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  欠陥品

 僕は、彼を欠陥品か、又は故障品であると判断した。何か重要な部品かプログラムが欠けているらしく、行動パターンが支離滅裂で、全く予想が出来ない。こんなことは初めてだった。B倉庫には最先端の技術を駆使した精巧なDOLLしか収納されていないので、トラブルは全て自動的に解決されるはずなのだ。試しに手元にあるテキスト類を探ってみたが、案の定、故障時の対策に関するものは皆無に等しい。
 仕方ないので本部に彼の容体を詳細に伝えて、対策方法を問い合わせてみる。すると、詳しいマニュアルがあるということが分かった。ただ、古いものなので紙媒体で、届くまでに1週間くらいかかるらしい。届くまでの間は、僕のような末端会員はただ彼の行動を静観していろとのことらしい。認識番号によって本部から直接監視は出来ないかとも聞いてみたが、それは無理ということだった。本来なら、製品型が同じDOLLは性能も全く変わらないはずなので、認識番号の存在が意味を持つのは現場レベルの話、だけだそうだ。
 僕は本部の適当な対応に不満を感じた。これだから官僚は困るのだ。コピーした画像を送信してはくれないのかと頼もうとしたが、いつのまにか接続を切られていた。もう一度聞き直そうかと迷う。しかし、本部の奴らのことだ。重要な都市ならともかく、どうせこんな辺境の倉庫はどうでもいいと思っているのだろう。下手にしつこく聞いたら、自分のほうが抹消されてしまうかもしれない。何しろ代わりになりたがってる奴はいくらでもいるんだから。
 そして、何も手を出すことが出来ないまま、連絡待ちの日々が始まった。彼の行動は本当に不可解で、見れば見るほどこっちの頭が混乱して不愉快になった。一刻も早く抹消しまったほうがいいんじゃないかと何度も思ったが、本部に連絡してしまった以上勝手な行動は許されない。僕はひと思いに壊してしまいたい衝動を必死に押さえなければいけなかった。班長として、彼のせいで混乱した秩序を責任持って修正するために、休む時間もなく走り回って日々を過ごした。
 とにかく、彼は非生産的な行動が圧倒的に多かった。彼一人いるためにB倉庫全体の効率が下がっているのは明らかだった。短い見回りの時間内にも、作業自体に全然関係ないものに興味を示し、割り当てられた仕事もほっぽりだして弄くっている場面に出くわすことが何度もあった。
 彼のどの部分が壊れているのだろうか。少なくともハードの恒常性を保つ機能に関しては完全に正常みたいだ。と言うことは、思ったほど重要な故障でない可能性もある。もしかしてあの異常行動は、彼の中ではある法則に基づいているのではないか、という仮説も立ててみた。だとしたら、原因は行動選択の関数のどこかに間違った値が挿入されているだけだと考えられる。
 もしそうであれば、彼を助けるのは案外簡単である。正しい値をインプットし直すだけでいいのだから。そうであることを心底願った。そこで、システムを見せて欲しいと頼んでみだ。実を言うと、マニュアルが届いてもいない今、このような個人的な行動をすることは違法ではあるが、その辺は融通をきかせたものと見なして容認してもらえるだろうと思った。
 しかし、彼は情報を一切公開してくれなかった。正常なDOLLは求められれば自分が何を知っていて、今どんな状態にあるのか答えてくれるのだ。しかし彼は、僕の申し出を完全に無視した。故障のせいだと知りつつも、この仕打ちにはさすがに頭にきた。一体誰のために苦労してると思ってるんだ。本当はこんなことは僕の仕事ではないのに、ただ彼を助けるために無駄な時間を費やして試行錯誤してやろうと思っているのだ。
 僕は、質問を変えてみた。いきなりシステムを見せろと言ったから警戒しているのかもしれない。もう少し具体的なことを聞いてみれば答えてくれるかもしれない。たとえば、君はなぜ倉庫に入り込んだ節足動物を殺さずに眺めているのか、と聞いてみた。またある日は、なぜ廃棄すべき紙屑にいろいろな色を塗っているのかたずねてみた。
 しかし、反応は全く同じだった。彼は頑として自分についての情報を僕に言おうとしない。僕は密かにため息をついた。もう手の施しようがなかった。
 どうして彼は僕の気持ちを分かってくれないのだろう。そして僕の思いやりを打ち砕く行動ばかりするのだろう。彼の姿を見る度に頭が痛くなった。しかし、観察をやめるわけにもいかなかった。ずっと見ていれば彼について何かは分かるかもしれないのだ。今はそのわずかな可能性に賭けるしかなかった。
