迷い人さんからこわーい情報をいただきました。
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この「とおりゃんせ」は、有名なわりに実は、とても恐ろしい歌詞です。
どうやらこの歌は、現代風にいえば「児童虐待」、はっきりいって「子殺し」「間引き」の歌だそうです。
江戸時代には、よけいな(家計にとって負担な)子供は、親によって、どんどん間引かれて(殺されて)いったそうです。
そのあたりのことを遠回しに表現したのが、この歌だ、という説を聞いたことがあります。
確か、岩波新書の「児童虐待」(池田由子 著)に乗ってましたので、時間のある人は調べてください(ああ無責任)
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私もこのような説を聞いたことがあります。
ただ、歌詞の中でどのように遠回しに言ってるのかがよくわかりません。 岩波新書を探そうかな・・・・。

kuwaさんが見つけた情報はあんまりこわくない(?)。
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ここに結構学術的な説明があります。
http://www.kgef.ac.jp/ksjc/ronbun/910540y.htm
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(要約)
江戸時代の川越の三芳野天神(郭町、三芳野神社)が発祥地。
三芳野神社は、川越城の築城前からあったそうで、それを太田道灌父子が城を築くとき、敷地に取り込んだ。
神社横の細道が歌の舞台になり、川越城内の子女の間で歌われていたものが城下に流れ、武士や僧侶、町人たちによって江戸へ運ばれ、やがて全国へ広まって行った。
三芳野神社の天神さまにお詣りするときは、(城内になっても、お詣りの人は絶えなかった)、行くときはいいが、帰るときは携帯品を何度も城の警護のものに調べられたので、「帰りはこわい」となった。 |
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ちなみに「♪赤い靴ー、はーいてたー・・・」も怖い歌ですね。童謡に限らず、童話でもそうですけど、子供向けのものは、よくよく聞いたり、読んだりしてみると、怖いものが多いですね。
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これだと人々にとっては別の意味で恐怖となりますね。
あらぬ疑いをかけられて死刑にでもされてしまったらとんでもないことです。
この説で正しいのかもしれないけれど、これだと呪いとかたたりみたいな身の毛もよだつ恐怖って感じじゃないですね。
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「とおりゃんせ」のことですが、幼いころ祖母か誰かにある話を聞いたことがあります。
歌詞の中に、「七つのお祝い」という単語があります。 それが、「七五三」をあらわしているらしいです。
もともと、七五三の由来は、「3才まで生きてくれました。神様ありがとう」とかいう、お礼の儀式だったそうです。 昔は、それまでに病死してしまう赤ん坊がたくさんいたことが、その儀式につながるとか。 そして、歌にでてくる「七つ年の子供」は、七つになる前か後かは定かではありませんが、どうも死んでしまったそうです。
この子が歩んでいる「天神様の細道」とは、神様にお会いしに行く道。 「行きはよいよい帰りは怖い」というのは、この子供が、神様のいるところ(霊界)にはいけても、元いた処(生きていた世界)には帰れませんよ、という意味なのだとか。
そして、この子供が死んでしまい、霊界に行って、なにかをされるのではなかったかと思います。
荒木アキラさん
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霊界でいったい何をされるんでしょうか。 それでなくても不幸な境遇なのに、この上地獄を味わうのでしょうか。 なんと不憫な・・・・。

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はじめまして。
「とおりゃんせ」の「こわい」は「恐ろしい」という意味ではありません。 現在、千葉県、茨城県、東北地方、北海道の方言である「疲れた」の意味です。(古くは京都の古語であるとの説もあり)
「とおりゃんせ」の発祥に関しては諸説ありますが、「こわい」は「疲れた」の意味であるというのは定説です。
寺田さん
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そうなんですか。 知りませんでした。 「こわいながらも通りゃんせ」というのは、「疲れてても通ってちょうだいねー。」ってことなんでしょうか? なんか不可解な・・・。
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