世の中は大いに間違っていると思う。 何が間違っているって?それはもう初めから全部間違っている。 直幸は目の前で机に突っ伏して寝ている男を敵でも見ているかの形相で見下ろす。 男はそれには気がつかず、至極平和そうに寝ている。 世の中は理不尽だ。 望むものにはそれは得られず。いつも必要のない取るに足らないと思っているものにのみ幸運を与える。 しかし、背に腹は変えられない。 例えコイツに敗北しようとも、目的の為には手段を選ばない覚悟があるのだ。 秋芳は講義も終わり、午後になり気持ちよく眠っていたところを叩き起こされ、少々不機嫌である。 用があるというが、どうせいつものようにろくな用事でないのだろう。 そんな事を思ってか欠伸をかみ殺す事もなく、如何にも面倒くさいといった態度だ。 「で?なんだ」 人を起しておいて中々話を切り出さない直幸に秋芳は苛立ちを覚える。 「なんだと聞いている」 直幸は当初から表情を変えていない。いかにも怒りの形相で、コブシもプルプルと震えている。しかし、口は開かない。 変な奴だ。秋芳はこっそり思う。 こんな奴と友人やっているのだから自分もホトホト人がいい。どうせ気が向けば何か言うだろう。秋芳は二度寝を決め込む事にした。 「合コンに行くぞ!」 再び伏せようとした秋芳を押し留めるかの様に直幸が切り出した。 その言葉に秋芳は怪訝な顔をする。 「『行くぞ』?行こうじゃなくて決定事項か?」 「意思を聞いたら秋芳行かないじゃん」 「当たり前だ。何でそんな金がかかって時間の無駄な事に付き合わなければならないんだ」 ちくしょー、タコ、イカ、アホンダラ、スカポンタン。直幸は心ゆくまで秋芳を罵倒する。 因みに本人が怖いので心の中で。 何でこんな男がもてるんだ。そりゃあ、顔は悪くないけど、頭だって悪くないけど、……運動神経も悪くないけど、オレの方が優しいし、真っ当な性格してるぞー。 というのが所謂十人並みな直幸氏の意見。 大体なんで丸栄女子短大の女の子にまで名前が知れてるんだ?合コンの条件に秋芳引っ張って来いって、何で何で……。 あ、やべ。なんか泣きたくなってきた。 それにコイツ連れて行ったりすれば女の子がコイツにしか構わなくなるの目に見えてるのに幹事は何考えてるんだ。 「子供じゃないんだ。一人で行ってくればいいだろう」 「――秋芳連れて行くのが、女の子かき集めてくる条件だって……」 最もな事を言われ、語尾を濁しながらボショボショと決まり悪そうに直幸が白状する。 「ほう、成る程。その中にお前の意中の相手がいるんだな」 瞬間直幸の口が止まり動作が止まり。凍りついたように静かになる。 ややあって下から順に朱がせり上がってきた。 実に分かり易い男である。 「なっ、なっ、なっ」 想像するに『何を言ってるんだ、そんなんじゃないよ』とでも言って表面を取り繕いたいのだろう。完全に失敗しているが。 「よし、いいだろう。そうであれば俺としても協力するのにやぶさかかではない。ただし、お前の奢りだ」 何が悲しくて合コンに行って男に奢らなければならないんだろう。 しかし、プライドも根性も何もかもを売り払うと直幸は決めていた。グッとコブシを握り締め凛々しく決めるが、その内容はホトホト情けないものである。 「それで俺は何処に何しに行けばいいんだ?」 「えっと、明日の6時に駅前宝持ビルの2F」 「――飲み屋だな」 「当たり前だろ合コンなんだから」 しんと黙りこくる秋芳。 何か悪いとでも言っただろうか、直幸が首を傾げる余所に、秋芳は自分のカバンをゴソゴソと探り出した。 でんと取り出したのは広辞苑。 「い、いつも持ち歩いてるのか?」 「学生だからな、当たり前だ」 いや、オレ持ち歩いてないしとか、どおりでお前の荷物いつもデカイと思ったとか余計な突っ込みは経験上避けた。 〔コンパニーの略〕学生などが、会費を出しあって飲食したりして親睦を深める会合。茶話会。懇親会。 「だと」 秋芳に示されて直幸は戸惑う。 「それで?」 「何故コンパ、イコール飲み会なんだ?」 「他に何するの?」 何かいつものパターンになってきたのは感じているが、直幸は律儀に質問する。 「この場合合コンの目的は男女が親密になる事だろう。それならば2時間ぽっちの時間、与えられる食事、幹事の采配があって何が分かるか。それくらいならばバッチリ決めて他人を騙すのにたけた連中の化けの皮は剥げないぞ」 「なにもそこまで殺気立たなくてもいいと思う」 「そうだな例えばだな。学生の身分なのだからして川原で皆でバーベキューなんかするのが良いだろう。定番で芸がないがな」 一応聞いておいてやろう。どうせ喋り終わるまで止まらないんだ。 「材料を持ち寄る、そこで個性が出る。安く上げる奴。いい肉を持ってくる奴。ただ飯食らおうとするやつ。そのあたりは女の関心事かも知れないが経済力も出てくる。 調理をする。積極的に参加するやつ。薪をくべたり、火を熾したり、調理をしたり、着火マンや固形燃料を事前に用意するのもいいだろう。そこで男らしさ女らしさをアピールする。 そこまでは定番として一番見なくてはいけないのは片付けだな。その辺りにゴミを捨てて帰ろうとする者は万死に値する。ゴミはゴミ箱へ最低限のルールだ。この場合持ち帰らなくてはならない。汚いゴミを引き受ける者、それはそれで評価ポイントじゃないのか。 後は交通手段に車でも持ってくると株を上げられるんじゃないか」 「うん、いや。そうなんだけどね。ほら飲み会でも、気が利く人や傲慢な人とか見分けられるよ。それはどれだけ注意して見てるかの差じゃないのか」 「それは猫を被らなければの話だろう。少なくとも料理をしないのに家庭的か否かの判断は難しい。出来るという話だけは誰でもできるからな」 「家庭的イコール料理というのも随分短絡的だと思うが」 「まあ、それは一例だが、俺の案の方がより多くの事が見える事も確かだろう」 確かに。それにはオレも頷いておいてやろう。 「なのに何故皆は飲み会にするんだ」 「………飲むのが好きだからじゃないかな」 「俺は嫌いだ」 きっぱりさっぱり何の迷いもない目で言われてもオレ困っちゃう。 「臭いし、煩いし、絡むし、そんな苦行を強いてまで、飲み会。全員が酒が好きだと思ったら大間違いだ」 「悪かった。埋め合わせはするから明日は来てくれよ」 あくまで低姿勢。オレも大人になったな。 「俺は一度引き受けたら徹底的にやる男だ」 「程々にな」 「しかし、そんな合コンがあってもいいと思うが、どうだろう直幸」 「ま、頑張ってそんな合コン企画してくれ。あ、オレは呼ぶなよ」 あしらい方も上手くなった。いやなスキルだけが付いてくる。 話が長くなる前に(十分長かったが)さっさと秋芳の前からつらかる事にしよう。下手をしたらそんな休日が丸々潰れる行事に巻き込まれかねない。 その後秋芳が合コンを行ったかどうかは知らない。 「あ、秋芳に言い忘れていたな」 広辞苑は持ち歩かなくても電子辞書という便利な物が世間にはあるのに。 |