X−密合−
X−密合−



試しにかけてみた電話。出たのは意外な人物で…。

酷く慌てたような相手の声に、

俺はくすぐったさを覚えた。


それは一つの幸運。




春眠暁を覚えずというけど、春はともかく眠い。
葉月珪はたった今襲ってきた眠気と戦っていた。
葉月はどこでも眠るという印象があるようだが、そんなことは無い。彼だって歩行中の一車線道路のに座り込んで眠る真似はしない。場所は選んでいる。
道路では煩くて寝られないという理由はさて置き、真っ当な感覚に引きずられるまま近くの公園に入る。
大きな樹の下の大きめのベンチ。昼寝を想定して作られたとしか思えない場所を見つけ、腰を下ろす。
そよそよと、直射日光を遮った枝が揺れる音をBGMに眠りに沈んでいく。


ざっっ。
遠慮会釈のない足音にかき消され、葉月は顔を上げた。

赤み掛かったこげ茶の髪の少年。好奇心に溢れた瞳がこちらを興味深そうに見ていた。
「……お前か」
「なーんだ。起きちゃったのか。せっかく悪戯の一つでもしてやろうと思ってたのにさ」
とんでもないことを言うが、その割には足音も忍ばせていなかった。…冗談なのだろう。
葉月は伸びをして残った眠気を振り払おうとする。
「はい」
少年が間髪要れずにジュースを差し出した。ご丁寧に炭酸だ。眠気を払うのにはもってこいの代物である。
「サンキュ。気が利くな」
「これくらいは男として当然でしょう。まあ、相手が女の子なら奢るんだけどね」
少年の言葉に葉月は苦笑する。ポケットから財布を取り出し相応のコインを渡した。
プルタグを開けて、口を付ける。

「何?」
ジュースを飲み干して、缶を脇に置くと葉月は少年に促した。
少年は笑って答えない。
「……何の用だ。尽」
再度、彼の名前を織り交ぜて聞くと、尽と呼ばれた少年は、何だ知ってたのかと、ちっとも残念がっているようには見えない表情で口を開いた。
見え透いている。と、葉月は思う。
電話口で番号を渡した少年の話をしたら、彼女の口から恨みがましそうに述べられた名前。
彼女の弟。
言われてみれば確かに似ていた。

「えーーっと先ずは身長と体重ね。いや、誕生日の方が先か」
尽はポケットから素早く手帳とペンを取り出し、控える体制万全だ。
「――は?」
「だーかーら、誕生日」
「…10月……16日」
聞くと尽はさらさらペンを走らせる。
「次、身長体重」
「―って何でそんなこ」
「分からない?今日身体検査があったんだろ。結果の紙見せてくれればいいよ」
「何で知っ…」
「ねえちゃんに聞いたに決まってるだろ」
僅かに「ねえちゃん」にアクセントを置いて、にかっと尽は笑う。
葉月の反応を全て読んでいるようで、畳み掛けるように次の言葉に移る。お陰で葉月が疑問を挟む余地が無い。
観念したようにため息を吐く。
「そーそー。観念しなしな。あと何個か答えて貰うから」
カバンから取り出した用紙を受け取り、尽はコミカルに調子を付けてそう言う。既に視線はこちらには無く。手帳に控えることに専念している。
その後は、趣味とか特技とか近況に至るまで聞かれて。…何故だか最後に写真も撮られた。


メモを取っていた手を止めて尽は「よし」と呟く。
「ゴキョウリョクありがとうございました」
「………いや」
丁寧に頭を下げられては、こちらは何も言えない。

…何か、疲れた。

今度は家に帰って寝よう。そうすれば誰にも邪魔されない筈だ。
そう決意して尽の立ち去るのを待った。
待った。
待った。
「……後は?」
尽はニカニカと葉月の方を見て笑っていて、一向に去る気配が無い。
業を煮やして葉月の方が聞いた。
「いや、こんな事聞いてどうするのか聞かないのかなと思って」
先程聞きかけたのを遮った人間の言葉だろうか。
「何で…」
「秘密」
今度は聞けば答えてくれるのだろうと、口を開き掛けた葉月の言葉を再び尽が遮った。
「………………」
「嘘だって。ねえちゃんが聞いてきたら教えてやろうと思ってさ」
「お前に?」
「うん。オレそういう情報いっぱい持ってるからさ。よく、つーほど頻繁じゃないけど。何かあればねえちゃんオレに聞くんだよね」
ついでだから情報補完しておこうと思ってさ。尽はそう続けた。
「まあ、聞いてくるかどうかは、これから次第ってところだけどね」
「何言って」
「まあ、せいぜい頑張んなよ。ねえちゃんバッチリ鈍感だからさ」
バチンと背中を大きく叩かれ。葉月は言葉を失う。
何を言っても聞いてくれそうにない。
いや、言わせてもらえない。
葉月は軽い眩暈を覚えた。

んじゃな。と尽は手を振って走りさて行った。


それを見るともなしに見送って、葉月は立ち上がった。

―――今度こそ邪魔されない場所で寝よう。
勿論向かうのは家であった。




いや、マジな話尽の資料って誕生日は兎も角、身長とか体重・果ては携帯ナンバーって学校に忍び込んで書類とか盗み見ない限り入手困難だと思うのですよ。
後は本人に聞くかどっちかですよね。
添付の写真もしっかりカメラ目線だし…。
何か、全員分書いてみるのも面白そうだな。尽が犯罪に走らずにどうやってデータを手に入れたかって。まどかクン辺りは楽そうだけどね。

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