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乾杯3
 

「──で、仕方なく俺だけが図館館に行ったわけだ。その頃恭子は暇さえあれば山崎先輩ばっかり追いかけてて、付き合いめっちゃ悪かったんだよな」
「うわ、山崎先輩の話は止めて!」
 わたしは悲鳴をあげて竹沢君の口をふさぐ。
「危ねえな、ビールこぼすところだったぞ今。なんだよ、まさか未だに傷癒えてないのかよ」
「そういうわけじゃないけど、昔のことを言われるのは恥ずかしいでしょ」
 同意を求めるように周りを見渡した。毎年、盆と正月に実家に帰った時に必ず飲み会しているいつもの四人だ。そもそもは高校時代の一年五組で一緒になった仲間だったけど、二年になってからも、もともとわたしと竹沢君が入っていた図書委員会に残りの二人も示し合わせて入ってきた。卒業旅行もみんなで那須高原のバンガローに行ったし、高校では一番仲のいいメンバーだったと言える。
「ほう、恭子にも恥ずかしいなんて感情あるんだな」
「ちゃんと成長してるのよ」
「胸は成長してないのに」
 わたしはもう一度、この憎たらしい野郎の後ろにまわって首を絞める。竹沢君は笑いながら大きく首を振って払いのけた。再びつかみかかろうとするわたしの腕を素早くくぐり抜けると、「本当のことを言ってしまって申し訳ない」と大げさに土下座した。
「そういえば山崎先輩、もうすぐ結婚するらしいよ。相手は会社の人だって」
「ふうん」
 早希の持ってきた新情報に、なるべく興味なさそうに返事をした。山崎先輩関係の話をするのは、わたしにとって最大のタブーなのだ。いや、さすがに高校卒業後には彼氏の一人や二人できたし、世の中にはいい男なんていくらでもいるんだと分かったので、失恋したこと自体はもう全く気にしてはいない。でも、その当時のわたしがとった行動は今思うとあまりにも痛かったから、出来ることなら記憶からも永遠に抹消したかった。校門の前で待ち続けて無理矢理一緒に帰ろうとしたり、用もないのに家に何度も電話したり、手作りケーキを押しつけたり、ストーカーまがいの行動の数々に先輩は相当ウザがっていたことだろう。
「そういう竹沢君は、叩いて埃出てこないのかなあ」
「おう?」
「しっかり覚えてるよ。うちの学年で唯一停学くらったのは誰だっけ」
「げ、止めろ、その話は止めろ」
「あの時は本当に驚いたなあ、朝学校についたら昇降口の前にパトカーが二台も止まってて」
「分かった、俺が悪かった。全面的に悪かった」
 優位な立場が一瞬で逆転した。竹沢君の慌てた顔をにやにやとしながら眺める。
 あの出来事も、わたしたちが一年の時だった。学区外から二時間かけて通学していた彼は、たまに家に帰らずに部室棟に泊まってしまうことがあったのだけど、その日はお金がなくて近所のコンビニで食料の買い出しをすることが出来なかった。そんな折に、教室の机の中にカロリーメイトを入れておいたことを思い出してしまったらしい。校舎の二階の廊下の鍵が一ヶ所壊れていることを知っていたので、明け方になって空腹に耐えきれずに排水管をよじ登って侵入したところ、非常ベルを鳴らしてしまい、警察に通報されてしまったのだ。しかも大人しく学生証を見せて謝れば良いものを、パニックを起こして逃走してしまったがために騒ぎが余計に大きくなった。はっきり言ってアホだ。
「ま、まあ誰にだって触れられたくない過去の一つや二つあるよな」
 突然下手に出始めた竹沢君をを見て、全員で爆笑する。
「そういや笠っちはまだ、あの娘と付き合ってるの? 弓道部の、髪が長い」
「ほのかちゃんね。今の髪型はショートカットだけど。まだ続いてるよ」
 笠っちは照れもせずに断言する。まあ、それだけ続けばもう恋愛というより家族のような存在になっているのだろう。
「へえ凄い。長いなあ」
「卒業してすぐ付き合い始めたから、もう六年半だね」
「えっ、六年半!?」
「あれ、計算間違ってる?」
 思わず頭の中で指を折って数えてみる。浪人で一年間、大学で四年間、社会人になって一年半、確かに合計すると六年半だ。なんとなく感覚的には卒業してから二、三年しか過ぎてないような気がしていた。
「ほんとに六年半だった……。ってことは、入学してからはもう九年半ってこと?」
「約十年じゃん」
「嘘っ」
 十年、という時間の重さに四人はしばらく声も出ないほど唖然としていた。初めて四人で昼御飯を食べた日のこともつい最近のことのようにはっきりと思い出せるのに。席が近くて何となく気が合ったわたしと早希、中学の時もクラスメイトだったという竹沢君と笠っち。図書委員会の研修でわたしと竹沢君が仲良くなったことをきっかけに、この二つのペアが合体した。あれから十年。気がつけば物心ついてからの人生の約半分の時間を友人として過ごしていたなんて。
「十年じゃ、しゃあねえよな」
 竹沢君がぽつりと沈黙を破る。
「十年も前じゃ、そりゃあ頭の悪い行動の一つや二つしでかすのもしゃあねえよ、うん」
「確かに、ね」
「もう話してもいいか。時効だよな」
「時効だね」
 それからわたしたちはぽつぽつと、今までタブーだった思い出話を語り始めた。当時の青臭くて、アホで、痛いエピソードを次々に暴露しては互いに笑い飛ばした。手の届く過去が、手の届かない過去へと変化した瞬間だった。


 
 


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