どうでもいい人生5 〜美術商の苦悩〜


京都在住の美術商の場合

ざん。
草に足を取られ転びかけるが、なんとか踏みとどまる。
よくやった。と、自分を誉めつつ、それでも歩みを止めない。下手に休むと動けなくなるからだ。
彼はそれだけ疲れていた。
弱る気力を必死に振り絞り、彼は歩く。
それでも、道はまだまだ続き、目的地はまだまだ遠い。
せめてもの救いはこの道はけもの道ではないこと。
手荷物を持ち直し彼は歯を食いしばって歩く。

ようやく見えた目的地の小屋には目的の人物がいなかった。
中の様子から、そう遠くに行ったわけではないと判断すると美術商は荷物を置き玄関の前に座り込んだ。
手ぬぐいで額の汗を拭う。
一心地付き、煙草でもふかそうと荷物に手を伸ばす。
ふっと、辺りが陰り、
「何やってんだお前。」
背後で声がして、美術商は飛び上がった。
声の主が目的の人物だとわかると美術商はひとまず安堵した。
「覚之新さん。脅かさないでくださいよ。」
彼は新津覚之新。新進気鋭の陶芸家だ。
美術商は彼の作品を扱っていた。
「何やってんだ、じゃないですよ。月初めに店に作品持って来てくれる約束だったでしょう。全然連絡がないから来たんですよ」
覚之新の眼光にびびりながら、美術商は泣きそうな声を上げる。
「あ?そうだったか?」
「自分でいったんじゃないですか。」
しばしの沈黙。
「そういえば、剣心たちのことがあって忘れてたな。」
剣心たちのこと。何の事か分らず美術商は首をひねる。
「こっちのことだ気にするな。」
「あの、では作品の方を・・・」 もみ手で覚之新を見上げて言う。
「ああ、ちょうどいい。今水を汲んでいたところだ。手伝え」
「え、」
美術商はここまでの道のりを頑張ってきた足を気にした。
「どうした。」
人里離れた小屋に住むこの陶芸家には、えも言われぬ迫力がある。ただ者ではない様な。
美術商は覚之新の持っていた桶を手に取った。



カー。カー。
どこか遠くの方でからすの鳴く声が響いてる。
あれから散々こき使われて、やっと商品を受け取った美術商は帰路についていた。
目の前には延々と続く道。
背には更に重くなった荷物。
何で、こんな山奥に住んでるんだよ。と、もはや叫ぶ気力もなかった。


いけいけ、美術商。
ゴーゴー、美術商。
家では奥さんと2人の子どもが待っているぞ。




注:この話は京都編が終わったあたりと思ってください。
急ごしらえで、しかも資料無しで書いたので、ところどころ誤魔化した部分もあるけどご容赦ください。