1.酪農家に「熟年離婚」はあるか?
最近、『夫と別れるときのお金の本』、『うまく別れるための離婚マニュアル』、『あなたのとなりの熟年離婚』などの離婚本がたくさん出版されている。2005年秋に放映されたテレビドラマ「熟年離婚」も視聴率が高く話題となった。
確かに、婚姻期間20年以上の夫婦の離婚は増加している。2002年をピークに減少傾向に転じている(厚生労働省の人口動態統計による)が、これは、2007年4月から導入される年金分割制度を待つ「離婚予備軍」が大勢いるからである。
農家の場合、厚生年金・共済年金はまず関係ないので、サラリーマン妻のように、2007年4月まで離婚をじっと待つケースは少ないだろう。だから、農家の妻は別れたくても財産分与にも預かれず、自分名義の貯金さえわずかしかないという現実に直面する。世間体や経済的なことを考えれば、ひたすら我慢して余生を送るしかない。それが離婚したくてもできない農村女性の多くの姿なのではないか。
いずれにせよ、離婚に至らなくても、不満をかかえた生活が幸せであるわけがない。以下では、統計データを基に農業者の結婚・離婚の特徴を概観し、酪農に従事する女性の離婚意識を通して、農村社会の結婚・離婚をどうとらえるかを考えていきたい。
2.結婚できない農村男性、離婚できない農村女性
結婚・離婚の動向は、毎年厚生労働省が人口動態統計で公表している。しかし、そこでは地域別の特徴は把握できても、農村社会あるいは酪農家の特徴を引き出すことはむずかしい。
そこで、平成12年度に職業別婚姻率や離婚率を発表(注1)しているので、6年前のデータではあるが、ここから読み取れる農林漁業職の結婚・離婚の特徴をまず把握していこう。
この統計データは、無職を含めて男女別に10の職業に分類しているが、本稿ではわかりやすさを考慮し、専門・技術職(科学技術、医療関連、教員など)、サービス職(理容師・美容師や飲食店等で接客に従事する人)、農林漁業職、無職の4つを抜き出した(図1 職業別婚姻率と離婚率)。
まず、婚姻率(注2)から見てみよう。専門・技術職の男性の婚姻率が50.9と飛び抜けて高いことが分かる。農林漁業職はどうだろうか。農林漁業職は16.7と、サービス職の26.7よりも低いが、総数14.7よりもやや高い。無職の男性に圧倒的に婚姻率が低いことをみると、男性の婚姻率は収入が大きく影響していると推察できる。
一方、女性の婚姻率の場合、専門・技術職の婚姻率は20.6と、男性に比べてかなり低い。反対に無職の女性の方が婚姻率は高く、農林漁業職の女性よりも高くなっている。
次に、離婚率(注3)を見てみよう。男女共に離婚率の高い職業は、サービス職で夫10.4、妻7.4である。無職の男女も、夫5.1、妻5.4と高い。これらは、労働条件の厳しさや収入の無さが離婚につながる要因であることを示している。対照的に、農林漁業職の女性の離婚率は1.9と著しく低いのが特徴的である。
統計データを見る限り、他の職業と比較して農林漁業職の男性は婚姻率が低く、女性は離婚率が低い。大ざっぱな表現ではあるが、「結婚できない男性と離婚できない女性」と言えるだろう。
3.農村女性の離婚意識
さて、酪農家の女性に限定して、離婚についてどのような意識で生活しているのか、見ていこう。
北海道東部に位置する酪農地帯H町での調査結果を基に述べたい。この調査は2002年、農協の中長期計画策定にあたり、酪農に従事するすべての女性を対象に実施した(注4)。
「離婚したいと思ったことがありますか」という質問に対して、回答の選択肢は次の4つである。「いつも思っている」、「考えたことがある」、「考えたことはない」、「その他」である。調査協力者(未婚者を除く)295名のうち147名(49.8%)が、「いつも思っている」と「考えたことがある」に回答した。実に、約半分の女性が離婚を考えたことがある。結婚生活が長ければ、一度や二度は離婚の危機に直面する出来事はあっただろうが、注目すべきは次の事実である。
