迷い道 −前

 

その日は、朝いつものように起きて、いつものように洗面をすませ、いつものように食事を取り、いつものように学校に出かける、はずだった。
「何よこれはー。」
ドアの外にぽっかりあいた空間に落ちそうになり、慌ててドアにしがみつく。やっとの事で体制を立て直し、玄関に座り込んでの一言である。
ひゅるひゅる、と開かれたドアから風が吹き込んでくる。
踊り狂っている心臓を何とかなだめ、恐る恐るドアから身を乗り出し下を伺う。
どうやら崖になっているらしい。遥か下の方に地面が見える。
でも、何故家の玄関の下に崖があるのか?
昨日までは確かに地面は玄関と同じ位置にあった。
「あー、これこれ。そんなに乗り出しては危ないぞ。」
突然背後から声がして、驚いて飛び退く。
前面にはぽっかり空いた崖。
「危ないと注意したであろうに。」
手があいていたら絶対首を絞めてやる。ドアにしがみついたまま私はそう思った。
再び、玄関に這い上がる。
ぜーぜー。
肩で息をしながら、声の主を確認する。
ピシッ。
そのままの格好で私が凍りついたのも無理はない。なにせ、目の前で話しているのはどう見ても狐。
それも普通の狐ではない。(いや、喋っているという時点で既に普通の狐ではないのだが)青い帽子に、茶地の着物の様なものを着ている。
その上、私の目の高さに浮いているのだ。
思わず、その狐を叩き落とす。
感覚がある。
「夢じゃない。」
「普通は頬をひねるくらいで済ますものじゃろ!」
狐のつっこみに耳を貸している余裕はない。
「あんた、何か知ってそうね。」
狐をガシッと掴み、睨みつける。
「な、何故家がここにあるかじゃろ?昨日おぬしがそう望んだではないか。」
昨日?
持っていた狐をポイッと捨て、昨日の事を思い出す。
昨日は確か親が旅行でいなくて、家に一人だった。
それで、親がいないのを良い事に居間で酒盛りをしていた。(おいおい未成年。)
酔いも回ってきた頃に、妙な狐がひょっこり現れて、一緒に酒を飲んだ。この頃私はべろべろに酔っていたから、さほど疑問に思わなっかったんだ。
そして、話もいっぱいした。
そうだ、思い出した。
その話の中で、私もどこか遠くに行きたい。と、言ったんだ。
いや、それは親だけで旅行へ行ってしまったのが羨ましくて、それで・・・
そしたらこの狐は、酒の礼に叶えてやろうなんて言って、そしたら私も、どーんと行っちゃてよ、なんて・・・
「おい、狐。」
どうやら運悪くドアから落ちかけたらしい、ドアの側にへたり込み、ぜーぜーと、肩で息をしている狐を掴まえる。
「おまえのせいか。」
そのまま、首をぎりぎりと締め上げる。
「おぬしが、そう、い、言ったんじゃ」
「私は旅行に行きたいと言ったのよ。」
「戻す、戻すから。」
そのまま、手を放す。
ぽとっ。
狐は浮く気力がないのかそのまま落下した。
続いて激しくせき込む。
「で、ここは何処なのよ。」
「知らん。」
「ま、いいわ。早く戻しなさいよ。」
「出来ん。」
ぎりぎり。
「あんた。さっき、偉そうに戻すって言ったじゃないの。」
「わしを殺したら戻れんぞ。話を最後まで聞かんか。」
私は大人しく話を聞く事にした。
「要するにじゃよ。この家を中身ごと転送させたわけだが、わしは知っている所から知っている所へにしか物を転送できん。 ここも、多分わしの知っている場所なのだろうが、なにせ昨夜はわしもしこたま酔っていたのでのう、ここが何処だかわからんのじゃ。」
「なんだと!」
「ぶれいく。ぶれいく。年寄りを労らんか。」
怒りに任せ狐を壁に向かって投げる。
私はがっくりとうな垂れ、なんてこったと呟く。
「お母さんに怒られる。」
「これこれ、もっと他に言う事があるだろう。帰れるかな?とか、学校どうしようとか。」
「あんた。何とかしろ。」
狐は、うむーと考え込んだ。
「ここが何処だか思い出せればのう。」
「思い出せれば何とかなるの?」
狐の頭を再び壁に叩き付ける。
「何するんじゃい。」
「いや、ショック療法。」
私の殺気を感じ取ってか狐が後ず去る。
「お、落ち着け。わしが死んでは元もこもないぞ。そ、そうじゃ、ここでこうしていても始まらない気分晴らしに外に出てみんか? きっかけがあれば、わしも何か思い出すかもしれんぞ。」
「そーとー?。」
私は開かれたドアに目をやる。
眼下に広がる崖。
狐の首を掴んで外にぶら下げる。
「な、何も出口は此処だけではなかろう。窓があろう窓が。」
必死な形相で狐が提案した。






はい、分かっています。「夢の消えぬ間に」の続き書いています。