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 風の音で、目が覚めた。
 かなり大きな音だった。春一番はもうとっくに吹いていたし、低気圧でも近づいているのだろうか。
 違う。風の音は、カーテンの向こうからではなく、窓とちょうど反対の方向から聞こえていた。そっちにあるのは押入ぐらいなのに。この中から風の音?まさか、と思うけれど、事実、そうなのだから仕方ない。ベッドから這い出て、押入のふすまを開けてみた。
 ……確かに、風の音はここが源だった。私は、あまりに呆れて、しばらく口がきけなかった。押入の中では、昨日の引っ越しで実家から奪い取ってきた扇風機が「強」でまわっていたのだった。
「ちょっとお、やめてよ。電気代かかるじゃない。」 私は、思わず叫んだ。仕送り少ないんだから節約しなくちゃと思っているときに、こういう無駄遣いはないだろう。
「でもさ。」
 扇風機は、困ったように首を傾げて説明する。
「実家ではさ、冬でも僕をそのへんに出しっぱなしにしてたじゃない?いきなりこんな暗くて狭いところに入れられたから、まいっちゃって。」
「そんなこと言われたって、見れば分かると思うけど、押入の中以外に扇風機を置く場所なんかないよ。我慢しな。」
「いや、僕じゃなくて、風のほうなんだけど。」
「風?」
 扇風機の説明によると、つまりはこういうことらしい。風ってやつは、動き続けずにはいられない性格の持ち主だそうだ。実家では、扇風機が回っていなくても外に置いてあったから、風はある程度自由に動き回ることが出来た。しかし、うちに来て押入に入れられてしまっては、このままでは風が風であることをやめるしかなくなってしまう。一世一代の大ピンチ、なわけだ。
 うーん。それは確かに、扇風機に回ってもらいたくもなるかもしれない。しかしだ。ここで譲るわけにはいかない。この家の主は私なんだから。何かいいアイディアないだろうか。
「ね、風さんと扇風機さんって、ずっと一緒にいなきゃいけないの?」
「いや、そんなことないけど。」
「したらさ、夏になって扇風機使うようになるまでの間、風さんだけどっか外に行って遊んでてくれるって、駄目?」
「ん?」
 扇風機さん、驚いたように顔を上げた。どうやらなかなかの名案だったらしい。
 風が、ゆっくりと部屋を一周した。扇風機が翻訳してくれる。
「えっと、『いいの?僕を信用して。ずっと帰ってこなかったらどうするの?』って言ってるよ。」
「信じてるもん。」
 風さん、今度は時速二十メートルくらいで部屋を横切る。机にのせておいたプリントが散乱した。
「『ありがと。この恩は必ず返します。』だそうです。」
「いえいえ。こちらこそ。」
 私は、窓を開けた。風さんは少し名残惜しそうに部屋をもう一周してから、外に出ていった。
 扇風機さんは、淋しそうに窓を見た。
「いつ頃戻ってくるかなあ。」
「そうねえ、東京の夏は暑いって言うから、案外すぐ戻ってくるかもね。」
 私も、なんだか感慨深くて、床に散乱したプリント類を片づける気にもならなかった。しばらくの間、扇風機と一緒に窓を眺めていた。
 次の日、朝起きてカーテンを開けると、どっからか風で運ばれてきたのだろうか?きれいに咲いてる桜が一枝、窓の外に置いてあるのを見つけた。私は、すごく幸せな気分になった。
 でも、その枝を手に取ったら、その下から、どっからか風で運ばれてきたのだろうか?一万円札が一枚現れたを見たときは、非常に複雑な気分にさせられたのだった。 

 
 


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