冬悟と藤古 1 |
私は”始めまして”が嫌いだった。もちろん、今でも嫌い。 何故なら初めての時は大概しなくちゃならない事がある。 それが嫌だった。 鍵でドアを開け、家に入ると見慣れた靴が既にあった。 「なんだ帰ってるじゃない」 最近の防犯意識の所為で家にいても鍵を掛けるのは悪いことではないし必要だが、なんだか拒絶されているようで苦手だった。 それでも閉じたドアに鍵を掛け、靴を脱ぐ。 一応ただいまと呟いてはみるが居るだろう家族に聞こえる筈はない。聞こえなくてもいい。どうせ弟しかいないんだろうし。 両親は世間の型に嵌って共働き。夕刻にになんて帰ってこない。こんな時は弟だって部屋から出てこない。自分だって積極的にコミュニケーションを取ろうとも思わないのでおあいこだ。 まだ九月。外を延々と歩いていたためか喉の渇きを覚えたので、真っ直ぐ伸びた廊下の向こうにあるキッチンに向かう。 ガラス張りのドアを開けると、そこには当の弟が待ち受けるようにしてテーブルを背に腕組みをしていた。 「なんだ。ここにいたの」 それにも何の感慨も持たず、それだけ言うと目的を果たすため冷蔵庫のドアを開ける。 オレンジジュースが無いのに落胆しつつ、麦茶の入ったポットを取り出し、片手で脇にある食器棚からコップを用意し中に注ぐ。 何の為にいるのか弟はそのままの格好で視線だけこちらに投げて寄越している。相変わらず無口な奴だ。 一気に飲み干して手早く洗い元の洗いカゴに入れた。 そこへきて漸く弟は組んでいた腕を解いた。もしかして用が終わるのを待っていたのかもしれない。 「姉貴、手紙。すまん、間違って開けた」 ポケットから、封の切れた手紙を出すと、全く表情も変えずにそう切り出した。趣味の良い空模様の封筒。一見してDMではないと判る代物。 たぶん、普通の女子高生なら怒るだろう。でも自分の場合、仕方が無い事だと知っているので怒れない。 黙ってそれを受け取る。 「読んだ?」 上目遣いにそれだけ確かめる。 「頭だけ」 やっぱりそっけなく言う。 全部読んでたら文句を言ってやろうと思っていたが、そうはならなかった。ありがとと言い残してキッチンを出た。 自室に戻ると、ドアを閉め、そのドアに背を預けた。 手紙を裏返して宛名を確かめると、予想していたとおり「相崎籐古様」と書かれていた。 手紙を送るからにはそれだけ親しい人だと思うが、差出人をみてもピンと来なかった。それはそうだろう。DMなら兎も角、よく知っている人間なら私宛の手紙にそんな風には書かない。 首を傾げながら封筒から手紙を取り出して見てみる事にした。
今日は20日だった。 |