14回産直運動推進大会 学習講演要旨

と き:200912月2日(水)

ところ:岩手県民会館中ホール

「食と農の現状と未来 ―“名ばかり食育運動”を超えて―」

 現在、さまざまな立場や分野の人々が食育運動に関わっています。国や企業も食育に力を入れていますが、食育のねらいはどこにあるのでしょうか。生産者と消費者の相互理解の上に成り立つ「食育」を考えていきたいと思います。

1.食育基本法制定の背景

 食育基本法は、自民党、公明党、共産党の賛成のもと2005年6月に成立した。武部勤自民党幹事長(当時)が食育調査会会長であり、食育基本法成立直後の特命担当大臣は猪口邦子であった。小泉政権の生み出した基本法ともいえる。

 食育関連予算は、内閣府、文部科学省、厚生労働省、農林水産省の合計で毎年100億円前後である。そのうち「食事バランスガイド」を活用した「日本型食生活」の普及・啓発には、2006年度は約39億円、2007年度は約38億円、2008年度は約26億円、2009年度は約26億円と力を入れている。

 食育基本法は、一見すばらしいことが書いてあるが、よく読むと気になることも書いている。

2.疑問の多い「食事バランスガイド」

 食育という言葉を国民に浸透させることと並行して、食事バランスガイドの普及が進められている。食事バランスガイドを無批判に受け入れて良いのか。私はいくつかの疑問を持っている。

 まず、主食、副菜、主菜、牛乳・乳製品、果物という5分類の分け方には整合性がない。目安量の単位として「つ(SV)」が用いられているが、日本語軽視もはなはだしいとさえ思ってしまう。日本独自のフードガイドと言いつつ、アメリカのマネである。これまでの栄養教育の蓄積を無視して多大なる予算をつぎ込んで作ってしまった、問題の多いバランスガイドと思っている。

食事バランスガイドの普及・啓発は、食事の選択能力を重視しており、その発想は都市生活者のそれである。食料生産の中心となる農林漁業のあり方、農山村地域の住民生活をほとんど無視しているといってよい。

3.食は地域性があるもの

 2006年3月、第2回食育推進会議で「食育推進基本計画」を決定し、数値目標が掲げられた。都道府県、市町村においても推進計画を作成・実施するように求められている。先進事例を参考にしてアリバイ的に作ったものもあれば、各市町村が抱えている食課題に沿って独自の計画を練った地方自治体もある。しかしながら、全国的に推進計画の策定は進んでおらず、50%の数値目標には及ばない。

食はそもそも多様な地域性をもつ。農業など第一次産業のあり方と密接に関わって食生活は成り立ってきた。学校給食を例に挙げると、地方自治体の状況によってその運営形態は異なり、地域ごとの特徴があり、独自の課題をもっている。全国画一的にとらえるのではなく地域性に目を向けることが重要である。

4.キーワードは生活

 多くの人々が「地産地消」を口にするようになった。しかし、地産地消を金科玉条にすると思わぬ落とし穴にはまる。地元産、国産であれば無条件にすばらしい食品であると勘違いする消費者。その心理につけこみ、産地偽装や食品偽装問題が発生し、正確な情報やマイナス情報を隠す業者も存在する。

そもそも地産地消は、農林水産省生活改善課(当時)が、1981年から実施した「地域内食生活向上対策事業」のなかで使った言葉が出発点になっている。生産者の生活改善のためには、野菜を買って食べるのではなく自らが生産する野菜類を自分たちの食生活に取り入れようとするねらいがあった。もともとは「自産自消」なのである。

 地元産農産物を地元の消費者が利用する「地産地消」のあり方は生産者と消費者の相互理解の上に成り立つ。そのキーポイントは、生産者と消費者双方の生活向上に置かなければならない。

5.まとめ

食育基本法に基づく食育推進基本計画は平成22年度を目標にしている。前政権下での食育関連予算が引き続き、新政権下においても確保されるわけではない。

食育利権とは無縁の効果ある「食育」を目指すには、感性よりも知性を働かせ、感覚よりも理屈、学問的根拠に基づいているかとの判断が重要になる。また、農林漁業との関わりを抜きにして食に関する教育を行うことはできない。

生産者と消費者の相互理解は、簡単に生まれるものではない。国が主導して進めるものでもない。当事者の地道な努力の結果、蓄積される。中央発信よりも地方に根ざした食生活のあり方を農林漁業の発展と共に考えていくことが大切だろう。

プロフィール

河合知子(かわい ともこ)KS企画代表

岡山県生まれ。

京都府立大学生活科学部食物学科卒業後、生活改良普及員として北海道職員になる。その後、短大教員として「食生活論」、「調理学実習」等を教える。2004年3月退職。KS企画(Kは考える、Sは生活の意味)というオフィスを起ち上げ、農村生活に関するコンサルティング、学校給食、食生活等に関する調査研究を行っている。

管理栄養士。博士(農学)。

最近の著書

『牛乳を搾る暮らしと飲む暮らし』(筑波書房、2009年)

『問われる食育と栄養士 学校給食から考える』(共著、筑波書房、2006年)

『北海道酪農の生活問題』(筑波書房、2005年)

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