年齢別に集計してみると、結婚生活が長い世代よりもむしろ中堅かそれ以下の若い世代に「離婚をいつも思っている」層が一定の割合で存在している(図2 北海道H町における女性の離婚意識)。
特に、40歳代女性の深刻な状況が推察できる。「離婚を考えたことはない」40歳代の女性は3割に満たない。約7割の女性が離婚をいつも考えていたり、考えたことがあると回答しているのである。20歳代から40歳代の女性の1割前後が、いつも離婚を考えていても離婚できない女性なのである。
4.40歳代女性の具体的な声
H町の40歳代女性の具体的な声を紹介しよう。ある女性は、夫の両親との同居がストレスになっていると言い、またある女性は、お互い共働きなのに家事のひとつも手伝おうとしない夫への不満を口にする。農家のヨメは忍耐と体力さえあれば一人前、と考える経営主の考え方が今も続いていることに腹を立てている。
60歳代以上の年代は、都会のサラリーマンの妻も自営業者と結婚した妻も、妻はみんな黙って夫や夫の両親に従う世代であった。ところが、農村以外の社会では「熟年離婚」なる変化が始まっている。
現在の40歳代以下の世代はなおさらである。農村を除く他の社会は大きく変容した。男女雇用機会均等法が曲がりなりにも制定されて20年、男性と対等に働き、人前でも自分の意見を述べ、女性は生き生きと自由に働くことが可能な社会に変わりつつある。
その反面、農村社会は旧態依然として変わらないように見える。酪農家の妻たちが不満をもつようになるのは当然の成りゆきである。
「全部否定されて過ごした年月がもったいない思いでいっぱいです」、「姑の顔色をみて生活することにいやになりました」など、40歳代女性の不満はうっ積している。
5.不満をもつ母親に育てられた子どもの選択
いつも離婚を考えていても、20歳代から40歳代の女性が実際に離婚に踏み切るとは限らない。事実、先に述べたH町の離婚率(人口千対)は1.29と低い。同じ管内の釧路市が3.04、北海道のそれが2.59と比較すると一目瞭然である(注5)。
この傾向は北海道だけでなく都府県においても同様である。県庁所在地のような都市部の離婚率は高く、農村部では低い傾向が見られる。
農村社会では、未だに夫や夫の親との関係に悩み、相互監視される地域のストレスをかかえながら悶々と暮らす女性がいる。そうした母親の姿を見ながら子どもたちは育っている。娘は母親のような生き方はしたくないと農業者との結婚を選ばず、息子はと言えば、出会いの少ない農村で消極的になっている。
その結果、農業を継ぐ次の世代を得られず、将来の農村社会に展望をもてない事態となってしまった。
6.農村社会の結婚・離婚をこうとらえる
結婚できない男性の存在は、男社会から脱しきれない農村社会の生みだした現象のひとつである。不満を持ちつつも離婚できない女性の存在は、このままの状態を放置すればどうなるのか、静かな警告のようにも受け止められる。
新しい価値観や発想を取り入れることができず、旧来の発想にしがみついたままの農村社会に回ってきた「つけ」である。
家庭内の仕事は女性担当だと硬直的に思い込まず、男女共に自分の問題として家事にも育児にも介護にも向き合う発想、男同士のカップルでも女一人でも意欲のある人ならば農業経営ができる地域社会の寛容さが求められるのである。
結婚してもしていなくても、子どもがいてもいなくても、離婚しても再婚しても、農業をやりたい人が営農できる、そういう風通しの良い農村社会を目指すことが大切なのだと思う。(図表略)
注)
1)厚生労働省「平成12年度人口動態職業・産業別統計の概況」
2)職業ごとに平均年齢が異なるため、それを加味した標準化婚姻率をみる。
3)婚姻率と同様、標準化離婚率をみる。
4)拙書『北海道酪農の生活問題』筑波書房、2005年を参照。
5)いずれも平成16年の数字である。『北海道保健統計年報』による。
「酪農ジャーナル」2006年12月号
農村社会の結婚・離婚−現状分析と課題