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スカイビーチ
 

 そのとき僕は電車に揺られていた。
 窓の外は、さっきから一時間くらい、単調な田園風景がずっと続いていた。収穫直前の重そうな稲穂がじゅうたんのように揺れている景色も、最初の頃こそいい景色だと思って見ていたけど、もうそろそろ、いいかげん飽きてきた。しかもあいにく今日は曇りで、空は全くムラのない白色なのだ。そのような変化のない風景の所為なのだろうか、それとも、単に僕が昨日遅くまで宿題をやっていて寝不足だったからだろうか。僕の意識は朦朧としてきた。まるで催眠術にかかったみたいだった。僕は、抗いがたい力によって眠りの世界に引きずり込まれていった。
 やがて僕は、どこかの大きな砂浜の上に立っている自分に気付いた。ここは夢の中の世界なんだ、となぜか自分でも分かった。
 砂浜の前には海が広がっていた。海は怖いほど澄んだ青だった。どこか人工的な鮮やかさだったので、反射的に波をよけて後ずさった。何となく、さわったら皮膚が溶けてしまうとか、生物に有毒なのではないかと思った。しかし次の瞬間、かわいい小魚の群が気持ちよさそうに泳いでいるのが目に入った。害はないのだろうか?試しに足の小指を浸してみる。冷たかった。でも別に痛みを感じたり、ぬるぬるしたりということはないみたいだった。 
 僕は膝まで海に浸かってみた。水を足で蹴りながら歩いていると、小魚達がまとわりついてくすぐったかった。僕は大声で笑った。しかし笑い声はすぐさま空気に吸い込まれてしまい、どこにも反響しない。どんなに大きな声で叫んでも、僕からそう遠くまで離れないうちに抹消されてしまうのだった。周りには僕以外の人間は誰もいない。さっきの小魚以外の生き物も見つけられなかった。この広大な砂浜と海の全てが、僕と小魚のものなのだ。僕は思う存分泳いだ。足を水面に叩きつける度に白い泡が海の上に浮かんでは流れていった。海流に乗ってどこまで行くのだろうか。追いかけて自分も泳いでみようかどうか考えたが、そうしているうちに夢が終わってしまった。
 目を覚ますと、そこは電車の椅子の上だった。僕は服を着たまま全身海水でびっしょりとぬれていた。電車に乗っているのは僕だけだった。今どこまで来たのだろう。結構長い間夢を見ていたから、目的地の駅を乗り越してしまったかもしれない。
 そのとき、電車が一回、大きく揺れて止まった。僕は振り返って後ろの窓を見て、駅名を確かめた。ここは「スカイビーチ」だった。海水浴場の前にある、夏休みの間だけの臨時駅だ。こんな季節にどうして停車するのだろう。一瞬首をひねったけど、すぐにそれが愚問だったことに気づいた。空は雲一つない青で、ビーチは限りない白で、澄んだ海は太陽の強い光を受けて、空との境が分からなくなるほど輝いていた。小さい頃NHKの特別番組で見た、原始の海の風景ってこんな感じだったな、と思った。僕の膝の上には、小さい頃から使っているスヌーピーの浮き袋がある。もちろん自分で家から持ってきたのだ。
 おなじみのJRのプラットホーム用音楽が流れ、ドアが開いた。波の音が思いの外大きく聞こえてきた。低音質故のノイズだと思っていたのは実は波の音だったのだ。改札を抜けるともう目の前が海だった。僕は子供のような歓声をあげて浮き袋を抱えて、輝く水に向かって走り出した。
 
 


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