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政府は七日、天皇陛下が崩御され、新天皇が即位されたのに伴い、「昭和」に代わる新元号を「平成」と決定した。八日から施行される。改元は従来、時々の天皇主導のもとで行われてきたが、今回は歴史上初めて、政府が法律(元号法)に基づき、政令で決めた。「大化」(西暦六四五年)以来、二百四十七番目の元号(内閣調べ)となる。「大正」や「昭和」への改元は、新天皇即位当日の「即日改元」だったが、今回は翌日改元となるのが特徴だ。
新元号の出典は史記の五帝本紀と書経の大禹謨中の「内平らかに外成る」(史記)、「地平らかに天成る」(書経)という文言の中から引用されたものである。

政府は天皇陛下の崩御を受けて、同日朝、かねてから新元号名考案を依頼してあった九州大名誉教授の目加田誠氏(84)(中国文学)、東大名誉教授の宇野精一氏(78)(中国古代思想史)ら数人の学者に対し、それぞれ電話で正式に考案を委嘱、候補名の提出を受けた。
小渕恵三官房長官が、その中から味村治内閣法制局長官と協議して、数個の元号原案を選んだ。
午後一時から、小林与三次・日本新聞協会会長(読売新聞社社長)ら民間有識者による「元号に関する懇談会」の意見を聞くとともに、国民代表として衆参両院正副議長の意見を聞いた。これらの意見を参考に全閣僚会議で協議、午後二時過ぎの閣議で、新元号の政令を正式に決定した。政令は新天皇のご決裁(ご署名)を経て七日中に公布され、改元実施は八日からとなる。
今回の特徴は、大正、昭和への改元が「一世一元」(行政官布告)により、即日改元だったのに対し、翌日改元となること。これは元号法により、元号を政令で決めることになったため、手順の上から即日改元が困難な場合があることと、元号法では「元号は皇位継承があった場合に限り改める」との規定となり、厳密に一世一元の原則にこだわらなくてよくなったため。
このため、政府内部では昨年中ごろまでは改元は、「区切りのよい日から実施する」として、翌月一日や翌年元日から実施する踰(ゆ)月、踰年改元が有力だった。
しかし、「新天皇になってからも、旧元号が続くのはまずい」との判断で、翌日改元となった。
スカウトさん
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