− 白 −

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【ことば】

土色の仔猫のあとを追いかけて
迷い込んだ夜空のガーベラの花
その上の壊れた窓をくぐって
土色の足跡を聞き分ける

軽薄を装ったことばと一緒に
花びらのドアが渦を巻いて並ぶ
氷砂糖みたいに透明な影が
ドアの前を素速く横切った

新しい部屋を覗くたびに
一つずつことばを失ってゆく
我を忘れていた僕は気付かずに
沈黙したまま先へ進む

土色の仔猫のあとを追いかけて
迷い込んだ夜空のガーベラの花
その向こうの影を捕まえるために
時計のネジを巻いて朝を呼び寄せる

溶けかけた透明な壁の中に
ぬいぐるみになった彼を見つけた
僕は初めて腕を土色に染めて
ガーベラの下に彼を埋めた

新しい部屋を覗くたびに
一つずつことばを失ってゆく
真冬の朝の陽射しのような
柔らかさで距離を壊さないように


 

 

【瞼】

雲が流れていた
長い夢から覚めたとき
草のざわめく音が虹を運んだ
目の前の風景が消えそうになった
いつまでも手を振っていた

瞼の上を通り過ぎる暖かい風
川の向こう岸ではしゃぐ暖かい声
限りなく深く沈んでゆく時間
失くしたものを取り戻せなかった

雲が流れていた
真冬の陽射しの中で眠っていた
空から真綿がこぼれそうになった
焦りつつ時間をことばに変えたら
虹は夢の中に消えていった

瞼の上でからかっている暖かい風
凍てついた地面に沈んでゆく強い風
目を閉じていながら知っていた
いつまでも手を振っていた

雲が流れていた


 

 

【ジャスミン】

夜の間に土を覆った粉雪を
何度も掃いて積み重ねた
握りしめて滲んだ花びらのように
白から白へと並んだ視界に
信じるものが見つかると思っていた

灯りのともる家の中で
必死でアルバムを捜す夢を見た
窓の向こうが覆い隠されゆく間に
いつかのシーンが目の前で照り返す

ジャスミンの欠片を浮かべた
陶器のカップに雲が映っていた
真冬の陽ざしの居心地が悪くて
白から白へと飛び移った
限りなく深い空を目指していた

色褪せた日常が覆い隠されてゆく
気配に背を向けて立ちつくした
誰かが塗りつぶした写真を拾った
遠い昔の自分かもしれない

ジャスミンの欠片を浮かべた
陶器のカップに雲が映っていた
凍った窓に息を吹きかける
人間だけが毎日変化していた

最後に何もない場所に行きたかった
窓の向こうの日常には届かなかった
真冬の陽ざしと一緒に揺れている
白から白へと揺れている
限りなく深い空に落ちてゆく


 

 

【銀色の街】

陽が沈み雲は白く浮かび上がり
凍えた心にほどけかけた糸を結び直す
かじかんだ手を繋ぎ二人歩いた
その足跡に雪よ降りかかれ

繰り返しの毎日が少しずつ狂って
ひび割れた大地は白い息をはく
君に逢う度に年輪のように刻まれた
その傷口に雪よ降り積もれ

あいまいな仕種の一つ一つ誤魔化して
汚れた心を真綿で覆い笑いかける
無言のメッセージ 受け取るふりをした
その優しさよどうか雪は溶かさないで


 

 

【まばたき】

気持ちよさそうに眠っている君を
そっと揺り起こしてもいいですか?
右手から左手 心臓からまばたき
離れたくない 離れたくない

何も言わないで欲しかった
さしこみだした朝日が痛かった
風船が弾けそう
風船が弾けそう
そして昔話を切り取った

気持ちよさそうに眠っている君を
そのまま立ち去ったら怒りますか?
右手から左手 現在と過去
思い出したくない 思い出したくない

何も言わないで欲しかった
逃げるために自身に帰着させた
起こしてもいいですか?
起こしてもいいですか?
そして昔話を切り取りたい

右手から左手 心臓から心臓
離れたくない 離れたくない
言葉の意味さえ理解できなくて
理解したいとも思えなくて
ただ泣いていた夜は決して教えない

肯定と否定 沈黙からまばたき
過去と現在 思い出したくない
せめて風船が弾ける前に
そろそろ起こしてもいいですか?
そろそろ起こしてもいいですか?


 

 

【LIGHT SLEEP】

小さな窓の向こうに澄んだ空
くたびれたことばを吸い込む澄んだ空
胸騒ぎは楽譜に写し取って
遠くへ置き去りにすればいい

静けさが見つけた余計な弱さ
姿を現した余計な瞬間
すきま風は正確に瞬間を運ぶ
ブレーカーが落ちそうだった

遠くへ、遠くへ、遠くへ、
何も考えたくない、遠くへ。

小さな窓の向こうに赤い空
君が飛び込んで壊れた空
頭から毛布をかぶって耳をふさぐ
やがて眠りが空を癒してくれる

小さな窓の向こうに赤い空
向こうとこっちを繋ぐ音楽の糸
引き寄せても振り向きさえしない
息をひそめて待ちつづけた

暖かく、暖かく、暖かく、
埋め尽くしたい、暖かく。

遠くへ、遠くへ、遠くへ、
何も考えたくない、遠くへ。


   
   

【ユートピア】

今日になっても影は失われたまま
世界の手触りは変わりばえしない
昨日と同じように新しい影を捜す
そしてまたひとつ接触点を失う

チャイムの音がする 受話器を置いた
壊れた時計が一日の始まりを示した
眩しすぎる月明かりが夜を支配して
閉じこめられた街を照らし始める

画面と混線しかけた思考を止めて
空白を口に運ぶその手を止めて

”遠くに行かないで”

淋しく揺れる一輪挿しの花が
即席の友情を嘲笑っている
回り始めた世界を無視するように
ユートピアが現れては消えてゆく

時々途切れながら笑い声が聞こえた
時々BGMが不協和音を奏でた

”僕達と一緒にいよう”

チャイムの音がする 人が交差する
画面からこぼれる月明かりの中に
昨日と同じように新しい影を捜す
そんな街並みを夜は優しく包み込む

触れるたびに見えなくなる傷口に音を
破れたまま置き忘れたフィルムに夢を

”僕達と一緒にいよう”


 

 

【やさしくなりたい】

通り過ぎてゆく巨大な景色の
そのほんの僅かな部分の悲しみに
とらわれて身動きできなかった季節
本当にどうでもいい理由並べてた

抱えきれない雑念が満ちてた
空が見えなくて涙こらえてた
無理に歩調を合わせながら
雲が切れる日を待っている

Hello,my friend
その瞬間の言葉が全てを変えた
360度の視界に微笑むことが出来たら
どんな瞬間でも包み込めるくらい
ずっとずっとずっと大きくなれる

洗濯物の揺れる窓を眺めながら
たくさんの”うん”を積み重ねた
時に肯定的だったり 否定的だったり
一番多かったのは判断放棄だった

Hello,my friend
その言葉だけが繋ぎ止めていた
それまでの日常もそれからの日常も
どんな光でも通り抜けるように
ずっとずっとずっと透明になる

Hello,my friend
やがてその言葉ですら消え去って
思い出話ばかりが立ちはだかっても
どんな瞬間でも包み込めるくらい
誰よりも誰よりもやさしくなりたい


 

 

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