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2:08 2007/04/13【何かしら?の法則】

うちの職場は、母親くらいの年齢のおばさまが多いのですが、彼女たちの言動が、全く今まで出会ったことのないタイプなので、いつも対応に苦慮してます。

たとえば食事時に「このスパイス何かしら」「このBGM何かしら」などと言ったとき、彼女たちは基本的に答えを求めているわけではありません。「何かしら?」という疑問を共有したいだけなのです。

だから、答えを自分がたまたま知っていて、善意のつもりで「これはローズマリーですよ」「この曲はジムノペディですよ」などと答えてしまったら、大顰蹙です。この場合、たとえ知っていても心を閉ざして半笑いで「さあ何でしょうねー」と答えるのが正解なのです。

というわけで、しばらくはこの手でうまくいっていたのです。今日もおばさまが「この曲は何かしら?」というのに対して、こわばった笑顔で「サー、ナンデショウネー」と答えたわけですが、その途端におばさま、勝ち誇った顔で、

「えっ、知らないの? これはビバルディの“春”でしょ。社会人ならそのくらい知らないと駄目よ」と。

なにその難易度アップ!
 

0:23 2007/04/11【財布を忘れる】

仕事から家に帰る途中、職場の最寄り駅の改札で、財布を職場に忘れてきたことに気づきました。

キャッシュカードも定期も当然財布の中です。時間は終電の30分ほど前。駅から職場までは歩いて片道15分。今から急いで取りに戻ればギリギリ間に合う時間ですが、残業で疲れているのでこれ以上歩く気になれません。さて、どうするべきか。

その時、私は思い出してしまったのです。何年も使っていた自分の財布、最近さすがにボロボロになっていて、よく破れ目から小銭が落ちてしまうことを。そして、こぼれ落ちた小銭が鞄の中でチャリチャリ鳴っていることを知りつつ、めんどくさいから回収せずに放置していたことを。

鞄の奥を探ってみたら、案の定ゴミに混じって500円強の小銭が出てきました。よし、これだけあれば、今日帰る分と明日職場に行く分くらいはギリギリ大丈夫。わざわざ職場に戻らなくても良くなりました。ああ、ボロボロの財布を、お金がなくて買い直せずにそのまま使っていて良かった! 鞄の中に落ちた小銭をチャリチャリさせながら放置するようないい加減な性格で良かった!
と思いながら、その小銭を使って家に帰り着いたわけですが……。

あっ。

明日は朝早く直行で県外出張だったーーー!(←今ここ)
 

7:36 2007/04/10【勝ちゲーム】

本を読んだり、あるいは書いたりすることは基本的に「勝ちゲーム」です。

読んでみて面白ければ勝ち、あまり面白くなかったとしても、さすがに商業出版されてるものだったら、何一つとして学ぶ点がない作品は稀であり、そういう時は「ちょっと勝ち」だと思います。万が一、本当に全く何も見るべき点がなかったとか、あるいは時間がなくて結局読まなかったとしても、得るものがなかったというだけで持っていた物を失ったわけではないので、マイナスではなくてゼロです。

つまり、あなたが本を手に取った瞬間から、もうそのゲームは勝ち同然なのです。

自分は不器用なくせにプライドだけは強くて負けるのが嫌なので、スポーツや対戦ゲームのような負けのあるゲームよりも、本を読む、音楽を聴く、文章を書く、といった勝ちゲームに走ってしまいます。そうしてますます負けに対して免疫がなくなって、打たれ弱い人間になってしまい、更に勝負を避けるようになるという悪循環。

思えば兄弟がいなかったので、小さいときにケンカやおやつの奪い合いを経験せず、一人でお絵かきをしたり絵本を読んだりすることが多かったせいなのかもしれません。物心ついた時には既に異様に勝負ごとに弱い子供で、それ故にスポーツやゲームからはいつも全力で逃げていました(運動会から抜け出して裏山に隠れてたり……)。

しかしたまには負けゲームに高じることも、人間関係のスパイスになるはずです。将来自分に子供ができたら、小さいうちに勝負に対する免疫がつくようにしたほうがいいのかな、と思います。逆にトラウマになったりして?
 

2:13 2007/04/04【痛い人】

Aさん:私なんてつまらない文章しか書けないのに、それをわざわざ読みにきてくれる人が何人もいるのは、私が若い女性だから下心で近づいているんだわ。

Bさん:私なんてこんなブスが書いた文章なのにわざわざ読みにきてくれる人がいるのは、それなりに価値のある文章が書けてるってことなのかしら。

どちらの考え方もいろいろな意味で間違っているわけですが、私が文章を読むときは、作者の性別や容姿なんてほとんど気にしていませんので、より重要なファクターである「文章力」の部分で驕っているBさんのほうが罪が重いと感じます。なので、もし自分が何かのイベントで「人気ですねー」みたいなお世辞を言われたとしたら、謙遜のつもりで「女性参加者が珍しいだけですよ」とか答えてしまうかもしれません。
でもインターネット的には、なぜかそういうAさん的答え方が叩かれるケースが多いような気がします。

果たして本当により痛いのはどっちなのでしょう。悩んだ末、私は1つの真実にたどり着きました。

AさんとBさん、叩かれるのは「よりブスなほう」だったのです。
そうか、だから私は右に行こうと左に行こうと後戻りしようと止まっていようと、どっちにしろ叩かれるのか! 謎が解けた!
 

3:20 2007/04/02【半端者】

if「私、一般人から見るとヲタだけどヲタからみると一般人だから、中途半端すぎてどっちの話にもついていけなくて馴染めないんだよね。どうすればいいんだろう」
旦那様「いやいや大丈夫。ifさんはヲタから見ても間違いなくヲタだから!」
 

それはフォローなんですか?
 

