X−遭遇−
X−遭遇−



―――だから仕方が無い。

いつからか呟いてきた言葉。
それを思って暗くなっていた時期もあったけど、実をいうと今はそうでもない。

姉弟だから仕方がない。


将来ねえちゃんを手に入れる男がいる。
だって、それって「今」のねえちゃんを励ますのはオレで、「今」のねえちゃんを支えるのもオレで、「今」のねえちゃんの傍にいるのもオレだって事だろ。

それも悪くは無いんじゃないかと思う。




横断歩道の信号がGoサインを出すのを待ちかねたように尽は駆け出す。
今日は姉の入学式。2時間くらいの式を終えて、1時間ホームルームを行い。午前中で帰ってきている筈である。
高校生活が始まってしまうと小学生の尽とゆっくりする時間もなくなるだろう。今日を皮切りに……だから自然と足も速まる。
「しかし、ねえちゃんボーとしてるから。友達の一人も作らないで帰ってきてるんじゃないだろうな」
聞けば姉の通うはばたき学園は中等部もあって、エスカレーター式に高等部へ入学している者が多いという。既に結束された中へ入っていくのは相応の努力がいるだろう。一足早く転入を終えている尽には既に何人か話の合う友達がいるが、姉にはそんな芸当は出来そうもない。

ましてや彼氏なんて…。

世話焼きジジィじゃあるまいし、そんなこと尽が心配してみても仕方がないのだが、本人は気がつかない。
兎に角、姉の人並みの、いや、それ以上の幸せを願って日々精進しているのである。

「ねえちゃん。可愛いからな。もてはするんだけどな」
もてはする。本人が気がついていないだけで。
中学の頃はそうだった。尤も、初期の頃は狭義だった尽に邪魔されまくった所為であるのだけども。
こればかりは本人に努力してもらうしかないのだが、高校生にもなって彼氏の一人も出来ないのは寂しいと思う。
姉の幸せを願う尽としては、その為の助力は惜しまないつもりだ。
「でも、待てよ」
思考とともに尽の足も止まる。
あれだけ可愛い姉なのだから、彼氏になる男もそんじょそこらの男であって良い筈がない。
少なくとも尽よりも顔は良く(この辺は尽のプライドだ)
頭も切れた方がいいし、運動能力もあったほうが良い。性格がいいのは大前提だ。
それから、それから…。
勝手な想像にいいサンプルがいないかと通りに瞳を巡らせる。
「そう、あんな感じで」
ぽつりと尽が呟いた。
尽の視線の先に、色素の薄い髪を無造作に靡かせている男が通りに佇んでいる。背も高く、顔もモデル張りに良い。今通り過ぎた女性がちらりと振り返って見て行くが本人は気がついていない様子だ。
「しかもアレ、はばたき学園の制服だよな」
実物は姉の着ていた女子用しか見てはいないが、学校のパンフレットで男子用の写真もみた。
しかし、パンフレットの写真より50倍くらいかっこよく着こなしている。
そんな男が先程から佇んでいて、その視線は固定されたまま動かない。
何を見ているのだろうと尽は視線の先を追ってみる。
「ええ!ねえちゃん」
先に帰っていると思った姉がファーストフードのガラス越しに笑っていた。
どうやら相手は女の子らしい、先程から熱心に話しこんでいる。
「ああ、友達出来たんだ…。って感心している場合じゃないって」

先程から周囲の耳目を集めている男性が見つめているのは姉。
そこから導き出される結果は一つ。

ふーん。まあ、合格だよな。
尽は男の風体をもう一度観察して結論付けた。
ランドセルを下ろすと中から名刺大のカラーカードが入っているケースを取り出した。白紙のものを選ぶとさらさらと数字と記号を書く。
合格は合格だが、あの様子では遅々として進まないだろう。
尽は既に暗誦できる姉の携帯Noを書き終えると、そんな勝手な事を思う。
「よしっと」
カードを満足げに眺めると尽は男の前に歩み寄った。
「…ん?なんだ」
「お兄さん。名前なんて言うの?」
笑顔で近づいてきた尽に気がついた男に、間髪入れずに問う。
相手の疑問は封じ込めて、自分の目的だけ達したい。ことさら、子供ぶって見せれば警戒心も多少は和らぐ筈だ。
「………葉月、珪」
「ふーん。葉月ね」
名前を聞き出してにやりと笑う。相手はいぶかしんでいるようだが気にしない。
「これ、やるよ。掛けてみな」
先程のカード。相手が手を出す前に握らせ、じゃあねと身を翻えした。


「え、…おい」
葉月は呼び止めようとしたが、相手は人ごみに消えた後だった。
仕方が無いと振り返れば、先程の場所に少女の姿はもうなかった。
あの僅かな時間の間で帰ってしまったのだろう。
手元に残された、電話番号と思わしき数字の列。
渡したのは誰だろう。
人好きのする笑顔に、不思議と不信感を覚えなかったのは何故だろう。
「……帰るか」
葉月はカードを暫く眺めていたが、諦めたようにそう呟くと、ポケットの中にしまいこんだ。




えっと、うちの尽はプチ失恋を乗り切っているいう方向で…。
その思いが変化して重度のシスコンに走っています。 シスコン万歳。

尽が姉を可愛いと絶賛しているのは、弟の欲目です。
葉月に並び立つには更に要努力。

葉月は”ああ”だから電話を掛けるのは不思議じゃないとしても、尽はどうして葉月に電話番号渡したのかな?という疑問からの妄想です。因みに王子はプチストーカー中(笑)

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