シャワータイム
シャワータイム



この距離が短くなればいいのに

心からそう願う




本気の運動部に夏休みは存在しない。
例にもれず、鈴鹿和馬も8月を過ぎたはばたき学園に登校していた。
今日も午前中2時間の練習が終わり、お昼休憩となった。仲間達がゾロゾロと弁当を広げたり、外へ食べに出たりしている中、彼は一人校庭へ降りていった。


快晴。
夏独特の押しつぶすような暑さの中、彼は水飲み場の方へと足を向ける。
取りあえず涼しみたかった。なるだけ手っ取り早く。
体育館脇にも水飲み場があるのは知っていたが、この直射日光の中、長時間いるような場所ではなかったし、蛇口が熱くて触れない。きっと水もかなりあったまってる代物だと思う。和馬は校舎脇の水のみ場をいつも使っていた。

目的地に近づくと水音が聞こえてきた。
先客の存在に気がついたが、和馬は頓着せずに向かった。

そこでは一人の少女が、頭から水を被っていた。

見知った少女の出現に和馬は動揺する。
「ぷはーー。きもちいい」
勢いよく頭を上げ、水気を払うためブンブンと横に振る。
幸せそうなその表情に、不覚にも

きれいだと思ってしまった。

「あれ?鈴鹿君。部活終わったの?」
所持していたタオルで髪を拭いながら振り返った少女が漸く和馬に気がつく。
「ああ、そうか。使う?鈴鹿君。気持ち良いよ」
「………おまえ。女だろう!」
場所を空けようとした少女に、なんとか和馬が搾り出した言葉。その言葉を受け、少女は男女差別反対と膨れる。
「シャワー室あんだろ。なんで使わないんだよ」
「鈴鹿君だって」
「俺は一刻も早くと…って男と女じゃ違うだろう」
女ってのはもうちょっとおしとやかさとか恥じらいってのがあって然りなんじゃねえかと和馬は呆れた。
「だって、今の時間帯シャワー室は運動部の女の子達で満室なんだもん」
不服そうに少女が反論した。
「ああ、お前園芸部だっけか」
「そうよ。園芸部だってね、この炎天下の中外で黙々と作業してるの。なのにあそこは運動部優先なの。土にもまみれるしシャワーは必須なんだけど」
「そうか、大変だな」
「男の子はその点いいわよね。一人一人がそんなに長くないから」
そう言って息を落とす。
「あ、ごめん。使うんだったよね」
再度、声をあげると、に2・3歩横に退いた。
「どぞどぞ」
「あ、ああ」
促されるまま先程の少女と同じように頭から水を浴びる。


「ねえ、鈴鹿君」
「なんだ」
「タオルは?」
「ねえよ」
少女の問いかけに律儀に答えるが、水を被ったままの姿勢では少しきつい。自然にぶっきらぼうな口調になってしまう。
「…どうやって乾かすの」
「自然乾燥」
至極当然と和馬は答える。

バシっと和馬の背中に何かが投げつけられた。
顔を上げ、確かめると未使用のタオル。
「私の用意の良さに感謝してよね」
と、怒ったような顔をしていたが、和馬が黙っていると、それが笑みの形のに変わる。
「ちゃんと洗って返してよね」
「お、おう。サンキュー」
和馬が礼を口にすると少女の破顔する。
「って、こんな時間、守村君待ってるよ。う、まだ着替えてないや。じゃあね鈴鹿君」
少女は腕の時計で時刻を確かめると、そのままバタバタと立ち去ろうとする。
「え?守村と」
「あ?守村君知ってるの」
知ってるも何も、奴は学園の秀才と称えられているような奴だ。知らない人間はいないだろう。
「なんで、守村と」
少女の問いに答える余裕もなく、先程と同じ疑問を口にする。
「何でって、今からお昼一緒に食べながら文化祭の企画を練るんだよ。園芸って一丁一石に出来るものじゃないから、せめて今時分から計画練っておかないとね」
「園芸の…」
「そうだよ。あ、いつもお茶屋だから関係ないじゃんとか思ってるね。ちゃんといっつも季節の花も生けてるんだよ。見てないな」
がっくりと肩を落とす少女に和馬は思わず「わりぃ」と謝ってしまう。
「いいんだ。今度こそ鈴鹿君みたいな人の目を釘付けに出来るような花を生けるのよ」
決意も新たに少女は、バイバイと言い残しサッサとその場を去ってしまった。


「二人肩を並べてか…」
残された和馬は一人呟く。
先程少女がいた位置までは三歩。それ以上は縮まらなかった。
「タオルくらい手渡してくれてもいいんじゃねえか」
少し恨みがましい口調になる。
どんなに親しく話してみてもまだ三歩。
和馬は持っていたタオルで頭を拭く。

取りあえず。洗ったタオルを返すときには手渡そう。
それから、お礼と称して食事に誘うのもいいかもしれない。

その三歩を埋めるために。

そこから始めよう。




鈴鹿君は書きやすいですねぇ。
サブタイトル「熱闘シャワー」いや、気に入ったので…。
でも、見返したら前回の「そのライン」と似たようなテーマ。ぎゃふん。
ところで守村氏ってのは日に焼けないんでしょうか。
謎の深まる守村氏。夏の部活動では真っ先に貧血おこしそうですよね。

戻る