− ボーダーライン −

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【名前】

喉まで出かかったその言葉を
最後まで言ってしまってはいけないの
言葉は呪文 そして言霊は呪い
再びあの部屋に閉じこめられてしまう

とおいとおい記憶の奥に
唇になじんだ名前がある
とおいとおい記憶の国に
蒸発してしまった思いがある

すっかり変わってしまった街に
残された古い店を見つけた時のように
吸い込まれてしまってはいけないの
再びあの部屋に閉じこめられてしまう

夕暮れ時の踏切の音のように街に馴染んで
下校放送の木管楽器のように抗いがたくて
思わず耳を塞ぎたくなるような
胸を刺す物語がある

鉛筆を持つ手になじんでいるその言葉を
最後まで書いてしまってはいけないの
何事もなかったように生きてゆけなかったら
封じ込めた傷が解けてしまう

その名前を早く忘れなくてはいけないの

 

 

【バリア】

その通りさ、僕はいつでもここにいるよ
僕は僕だけで 僕だけが僕だから
独りになるのは恐くない 淋しくなんてない

気付いてた?
これはささやかな反撃だったって
そして可能な限りの抵抗だったって
遙か昔に置き去りにされた地雷を踏まないように
反物質の言葉でバリアを張ったよ
何度傷ついても肯き続けるよ
『……僕はいつでも大丈夫
  少々手荒に扱っても壊れないから安心して!』

気付いてた?
誰のためでもなく君のために戦っているって
一番大きな呪いは君自身が受け止めているって
ポジティブ思考だけが良い結果を生むのではなく
目に見えないものを大切にするあまり
全てを失ってしまうこともある
もう二度と悲劇は見たくないから
バリアの中で笑っていようと決めた

その通りさ、僕はいつでもここにいるよ
僕は僕だけで 僕だけが僕だから
君が身に纏った歴史に何度傷つけられても
独りで立てることを誇りにしているよ

 

 

【宴】

「宴は始まったばかり
 ドラマは未だに始まってさえいない」
同じ台詞を何回言ったかい、と
君は意地悪く笑う
そんなに頭の悪い呑み方をする人ではなかった、と

路地裏で僕がうずくまっている間にも
世界は刻一刻と変わっていくんだ
待ち疲れていつか果てる命なら
この瞬間にも終わりにしてしまえ
凍てつくコンクリートに埋めてしまえ

たとえば銀色の箱を開けてみると
噂の真相は、一番面白みのない選択肢だったとして
君がYESと云うのならそれもいいだろう
君にYESと云わせるためならそれもまたありだろう

「世の中なんてどうせそんなもの」
いつまでもしらを切るつもりなら
喜んで妥協してみせよう
愛想を振りまいてみせよう

今や月と太陽は裏返し
未来と過去も、言葉と心も、裏返し
カクテルグラスに映った少年は
僕ではなくて、僕の姿をしているだけ

「宴は始まったばかり
 ドラマは未だに始まってさえいない」
嘘をついた記憶も嘘をつかれた記憶も
近づいてくる人も遠ざかる人も
明日までに消えてしまえ
跡を残さず消してしまえ

君がYESと云うのならそれもいいだろう
君にYESと云わせるためならそれもまたありだろう

 

 

【ボーダーライン】

 1

かしかしと柱が軋む
ふるえるわたし ふるえながら
夢を見ていたのでしょうか
……無理を言っても道理は引っ込みませんでした
大事なことを越えたのではなく
大事なことを忘れているだけで

