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終点まで

 深緑色のバスはハイウェイを抜けて、数年前にやっと出来たばかりの比較的新しい国道に入った。だだっ広い原っぱの他は何もない県境を真っすぐに突っ切る、僕の初めて通る道だった。
 大きなハンドバッグを持ったOL風の女の人が降りると、乗っているのは運転手のおじさんと僕だけになった。僕は、おもむろにチーズバーガーを食べながら、丈の短い草ばかりでずっと変わらない窓の外の景色をぼんやりと眺めていた。
 それから一分ほどたった時、がたんと音がして、バスが止まったのを感じた。
「君も運転してみないかい。」
 運転手のおじさんが、僕のほうを振り向いてそう言った。
 僕は少し考えた。そして小さく頷くと、その時半分くらい食べていたチーズバーガーを運転手のおじさんに渡して、自分は運転席に座り、ハンドルを握った。
「君は、車の運転は?」
「出来ます。」
 きっぱりと言い切ってしまってから、運転手のおじさんの意外そうな顔を見て、慌てて付け加える。
「但し、乗用車だけですけど。」
 当然、交通法違反をすることになる。でも、なぜか今の僕にとっては、そんなことは本当にどうでもいいことのように思えたのだった。
「出発進行。」
 僕は勢いよくアクセルを踏んだ。バスはぶるるんと心地好い音を立てて走り出した。
 いつまで走っても原っぱは続いていた。もしも所々のバス停がなかったら、道を間違えたかと思ってしまうだろう。実際は一本道なのだから間違う筈などないのだが。
 どのバス停を見ても、“その停留所の名前”の左右に、“前の駅の名前”と“次の駅の名前”が幾分小さい字できっちりと書かれている。こんな景色の全然変わらない、ただ滅茶苦茶広いだけの原っぱに、バス停の名前の厳密な区別がついているのが、一見無意味そうで何となく面白いと思った。一体この、家もお店も何もない道に、バスに乗るお客さんなんているのだろうか。一体この路線は一日何本くらいの路線なんだろう。毎日バスに乗って通学している僕が初めて見たのだから、よほど珍しい路線に違いない。
 どのくらい走っただろうか。やがて、“次の駅の名前”の書いていないバス停のある所までたどりついた。どうやらここがこのバスの終点みたいだった。
「到着しました。」
 僕がアナウンスすると、運転手のおじさんは立ち上がって、チーズバーガーごちそうさま、と言った。僕はボタンを押してドアを開けた。運転手のおじさんは、運賃を入れて僕のほうに一礼して降りていった。そして、まだ先へ続いている道をゆっくりと歩いて、バスから遠ざかっていった。
 一人残された僕は、運転席で、何も出来ずに、ただ小さくなっていく運転手のおじさんの後ろ姿を、いつまでも、いつまでも見つめ続けていた。
 
 


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