訊ねたいこと
訊ねたいこと


唇が乾いて上手く言葉が紡げない。

思考が思ったように纏まらない。

やっと搾り出した言葉は自分の意図したものとは違うものだった気がする。

ああ、そうか。

僕は驚いているんだと、ようやく分かる。



『うちの学校にも素敵な伝説があるんですよ』
メル友から貰った返事。彼女はいつも自分の他愛のないメールに丁寧に付き合ってくれる。日本に来たばかりであまり馴染んでいなかった自分がどれだけ励まされたことか。
きっと彼女は「私も来た頃はそうでした」と言うのでしょうけど。千晴はその光景を思い浮かべ目を細める。
「おっといけない。それは”彼女”のことでした」
街でよく親切に道を教えてくれる彼女。何故かこのところ混同することが何度かある。
二人にしたら失礼な話だと思うのだが、どうも受ける印象が似ているのだ。

どちらも、とても優しい。

それは簡単な事のように思えて、赤の他人にまでそう出来る人は意外に少ないのだと千晴は日本に来てから分かった。
そういう人と出会えた自分は”ラッキー”なのだとコッソリ思っている。

『敷地の奥にある古い教会で……』
メールはステンドグラスに彩られた教会の伝説を熱心に紹介してくれていた。
千晴はゆっくりと読み終えると、メーラーの専用フォルダに移動させてパソコンを落とした。
夕焼けの光に華やぐステンドグラスの光。
静かな祈りの場。
そして語り告がれる伝説。
目をつぶれば思い浮かぶようで、でもきっとそれはテレビジョン等で見たことのある風景がミックスされた映像でしかない。
きっと本物はもっと素敵なのだ。
その教会が実際にこの街にあるのだ。
「明日は部活はありませんでした」
見てみようと思った。


翌日千晴は終業のチャイムがなるとクラスメイトに呼び止められる前に早足で学校を後にした。
そしてはばたき学園を訊ねる途中”彼女”に会った。

(紛れもなくはばたき学園の制服です)
焦る頭でそれを確認する。同市に住んでいるのではばたき学園の生徒はよく目にする。他に似た制服の学校もないし、はばたき学園は目と鼻の先にある。今間違いのないことを確認した。
メールで励ましてくれる彼女も、目の前の”彼女”もはばたき学園の生徒。そんな偶然があるのだろうか。
言い淀みながら、一つ思いついて、教会の事を訊ねる。
彼女であるなら、きらめき高校の生徒に最近教えたことを覚えている筈だ。彼女であるなら自分が千晴だと気がつくのではないか。
「そうだよ!よく知ってるね」
答えは期待したものではなかった。やはり違うのかという落胆と、これだけでは分からないという思いが交錯する。
「はい。あの…」
思い切って聞いてしまおう。あなたは千晴という名前の男とメール交換をしていませんか。と聞いてしまえばいいんだ。
そう思うのにうまく言葉に出来ない。口が渇き、思考が纏まらない。
ええと、なんと聞けばよかったんだっけ。
「あの、駅はどこですか?」
やっと言葉に出来たのは、そんな質問。
「駅?駅なら…」
先程千晴が通ってきた差ほど入り組んでいない道を”彼女”は丁寧に説明する。
手振り身振りを交えて一生懸命説明する”彼女”の横顔を見て、千晴は少し冷静さを取り戻した。
「ありがとうございます! あなたはとても道に詳しいですね」
あなたはとても優しい人ですね。
面と向かってはもう言えない。
「そ、そうかな…?」
それはあなたを意識してしまったから。
千晴の真意に気がつかない少女は存外の誉め言葉に苦笑する。
「そうです。さようなら…」
けれどいつか。僕がもう少し勇気をもてたら。

僕は千晴と言います。もしかしたらあなたは僕とメール交換していませんか?




千晴君のメッセージを読み返していて、教会関連のやり取り(はばたき学園近郊において)って初めて街以外で会ったんだなと気がつきました。
なるほど。千晴君がメル友の主人公に面影を重ねたのには、それに足る理由がある。という話。
この後も私の曲解は続くんですが…長くなるし、くどいしね。ははは…

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