望む先



白昼堂々とはよく言ったもので、どんなに外が明るくても、前から来ようとも丸腰の相手に刃物を向けた時点で卑怯だと思う。
まあ、人目も護衛もある中で乗り込んできたのは少しはマシ、いや馬鹿だということだろうか。
お陰で、殺すことなく取り押さえられ首謀者やら所属する組織やら洗いざらい自白するまで解放される事になるだろう。
その後は、まあ、太陽の下を歩けなくなるどころか、自分の組織にも情報を漏らした者としてどうなるかは想像に難くない。
でも同情の余地はなし。
「まったく皇太子暗殺なんてしてどうするんですかね」
ぼそっとシルフィスが呟いた。
国を省みないなら仕方がないだろう。治めるだけの才がないなら話は分からなくもない。政務以外に没頭し権力を私的に利用するような人間ならどうにかして正さなくてはならないのかもしれない。
そうではないのだ。彼らが問題にしているのは。その事をシルフィスは知っている。
そんなに問題だというのか、それがないことが。そんなもので国が治められるというのだろうか。くだらない。
今日はたまたま近くに居れてよかった。人の間に見える刃の光に気が付けてよかった。彼を守れる位置にあった自分に、その幸運に感謝したい。
刃を逃れた皇太子はシルフィスから離れ、駆けつけた部下に事態の収集を呼びかけている。
「よお。お疲れ」
「シオン様いらしたんですか。」
自分の口出す領域ではないのを察し、セイリオスの事後処理が終わるまでそれを見守っていたシルフィスにシオンが声をかけた。
「いたって始めっから。ああ、誰かさんしか目に入ってないのか。熱いな」
「分かっているなら聞かないでください」
「…お前さん照れるとかなんとかしないの」
シルフィスの動じない様子に今はシオンの分が悪い。黙る事にした。
「まあ、お手柄だったな。あの様子じゃ怪我一つしていないだろうし。馬鹿者もとっ捕まえられた。上々じゃねえの」
「ええ」
出せるだけの指示を出し終えたセイリオスが、離れた場所で見守っているシルフィスとシオンに気が付いた。
「後は、そうだな、あー、俺もこれから一仕事だな。あーあ忙しい。やんなるよな。真面目に働くのは性に合わないっての。これから体力温存しなきゃな。余計な魔力なんて使う余裕はないな」
「…そろそろ身体にガタがくるお年ですか?」
「って、気利かせてやってるのに。その台詞か」
「それは気が付きませんで、失礼しました」
嘘付け。静かに捨て台詞を残して、シオンは去り際を心得ていた。

残されたシルフィスは皇太子の到着を待つ。
「やあ、シオンと何を話していたんだい?」
疲れた様子も、自分を脅かした存在を気にした様子も見せずに、彼はいつもの笑顔を崩さない。それが彼の戦い方だ。
「いえ、今日の祭典は天気で良かったなって、シオン様は相変わらずですね」
だから敬意を払わずにはいられない。何でもないことだと、瑣末なことだと周囲に信じさせる。その手助けを自分はしたい。
「そう?それよりも怪我はなかった?」
「ええ」
元より騙すつもりもないが、心配はかけたくないのでそう答える。
「嘘はいけないな。肩口が大きく裂けている」
「服だけです」
「シオンに治癒魔法はかけて貰わなかったのかい?」
「これから一仕事しなきゃならないので疲れることはしないのだそうです」
「ふーん。ではおいで。手当てをしよう」
部屋を用意させるから。少し強情が過ぎたのか、有無を言わせない調子でセイリオスが促した。

