back  home

 

再会

 受付近くでなにやら入力している横顔を見つけたとき、はっとした。どこかで見たことがある顔だ。記憶をたどってみる。思い出すのにそう時間はかからなかった。
 忘れるわけはない。一度は恋心のようなものを抱いた人だ。確か、阪田さんという名前だった。
 あの頃は、阪田さんは凄く遠い存在だった。当時高等部にいた私たちのもとへは、講師助手として派遣されてきた。その大人びた優しい口調と端整な顔立ちに、いっぺんでファンになった。でも、話しかけるチャンスは2、3回しかなかったし、それも挨拶程度、本当に短い会話だった。
 そしてそんなことをしているうちに今の彼氏と出逢い、恋に落ち、幼い憧れの思い出は記憶の隅の方に追いやられてしまった。気がついたときは、阪田さんはどこかに転勤してしまっていた。私のことを覚えているかどうかも分からない。
 その人が、今、目の前にいた。今度は先生ではなく、同僚という近い存在で。今なら話しかけても不自然じゃない。私を生徒の一人としてではなく、一人前の女性として見てもらうのも夢じゃない。心がぐらぐらと揺らいだ。どうしよう。話しかけてみようか。彼氏は今研修所に行っていて、たまにメールを送る以外、満足に連絡が取れないのだ。こんな状態であと半年も待ち続けるなんて辛すぎた。
「あの、阪田さん、ですか。」
「はい。ええと、メンバーの人だったよね?」
 やっぱり覚えていなかったらしい。不思議そうな顔をする。何かを考えているときの眼を細める仕草、昔と変わってないのが懐かしい。
 私は、去年まで自分が在籍していた学校名を言ってみる。
「ああ、もしかして田中先生のクラスにいた?」
「そうです。思い出しましたか?」
「確か松戸さん、だ。」
「大正解。」
 嬉しかった。名前まで思い出してもらえるとは思っていなかった。高等部の頃の切ない気持ちがよみがえってくるのを感じた。自分でもびっくりするほど心臓が強く鳴っていた。じゃあまた明日、と別れてからもしばらくの間、にやけがおさまらなかった。
「どうしたの、なんだか嬉しそうだよ。」
 声をかけてきたのは由美子だ。学校が一緒になったことは一度もないが、小さい頃から家が近くてよく一緒遊んだ仲だ。
 ふと、妙な予感がした。この前の由美子の嬉しそうな顔を思い出した。確か、メンバーの中に好きな人がいるの、と言っていた。今はやっとその人と友達になれたくらいだけど、がんばってアプローチするんだ、と。来週には、その人と由美子と私、三人で遊ぶことになっている。要するに、私がキューピッド役ということだ。
 メンバーといっても、男子だけで百人近くいる。その人が阪田さんである確率は百分の一だ。
 まさかねえ、あり得ない話だ。とは思いつつ、不安だから、一応確認してみようと思った。
「ね、そう言えば、どの人なの。教えてくれたっていいじゃない。」
「だから、来週には分かるって。」
「今知りたい。滅茶苦茶気になる。」
 彼女は、笑いながらも、沈黙を守っている。
「まさか、『さ』、で始まる人じゃないよね?」
「え?」
「教えて。大切なことなの。」
「……『さ』で始まるよ。」
「阪田さん?」
 目を見開いた。
「なんで分かったの?」
「いや、なんとなくさ、由美子の好みかなって思って。」
 ちょっと痛かった。痛いのを我慢しながら、作り笑いをする。やがて私の中で、さっきまでの情熱が見る見るうちにしぼんでいくのがわかった。なあんだ。そうだったのか。つまんないの。危うく友達と同じ人を好きになるとこだったのか。
「実はあの人ね、私の高等部時代の知り合いなんだ。だからさ、来週までに、しっかり由美子の魅力をアピールしておくよ。」
 心の底から、由美子を応援した台詞が出てきた。
「本当に? 知らなかった。じゃ、期待してるぞ。」
「まかせなさい。」
 私は鼻歌を歌いながら、宿舎に向かった。明日、阪田さんに会ったら、由美子の話題で大いに盛り上がろう。きっといい友達になれると思う。彼氏のこともいろいろ相談にのってもらおう。
 さて今夜は、久しぶりに彼氏へのメールでも書こうか。新しい生活のこと、新しい友達のこと、話したいことがたくさんある。私は端末機の前に座り、キーをたたき始めた。
 
 


back  home