右目で前進を 左目で後退を
伸ばしかけた手を戻して
この瞬間に決断が求められている
引き裂かれそうな身体を維持するだけで
張り裂けそうな心は放置している

今更行き先は変えられない
まだスピードも落とせない

1本の線上に立って
わたしはふるえているのです
かしかしとふるえているのです

右目で未来を 左目で過去を
未来に優しさを 過去に厳しさを
この瞬間に時計を止めたら
望むものが手に入るのか
それとも全てを失ってしまうのか

何を期待して外に出るのですか?
向上を続けていれば平安を得られますか?
何を思っている?
……そうだ、そうやって少しずつ言葉にしていけばいい
ゆっくりゆっくりと

未来に優しさを 過去に優しさを
自分ひとりのためではなく
いつか出会う誰かのためでもなく

1本の線上に立って
わたしは動き始めるための力を待っているのです

 2

独りで待つ時間はこんなにも長い

静かな森を生きる方法は定められている
砂の音 水の音 土の音 そして笛の音
わたしは膝を抱いて耳を澄ませていた
水面の向こうの灯に気付かずに

彼らは壊れていく君を讃え
優しさを守る君を否定した
水面を挟んだ2つの世界のように
ほんの一寸の違いだとは気付かずに

真実の言葉を聴かせて
落ちてくる欠片を集めて
幾通りもの組合せを試している
独りで待つ時間はこんなにも長い

君は哀しみの言葉を知らず
怒りの言葉も知らなかったので
力が尽きるまで笛を吹き続けていた
逃げも隠れもしないで

真実の言葉を聴かせて
道化の衣装を脱ぎ捨てて
新月の森を満たしている
優しい砂の音を 水の音を 土の音を

わたしはひらりと水面を越えて
新たな方法を君に伝えよう

 

 

【地図帳】

次の瞬間
まっしろな光の中に投げ込まれて
身体は無重力で満たされる
私を繋ぎ止めていた細い糸は
たった一言で弾けて消えた

そう、此処は狭間の世界
過去と未来が直線上にあると思うなら
独りの力で地に足をつけてみよう

地図帳を開いて
世界地図から日本を
日本地図から東京を
東京の地図から自分の家を確かめている

次の瞬間
遠ざかる君の背中が見える
身体は地面に叩きつけられて
あらゆる痛みの感覚が戻ってくる

そう、此処は唯一の世界
泣いたって手を差し伸べる人はいない
言葉を投げかけても応える人はいない

地図帳を閉じて
音のない暗闇の中に身を投げて
息を止めてみる 止め続ける苦しさで
かろうじて私を確かめている

私が此処にいると確かめている

 

 

【ライチ】

ほらね、ひとつふたつみっつ
ページの間から言葉がこぼれ落ちる
待ち人を待ちくたびれた私を
ライチのような甘い香りで誘っている
「おいでよ、手の鳴る方へ」

そこでは、まだ若かりし君が
試行錯誤を繰り返していた 傷ついていた
笑って欲しかった 笑顔を見たかったけど
解けきらない魔法が歌を縛り付け
時空を越える力を妨げた

ほらね、ひとつふたつみっつ
ページの間からライチの実がこぼれ落ちる
待ち人を待つばかりの毎日から抜け出して
甘い甘い言葉を拾ってみようか

一粒を手にとって口づけると
さらさらと鎖が外れて
時空が繋がった広い視界に
沈み込む現在の君が見える
魔法が解けた私は再び立ち上がって
歌を届けに歩き出した

そこでは、空も大地も瑞々しくて
そっと歯を立ててみると
どこか懐かしく甘酸っぱい味がした
あっという間に私は夢見心地になる
そして君を抱きしめたくなる
「おいでよ、手の鳴る方へ」

ひとつ
ふたつ
みっつ
ほらね、笑った。

 

 

【とぎすます】

ビルの谷間のずっとずっと向こう
荒れた野原のずっとずっと向こう
銀の世界の銀の色に染まっているよ
Can you hear me?
Can you hear me?
近くに見えるは蜃気楼
遠くに見えるは無
ここにいるのはわたしひとり

銀の下からぱちんと芽吹く音
強い陽ざしがビルを溶かす音
大地が深く深く沈んでいく音
哲学者は空の牢獄に閉じこめられて
流れ星を数えながら日々を過ごす

風に舞う砂の一粒一粒から
街を覆う水の一滴一滴から
君が残した香りがするよ
Can you hear me?
Can you hear me?
よびさますのは枯れ落ちた花
とぎすますのは折れた翼
かなしくなるのはわたしひとり

 

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