夢の消えぬ間に 五

二人の鬼は互いを探るように一歩も動かない。

緋の鬼萌葱が、ふと、眼光を崩す。
「いやー、一時はどうなることと思ったがな。」
渡殿にどっかりと腰を下ろして、緋の鬼が言う。
それにしても、と先ほどの出来事を思い浮かべる。
紫耀は真っ直ぐここへを目指してきた。
萌葱はもう一度渡殿を見渡す。

***

先刻。
家人達に追いかけられた二人は北へ逃げていた。
「おい、この分じゃ屋敷の外に出てもまけそうにないな。」
後ろにぴったりとくっついてくる家人に目をやりながら、萌葱は自分の不安を口にする。
特に一番前にいる常経とか呼ばれていたのが厄介だ。
さらに先ほどから一言も口をきかない仲間にも、不安と不満が募る。実際、萌葱は紫耀の後について行っているだけなので、 はたして行く手に何が待っているのか分からないのだ。
まあ、紫耀に考えがあるんだろうけどさ。
「大丈夫。あの姫ならば助けてくれる。」
ふいに紫耀はそう呟いた。
あの姫?どやって?
疑問は沢山あったが、こういう時の紫耀には勝算があるのだ。萌葱は自分の不安を胸の内に押し込めた。
そして、延々と続く屋敷の横を北に進むと前を行く紫耀は迷わず右に曲がった。

閑散とした所だった。それまで通った少納言の館はそこら中に贅が凝らしてあった。
それに比べて、なんと寂しい。
斜めに続く細い渡殿の横を走り抜ける。
ふと、紫耀が足を止める。
「おい。どうした。」
後ろからは家人共が迫っている。こんな所でぐづぐづしていられない。
しかし、紫耀は渡りの一点を見つめてまま動かない。
つられて萌葱もそちらに目をうつす。
・・・ばかな。
そこには壮絶に美しい女人がいた。
萌葱は自分の目を疑う。確かに自分には何の気配も感じなかった。
自分が分からなかっただけか?だけど、こんなに近くにいて気付かないことってあるか?
一つだけ分かったのは紫耀が言っていた姫とはこの女人の事なのだ。

家人の声が近くに聞こえ、萌葱に自分達に余裕が無いことを思い出させた。
「お、おい。」
紫耀の肩を掴み行こうと促すが、紫耀の方は動こうとしない。
その時、姫が動いた。壁側により奥を示す。
萌葱は少し戸惑った。この姫は自分たちに外にではなく、館の内側に逃げろと言っているのだ。
紫耀は躊躇わず渡殿に上がり、姫の横を遠り抜ける。
近づく家人の声に、ええいままよと萌葱も渡殿に上がり向こう側に滑り込む。
間発入れず家人の足音が聞こえた。
「誰だ。」
先ほど太刀を合わせた常経とか言う奴のの声が聞こえた。


***

あの姫は、自分に全く気配を感じさせなかった。いや、それ依然になぜ紫耀は姫の居場所がわかったのか。
まあいい。
物事とは成るようにしか成らないのだ。
萌葱は渡殿に座ったまま勢い良く紫耀の方を振り返る。
「早く帰ろう。硫黄が心配してるだろうし、皆が待っている。」
紫耀はにっこり笑う。
「あなたが早く会いたいのは楓姫でしょう?」
萌葱の顔が見る見る赤くなる。
「そうですね。帰りましょう。」
飛んでくる拳を交わしながら、そんな萌葱の様子を紫耀は可笑しそうに見ていた。