1.美咲町の取り組みに学ぶ

 岡山県の中央部に美咲町という人口1万7千人ほどの小さな町があります。農業が基幹産業で養鶏や酪農が中心。その美咲町が、朝ご飯を食べてこなかった子どもたちに乳製品を食べてもらう取り組みを始めたのは、2006年5月のことでした。テレビ、新聞、ラジオなど多くのマスコミが取り上げ、全国的な話題となりました。

 「朝ご飯は家庭で食べさせるものだ」、「学校が朝ご飯を用意するとはけしからん」、「なんでそんなところにお金をつぎこむのか」といった批判も起こりました。

 話題となった朝食提供から二年。2008年1月、美咲町教育長のお話を聞く機会に恵まれました。

2.それは市町村合併からはじまった

 美咲町は2005年3月に三町が合併して生まれた町です。小学校5校、中学校3校の児童・生徒が約1,200人います。合併による学校の統合もあり、スクールバスで登校する子どもたちも増えました。バスに乗って40分から50分かけて学校に行くわけですから、遠い集落に住む子どもは、朝7時には家を出なければなりません。家庭の事情でどうしても朝食をとれない子どももいます。

 美咲町では保護者と子どもたちの両方に、「朝食を食べさせたか」、「食べてきたか」の調査を実施しています。保護者はパンを一口食べさせても、牛乳をコップ半分飲ませても朝食を食べさせたという意識です。反対に、ろくに食べていないと認識する子どももいて、15%ほどの数字のズレが生じていたそうです。

 朝食を満足に食べていない子どもたちに対して、教育委員会は最初、にぎりめしの提供を考えました。美咲町の学校給食は自校方式で、各学校に給食を作る調理室があります。しかし、昼食の準備は朝からですし、ご飯を炊くのはむずかしい。「なんか食べさせてやりてえなあ」と考えた関係者は、牛乳・乳製品を思いつくわけです。

3.10種類の乳製品を用意

 学校側が用意したのは、牛乳やチーズ、ヨーグルトなど10種類。昼食に200ccの牛乳を飲むので朝食用には同じ牛乳では多すぎる。メーカーにお願いして、90ccの蒜山ジャージ牛乳を特別に作ってもらったそうです。チーズは棒チーズや三角チーズなど1個20グラム前後の一口サイズのものです。ヨーグルトは低糖のもの。いちご味やブルーベリー味の飲むヨーグルトもあります。どれも、岡山県下にある乳業メーカーのものばかりです。

 それらを冷蔵庫に入れておき、食べたいだけ食べてよいというバイキング方式。子どもたちは、1時間目が終わった後に食べに行き、自分のおなかと相談して食べたいものを一人2品まで選びます。

 朝食を食べてこなかったり、足りなくておなかがすいている子どもたちには好評です。

4.協議会を組織し体制作り

 2006年5月に美咲町は、美咲町食育推進協議会を作りました。会長は町長、副会長に岡山県酪農乳業協会の会長、委員のメンバーには教育長をはじめ、県の農林水産部畜産課の課長、県下の乳業メーカーの方々が並んでいます。

 規約の第1条には、「朝食の補完として栄養バランスに優れた牛乳・乳製品を飲食させ、健康で心豊かな子供たちを育成するとともに保護者に朝食の重要性を認識してもらう」ことが明記されています。

 市町村合併や学校の統廃合で通学時間が長くなり、満足に朝食を食べられない子どもたちは、岡山県美咲町に限った話ではありません。美咲町にできて他の市町村ができないのはなぜでしょうか。 

5.子どもたちの実態をつかむ

 新しい取り組みを始めるとなれば、批判は必ずあります。しかし批判に耳を傾けつつも対応は柔軟で、町行政や教育行政をつかさどるトップの決断にブレの無さを感じました。

 ひと言で言えば、地方自治のしなやかさを感じたのです。「いろんなことを言う人がおるけどなあ、子どもらの健康が心配じゃからなあ」教育長の眼は子どもたちの方を向いています。批判や雑音が聞こえてきても、ポキンとは折れない。しぶとさ、しなやかさがあるのです。具体的にみていきましょう。

 文部科学省は、食育推進基本計画のなかで朝食を食べない小学生(平成12年度では4%)を平成22年には0%にしようと数値目標を掲げています。

 行政が数値目標を掲げたり、調査を行うとき、ともすれば行政目標の正当性を誇るために行われたり、実態に目を向けずに数字だけを気にすることが多いのですが、美咲町の場合、子どもたちの実態をよくつかんでいます。

 たとえば、朝食を食べてきたかどうかの調査においても、子どもたちと保護者との意識のズレを確認したり、子どもたちが朝食代わりにどんな乳製品を摂っているかを明らかにしています。家庭環境を含めて子どもたちの生活実態をつかんでいるのです。

6.朝食を食べる子どもたちが増えた

 「とうとう町が朝食まで出し始めた」当初、マスコミはこう書きました。朝食を食べさせるのは親の役目ではないかという批判は当然起こります。「美咲町は子どもらに朝ごはんも食べさせん親が多いように思われるけえ」と保護者の反発もありました。

 数字も一人歩きをしました。予算を聞かれ、児童・生徒は約1200人いるから、一人当たり月1000円としたら約1,200万円くらいになるという返事が「1,200万円の予算で取り組む」という報道になったそうです。「1,200万円も子どもらの朝食に使うのは無駄遣いじゃあ」という意見も出ました。

 実態は、朝食を食べてこない子どもたちが主に食べるわけですから、初年度は600万円程度。次年度はさらに減っています。朝食を摂る大切さが認識され、家庭で朝ごはんを食べてくる子どもたちが増え、丸2年で朝食の欠食率は10%を切りました。不登校の子どもも減ってきたそうです。

7.生産現場を知ってもらう

 朝食提供だけがクローズアップされましたが、これだけではありません。美咲町教育委員会は、親子料理教室を開催したり、親子で搾乳体験をする場を作ったりと、牛乳・乳製品を調理に活かす試みや生産現場を知ってもらう取り組みも行っています。

 朝食代わりとして乳製品を提供することに反対の立場を取っていた保護者も、実際に搾乳体験に参加することで、考えが変わったそうです。美咲町は酪農が盛んな地域とはいえ、関係者以外にとってはなかなか生産現場を知る機会はありません。

 生産現場を知った保護者が、子どもたちが学校で食べている牛乳・乳製品を意識的に購入するようになり、町内での売り上げが上がってきているというお話も聞きました。

8.牛乳消費の可能性を見つける

 さまざまな理由から、やむを得ず朝食抜きで登校してくる子どもたちは全国でどれくらいいるでしょうか。その子たちが、1時間目の授業が終わって、乳製品を少し口に入れるだけで、どれだけ集中力がついて勉強に専念できるでしょうか。

 牛乳・乳製品は、栄養価もあり、おいしく、しかも調理の手間は入りません。朝ごはんを食べてこない子どもたちの小腹を満たすには、ピッタリの食材といえます。

 「牛乳を飲んだら歯が悪うなるとか、ふとるとかいう人がいますけどなあ、ふとるほど飲んでみんさい、私はそう答えているんですよ」教育長の発言に、しなやかな強さを見たのでした。

 美咲町のような取り組みはウチでは無理とあきらめず、地元の乳業メーカーや酪農家が連携しあい、知恵を生み出せば、まだまだ牛乳消費の可能性を見つけることができると感じたのでした。

2008年4月26日記)

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