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【アールグレイ】

悲しみに蒸発しそうな街を見ていた

落ち葉に埋もれたまま眠ってる
あなたの髪をそっと撫でた記憶も
きしむ自転車の音で掻き消されて
落ち葉の下に閉じこめられるの?
それでもまだ何かを守っているの?

いつかの台詞は誰も覚えていない
想いを見失った歴史は誰も知らない
でも、こうして一緒にいたことだけは忘れないで

見上げればそこには何もない
そんな場所であなたは眠っていた
乾いた街並みを毎日歩いていると
少しくすんだ都会の陽ざしの中に
やがて涙も枯れて呑み込まれてゆく

誰も覗かない歴史が落ち葉のように
何層にも重なってゆくのを見ていた
何もない空の下であなたを見ていた

靴の下で落ち葉が擦れ合う振動も
リノリウムの床に響きわたる足音も
乾いた風が目の前横切るたびに
跡形もなく消してしまうの?
想いさえいつか蒸発してしまうの?

何もない空の下であなたを見ていた


 

【キャンディー】

机の引き出しにすみれ色の包装紙
夕方の陽に透かしたら時間の河が見えた
遙か上流から仄かな香りが流れてくる
それはいつか手渡されたキャンディー

いつも斜め前を行く君の足跡とは
重なることも並ぶこともなかった
僅かな隙間から垣間見えた写真の中で
何かに怯えるようにうずくまっていた

どこにいるの?陽が沈んだら隠れるのはやめよう
どこにいるの?花に埋もれて帰れなくなる前に

最後の一粒を口に含んで河を遡って
幻に消えた波と波の間に
浮いては沈む紋白蝶の羽を越えて
夢が泣いているすみれの原野に着地した

どこにいるの?忍びよる闇が君を蝕んでいる
どこにいるの?空はすみれと同じ色で手招きする

正面に佇むオリオン座が
笑いながら僕に矢を射かけた
驚いて目を開ければ甘い香りは消えて
君の真実は包装紙に包まれたまま

どこにいるの?水面を開ける鍵を置き忘れてきた
どこにいるの?手のひらで瞼を何度もこすっても

見つからない?春が終われば写真の中に戻る
見つからない?君の手が触れたすみれ色の夢

君の手が触れたすみれ色の夢


   
   

【最終電車】

いつまでも消化できない台詞が
ぎこちなく横切っては小枝を落としていく
いつまでも決着のつかない論争を
棚上げにして流れる雲を見ていた

あの日の珈琲が熱すぎたから
手を離したカップは空に消えた
coffee  brownに染まった雲の中に
閉じこめられた君を探しに行く

過ぎた季節も消えされない踪跡も
水面から浮かんではまた沈んでゆく
語られた物語も見せつけられた姿も
無効にする魔法を捜していた

偶然に綾取られて地上に舞い降りた
小さなイメージを両腕で抱えて
coffee  brownの窓をそっと開けた時
誰よりも優しくなれそうな気がした 

都市にそびえる光の塔を旅立つ
最終電車の屋根に飛び乗って
僕の歌さえ鏡のように跳ね返す
あの地平線を越えて進みたい

誰もいないビル 最上階の窓から
雲の向こうで震える星が見えた
coffee  brownの瞳で微笑む君には
どれだけ背伸びしても決して届かない


 

【メトロノーム】

世界の全てを理解できるようになると信じて
メトロノームの響く毎日に耐えていた
僕らがここで長い夢を見ている間にも
どうしようもない力で世界は動いていた

そして彼は言った「空を見てごらん」
柔らかい草の上で仰向けになったら
空という鏡が映す地上にあったのは
永遠に続いている青色の海だけだった

手を伸ばせば触れられると思っていた
遠くに広がっていた煩雑な風景が
スクリーンの上で展開する映像のように
一瞬で消える頼りないものだと気付いた

彼は言った「目を閉じてごらん」
まぶたとまぶたとの間をきつく繋いだら
絶望的なほど青い虚無の海の中で
自分の呼吸の音だけがやけに大きく響いた

僕はいつまでもたった一人で
虚無の海に浮かんで呼吸をしていた
言葉も紡がず手も伸ばさないで
たった一人で呼吸をしていた

やがて果てしなく広く果てしなく遠い地図から
一つの基準点がズームアップされていった
拡散して消えてしまいそうだった僕の力が
この場所から地図を遠近法に書き直した

そして彼は言った「もう一度目を開けて」
柔らかい草に埋めていた顔を上げた時
僕の周りに未知の世界が広がっていた
それは呼吸をするだけで垣間見られる世界だった

僕は彼を見た
彼と彼の立つ地面を見た
地面を覆う草花と地平線を覆うビルを
ビルを出入りする人々の日常生活を見た

僕は彼のために言葉を紡ぎ始めた
メトロノームの規則的な音が消えると同時に
僕はどこにいて彼はいつからいるのか
全てがそこにありそこにはないことを知った

そして僕は彼のために言葉を紡ぎ続ける


 