 今や彼は、僕にとって最大の関心事だった。こんなに悩んだことがかつてあっただろうか。今まで自分は大抵の問題は難なくこなせたし、不可能な問題ならそれが不可能であることを直ちに見破ることが出来たのに。今回は全く駄目なのだ。彼を振り向かせることは出来ない。何か、僕が知らないものがそこにあるのだ。頭をフル回転させて考えても、それが何なのか分からない。悔しいというより悲しかった。ただ、何か凄いものであるということだけはうすうす気付いていた。
 そんなことをしているうちに一週間が経ち、本部からDOLL故障時のためのマニュアルが届いた。何となく嫌な予感に苛まれながらマニュアルを開いた。嫌な予感は的中したみたいだった。倉庫全体の効率を下げ、かつ情報公開を拒むDOLLは即座に解体せよとのことだった。たとえ故障がすぐ直ったとしても、一度故障したものは他のDOLLより再発の可能性が高いと見なされ、処分を免れることは出来ない。そして解体については、該当するDOLLの腕章を管理室のスロットにさし込めば自動的にことは進むらしい。
 そんな簡単な処置でいいなら一週間以上待つまでもなく連絡してくれれば良かったのに。一方でそう思いつつ、もう一方で僕は本部の対応が遅れたことに感謝していた。もしも一週間前に分かっていたら、躊躇なく彼の解体を進めていただろうから。しかし今の僕ならそうはしない。彼のことをもっと知り、そして助けることが生き甲斐になりつつあったのだ。僕は、このマニュアルを読まなかったことにしてしまおうと決めた。そして、今までどおりに観察を続けることにした。彼がいつの日か、心を開いてくれることを願って。
 だが、そう上手くはいかなかった。次の日の昼頃、平和な日常の風景を破って、管理室に警報が鳴りだしたのだ。
“該当する腕章をスロットに入れてください”
 本部からのメッセージだ。体中が凍り付いた。
“該当する腕章をスロットに入れてください”
 なぜ本部に、彼が解体の条件を満たしていることが分かったのだろう。少し考えて、一番最初の連絡の時に彼の容体を詳細に渡って報告してしまったことを思い出した。なぜもっと曖昧に言っておかなかったのだろうと後悔した。
“該当する腕章をスロットに入れてください”
 今となってはもう誤魔化すことはできない。選択肢はないに等しかった。このまま知らないふりをしていたら、自分の方が反逆者扱いされて抹消されることになりかねない。そうなったら元も子もないじゃないかと自分を説得した。
 僕は、今日も仕事もせずに倉庫の入り口の前で花を咲かせた被子植物の前に座り込んでいる彼から、認識番号が記載された腕章を取り外した。強く抵抗されるのではないかと思ったが、意外なほどあっさりと許してくれた。このくらいあっさり情報公開もしてくれれば良かったのに、とやり切れない思いを感じた。
 スロットの前に立ち、投入口をじっと見た。ここに腕章を入れてしまえばこの一週間の出来事は全て金属の屑になってしまうのだ。彼を助けようという僕の努力は完全に無駄だったのだろうか。彼のことを知ることも、助けることも、意味がなかったのだろうか。
 本当に?
 いや、そんなはずはない。僕の中に強い気持ちがわき上がってきた。僕は彼のおかげで、何か自分に欠けていたものを感じることが出来たのだ。それは上手く言葉には出来ないけれど、だからこそ価値のあるものだった。この経験を否定するなんてことは絶対にしたくなかった。僕は、スロットに背を向けて管理室をそっと出た。彼は相変わらず入り口前の被子植物で遊んでいる。その楽しそうな様子をしばらく眺めていた。何か一言伝えてみようかとも思ったが、こんな時どう言えばいいのか分からなかった。結局、無言で腕章をそっと返した。
“該当する腕章をスロットに入れてください”
 そろそろタイムリミットだろう。とにかく一刻も早くDOLLの腕章を入れない限り、本部が動き出してしまう。
 僕はもう、心を決めていた。本当なら、こうなる前に彼のことを知りたかった。彼と友達になりたかった。自分の力不足を思い知らされた。
 僕は、自分自身の腕章をはずし、スロットに挿入した。
 果たして騙されてくれるだろうか。息を潜めて待った。
 しばらくすると警報が鳴り止み、不気味な静寂が辺りを支配した。数秒後、僕の視界は激しく乱れ、闇に包まれた。やがてその闇さえ感じられなくなり、完全に気を失った。
 次に気がついたとき見えたのは、自分の手足が金属の屑にまで解体されている様子だった。胴体も既に配線がむき出しになっていて、一本一本が強引に剥ぎとられていった。僕は、今となってはこの結果に満足していた。彼のために役立ちたいという想いが叶ったからだ。そのうち体中の感覚は再び失われた。そして、意識が戻ることは二度となかった。


 
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