれば、どれだけ気持ちが軽くなっただろうと振り返る女性もいる。

 身体的にも精神的にもつらかった状況を経験すると、酪農家には自分の娘を嫁がせたくないと消極的になる女性がいて当然である。

 

4.後継者がいない

 若い世代の生活環境もみてみよう。幼い頃から、親の忙しさや生活上の不満をみて育つと、酪農の仕事に消極的になってしまう。また、酪農家の子どもたちは高校から親元を離れるケースが多く、場合によっては中学校から寮生活を送る子どもたちもいる。わずか12歳か15歳で親元を離れなくてはならない。日常的に牛舎の仕事を手伝う機会も少ない。

 勉学修了後に親元に戻りたくても、過疎地域では自分の就きたい職業が見つからないケースがほとんどである。都会での便利な生活を経験すると、娯楽施設が少ないふるさとの生活環境を敬遠してしまう心情にもなるだろう。

 もちろん酪農を志す若者はいる。酪農家をめざす若者にとって深刻なのは結婚である。酪農経営のしかたや暮らし方など人生観の一致した相手を見つけるのは難しい。特に、女性が酪農以外の仕事を続けたいと希望している場合、相当困難である。結婚したのになぜ家業たる酪農の仕事に従事しないのかという、周囲の圧力があるからだ。女性は貴重な労働力でもあり、産む機械(2007年1月松江市で開催された自民県議後援会の集会において、柳沢厚生労働大臣(当時)が発言した言葉。女性国会議員28名は厳重な抗議を行ない、辞任の要求をした。)と考える人がまだ多いのも事実である。

 結婚を望みながらも結婚できない状態が続くと、心身共に疲弊してしまう。40代独身者の離農は、苦難を共に乗り越えるパートナーの存在がいかに大事かを示している。

5.風通しの良い生活環境を

 戸数が減少し、大規模化のすすむ酪農業にあって、酪農を志す若者の夢が実現でき、男性も女性も時間的、精神的ゆとりをもって生活できるにはどうしたらよいか。高齢者も住み慣れた土地で人生を終えるには、何が必要か。

 大事なことは生活第一の考え方である。働くために食べているのではなく、食べるために働いている。酪農家は生き物を飼っているのだから、365日年中休みがないのは当たり前と言われる。しかし、酪農ヘルパー制度等を充実させるなどの対策が講じられ、成果を上げてきている。酪農家だからこそできる適度な働き方、適度な遊び方、生活の楽しみ方を追求していく時代でもある。

 それには、旧来の頑迷固陋(がんめいころう)な発想を変えることも重要である。結婚し、子どもを産み、子どもが希望すれば自分の子どもに酪農経営をゆずるのが当然という考え方から離れることである。人生はそんなに思い通りには進まない。思い通りにいかないのが人生のおもしろさでもある。

 結婚しなくても女性だけで酪農経営をしたい人もいる。結婚しても子どものいない人生だってある。血縁にこだわらないで後継者を選ぶ人もいる。酪農家と結婚しても、配偶者はまったく異なる職業に就くケースだってあるだろう。家事や育児、親の介護は女性の仕事と決めつけられると、やっていけないケースも生まれる。個人の生き方を尊重した風通しの良い生活環境作りが酪農家の減少をくい止めるひとつのステップになる。2008年1月7日)

(上記の文章は、『酪農ジャーナル』200712月号に掲載された「酪農家減少加速で酪農を取り巻く環境はどうなる」に加筆修正したものです。)

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酪農を継続させる生活面からの視点