【壁】

僕の頭の中で今何が起こっているの、教えて
言語中枢が麻痺するぐらいキャパシティー越えてる
壁を守ろうとする君は壁を破壊したい僕を
どうしてこんなにも動揺させることが出来るの

君にしか見えない光を伝えるために
北風から奪った言葉は太陽に預けられた
意地はって沈黙を守っている僕の気配に
気付いているくせに容赦なく言葉は続く

気の遠くなるような時間をかけて
街に散らばった欠片を拾い集めて
一つ一つ確かめながらはめ込んでゆく
そうして意味からの断絶が解消される

僕の頭の中で今何が起こっているの、教えて
君の声は魔法のようにエレクトロンを操る
壁は二つの部屋を隔てていたのではなくて
二つの部屋を繋いでいたのかもしれない

無数の回路は易きについてただ窓を眺めてる
ガラスの向こうの鮮やかな景色に内心憧れながら
鍵が開かないのは新しい方法がないからじゃなくて
一番最初の方法を忘れていたからだったと知った

どこにでも容易に侵入する春の陽ざしに
昔集めたたくさんの武器は役にたたない
偽りを壊しても真実は生まれない
否定を重ねた結果最後には何も残らない

僕の頭の中で強固な防衛壁を越えてやってくる
君の言葉が正常な間を組み直してゆく
言葉を生み出す苦しみと手を伸ばして触れる感触
そうして鮮やかな景色からの断絶が解消される


 

【パステルカラー】

薄まったアイスティー飲み干してうたた寝る
凍ったままの虹を抱えて何もない空を見る
夜が来て朝が来るそして街を歩いてる
昨日もそして明日もこの速さで歩いてる

パステルカラーのシャツを身につけて
揺れる髪の隙間から太陽を見た
色の境目を溶かすくらい眩しくて
並木道の下で息を止めてみた

似たような店に入って適当に食事をとる
小石を軽く蹴飛ばして行方を追ってみる
腕を組んで何かが見つかるのを待っている
些細な会話なんかで一喜一憂しながら

右と左のホームで待つ終電に引き裂かれて
発車のベル聞きながら窓を見つめた
動き始める景色と水面下の想いが
否定できないほど鮮烈な感覚で押し寄せる

パステルカラーで統一した家具に囲まれて
なんとなく納得できずにとじこもっている
壊れかけた引き出しを開けては閉めてみる
それだけの出来事が虹を融かしていく

通りを飾るありふれた言葉達に
正確な足音が少しずつ形を与えている
夜が来て朝が来るそして街を歩いてる
それだけの出来事で虹の色は変わっていく


 

【Ucluelet】

遠く続くサンダルの跡を振り返って確かめた
低い月に背中を向けてはしゃぐ僕をどこかで眺めてた

限りの見えない空を両手を広げて抱え込んだ時
悲しみの仕草さえ見せずに隠れた歴史がふっと笑った

いつか、水平線が砂に溶け始める
ここは、誰もいないUcluelet。

足の指が砂に埋もれる感触で何かの気配に気付いた
立ちすくむ僕の前に静かな赤い波が押し寄せる

遙か昔から隠し続けていた透明な力に満ちて
立ち枯れたままの丘を背に静かに空気が震えていた

流れ着いた小さな破片が独り言を呟いていた
聞き取れない言語で繰り返されるうちに歌になった

そして、波の狭間に帰っていく
ここは、誰もいないUcluelet。

※Ucluelet……カナダ西海岸の小さな村。
          昔はインディアンが多かった。


   
   

【holiday】

照り返す陽ざしが眩しくて
目を細めてバスを降りた
見知らぬ並木道でさえずりあう
見知らぬ鳥の群れを通り過ぎた
いつもは深く隠れている君の影も
今日のように晴れた日にはこうして羽を伸ばす

照り返す陽ざしの繁華街を
君の影と並んで歩いた
大きくため息をつく僕を
追い越した誰かが振り返った
僕は遠くの飛行機雲を目で追って
そのもっと向こうにある僕の影を思う

照り返す陽ざしを受け止めながら
公演の灼けたベンチの上で
上着をつけたままの躰を投げ出した
伝えられなかったことが多すぎた
僕は遠くの飛行機雲を目で追って
そのもっと向こうに置いてきた歌を口ずさむ


 

【春】

幼い思い出達
泡になって消えてく
広い広い空の彼方
手を繋いで歩いた

あたたかい君の背中
そっと羽をまわした
広い広い海の彼方
蝶になって飛び立つ

笑ってる春の陽射し
笑ってる君が見えた
遠い遠い幸せの日へ
蝶になって飛び立つ


 

 

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