迷い路 −後



改めてみると、村は何処もそんな状態だった。
鍬の持ち方を忘れた農夫。
旦那の顔を忘れた女。
治療の仕方を忘れた医者。
先ほどの男は木の降り方を忘れたので飛び降りたとほざいた。どうやらそんなことをしたら怪我をするということも忘れてしまったらしい。
はては、歩き方を忘れて道に転がっている者。
「何なのよ、一体。」
「と、わしに言われてもなぁ・・・」
「わかっているわよ。別にあなたに言った訳じゃないわよ。」
「・・・・・・」
狐は襟首をつかみ上げられた体制でため息を落とした。

「それにしてもじゃな。」
取り敢えず男の手当てをして家から出てきたところで狐が口を開いた。
まわりに手当ての仕方を覚えている人がいなかったせいで男の手当ては私たちでしなければならなかった。
その間、患部が青くなるまで縛り上げたり、傷薬を口に突っ込みそうになったり、実際上手く手当てしたとは言い難い。
自分の不器用さを棚に上げているのは判ってはいるが、不機嫌なオーラを発しているのは致し方ないものがあるだろう。うん。
「一体、どういう事なのじゃろうな。」
先ほど家に入って行った時より事態は更に悪化しているらしい。
パニックを起こしている人たちで村は阿鼻叫喚さながらである。
「あんたまだそんな所で何しているの。」
狐の呟きも全く耳に入っていない様子だ。
怒鳴りながら、足元で転がっていた男を引き摺り起こす。家に入る前に歩き方を忘れたと言っていた男だ。
「歩くなんてねぇ、右足と左足交互に出せば[歩く]なのよ!難しく考えてないで実際に動ごきなさい。」
迫力に押されたらしく、男はコクコクと肯く。
よし、と手を離すと男は「右足」「左足」声に出しながら、かなりぎこちないながらも歩いた。
嬉しかったらしく、こっち向いて手を振っているのが見える。
「大変じゃな。」
「そうね。普通の物忘れからあんな基本的なことまで、忘れるなんて・・・」
「そうじゃな、この分だと息の仕方を忘れたとか言って死人が出たりして」
「あはははは、そんな訳ないじゃない。ははは。」
「はははは・・・・」
だーと、走り出したのは二人同時だった。

村中を走り回って、取り敢えずはそんな深刻な物忘れをしている人はいないのを確認した。
(ただし、橋から落ちたり、刃物で怪我をしたりという怪我人は続出していたが、)
この村で狐の手がかりを得るという当初の目的をようやく思い出したのだが、ここでは有力な情報を得られないと判断し取り敢えず森の中の家に戻ることにした。
「あー疲れた。もうくたくたよ。」
走り回ったり、怪我の手当てをしたりと良く働いた。
「本当に。」
こちらも同じ。
「あ、ごめんなさい。」
前を歩いていた男の子にぶつかってしまった。
「こちらこそ、ごめんね。」
そう言いながら道を開けてやる。
「じゃあね、ボク。気を付けてね。」
「うん。おねーちゃんもね。帰り道、迷ったりしないよう気を付けてね。」
じゃあねと手を振った、その子のくるっと背を向けた瞬間の笑が見えるはずもなかった。
「比較的まともじゃないの。あの子は物忘れしてないのかな。」
狐は道の反対側を向いたまま動かない。
「おーい。」
突如狐がこちらを振り向き口を開いた。
「わしらどっちから来たんじゃろ。」

「はははっ、ついたぞーーー」
数時間後、私達はようやく村の入り口、先ほど男がいきなり落ちてきた木の下に着いた。
「長かった・・・」
「そうじゃの。」
「たかが、500m程の場所に戻るのに4時間あまり・・」
「振り出しに戻っただけじゃがの。」
「ちょっと、現実を思い出させないでよ。」
狐は学習したらしい、さっと身を翻すが無駄な徒労に終わった。
どげいん。
私の拳は狐に命中。
そこへ割ってはいる声が一つ。
「これこれ、おまえさん。年寄りは大切にせにゃぁならんよ。」
振り替えると、そこには森の中であった巨大猫が居た。
「何よ、何か用?」 キッと睨み付ける私を別段気にした風は無く、狐だけが「あの時と違い、いったって冷静じゃな」と呟いた。
「いやな、相棒が何か知っているらしいから教えてやろうとおもってな。」
相棒?相棒と言うと・・・
連想の蛇がにゅー、と現れた。
「あんた方記憶が無くなっとる言っとっただろ?それについて思い当たる節があってだな。」
大切な情報提供者だが、一歩引いてしまうのは致し方ない。
「あんた方このくらいの男の子を見んかったかね。
蛇が舌をちょろちょろ出した。どうやら丈がそのくらいと言いたいらしい。
「そんな子何処にでもいるんじゃない?」
私は苛立った声を出したが流石は年の功(?)狐は先を促がした。
「その子がどうかしたのじゃ。」
「いや、言動がおかしいので結構分かると思うのだが、・・・あんた獏を知ってるかね。」
知ってるわよ、と答えた。
「その子は獏の親戚みたいなものでな。夢じゃなくて記憶を抜き取るんだ。食べるわけではないのだが、」
悪戯好きでな。森で見かけたので若しやと思って、と蛇は付け加える。
言動のおかしな少年。
心当たりがあった。
「おい、狐。さっきの・・・」
「間違いなくそうじゃろな。」
村中がパニックになっているとき一人平気で、別れ際に妙な言葉を残した・・・
「あいつだなーー。」


「ちょっと、庭にあるお稲荷さんどうしたの?」
母に尋ねられ私は笑ってごまかした。
別にもらったんだから正直に話し手もいいのだが勿体無い気がした。
あの後、私たちはあの子供を捕まえ無事狐の記憶を取り戻すことが出来た。
だから、こうして母にも会えているわけだが、
元の世界に戻ると、既に狐の姿はなかった。
酒ののみ過ぎで寝ぼけたかなとも思った。
何故なら新聞・時計・友人・その他で確かめたところ、戻った時間はあの時家の下の崖から落ちたがろう時間とほぼ同時刻だったからである。とどのつまり時間がまったく経過していなかったのである。
なんて在りがちなパターン。
実際そのお陰で親に怒られないで済んだので非常に有り難かったのだが、
次の日、偶然家の近くに神社が在ったことを知った。
近所のおばさんの情報網はすごい。あんな雑木林の中の小さなお稲荷さんのことを知っているなんて・・・やるな。
そのお稲荷さん酒好きでよく酒盛りをしていると現れると言う昔話があったことも、いかめつい顔したじいさんの所に行って確かめた。
そして、その小さなお稲荷さんが道路建設の為だとかで捨てられると言うから貰ってきてやったのだ。
何故、私がそこまでするかというと、あの事が酒の幻覚ではないことを知っているからだ。
居間には、これ見よがしに狐の青い帽子がわざわざ置いてあったし
それに何よりあの日からアレは度々現れるのだ。
酒盛りと問題をおこしに・・・







本当は子供を捕まえる時の追いかけっこも書きたかったのだが、
また時間がかかりそうなので諦めた。
約、一ヶ月ぶりの更新。取りあえず終わらせなくてはと更新しなくてはで焦ってたかも。
(見に来てくれる人に悪いから・・)
取りあえず、予告どおり3話完結出来て一安心。