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出会い

 織ちゃんは、みんなに「変わった子」と言われていました。幼稚園生の頃から草花を眺めることが大好きで、おままごとにも縄跳びにもテレビにもゲームにも興味がありませんでした。先生が心配して「みんなと一緒に遊びなさい」と言いに来ると、「はあい」と返事をしてその時だけ輪の中に入っていくけれど、しばらくして気がつくと、また一人で草花をじっと眺めているのでした。
 大人になってもその性格はちっとも変わらず、毎日を植物に囲まれて幸せそうに過ごしていました。庭にはローズマリーやコリアンダー、ミント、レモンバームのようなハーブが所狭しと植わっていたし、家の中では水栽培のパセリ、クレソン、豆苗、ルッコラ、ハツカダイコンが並んでいました。クレソンは、スーパーで買ってきたものをそのまま水に浸けておくと、誰でも簡単に根を出させることが出来ます。豆苗は、茎を切り取り料理に使ったあとで残った根だけを水につけておくと、また青々とした葉が生えてくるのです。
 同じ年の女の子はみな、ボーイフレンドが出来たり、そうでない子も誰かに片思いしていたり、歌手のグループを追いかけたりしていました。でも、織ちゃんはなかなか美人な女性に成長したにも関わらず、男の子には全く興味がなくて、デートの誘いも全て断ってしまっていました。近所の人や親戚のおばさん達は「あの子はきっと植物と結婚するつもりなのよ」と噂していました。
 ある日、一人の若者が織ちゃんの家のドアを叩きました。
「ずっとあなたに憧れていました。一度でいいからお話ししてみたいと思っていたのです。どうか怪しい者だと疑わないで下さい」
 細身の体型に真っ白のズボンとモスグリーンのTシャツがよく似合っている人でした。知的で優しそうな雰囲気に、一目で好感を持ちました。
 男の人を素敵だと思ったのは、生まれて初めての出来事でした。クラスの男の子も、テレビや雑誌でもてはやされている歌手やモデルもちっとも魅力的ではなかったのに、この人だけは特別だわ、と思いました。そこで、ちょうど日が沈む頃だったこともあって、家に入れて夕飯をご馳走することにしたのです。
 ご馳走といっても、突然のことでしたから、冷蔵庫の中には大したものは入っていません。もともと今晩はクリームシチューのつもりだったので、予定は変更せず、鶏肉とジャガイモをことことと煮込みました。その間にお米を研いで炊飯器のスイッチを入れます。
「いい匂いがしてきましたよ。織さんって料理も上手なんですね」
 彼の声が聞こえてくると、心臓がどくんどくんと鳴って、思わず鍋を落としてしまいそうになりました。何を慌てているのかしら。頬が赤いのは、火を使ったせいだわ、と自分に言い聞かせました。
 炊きあがったご飯は一欠片のバターと瓶詰めのフライドオニオンを混ぜ込み、香ばしいバターライスに仕上げました。最後にニンジンを糸のように細く千切りにして、水栽培していたハツカダイコンを残さず摘み、一緒に特製ドレッシングと和えてサラダにしました。ご飯の一粒一粒さえ美味しく見えるように、細心の注意を払って綺麗に盛りつけます。彼は気に入ってくれるのかしらと考えると、楽しみのような不安のような、複雑な気持ちでした。
「お待たせしました」
 織ちゃんは、出来上がった食事をお盆に乗せて、足取り軽く客間まで運びました。
 しかし、そこには若者の姿はありませんでした。
 ただ先刻まで彼が座っていた椅子の上に、真っ白の茎にモスグリーンの葉をつけたハツカダイコンが一枝、ぽつりと置かれていたのでした。
 
 


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