5.食事バランスガイドは使い物になるか

 1日に何をどれだけ食べたらよいかを知る手段として、食事バランスガイドは参考になるだろうか。自分の食事内容を、主食、副菜、主菜のカテゴリーに分けられることが前提になる。ある程度の目安量を知らないと量的把握はむずかしい。感性や感覚にたよって、1日に何をどれだけ食べたらよいかを判断することが、可能だろうか。

 食事バランスガイドは、食品を作る側、売る側の意向を反映したものである。外食をする時に、「青菜のお浸しや野菜サラダをもう1品加えましょう」と勧める。コンビニおにぎりとお茶の食事よりも、牛乳や果物を食べようというねらいがみえる。食事を作るよりも、外食や中食でどんな商品を選択したらよいのかを設定している。つまり、作る能力よりも選ぶ能力を重視して作られている。

 こうした食事バランスガイドが、食生活を送るうえで本当に参考になるかどうかは、以下の点についても検討しておく必要がある。

 一つは、自分で食事を作る能力と作られた食事を選ぶ能力の兼ね合いである。世の中は、かつての自給自足の時代から、すでに作られたものを選択する方向に向かっている。自分で作らなくても食べるものは簡単に入手できる時代になっている。しかし、自分で(あるいは家族が)食事を一切作らないで、生活していくことは可能だろうか。自分で食事を作る能力を軽視し、選ぶ能力を重視することは、結果として選ぶ能力を伸ばすことにも影響を与えるのではないか。調理能力の大切さ、調理能力の軽視が及ぼす問題は重要な検討事項である。

 二つは、国民が最低限もっておかなければならない知識、求められる知識をどこにおくかである。栄養学に関心の薄い子どもや中年男性であっても、義務教育は受けてきている。何をどれだけ食べたら良いのか。何を指針に考えたらよいのか。義務教育、特に小学校中学校の家庭科で教える教育内容を基盤とすることはできないのだろうか。義務教育で教える食に関する知識、技術の習得についての検討が必要である。

 三つめとして考えたいのは、食事療法が大事とされる糖尿病患者に対する指導内容との関連である。今や予備軍を含め1600万人の糖尿病患者がいるといわれる。食品交換表を用い、グラム数を把握し、厳密な食事療法が要求される。糖尿病患者に対するこれまでの栄養指導の蓄積から参考になるべき点はないのだろうか。

 食事バランスガイドは使い物になるかどうか。お上が国を挙げてその啓発に躍起になっている。しかし、批判精神も疑問も感じず、そのまま啓発の歯車に組み込まれることは危険でもある。以上の三点については別の機会に検討を加えていくことにする。
(2007年2月18日記)

Homeへ

 問題の多い食事バランスガイド(その5)