夢の消えぬ間に

少納言は貴族の中でもそこそこの地位にある。したがい、その屋敷もけして小さいものではない。
しかし、嵩姫の部屋は一番北の小さな部屋だった。
庭もほんの気休め程度の小ささで、手入れする者もなく荒れていた。
母屋からは細い廊が一つ通っているだけで殆ど人の出入りもなかい。
一日に何度かその日運悪く世話をいいつかった侍女が朝夕の支度をしに通るだけだ。
嵩姫自身はそのことに何を思ったこともなかった。
むしろ、人通りの少ない部屋も、人の手を感じさせない庭も姫にとっては心を落ち着けられるものだった。

その夜、嵩姫は渡殿の柱に寄りかかりながら夜の更けゆくのをみていた。
昼間にはうるさく言う侍女ももう休んでいる頃だ。

月は、好き。
闇の中にいて儚く光る。きれい。
とても淡い光。それは消え入りそうなほど。
でも確かに自らの存在を主張している。
自分とは違う。
月をみていると泣きたくなる。
私は月になりたいのかしら。
否、そうでなない。
ではこの感情は?

俄に、月が二つに割れた。
一つは今までみていた月。変わらず天にある。
二つ目は・・・。
天上よりもずうっと下。五尺ほど向こう生け垣の元に浮かんでいる。
焔?
いいえあれは鬼火。
その炎は焔というには青白く静かにそこにあった。
そう、人の手でともした光はもっと明るい。
あれは、夜の闇をそのまま落としたような色をしている。
そのうち、鬼火に誘われるように一つの顔が浮かんできた。
裂けた口。白い角。
異形の姿がそこにあった。
ああ、ではあれが鬼と呼ばれるものなのだ。
『鬼は顔も角も白く、口だけが血に濡れたように赤くて耳元まで裂けているんだそうです。』
この前侍女が言っていた通りの格好。
でも違う、侍女は言っていなかった。鬼があんなに、
「きれい」

鬼が動いた。
滑るようにゆっくりと嵩姫の座る鴨居のところまで来る。
「怯えて口も利けないのかと思ったけど、そうではなかったみたいですね。」
鬼の口調は不思議と柔らかかった。
「きれい?ですか、この鬼の姿が。」
嵩姫はゆっくり頷いた。
「そうですか」
そう言うと、鬼は自分の頬に両手をあてた。そしてゆっくりとその顔を外した。
下から現れたのは。女と見紛うばかりの美しい顔。
『麗しい姿に化けて人を惑わしたりするんですって。』
又、侍女の言葉が思い出された。
鬼はそのまま外した自分の顔を嵩姫に渡し、
「これを」
そう言うと、まるで風のように消えてしまった。
翌日。明るい日の下で見ると、渡された鬼の顔は良く出来た面だった。




・・・紫耀どうやら上手く逃げられたみたいだな。・・・
・・・・ええ、萌葱も無事だったようで。・・・・
・・・当然だろ。・・・
・・・ところで、おまえ鬼の面はどうした。・・・
・・・・さあ。・・・・