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【乾杯】

「乾杯。」
声に合わせて二酸化炭素の泡が映し出したのは
僕たちが最初に出会った時代
そこから遠く隔たった場所で僕たちは再び杯を酌み交わす

 汗のにじんだTシャツ 床に散乱した脚本 煙草の灰
 壁の落書き 賞味期限の切れたパン 溶けたアイスクリーム 

 運動靴に履き替えて部屋を出るまでの30秒間
 あなたはひとすじの木漏れ日に照らされて
 壊れた天使のように羽を休めていた

「乾杯。」
過去を笑い飛ばせるくらい寛容な仲間たちと
同じ場所で過ごせたことを誇りに思う

 交差する視線 交錯する想い
 限られた言葉しか持てないが故に
 複雑にからみあってもつれた糸
 僕はたったひとりになるのを待っていた
 夕闇で真っ黒に染まった手で
 新しい脚本を印刷した

「乾杯。」
声に合わせて二酸化炭素の泡がはじける
時空を越えて集まったどこでもない場所で
僕たちは再び杯を酌み交わす
 


 

 
 

【荒療治】

「1人でも立ち上がれる」
これが最高によく効く呪文
何度でも繰り返し唱えてみよう
あなたには荒療治が必要だから

「彼女がいなくちゃいけないんだ」
生暖かい部屋で傷をなめあう仲間がいる
ワガママを許してくれる友達がいる
社会の外側だから維持できる空間がある

幸福な人が、幸福に気付かない不幸。
夢を夢だと、寝言を寝言だと気付かない不幸。

「1人でも立ち上がれる」
もしも今の状態が苦しいのなら
苦しさから抜け出したいのなら
唯一の方法を思い出して

「彼女がいなくちゃいけないんだ」
寝言を許してくれる彼らと距離を置こう
支えてくれる彼らと距離を置こう
そう、ここは流れ着いた無人島
甘やかしてくれる人は誰もいない
あなたはやがて気付くはず
何も失っていない 足りないものはないと

思い出を未練だと錯覚していた不幸。
大きすぎる思い出が未練に見えた不幸。

「1人でも立ち上がれる」
これが最高に正しい呪文
さあ、もう1度だけ唱えてみよう
あなたには荒療治が必要だから
 


 

 
 

【99】

嵐の夜はカーテンを開けて眠ろう
まどろみの魔法が降りてくるから
雨音のボートで太平洋を越えて
怠惰な一日を過ごす君に会いに行こう

抱えきれないほどの言葉がある
朝が来る前にノートに書き留める

嵐の夜ほど素敵な夜はない
書きかけの絵はがきを破り捨てよう
絵はがきに写った本当の景色を探しに
君を乗せてどこまでも行こう

叶わなかった約束 伝わらなかった気持ち
朝が来る前にその目に焼き付けよう

誰もいない砂浜で寝転がって
波の音を99まで数えている
君が目を開けて首を傾げたら
号令「100!」そして着地する

抱えきれないほどの想いがある
まどろみの魔法が解けないうちに君に伝えよう
 


 

 
 

【casting】

ジェットラグで早く目覚めすぎた日は
小さなボートに乗って沖を目指そう
ガソリンは少しでいい
身体の中の磁石が引きつけられていく

揺れる甲板 揺れる心
水しぶきに掻き消されないように声を振り絞れ!

遠くへ遠くへ もっと遠くにラインを投げて
君の心臓に届くまで
月の鏡に映して見てるから
気付いて 早く早く早く

風がなくて寝苦しい夜は
ウォークマンを消して耳を澄まそう
今すごく近くにいるって感じられる
シー・シックじゃない ラブ・シックかも

滑るボート 素直な心
ありのまま投げてみればきっと大丈夫!

