連鎖
連鎖


通りは日曜という事もあり、先程から数え切れないくらい沢山の人が、自分の目的を目指して歩いている。
忙しい人。暇な人。待っている人。到着した人。実に様々だ。
けれど皆何がしかの”目的”を持っており、あまり他人には構わない。千晴が今見ている少女も誰も気がつきもせず通り過ぎてしまう。



「うーん。こうかな」
少女は手にもった地図のような物を眺めつ眇めつ、回してみたり戻してみたりして目の前の立看板と比べている。

「えっと、こうだから。ってなんで図書館がこの位置にあるの!したらどうなるの?この地図って」
半分怒りながら泣き言を怒鳴っている。余程出来の悪い地図なのか千晴が気がついらこの調子だった。
しかし、千晴が遠目からも気がついた怒鳴り声に足を不思議と止める人はいない。やはり、そういうものなのだろう。
(えっと、やっぱりあの人は道に困っているわけですよね)
こういう時はどうするべきか千晴は知っている。
人ごみを掻き分けて少女に近づく。突然後ろから声を掛けると驚いてしまうかもしれないので、出来るだけそっと声を掛ける。

「えっと、どうしました?」
「きゃ!」
千晴の配慮は無駄な努力で、少女はやっぱり驚いた様子で自分に声を掛けた青年を恐る恐る見上げている。
(やはり驚かせてしまいました)
日本語で表現するなら「とほほ」という感じだろうかと千晴は考える。
「その地図の場所に行きたいんですか?」
出来るだけ笑顔を引きつらせないように、少女が自分を不審に思わないように気をつける。

すこし、どきどきする。

(やはり他人に声を掛けるって緊張しますね)
少女は自分を信用してくれるだろうか。変な人だと思われないだろうか。
「え、あ、そう。そうなんですよー。地図を見てもここまでは分かるんだけど。ここに書いてある図書館て立看板ではこんな場所に書いてあるでしょ。もう、何がなんだか分かんなくて」
千晴の意図する事に気がついたのか少女は一気にまくし立てた。
よかったと胸をこっそり撫で下ろし、千晴は少女に断りを入れてその地図を貸してもらった。
「うーんと。ああ、この地図の図書館て市営の小さい図書館の事ですよ。立看板にあるのはもっと大きい中央図書館。こっちの方はこの位置にあるんです」
そうして千晴は地図にある図書館の正確な位置を立看板に示す。
「そうすると、この道がここになるから、こう行けばいいんですよ」
「…そうなのか。そうするとこの地図ってあながち間違っていないってことか」
少女は地図と立看板とを見比べて感心したような素振りを見せる。
「って、こんなマイナーな図書館書くなって感じですよね」
「その人がそこしか使っていないなら、そんなものです。人って良くも悪くも自分に関係のあるものしか認識しないから」
丁度通り行く人々が少女を認識しなかったように。
「そっか、ふーーん。でも、お兄さんは気がついてくれたわけだ」
聡い少女はそう言ってにっと笑う。
「ええ、僕も立看板と睨めっこしていた事があるもので」
千晴の場合は酷い地域密着型の地図があったわけではなく、単に看板の文字が読めなかったわけだけど。状況としては変わりない。
「ふーん。んで、こうやってその時も親切に教えてもらったわけだ。もしかして女の子?」
「ええ」
その人の事を思い出し、ふわりと笑顔がこぼれる。

それはとても大切な女の子。

少女はその顔にあっけに取られたように黙り込み、次に「ちぇ」と残念そうに舌打ちをする。
「まあ、いいや。ありがと、お兄さん」
少女はいまどきの子特有の素早い立ち直りを見せて礼を言う。
「ちょっと、急いでいたんだ。どうも、助かりました」
「いいえ、お役に立てて何より」
最後に丁寧なお辞儀を残し、少女は足早にその場を立ち去った。その様子を千晴は未だ残る幸せそうな笑みで見送った。



そして後ろから声を掛けられる。
「ごめん。千晴君。少し、いや大分遅れちゃったね。待ったでしょう」
息を切らしながら声の主は千晴に詫びる。その必至の形相がまた可愛い。
「いいえ、全然」
「ええ、だってもうこんな時間よ」
千晴は再び相好を崩す。
「さっきまで道を教えていました。その人と少し話をして、別れたらこんな時間です」
だからね、待ってない。千晴はそう言って笑う。
「そなの?」
「そうです」
相変わらずにこにこと笑う千晴に相手はシミジミと呟く。
「千晴君も大分はばたき市に慣れたのね。一つ頃が嘘みたい」
「ええ、あなたのお陰です」
「そうかしら?」
「ええ、丁寧に教えて貰いましたから」
少し澄まして言った千晴の言葉に、今度は二人で笑う。
「あの頃あなたは言っていました。『私も来た頃は教えてもらったから』僕はその人に感謝してます。こうしてあなたと笑い合える機会をくれたのだから。僕は見知らぬ誰かから”ラッキー”を貰いました。出来ることなら見知らぬ誰かにお返しがしたい。
 尤も、あなたならそんな事がなかったとしても僕を助けてくれたでしょうけどね」
「だから積極的に道を教えるの?私たちに訪れた素敵な出会いが”見知らぬ誰か”にもありますようにって?嘘よ。そんなのなくても千晴君なら困っている人を見過ごせないわ」
してやったりという顔で彼女は言い切る。お返しとばかりにつんと澄まして言ってみたようだが、すぐ堪え切れないように頬が引きつり、転がるような笑みを漏らす。

それは、まさしく鈴でも転がすような…。

「ちょっと。千晴君?どうしたの?」
黙ってしまった千晴を不信に思って彼女が声を掛ける。手を千晴の顔の前でひらひらさせて見せるのは彼が呆けてたことを意味するかのようだ。
「あ、見とれていました」
何にと聞かれたので、素直にあなたにと答える。途端に彼女の顔が真っ赤になる。
「ちょ、何、質の悪い冗談を!ほ、ほら映画の時間始まっちゃうよ。行こう」
(冗談ではないんですけどね)
でも、彼女を困らせるのは本意ではないので、これ以上は言わない。
数歩先に進んでいた彼女がややあって千晴を振り返る。照れたように笑って彼の腕を取ると、その腕に自分を絡ませる。

(本当に、誰に感謝しても、し足りないくらいです)

それは誰がどう見ても。幸せそうな恋人達の姿。




少女って喋り口調が尽みたい。
じゃなくて、ちーちゃん。少女にも「素敵な出会い」があればとか言ってる場合じゃないって。下手すりゃ君が惚れられる。……つかもう遅い?
主人公は相手が女の子だったなんて気がついてないんだろうな。

他人に受けた恩は他人に返す。そうすれば世の中親切でいっぱいだ。という考え方は好きなのですが、恋人達がやるとバカップル度が増すだけでしたね。のろけてる!って感じで。失敗失敗。

戻る