深謝
深謝


正門から講堂までを道のように繋ぐ桜並木から外れ、葉月は一人校舎の西奥に向かう。
入学式はもう直ぐ始まってしまうが、少し一人になりたかった。
今日は新しい風の吹く日。中等部からの同級生たちは、はようやく葉月を放っておいてくれるようになったが、今日は外部からの入学生や父兄もいるので視線が落ち着かない。
葉月は疲れた息を落とす。
それだけではない。
桜を見て思い出してしまった。あの教会を一目見ておきたかった。



幼少の頃の約束。
果たせなかった誓いの言葉。
その記憶がチクリと葉月の胸を指す。
あの教会は変わらずこの学園にある。いつか若しかしたら、という思いが拭いきれず何度か足を運んだが、その度に現実を知る。
でも、こうやって、また。
葉月は自嘲に似た笑いを漏らす。また、空虚な喪失感を味わうだけなのだろうと。

角を曲がって教会が見えてきたあたりで葉月は足を止めた。
普段は誰もいないことのほうが多い教会の前に人影が見えたからだ。
先客。葉月は思い出の場所が自分だけの場所でないのを忌々しく思いながら踵を返した。

その足が止まる。

桜色の髪を肩のあたりで揺らし、無心で教会を見上げている少女。
背も伸びだいぶ大人びてはいるが間違いない。
間違えるはずが無い。
葉月はその姿に誘われるように近づき声を掛けようと、こちらを振り向いてもらおうと手を伸ばす。
でも、何て言えばいい?
その戸惑いが言葉を飲み込ます。その時チャイムがなった。
「きゃ」
慌てたように振り返った少女に、肩が掠める形となり、少女はバランスを崩して転んでしまった。
あ…ごめん。
もちろん言葉にはならない。
起き上がろうと体制を変え、少女はこちらを向く。先程の大人びた雰囲気は形を潜め、昔のままの表情でこちらを見上げていた。
「ほら……」
おずおずと葉月は手を差し出す。しかし、少女は葉月を見上げたまま動かない。
「どうした?……手、貸せよ」
「……は、はい」
催促の言葉にようやく少女は反応し葉月の手を取った。
暖かい夢でも幻でもない手が確かに葉月の手に握られている。
少女は覚えているだろうか。
昔一緒に遊んだ自分の事を、そして約束を。
「あの、すみません先輩、わたし、慌ててたから……」
「……俺も、1年」
「あ、そうなんだ」
無理も無い。思い出は遠い昔のことで、自分はあの頃より変わってしまっただろう。
呆けたように自分を見ているから、……一瞬覚えているのかと思った。
「……?」
「……急いでたんだろ?入学式」
黙り込んでいた葉月に少女は首を傾げたが、葉月の言葉に再び我にかえる。
「あっ、そうだ!!でも……」
動かない葉月に少女は躊躇う。
「 俺は……ここで入学式」
少しの間と思っていたが、気が変わった。もう暫くここにいたい。
「 早く行ったほうがいい 」
促すと、少女は躊躇いがちに名前を聞いた。きっと聞いても思い出しはしないだろう。
けれど、それでいい。
少女が去り。その場に一人残されると、葉月は先程少女がそうしていたように教会を見上げる。
その残像だけを焼き付けて、そっと瞳を閉じた。


今は、もう少し、このままで。


運命に感謝していたい。




入学式のシーンにての妄想の産物。
設定とかの話を聞くとあながち間違ってなさそう。
えっと、微妙に会話とか変えてありますけど、気にしないように。

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