強く強く もっと強くロッドを握って
君とタイトロープ続けていこう
このまま海の底に沈んだら
引き留めていて ずっとずっとずっと

日付変更線の向こうに届くように
力いっぱい祈るよ 遠くへ遠くへ遠くへ
 


 

 
 

【distance】

『特別』
『愛情』
『信頼』
無意味な文字の羅列が苦しめる
無駄なあがきだと分かってるさ
でも許すためにはあまりにも僕が
じっとしているのが苦手なだけで
待つことが苦手なだけで
だから沈黙しているんだ
だから泣いているんだ

“special”
“love”
“trust”
どこから来たの
どこまで行くの
そこには何が待っているの
僕の声は聞こえるの

“distance”
“distance”
“distance”
無意味な文字の羅列が苦しめる
時を越えて空間を越えて言葉を越えて
張り巡らされた通路の中から
望む真実だけを拾いたかったんだ
あなたを想うことを正当化したかったんだ
だからまだ考えているんだ
だからまだ待っているんだ
だからまだ泣いているんだ
 


 

 
 

【願い】

照りつける空と 照り返す芝生に
終わらない夢を見ていた
汗の落ちる音を聴きながら
「時間よ止まれ」と言うの?
いいえ、始めから時間は止まっていた
フィルムの中に運命は刻まれていた

尖った潮風を浴びて
錆び落ちていく自制心
身体から水が失われていく
それでも他の場所には行きたくなかった

あなたが居たんだ。
ただそれだけが。

照りつける青と 照り返す緑に
目を細めていた 言葉は要らなかった
熱くなった椅子とテーブルも
溶けて流れ出しそうな意識も
焼けた肌の痛みさえ
幸福の証だと思っていた

久しぶりに窓を開けたら新鮮な空気を吸って
心に灯をともして
非日常から日常へと
フィルムに閉じこめた笑顔を解き放って

もう一度だけ解き放って。
ただそれだけが。
 


 

 
 

【遠くへ】

夢から抜け出した跡には何もない
壊れかけた船と限りない冷たさだけ
長い眠りと束の間の覚醒を繰り返し
安らぎのある場所を捜していた

待たなかったのではなく待てなかったのだ
失ったことを認められなかったのだ
この身体が凍る日が来る前に
嵐の声を聴くための鼓膜を下さい
光と影の境目を見るための目を下さい
        管制塔ヨ応答セヨ!
        管制塔ヨ応答セヨ!

長い眠りと束の間の覚醒を繰り返し
ただ自分自身と戦っていた
残り少ないガソリンで何処に行けばいい
最後に君の影までが消えたら何処に行けばいい

走れなかったのではなく走らなかったのだ
本当は今すぐ遠くへと走り出せるのだ
目を覚ませ 野心を取り戻せ
アクセル全開で氷の海へ飛び込もう

        管制塔ヨ応答セヨ!

夢から抜け出した跡には何もない
壊れかけた車と限りない冷たさだけ
記憶に浮かぶ手がかりの手紙は破り捨て
直感だけを信じて風を切る
どんなに速く進んでも速すぎはしないよ
氷の海を抜けて必ずたどり着いてみせよう
そうだ私は此処にいる
 


 

 
 

【扉】

案内人は足を止めた。

扉を1枚隔ててそこは夢の世界
どんな願い事でもすぐに叶う
万有引力など通用しない
確率論など当てにはならない
世界全体のからくりなんて
神様にだって分かりはしない
確かなのは僕がここにいて
君もここにいるという事実 それだけだ

「ここまで来たら誰も戻れない
 先に進むか、永遠にここに留まるかだ!」

扉を1枚隔ててそこは死の世界
幸福でも不幸でもカンケイない
報われたかどうかなんて計算できないし
冷えた石ころのように転がっている
罪とは何かなんて知りたくもない
確かなのは僕がここにいて
君もここにいるという事実 それだけだ

案内人は足を止めた。

「ここから先は独りで行くんだ
 何処に向かうかは君の自由だ
 いくら泣き叫んでも助けは来ない
 まずは信じられるものだけを信じて
 そこから広げていけばいい 先へ先へと!」
 


 

 

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