陽光も弱まり、もう直ぐ太陽も橙に染まる放課後。 帰宅途中の電車の中で秋芳の視線は一つ個所に釘付けになっている。 仕方が無いので声を掛けてみる。 「おーい。秋芳君。何をみているのだね」 「……」 返事は無い。直幸は孤独という木の実を噛み締めた。 いやいや、このくらいでめげてはいけない。このくらいでめげてはコイツとは付き合えない。悟りを開いた僧侶のような気持ちを持たねば。直幸はコッソリ失礼な立ち直り方をする。 「おーい。秋芳君。返事はくれないと泣くぞ」 少しボリュームを上げながら、同時に秋芳の視線を追ってみる。 電車の中吊広告『ゼク○ィ』 「????」 記憶を掘り起こせば結婚情報誌だったように思う。 「なあ、直幸。結婚て男女平等の筈だよな」 秋芳はぽつりと謎の言葉を呟く。 「ああ、そりゃそうだろ。男と女がいて、始めて結婚が成り立つんだから」 「じゃあ、結婚情報誌はどうして女性誌の中に分類されるんだ?」 そしてオレは言葉に詰まる。 「女の方が結婚に興味あるから、かな?」 難産の末、そう結論付けてみる。 「それはおかしい。男だって女性同様その手の情報は欲しい筈だ。それがいざ情報が欲しいときに如何にも女性好みの雑誌を手に取るのは苦痛だと思うぞ」 少なくとも電車の中でコブシ握り締めて力説することではないと思うな。 「男の料理的な雑誌もあるのだから、その手の男性誌も作るべきだ」 「……じゃあ、秋芳の思う男の結婚情報誌ってどんなの」 内容あんまり変わらないと思うけどな、と思いつつ聞いた。 秋芳はうむと了解したように頷く。 長くなりそうだと直幸は思った。 「まず、ドレスがどうだとかというのはどうでもいいので全面カット」 ひでえ。 「式場の情報は、まあ要るだろうからそのままで、衣装小物はレンタル中心の広告」 まあ、堅実かな。 「特集記事なんかを考えれば『喜ばれる引き出物30選』『失礼にならない上司への報告』『ゴンドラスモークを回避する10の方法』」 後ろのは何だー!? 「あとは『出来ちゃった婚、周囲への誤魔化し方』『結婚で別れる恋人への切り出し方』なんかも…」 「それは大いに何をかを間違えてるぞ!」 「冗談だ」 いや、目は大マジだったように思うのだが気のせいか? 「要するにだな。女性が自分の理想のロマンチックな結婚をしたいのと裏腹に、男性はより仕事や周囲のことを視野に入れて暴走しがちな相方をなるべく止めたいという…」 「や、そんな女ばかりと違うでしょう」 「そうか?俺は少なくとも3回結婚式を見てきたが、それもこちらが赤面するような内容のものばかりで。そのうちの一つは出席していた上司どころか親戚にいたるまで引きつった顔をしていたのが印象的だった」 「それは特異な例だと思う」 「証拠は?」 「うっうっ…」 涙が出ちゃう。だって男の子だもん。 「ところでお前はちゃんと結婚情報誌の内容を把握した上で言ってるんだよな、それ」 立ち直りが早いのがオレの数少ない長所の一つ。 少なくともオレ自身はそんな雑誌読んだことないが。――やだな、そんな雑誌読みふけっている男子高校生の姿って。 「いいや。それは無い」 「……憶測で話すの良くないよ。内容を著しく誤解しているかも知れないじゃないか」 「その通りだな」 秋芳にしては素直に返事をしたが、直幸はその姿に不安を覚えた。 後日。 直幸の言葉を真に受けたかどうかしらないが、秋芳は一通りの結婚情報誌を買い込み(金持ちだな)比較検討を行っていたらしい。 学校で。 悪いことにそれを担任に見つかり没収され、雑誌の内容に首を傾げる担任に「直幸が…」と漏らしたらしい。 だからオレを巻き込むな! 翌日噂に尾ひれが付き、秋芳と直幸が結婚を検討しているというところまで行き着いたらしい。勿論二人で。 誰か助けて(涙) |