26. 賞状にはなぜ句読点がない?
賞状なんてほとんど無縁の私ですが、学校では、子どもたちにがんばった証しとして賞状を作ってあげることがあります。 漢字ドリルを毎日かかさずやってきたとか、1学期間忘れ物なしだとか、花の水やりをいっしょうけんめいやっていただとか、運動会で大きな声で応援できただとか、なんでもかんでも賞状の対象になります。 乱発しすぎるとありがたみがうすれてしまいますが、子どもたちはけっこうよろこんでいます。 ところで、賞状にはふつう句読点をうちませんが、なにか理由があるのでしょうか。 私としては、「、」 や 「。」 がないと、なんとも気持ちが悪いのですが、「、」や「。」をぬかして、常識のない奴だと思われたらいやなので、書いていません。 句読点を書いてはいけない特別な理由があるのでしょうか。 そんなの常識というのなら、どういういきさつで常識になったのか。 どなたかご存じないですか。 ※左の賞状は架空のものです。 あくび茶屋のご主人さん、ごめんなさい。 |
「賞状というものは賞状の中の文章ではなく賞状そのものに価値があって、しかも文章は簡潔であるので、あえて句読点を打つ必要はないからなのでは?(推測たっぷり、根拠レスなコメントですみません)」というみぃさんからのメールをいただいています。
しかしながら、簡潔な文章には句読点はいらないとなってしまうと、賞状にかぎらず句読点は必要ないということになりはしないでしょうか。
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そんなことを考えていたら、西村芳将さんからメールをいただきました。
「良くはわかりませんが、古文書の形式を踏襲しているような気がします。近代文法ができあがる以前の中近世文書は、当然ながら句読点など存在せず、しかしながら賞罰を与える文書は存在していましたので、前々からの形式を重んじているんじゃないかと勝手な推測をしてます。そういえば辞令なんかにも句読点を打ちませんね。」
ということは、本来、文章には句読点などなかったのであって、近代になってから、文章を読みやすくするために表記するようになったというわけですね。
表彰状は、古来の文書形式を使うヒジョーに重みのあるものなわけです。
教室での乱発は、慎みましょう・・・・と、自分に言い聞かせる私でした。