果てしなくブルー 3



目的の人物が去ってしまったのにも関わらずメイがその事に気がつくまで暫しの時間を要した。
ざん。
満ちていた潮がメイの足先を濡らした。
「おおう。びっくりした。やばい戻らないと。」
結構ボーっとしていたが、実質はそれほどでもないことを自覚している。
急いで戻ればガゼルに文句を言われることはあるまい。
先程飛び降りた岩場をトントンと軽いステップで駆け上り、メイは小屋の方へと急いで戻った。

ガラッっと扉を開けると丁度出ようとしていたガゼルと鉢合わせた。
何処行ってたんだよ。と聞くガゼルの顔は結構赤い。
しこたま飲まされたのだろう。(おい、未成年)
ちょっとね、と答えておいて気にせず通り抜けようとするガゼルの腕をガシッと掴む。
突然だったためか、はたまた酔いのせいであろうかよろけたのはご愛嬌だ。
「ねえ、あの青年団の団長さんって何て言うの?」
「ああ、レオニスさんっていうんだ。
 かっこいいだろう」
へっへ、と我が事のように胸を張るガゼル。それだけで彼がレオニスを尊敬している事が覗える。
「へー」
レオニスか。
その名前をこっそり胸に刻んでガゼルを半ば引きずり出すようにその場を後にした。

自転車を押しながら背後に沈みかけた太陽を背負ってメイはガゼルと並んで歩く。よっぽど飲ませられたのだろう快活を体現したような彼は話す声もまばらで心なしか足元も危うい。自転車を支えにして歩いているのだろう。
メイは悪いなとは思いつつも既に暗くなり始めた道と杜撰な地図に不安がある為、一人で行くとは言えなかった。
「なあ」
ガゼルはずり落ちそうなメイの荷物を荷台に戻しながらメイに声を掛ける。
「なあに」
「どのくらいクラインには居るんだ?」
「うーんと、夏休みいっぱいかな」
「ふーん。結構いるのな」
何か邪険にされたような言い方だったのでしようとした抗議の言葉はがガゼルが話を続けたため飲み込まれた。
「別にずーっと掃除ってわけでもないんだろ。合間に遊ぼうぜ」
といって笑った顔で彼が別に悪気があるわけではないことは理解された。メイは少し反省する。
「いーよ」
気を取り直して答えた。
その彼が隣でキーとブレーキ音をさせながら自転車を止めた。メイは自分が変な事でも言ったのかと懸念したが、違ったようでガゼルは振り返りメイに道の先を促した。
「着いたぜ」
コテージは木作りの感じを出したいのかベージュとブラウンが入り混じった色彩で、それでも人工の素材(コンクリ?)だと分かる不思議なものだった。全体的にこじんまりした印象は拭えなく妙にメイは納得した。
「うーん。おじさんの所有って聞いたから期待はしてなかったけれどね。」
「多分ここだろ?他のやつは年ごとに誰かしら来ていて大体誰のか分かっているから」
そういえばコテージは幾つかあるって言っていたっけ。
「鍵で開けてみればわかるよね。ちょっと待ってて」
メイは取り付けられていた入口までの階段を急ぎ足で上がりながらポケットから鍵を取り出した。ガシャンとガゼルがスタンドを立てて自転車を止めメイの後ろをついて行く。
鍵口に差込み回すとドアは容易に開いた。
一歩踏み出しメイは明りを付けようと手探りでスイッチを探す。こういった建物の作りは大体似通っているので場所は大体想像できる。案の上すぐに分かったスイッチに触れる瞬間何かに触ったような気がしたが確かな触感がなかったので気のせいだと追いなおした。
パチ。
スイッチを入れると蛍光灯独自の響くような音が聞こえ、二・三回の瞬きの後あたりを照らす。
目が慣れるとメイはその惨状に愕然とする。
「何よこれー」
後ろからガゼルが覗き込み気の毒そうに声を上げた。
「だ・か・ら他のコテージと違ってここは何年か誰も来てないんだ。つまり何年も掃除してない。大変そうだなこれは」
厚みが感じられる埃の層。天井にはくもの巣が垂れ下がって何とも不気味だ。
「だ、騙されたのかも、私。道理で気前良くお小遣いも弾んでくれたわけだわ」
「世の中そんなに上手く出来てねーって。ゴキブリとかが居なかっただけでもラッキーだな」
「とほほ」
その時はっと気がつきメイは自分の手を見る。そこには切り取られた糸が何筋も、スイッチの付近を見れば蜘蛛の巣がむしられた相棒を探すようにだらりと垂れた糸をそよがせていた。
(うわーーーーー。)
最早叫び声も出すどころではなく、土足のまま水道を探して駆け上る。
こういった時の人間の勘はすばらしい。最初に開けたドアが洗面所だったらしく直後に勢い良く流れる水の音がガゼルの耳にも届いた。
「メイ」
「なによ!」
「土足だったけれどいいのか?」
「この床の上で靴を脱げって方が酷でしょ。ガゼルもいいよ。どうせ掃除するんだし」
「そうか?あー、よかった」
心から安堵したようなガゼルの声が聞こえ、続いて彼が洗面所に顔を出す。
「荷物どうする?」
「玄関に放り込んでいって」
手は洗い終わっていたらしく、メイはガシガシっと洗面所そのものを磨いていた。
「た、大変そうだな」
長いこと使わないとこんな風になるのか、ガゼルは赤く変色した元は白かっただろうシンクを覗き込んだ。
「一旦は引き受けたことだもんね」
前向きなメイに好感は覚えるがこれでは寝る場所もないだろう。
「何か手伝おうか?」
せめて寝る場所が確保できるくらいは…。メイはいいよと振り返りいいかけたが、改めて家の惨状が目に入り惑う。
「じゃあ、多分二階にベットルームがあるから布団引っぺがして干して埃と湿気とを撃退してくれる?寝床さえ確保できれば今日は何とかなるからさ」
思いっきり済まなそうにするメイに気にするなと合図してガゼルは二階にあがる。
布団はをサッシに干して布団叩きを探し気のすむまで殴りつけてると成果を確かめるようにのされた布団を眺める。そしてその向こうに薄暗くなった空を見つけると「送る」と母親に言ったまま結構な長居をしてしまったことを思い出した。
「メイ。布団はそのまま突き当たりのサッシに干しておいたからな。」
「ありがとー」
階下に下りながら声を掛けると、メイは手が離せないらしく声だけが響いてあとは出てくる気配はない。それでじゃあなと声を張り上げガゼルはコテージを後にした。




さて、2話からどのくらいの開きがあったのだろう?
……考えないようにしよう。
ようやく初日が幕を下ろしました。
次はどうなるのでしょう?(私も知らん)そんなばかな