君を誘おう
君を誘おう



森林公園に誘ってみた。
「ごめんなさい。その日は予定があるの」
動物園に誘ってみた。
「あー、その日は駄目なの」
プラネタリウムに誘ってみた。
「いつもごめんなさい。その日も予定が…」


いつもどんな予定があるのかと聞いてみた。
「尽と遊びに行くの」
幾分というかハッキリキッパリ嬉しそうに…。

――そんな事だろうとは思ってた。
予想した返答だったけれど、葉月の肩を落とさせるのには十分だった。


近頃葉月は落ち着かない。
それというのも際の事が気になっていて、学校で毎日顔をつき合わせているのだが、それだけでは物足りなくなっているのだ。
そして、自分の欲求に素直に従ってデートに誘ってみるのだが、返ってくる答えは全て素っ気無い。
段々不機嫌になってくる空気は周囲に伝播したが、肝心の際は気が付いていないようだ。相変わらず葉月に気さくに話し掛けてくる。
通算6連敗。
悲しくなってくる。



期末テストも終わり、夏休みを目前にした今、あるのはうだるような暑さだけである。
授業に集中することもなく、ただ学校で時間を過ごして帰宅する。あまり意味があるとは思えない日々だ。
今日は際に6敗目を記し、葉月は悲嘆に暮れるでもなくただボーっと家路を歩いている。
このまま自主夏期休暇に入って家で不貞寝したい気分でもある。しかし、それで際に会えないのも悲しい。
陽光の照り返しをジリジリと足で受けながら葉月は、人が聞いたら呆れられそうな内容でグルグルと思考を続けている。

だから、彼に気がついたのも奇跡としかいいようがない。夏特有の分厚い雲が脈絡なく光を遮らなかったら、葉月も顔を上げることなくそのまま通り過ぎてしまっただろう。
二股に分かれた道の真中。小さな土地は利用しようがない為、ただ町内の案内に利用されているボードがある。葉月はそれを見たわけでなく、日頃の記憶でそこにソレがあることを知っているだけだった。
その前に少年が一人佇んでいて、板そのものは見えなかった。背格好からして小学生くらい。近づけばそれが見覚えのある少年だと知れる。
「――何をしてる。…尽」
今日、際は葉月の誘いを断り、「尽がいるから」と早々に下校して行ったはずだが、何故この時間に彼がこんな場所にいるのか。
体育祭の折に紹介を受けているので知らぬ仲ではない筈だと思って声をかけた。
「なんだ。葉月か、脅かさないでくれよ」
尽は言葉の割に平然と振り返った。
「あいつ……お前と遊ぶとか言って帰った」
葉月のは自分の口調に刺があることを自覚していたが、自分でどうしても制御出来なかった。
小学生相手に何を八つ当たりしているんだ。葉月は苦く思う。
ここで問題なのは一連の心の動きが全く表情に現れていないことに彼が気が付いていない点であろう。
「うーん。ちょっとね。友達の所に行く途中。一応書置きは残してきた。けど後で嘆かれるだろうな、たぶん」
案の定、そんな葉月に気がついた様子もなく尽は答えた。
「……花火?」
尽の向こう。彼が覗いていたいただろう掲示物が葉月の目に留まる。紺の背景に大きく書かれた二つの色の花。8月に行われる納涼花火の告知ポスターだった。
尽はばつが悪そうにそっぽを向いた。
「際と?」
聞くと、尽は一瞬虚を衝かれた顔をしたが、すぐにニッと笑いあげた。
「さあ、それはどうかな」
彼はそれ以上語ることはなく、葉月も追及しなかった。



同じように蒸し暑い夏の午後。
休憩時間を利用して寄った友人に際が泣き付いた。
「うえー。尽が花火に誘ったのに『ねえちゃんとは行けない』って言うのよ」
相手は戸惑っているが当然だろう。元気がなかったので「どうしたの?」と声をかけただけなのだから。
「『俺だって付き合いがあるんだから駄目。ねえちゃんもいい歳してんだから、友達でも誰でもいいから誘えば』だって。あれは絶対彼女を誘うんつもりなのよ。尽がもてるのは嬉しい。あれだけ可愛いのだからもてないはずが無い。嬉しいけど…けど…」
「いい機会じゃない。あなたも弟離れすれば?」
有沢はいつもながら辛辣だ。
黙りこくってしまった際を今度は慰めに入るところを見ると、有沢も際には弱いらしい。

とにかく。

落ち着いたら誘ってみようと葉月は思った。




難産でした(書き始めてからどれくらい経ったんだ)
私は黙ります。

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