果てしなくブルー 1



山間を走っていた列車が開けた場所に出た途端、窓から磯の香りが広がった。
ような気がした。
旅行という物はとかく雰囲気重視。匂いがした事にいて小さく開いていた窓を全開ににし背伸びをする。
折りよく車内アナウンスが停車を知らせ、列車はそのままゆっくりと減速する。
「おっと、降りなきゃ降りなきゃ」
網棚の上の荷物を慌てて降ろしそのまま扉の側へつける。
程なくメイはプラットホームの上へ降り立った。
「やー、着いた。
 いいね、海。そして山。おじさんには感謝しなきゃ。」
ホームの後ろには山が鎮座し、前には少しの開けた土地に町が見える。
そしてその向こうには大きく広がった海。
メイは叔父に頼まれて、彼の所有するコテージの掃除をしにこのクラインにやってきた。
無論。掃除はついででリゾート地でのんびり過ごすのがメイの目的である。
季節は夏。
夏休みなので気兼ねなく遊べるという物である。
メイは荷物を抱え直し足取りも軽く叔父のコテージへ向かうのだった。

小さな地図を頼りに町の中を抜けて行く。
先ず、海まで抜けてそれから道を辿った方が早いという事は少し大雑把な地図を眺めながら少し歩いたらすぐに分かった。
少し通りまわりになるのだろうが迷うよりはいい。諦めてそうする事にした。
気を取り直して荷物を抱え直し、再び足を進める。
ばしゃん
突然の音。
「わ!ごめん。」
何か降りかかったのは分かったがそれが何か分からず呆然としていると、元凶と思わしき少年が慌てた様子で現れた。
「わるい。俺よそ見してたもんだから…。」
メイは少し重くなった服のすそを摘み上げる。どうやら水をかぶってしまったようだ。
少年の後ろに投げ出された水桶がある。水撒きをしていたらしい。
「私も急に歩いたから。」
申し訳なさそうにうな垂れる少年見ると起こる気も失せる。
「夏だし、直ぐ乾くから気にしなくていいよ。」
「いいわけないだろう。」
じゃあね。と手を振ろうと挙げた手を少年にガシッと捕まれそのままずるずると引き摺られるように直ぐ側のお店に連れ込まれる。ターナ商店と書かれた看板が見えた。
「かーちゃん。やっちゃった水撒きの水、人に掛けちゃった。」
無人の店の奥の方に少年が声を掛ける。
「ガゼル!気を付けなさいと言ったでしょう?」
奥でばたばたと音がして恰幅の良さそうなおばさんが手にタオルを持って現れた。
ガゼルというのか、この子。
未だ腕を掴んだままの少年を見つめながらメイはのんびりとそう思う。
「ごめんなさいね。これで拭いてくれる?」
渡されたタオルを有り難く頂戴し、頭をガシガシ拭く。そのおばさんに促がされるまま奥へと入り、図々しくも着替えまで借りてしまった。
「こんなおばさんので悪いんだけど。」
「いいえ、ありがとうございます。」
にっこり笑って言うと、おばさんも安心したように笑う。
「ところで見掛けない顔だけど旅行者かい?」
「はい。山すそにおじさんのコテージがあるんだけどそこの掃除を頼まれて、旅行代わりに引き受けてきたんです。」
「山すそって…海岸付近のかい?」
「知ってるんですか?」
「あそこに幾つかあるからね。」
独り言のように言って、おばさんは着替えを外で待っていたガゼルを呼ぶ。
「ガゼル。青年団への配達お前お行き。この子岬のコテージに行くんですって通り道だから送ってやんなさい。」
ガゼルが了解するとおばさんはメイの荷物をどさっと持たせる。
「これ、この子の荷物ね。よろしく。」
ふぁーい。とおどけて返事するガゼルにメイがもう一つ「よろしく」と声を掛ける。
ガゼルと視線が合い。互いにニカッと笑みを漏らした。