北海道網走管内の学校給食に従事する栄養士たちを対象にした講演内容です。電子版紙芝居(パワーポイントのこと)を使いながら、ビッシリしゃべった2時間でした。おおまかな内容は以下の通りです。                              

1.はじめに
 担当の方がご苦労なさったようですが、今私は肩書きのない人間です。管理栄養士の資格はもっていますが、それを使って働いたことはありません。わけあって短大を退職し(定年退職じゃありませんよ、念のため)、組織に所属せず勤務時間に拘束されない生活をしている人間です。
 そもそも私が学校給食に興味・関心をもったのは、学生に対する教育がきっかけでした。学校給食をテーマに授業(「食生活論」)をすると、学生がのってくる。ちょっと水を向けると盛り上がるのです。若い人たちに食の問題を考えてもらう上で、学校給食は貴重な素材(教材)になると思ったのです。また、学校給食が成長後の食生活にも大きな影響を及ぼすことも実感しました。
 私自身、学校給食の勉強をしていくうちに、理解のしかたが浅かったり、間違った認識をしていたかも知れないと思うようになりました。現場の実態を見ずして、お上の言うがままのことを信じていたり、活字になったものを疑わなかったりしていたわけです。
 そういう反省の人生から、今は以前に比べて少しだけ本質をつかめるようになってきた、いろんなことが分かってくるようになってきた、と思っています。この年齢になってやっと、ちょっとだけ賢くなった、というわけです。
 今日は「こいつの言っていることはちょっとヘン」とか「今までにあまり聞いたことのない話だな」と思うような話をしたいと思います。「そうかな?」という疑問や「現場での実態はこうだ」という反論などをもってもらえると、とてもうれしいです。
 話の内容は、昨年出版した本(『問われる食育と栄養士 学校給食から考える』筑波書房、2006年)のエキスを中心に、この2、3年食育や栄養士(特に栄養教諭)に関して考えていること、疑問に感じていることを述べたいと思います。
 
2.食育基本法と食育ブーム
 略

3.栄養教諭制度の創設
 聞いてくださっている方々にとって、最も関連の深い栄養教諭の話です。なぜ栄養教諭は生まれたのか、その表向きの理由と関係者の本音は何でしょうか。
 栄養教諭制度の創設にあたって関わった次の5名の関係者をご存じでしょうか。田中信(社団法人全国学校栄養士協議会名誉会長)、国会に参考人と発言した香川芳子、足立己幸、金田雅代、牧野カツコの各氏です。牧野カツコ氏以外はみなさんよくご存じの方でしょう。
 牧野カツコ氏は、日本家庭科教育学会前会長という肩書きで、栄養教諭が論議され始めたころに「栄養教諭制度はけしからん」という声明を起こしています。
 何人かの栄養士業界の中枢にいる人々に発言をまとめると、本音と建て前があることが分かります。
 
4.学校給食の果たしてきた役割
 いまさら「釈迦に説法」かも知れませんが、学校給食の果たしてきた役割を振り返ってみます(拙書の第三章「学校給食の献立はどう変化したか」参照)。
 献立内容の変化に伴い、給食のねらいも変化しています。1960年代は栄養補給が目的であった給食は、70年代には子どもの嗜好を重視する給食になり、80年代は手作りが強調されるようになりました。90年代は地域性を追求しており、郷土食を取り入れたり、地元産の生産物を意識的に取り入れるようになるのも、この頃からです。2000年に入り、教育の一環として給食の役割があるのだという考えが出てきたように思います。まさに給食を「生きた教材」として活用しようという動きです。

5.栄養士の強みと役割
 学校給食の栄養士の強みとはいったい何でしょうか。私は、献立作成能力だと思っています。どれだけ多くの料理を知っているか、調理ができるかによって栄養士の資質は大きく変わると思っています。献立作成能力をみがくには、食品に関する知識が必要ですし、いつどこでどんな食料が生産されるのか第一次産業(農業や漁業のこと)に関する関心も必要です。
 ところが、栄養士を養成する教育業界では、調理学、食品学、食料経済学といった分野を軽視する方向に進んでいます。また栄養士になかには、病院に勤める栄養士が一番えらいのだというヘンな意識があり、プライドとコンプレックスをかかえている栄養士がいることも事実です。
 学校給食に勤める栄養士が、新しい料理を献立に取り入れようと熱心に努力していたり、農家を直接訪ねて、いつどんな野菜がおいしいのかを理解したり、365日(実際はもっと少ないでしょうが)1日だって同じ献立にしないと工夫したり、そういう話を見聞きすると、これぞ栄養士!とうれしくなってしまうのです。
 栄養士は歴史のある国家資格であり、今までの蓄積、実績を十分にもっている資格です。そうした実績にもとづいて、今栄養士に求められる役割を、次の3つにまとめてみました。

@栄養に関する基礎的、基本的なことを確実に伝えること
 1日に何をどれくらい食べたら良いのか、基礎的、基本的なことを身につけることが大事です。栄養に関する基礎を確実に教え、それらが身に付いていたら、納豆を毎日食べたら痩せると信じる国民はそうはたくさんいなかったでしょう。何事も基礎が大事、と思っています。そのための工夫をどうするかなのです。
 食事バランスガイドが問題が多いと思うのは、ただ感性や感覚に訴えているだけ、土台になる基礎的な理解をすすめようとしていないからです。
Aむずかしいことを分かりやすく伝えること
 食や栄養に関することは意外とむずかしいものです。それらを分かりやすく伝えるには、栄養士自身が相当深く理解していないとできません。野菜と果物のどう違うのか、牛乳有害説は何を問題にしているのか、簡単ではありませんが、分かりやすく伝えていく必要があります。
B総合的な視野と複眼的思考
 「早寝早起き朝ご飯」運動や「朝食を食べると頭がよくなる」とよく言われるようになりました。朝食を食べない子がいる→朝食の大切さを伝える→朝食抜きの子を減らそう、そういう図式を描いている人が多いようです。しかし、物事はそんなに単純ではありません。しかも「朝食は(洋食ではなく)和食がよい」と根拠もなくメディア等が取り上げると、人々はどっとそちらに走る、これを理屈で明らかにしていくのも栄養士の役割ではないかと思うのです。
 「早寝早起き朝ご飯」とならない事情は何に原因があるのか、朝食を食べることによって何がどうしてこうしたから成績が上がったのかという分析が必要なのです。このためには朝食を食べているかどうかだけに目を向けるのではなく、生活全体をみていく必要があります。家族の労働条件や経済的条件、生活環境なども考える必要があるでしょう。
 視野狭窄にならない、調理能力、献立作成能力に長けている栄養士の方々が増えることを望んでいます。総合的な視野をもち、複眼的思考ができるように日々の研鑽を重ねてほしいと切に願っています。
 以上で私の話を終わらせていただきます。
  (2007年6月7日講演)

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食育と学校給食における栄養士の役割