対面
対面



6月。快晴。とある土曜。
父兄の観戦を考慮して休日に行われるのは運動の祭典体育祭である。
だものだから、学生を始め学校全体が数日前から浮き足立っていた。


「あ、奈津実ちゃん。今日はクラス対抗だから別々だね」
「まあね。互いにベストを尽くすべし。ヒムロッチも燃えてる事だし、私はやるよ」
「くすっ、競技は何に出るの?」
「私は100M走」
「私は借り物競争。別々だね」
「順位の低かった方が何か奢るってのはどう?」
「いいよ。じゃあ、静屋のペパーミントシューで」
「それでいこう」
などとまあ、いかにも体育祭らしい風情に溢れた(?)会話がなされている別方では。
「今日は絶対くるんちゃう?」
「だろうな。父兄参観自由だし。来ないわけがない」
「……(こくり)」
まるで関係なさそうな会話もなされていたりする。

「あ、まどか!そろそろ集合だよ。油売ってないで行こう」
先程まで自分は際と話しこんでいたはずだが、まるで棚に上げて姫条を発見するや否や藤井は彼を引っつかんで連行する。
「お、そんな時間か。じゃ!、俺もそろそろ行くぜ」
「葉月君。私達もそろそろ行こう」
競技開始を目前に各々のクラスの指定された場所に戻る。そこが一日の観戦席となるので、クラスが違えば中々会えなくなるのだ。だから始まる前にこうして駄弁っていたわけだが、解散となった。
葉月は改めて際と同じクラスになれた事に感謝しながら、彼女の後について移動した。



空を震わすようにピストルの乾いた音がこだまする。
それは既に競技が始まっている証拠で彼は少し焦ったが、校門横に設置されていた受付で貰った競技プログラムの内容を思い出し大丈夫だと自分に言い聞かせる。
それによると目的の競技にはもう30分ある筈だ。
それでも、早めに行くのが良いに越したことはなく、見やすい席も確保しなければならない事に思い至り彼は足を速めた。



「……なあ、もうすぐじゃないのか?」
応援に熱中している際に呆れた声が降りる。
見れば葉月が時計と既に集まり始めている一団を指差している。
「……あ」
「確か、借り物競争…だったよな」
「あ、うん。ありがとう葉月君行くね」
「がんばれ」
「うん。ありがとう」
際は結構うっかりさんなんだと葉月は認識を改めた。


頭の真上近くで流れるアナウンスに舌打ちをしながら彼はプログラムを確認する。
やはりもうそろそろ彼の目当ての競技が始まる。それを知らせるアナウンスも先程から煩い。
彼は結局用意された父兄参観席を取れなかった。あるにはあったが、後部のみ残されたその席に陣取って見るには彼の身長は些か心もとない。何処か良いスポットはないかと探した末にここにたどり着いたのだが、この一角だけ空いている理由は今これでもかというくらい実感している。 ガンガン鳴り響く音に眉をしかめながら、暫くの間だと言い聞かせ我慢する。
幸い際は1年生。回ってくる順番も前の方だろう。
そう思いながら彼は先程買い込んだ牛乳パックにストローを刺した。


スターターのピストル音の後、快調にとばしている際だったが、頭の中は別の事を考えている。
(もう、来るって言ってたのに何処にいるんだろう)
先程から父兄観覧席の方を伺っていたが、それらしき姿は見えなかった。
(来てる…よね)
ちょっと不安になる。
そんな事を考えながら借物の指示書が並べられている位置にやって来て足を止め拾い上げた。
その際の視線はそれっきり止まる。
(なんだちゃんと居るんじゃない)
コースの外。樹木の下で目当ての人物は競技を見ていた。
安堵に自然笑みがこぼれる。
「きーわー。何ボーっとしてるの。サッサと借物かりろー」
クラスメイトの野次が聞こえ、際は慌てて指示書を見た。

その顔がにんまりと崩れる。

そこからの際は早かった。
コースを直角に曲がり、誰も居ないと思われていた場所へまっしぐら。
「尽。来てたんなら来てたって言ってよねお姉ちゃん心配しちゃった」
がばーっとそこにいた小学生に抱きつく。
「うわ、何してるんだよ。さっさと競技に戻れ。何やってるんだ!」
慌てたように声があがるのも無理は無い。
「えへへ。じゃーん見てみて指示書」
「…なに?『牛乳パック』」
「くすくす、尽の持ってるの牛乳パックだよね。ねえ、これは愛?お姉ちゃん愛の力で引き当てたよ」
「よくあの位置から。持ってる物が牛乳パックだってわかったよな……」
「お姉ちゃん。尽のことなら何でもお・み・と・お・し。さあ、いこう」
「分かった。わかーったからいい加減はなせ!」
以上、抱きついたままの姿勢で行われた会話である。
ともすれば抱きつかれたまま引きずっていかれそうな気配を感じ、尽は際を振り切った。しかし、今度は手を繋がれてしまう。
とっととゴールしてしまえば良いんだと彼は諦めた。

それから走って1位になるから彼女は侮れない。
因みに尽は競技の完全終了になるまで姉に抱きつかれたままであった。
(あれが小野町尽)
葉月がそう脳裏に彼女の弟の顔をインプットしている横で、姫条と鈴鹿は笑い転げていた。




視点がころころ変わって忙しかったですねぇ(人事のように…)
でも、なかなか主人公が崩れてくれません。精進します。

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