どうでもいい人生6〜左官屋が今日も行く!〜



〜東京在住の若い左官屋の場合〜

今朝方まで降っていた雨も上がり、朝にはあっぱれというべき快晴が広がった。
若い左官屋は仕事道具を携えて、意気揚々と歩いていく。
「おう、左官屋。今日も早いな。」
同じく仕事道具を携えた往年の大工とバッタリあった。
「おや、大工さんこそお早いですね。今日の仕事始めは、あそこですか?」
わざと固有名詞を使わず指示語で言う。
大工も意地の悪い笑みを浮かべて、
「おう、あそこだ。」
それを聞いて若い左官屋はにっこり笑う。
「それでは、ご一緒させてください。私も行き先は同じですんで。」
「おう。」
若い左官屋とは親子ほども年の離れたこの大工は近所でも評判の腕利きで、左官屋は畑こそ違えども 将来はあんな職人になりたいと常々思っていた。
また、大工の方も働き者で将来有望なこの若い左官屋を気に入り、何かと懇意にしていた。
かくして、2人は連れ立って目的地へと向かう。
「それにしても、うちは商売繁盛で助かるんだが、あそこはさほど流行っているようにも見えんし大丈夫かね。
こういつもいつもだと心配になっちまうよ。」
大工の心配は主に家計のことである。
「そうですね、なんか居候の弟子が一人しか居ませんし、頬に傷のある男も働いているようには見えないし、あと出入りの者 といったらこの前まで喧嘩屋やっていたヤクザ者と医者。なんだ、男ばかりじゃないか。」
左官屋の心配は別のことに逸れた。どうやら、この若い左官屋は噂の人物に気があるらしい。
「嬢ちゃん一人であそこを切り盛りしているもんな。大変だろう。」
大工の口調はのんきだ。
「弟子の方は牛鍋屋で働いているのを見ましたけど、男の方は買い物や洗濯物をしているのしか見たことありませんよ。」
若い左官屋は頬に傷のある男の正体を知らないらしい。 それにしても、と大工が再び切り出す。
「こういつもかも壁やら床やらに大穴ぼこぼこ開けて、あそこももうぼろぼろだろう。いっそのこと修繕するより立て直した方がはやいかもな。」
そう言って、高らかに笑う。
そんな話をしているうち、目的地の神谷道場についた。