茨姫 | アイシュ
| 13番目の魔女 | キール
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屋根裏に出た時ひっそりとした音が聞こえた。 (なんでしょうか?) 茨姫〔アイシュ〕は音に誘われるまま首を巡らせ正体を探る。 カラカラカラカラ…。 「おかしいですね〜。音はするとも姿は見えず。それとも〜窓の外からの音なんでしょうか〜?」 「さっきから目の前に居るだろう!目の前に。」 あっさり切れた老婆〔キール〕が声を荒げる。 「はあ、すいませ〜ん。実は先日〜眼鏡を割ってしまいまして、修理に出してしまっているのです。なので〜今は殆ど物が見えない状態なんです〜。」 殆どではなくて全然だろう。目の前に居るのにも関わらず知覚されなかった老婆〔キール〕は叫びたい衝動に駆られたが、なんとか堪えた。 心を落ち着ける為に大きく息を吸って吐いて、吸って吐いて…。そして自分のやるべき事を思い出し座に座りなおす。 で、カラカラカラカラ…。 カラカラカラ…。 カラカラ…。 「って、『何をやっているんですか〜?』とか聞かないのか。」 「わ〜、僕の言い方ににそっくりです〜。」 堪えきれなくなり逆に聞いてしまう老婆〔キール〕に見当違いな歓声を上げる茨姫〔アイシュ〕実は言い方だけでなく顔もくりそつなんだな。 「ええっと〜、聞いて欲しいんですか?」 もう脱力しかないらしい。無言のままに老婆〔キール〕は手を止めた。 「何をしていらっしゃるんですか?」 今更リクエストにお答えしての質問である。きっと老婆〔キール〕の心中は心の涙で一杯だろう。 「…糸を巻いている。」 短く言って老婆〔キール〕は作業を再開させた。 「はあ、そうですか。では僕はこの辺で失礼しますね〜。お邪魔しました。」 丁寧にお辞儀をして、茨姫〔アイシュ〕は立ち去ろうとする。 「って、おい。」 「僕に何か〜?」 「そうじゃなくて、糸を巻いている姿を見て珍しいとは思わないのか?」 「ああ、そのことですね〜。確かに僕の国では父王が呪い対策と言って糸車を全部燃やしてお仕舞いになりましたが、燃やしたのは現物のみなので〜図鑑や資料等で、散々勉強しました。」 「でも、現物は初めてだろう?実際に見てのと話や資料によってのものとは違う印象があるだろう。」 「だから先程も言いました通り、眼鏡を壊してしまったのでみえないんですよ〜。」 脱力300%。暫く立ち直れそうにない。今日は飲もうぜ、嫌なことは忘れるに限る。 とは言っていられない。宣告した日は今日なのだ。老婆〔キール〕は右手を前に翳して眼鏡を召還する。 「ほら、これでも使え。」 「あ〜。ご親切にどうもありがとうございます。わぁ、度までまるで僕のためにあつらえたような眼鏡です。これは頂いてもいいんですか?」 無論、茨姫〔アイシュ〕の為に召還したものである。持って帰ってもらわねば逆に困る。 「これが糸車なんですね。仰る通り図鑑で見たのとは違いますね〜。」 やっと本題に入れるようである。 「ここの部品は何の為にあるんですか?」 「ああ、糸を引っ掛ける為に突起させてあるんだ。」 「ああ、だから危ないんですね。でしたらここをこうすれば引っ掛けられてしかも危なくないのでは?」 「そうしたら今度はこっちに引っかかって糸車が回らなくなるだろう。だからこうしてあるんだ。」 「ああ、なるほど〜。」 そう言って考え込んでしまう茨姫〔アイシュ〕。 この隙に刺してしまおう。でないと長くなる気がする。老婆〔キール〕の予感はいいところを突いていた。中々糸車に触らない茨姫〔アイシュ〕の方を待っているのは止める事にした。 「それならばこうしたらどうです?」 糸車を用いて背後に迫った老婆〔キール〕を振り返り、その手に在った糸車に先程とは違った案を出した。 「そんな事をしたら今度は車部分が回しているうちに外れてしまうだろう。」 思わず糸車を置いて反論をする。 「う〜ん。なるほど良く出来ているんですね〜。」 それでは、と出される改良案に今度は老婆〔キール〕も真剣に答え頭を捻って考える。 そんなことをして数時間。 日付も変わろうという時刻になってようやく『絶対刺さらない安全糸車』の開発に成功した。 王の許可を得てその後国内のみならず国外でも爆発的ヒットとなったこの商品の開発者の一人の老婆〔キール〕が本来の目的を忘れていたことに気がついたのは第一回目の特許料を王宮の使者から受け取っていた時だったという。 |