手当て一つに少し大袈裟ではないかとも思うが、確かにあの場では人目がありすぎる。
しかし別室で、しかも人払いして行う必要もないように思うが、いかがなものか。
「殿下、戻らなくていいんですか?」
部屋の入る前に聞いてみた。戻って欲しかった訳でもないが、なんとなく会話が途切れていたので何か話したかっただけだ。
「仕事はもう終わったよ。だから本来なら王宮に戻るところなんだが、手当ては早い方がいいからね。痕が残ると大変だ」
促されて一歩中へ入る。後ろで扉の閉まる重そうな音が意外なほどに響いた。
「なんだか、厳重な扉ですね」
「まあ神殿だから、頑健な作りの部屋は少なくない。秘密の話に適しているね」
「はあ」
こういう含めた物言いをするときのセイリオスは妙に活き活きとしていると思う。
「さて、話は後回しにして手当てを済ませようか。そこの椅子に座って」
示されるまま机の前にいくつか並んでいる椅子に腰掛ける。セイリオスは持参した薬箱から早速消毒液を取り出した。
「悪いが、捲るよ」
了承を得てからシルフィスの袖口に手をかけ、たくし上げた。シルフィスの服は袖口のあたりがゆったりと作られているのだが、捲ってみれば、裏地が真っ赤に血を吸っていた。
「結構流血しているじゃないか」
流石にセイリオスは眉を顰めた。
「さすがに染みになりそうですね。この服気に入っていたのに」
「そういう問題じゃないだろう」
「大したことありませんよ。もう乾きかけてますし」
実際出血はもう止まっている。裏地くらいで済んだのが、それを表しているともいえる。
「っ!」
そう言いかけたが小さな叫びに消えた。断じて痛かった訳じゃない。
「で、殿下!」
朱に染まった顔は怒りを顕にしているが、相手はまったく無頓着だ。シルフィスが抵抗出来ないのを良いことに、そのまま彼女の腕に舌を這わせた。
シルフィスの叫びはもう音にならない。
そんな彼女を面白そうに見上げて漸くセイリオスは彼女を解放した。
「消毒完了かな」
「その手の小瓶は何のためですか!じゃなくて、えーっと、えーっと」
シルフィスは真っ白になった頭を必死に働かせるが、言葉が見つからない。
「あんまり強情いうからだよ。まあ、冗談は置いておいて別に消毒はきちんとしないといけないけどね」
拭われた腕には斜めに傷が走っている。それを見ながらセイリオスは笑みを収めた。

それから手当てが済むまでは終始無言だった。
「…ずいぶん手馴れてますね」
仕上がりを吟味してシルフィスが感想を述べる。
「そのくらい誰でもできるだろう。薬塗って包帯巻いただけじゃないか」
「そうでもないですよ。このあいだメイにやってもらった時は。巻いた包帯すぐずれて難儀しました」
「この前?」
「あ」
これは失言だった。彼はシルフィスが怪我するのを好ましく思うはずがない。シルフィスが言葉を捜して黙ってしまうと、彼は大きく息を落とすと、背もたれに身を預けた。

「今日あの男の向けた刃を君が受けた時どんな心地がしたと思う」
ぽつりとセイリオスが問うた。
先程、セイリオスに向けられた剣を、咄嗟にシルフィスが庇ったのだ。
「心配おかけして申し訳ありません。これからはもっと早く動けるように精進します」

でも今日はあれが精一杯だった。もう少し早く気がついていれば相手が剣を抜いた時点で取り押さえることが出来たかもしれない。
「そういうことではなくてだね」
「でも、殿下が無事でなによりです」
にっこりと自分で出来る精一杯の笑顔をセイリオスに向ける。実はこれは彼が良く使う手だが、ここぞという時に威力を発揮する。
彼の言いたいことも分かるのだが、こればかりは譲れない。彼を守ること。彼の力になること。それが今シルフィスが望む自分自身のありようなのだ。
やがてセイリオスが根負けした。諦めたように肩を落とす。
「女性に守られるというのもなんだか変だね。少し情けなくもあるかな。これでも剣は一通り仕込まれているのだけどね」
君を守るのは自分でありたいと彼も思っているのは重々承知している。 「殿下を守るのは私の仕事です。くだらない事をいうなら怒りますよ」
けれど、そこに男だからとか女だからという理由は挟んで欲しくはない。誰もが自分の持てる精一杯の事をするのだ。シルフィスと違って彼の守るものは大きい。 「そうか。では」
こういう時、セイリオスが落とす笑みがシルフィスの全てを満たす。凛と自信に満ちた。それでいて柔らかく優しい。
「君の仕事がをなくそう。この国が満ち足りていれば騎士も名ばかりで閑職となるだろうね」
それはとても大きい決意。思いがけない言葉にシルフィスは面食らった。
「それは、困りますね。給料泥棒にはなりたくありません」
自分は結局ただ騎士になりたいのではなくて、騎士となって何事かを成したいのだから。
「そうか。では、さっさと転職するといい」
さらりとセイリオスはとんでもないことを言う。
「…因みに聞きますが。何に転職するというのでしょう」 優美な笑み。何を企まれようと、考えるのを忘れて見とれてしまう。
「もちろん、皇太子妃だ」 シルフィスは何か反目をしようと口を開いたが結局言葉が見つからず諦めた。 「それも困りましたね。それはいったい何年先の話なんですか」 「もちろん君が望むのなら今すぐでも構わないよ」 何でこの人はこうも大切なことをさらりと言うのだろう。 「…まだ駄目です」 まだ足りない。強さが足りない。自信が足りない。堂々と彼の隣に並ぶには。 そのままでいいと貴方は言ってくれるが、何より自分が許せない。 セイリオスは見透かしたようにシルフィスの頭を撫で、何も言わなかった。


久しぶりのセイシル。
久しぶりのファンタ創作。 もっと精進ね。