袴の決意 |
「もう、あの服は着ないんですか?」 唐突にそう聞かれた。 あの服? 聞き返すと、少し戸惑ったような困ったような顔をしてきり出した。 「あの、紅い『はかま』っていうんですよね。あれです」 何を今更と思って笑ったが、相手は真剣そのものの表情を崩そうとしない。 観念して答える。 「もう着ぬよ」 「何でですか?似合ってたのに」 その問いはあれを着るのをやめた時に既に予想していたもの。 しかし、暫く何も言われなかったので油断していた。 「あれを着てなくても私は私だ。何も変わらない。それともなにか不都合でもあるか?……やはり似合ってはおらぬか」 「そんなことないです、普通の服もとっても似合ってます!――けど、なんでかなって」 この娘子を誤魔化す事は出来ないらしい。個人的な決め事を他人に話すまいと思っていたが、この真っ直ぐな女子であれば差し支えがないような気がしてきた。 別に隠している訳でもあるまいに。 そう思い直した。 「もう決めたのでな」 「決めた…?」 彼女はキョトンと言葉を反芻し、その真意を探ろうとする。みるみるその眉に皺が寄る。 「そう、決めた。私はアロランディアの民になると。おぬしにもそう言ったではないか」 言葉を区切って確認するように視線を向けると、相手はコクコクと振り子人形のように頷く。 「あれはな、私の決意であったのだ。絶対”戻らねばならぬ”という。だから頑としてあれを通していた。着回しがきかぬので少々こまったがな。自分は『日本』の民なのだと、それを忘れぬようにな。 しかし、私は決めた。 アロランディアに残りおぬしの助けになると。そうなればあれを着ないことが私の新たな決意、”もう戻らない”というな ああ、そんな顔をするでない。別に悲観している訳ではないのだ」 ともすれば涙を堪えているような少女の様子に気がつき、否定する。その自嘲するでもおどけるでもない真摯な眼差しに、その言葉が真実だと彼女も納得した。、 しばらく相手は言葉を捜すように沈黙した後、静かに尋ねた。 「帰りたかったですか?」 それは自分の中で何度もした問い。 思い切るまでに結構な時間がかかった。 「いいや、帰らねばなるまいと思っていただけの事。私ほど我が血筋の役目を果たせる者の心当たりがなかったのでな」 「では…やっぱり」 「違う。それは私の思い上がりだったのだ。確かに当代では私しかおらぬ。これはひょっとすると自慢のようにも聞こえるが本当に私くらいしかいなかったのだ。姉者や兄者では務まらん。 しかし、血は脈々とあるのだ。姉者のお子か兄者のお子か分からぬが、末が役目を果たしてくれよう。 守り刀は既にないが、あれを捕らえた先祖のような能力の強い者が末に生まれれば、まるで私の努力などなかった事になる」 血筋、能力、役目。語ろうにもそんな言葉しか出てこない。それが当たり前だったのだ、かつては。 記憶の中の自分に思いを馳せていたが、そこでまで語ると目の前の少女に意識を戻した。 彼女の言葉を一言も洩らさないように真剣な顔で聞いている少女。 だから違うのだ、少女が自分に求めているものは。 「しかしな、おぬしは見ておれん。これから新しく始まるアロランディアの担い手になるはずなのに危なっかしすぎる」 「うー、酷いです」 いかにもショックですと言わんばかりに目を見開き、その次に恨みがましそうな視線を向ける。 その行動一つ一つが手にとるように予想できて面白い。自然、笑みがこぼれる。 「だからなそなたには私が必要であろう?」 他の誰でもなく。 力のある無しに関わらず。 私という一人の人間が。 「はい、必要です」 気負うわけでもなく。照れる訳でもなく。ただ、目を輝かせて。 その次に、ちょっと待てよという表情になる。 本当にこの娘は分かり易い。 「私はそうですけど、それならあなたは…」 少しばかりこちらを伺うような表情で、私の答えは決まっているというのに、なにが心配なのだろうか。 目が離せないそれだけの理由で? 帰るべき国も全て投げ打ってと本当に思っているのだろうか? 「無論、私にもそなたが必要じゃ」 自分が自分であるという誇り、この国に来てようやく知った。全てのしがらみから離れ一人の人間の個を受け入れて貰えた。 この娘に。 それを伝えると、相手は今度は翳る事のないこちらまで幸せになる、そんな晴れやかな笑顔になった。 |
えーっと何故か葵×マリン風味。 いいえ、違います!これは友情です。 何故なのか途中からシャレにならないくらい甘くなったよ。 相変わらず2の創作はセリフばかりになる。困ったものだ。 |