2:16 2007/03/30【片思い】

ほら、2組の田中先輩ってさ、浮いた話をぜんぜん聞かないけど、でも実はすごくかっこいいと思うの。自分の世界をもっていて、女に興味なさそうな感じが硬派で素敵よね。チャラチャラしてないぶん、万が一彼女になれたら大切にしてくれそうだし。しかも頭いいらしいよ。きゃっ☆

ってな感じでずっとひそかに憧れていた地味で目立たない先輩が、ふとしたきっかけで校内で人気者になってしまい、女の子の取り巻きに囲まれるようになってどんどん増長していって、いつの間にかオサレになって、しかも慣れ慣れしく私の肩を叩いて「聞いたよ、君、オレのこと好きなんだって? デートしてあげてもいいよ?」なんて言い出すようになったとしたら、どれだけショックか想像できるでしょうか。

昨今の眼鏡男子ブームはまさにそんな感じでした。神聖な記号だったはずの眼鏡が、単なる穢れたモテアイテムへと堕ちて行くのを目の当たりにした絶望感といったら。もう、あんなの私の好きだった田中先輩じゃありません。私の硬派な田中先輩はいなくなってしまいました。もう二度と戻ってきません。

で、ここ半年の私、既婚の身でありながら不覚にも、ある男の子に胸キュンしてしまいまして、いやでも片思いで実際に何かをしたわけではないのでギリギリ浮気とは言えないと思うんですけど、まあそれはそうとして、彼は眼鏡男子ではないのです。眼鏡男子に生涯の愛を誓ったはずの自分が、まさかこんな気持ちになってしまうだなんて。恋と自己嫌悪の間で揺れる想いを体中感じてこのままずっとそばにいたい!

でも、決して愛の誓いを忘れたわけではありません。今世間にはびこっている眼鏡は偽の眼鏡なんです。真の眼鏡は心の中にあるんです。嗚呼愛しいあの人、あなたはきっと心の目でしか見えない眼鏡をかけていて、本当に眼鏡を愛する人だけが、その眼鏡を見ることができるのです。
 
 
 

ですよねL様
 

23:55 2007/03/28【期待】

なぜ女性は「何でもいい」と言いつつ、じゃあ○○にしようと言うと「それは嫌」と言うのか?
という疑問をよく男性人から聞きますが、これに対して、
なぜ男性は「何でもいい」と言うと、よりにもよってそれだけはありえない選択肢を提案してくるのか?
という疑問を女性側から再提出してみたいと思うのです。

デートで「夕飯どこに行きたい?」と聞かれた女性は考えます。そうだなあ、フランス料理も食べたいし、お寿司も捨てがたいし、イタリアンもいいなあ。夜景のきれいなワインバーなんかも素敵かも。そういえばこの前美味しい蕎麦懐石の話してたっけ、あそこもいいなあ。そうそう、フグもちょうど旬だなあ。どれも魅力的で選べないや。何でもいいよ。

で、それに対して男性は「じゃ、牛丼食うか」と想定外のことを言い出すわけですよ。牛丼て!

つまり「夕飯どこに行きたい?」という台詞は、女性の脳内では「君の好きなお店に連れてってあげるよ」と変換されるわけです。で、「私の好きなお店ならどこでもいいわ」という意味で「どこでもいい」と言っているわけです。だからあなたは、“君の好きそうなお店”をあらかじめ覚えておいて、その中から提案しなくちゃいけなかったのです。

もちろん、それは女性側の勝手な期待なのですが、残念ながら人間とは、あいまいな言い方をされると過大な期待を抱いてしまう生き物です。責めたところで余計に喧嘩になるだけなので、行き違いを避けるためには、最初から期待させるような聞き方はしないで、「牛丼とカレーとファミレスどれがいい?」みたいに聞けば良かったのです。
 

0:21 2007/03/28【不特定多数】

よく、「読む人が誰もいなくなったら、それでも日記を書き続けるか?」みたいな議論を耳にしますが、自分の場合、読む人がゼロだったらたぶん面倒くさくなって書かなくなるだろうなーと思います。
では1人だったら? やはり書かなくなるでしょうね。
2人だったら、微妙なラインですが、おそらく長続きはしないでしょう。

でも、3人いたら、いつまでも書き続けられると思うのです。
それは「3人」というのが、「不特定多数」の最小単位だからです。1人や2人だったら、わざわざ推敲してアップロードなんてしなくても、言いたいことがあったらメールで送ってしまえばいいじゃないですか。相手に言葉を伝達するだけじゃなくて、不特定多数の目に曝されることで初めて完成するような何かを創りたいからこそ、わざわざ推敲して、インターネットという開かれた場所へアップロードするのではないでしょうか。

伝えるための道具、つまり手段でしかなかった言葉が、それ自体で完成された世界を持つ目的物になる瞬間。その瞬間に立ち会うことこそ、インターネットで文章を書く醍醐味だと思うのです。
 

1:17 2007/03/23【夢】

いい歳した人間は馬鹿じゃないので、将来は何になりたい?と聞かれると、多くの人は、自分の経歴に即したそれなりに現実的な答えを返してくるわけで。

でも、仮にあなたがパーフェクト人間だったとして、何にでもなれるとしたら、果たして何になる?と聞かれたら。
だいたい答えは「タレント」「スポーツ選手」「芸術家」「学者」「パイロット」「政治家」「医者」あたりに集約されてくるんじゃないかと思うのです。

そして、「何にでもなれるとしたら何になる?」という質問に対する答えは、現実的に何になるかという答えよりもはるかに回答者の人となりを表しているような気がします。

だから人から進路などの相談をされたときは、まず最初に「何にでもなるとしたら」の質問をしてみることにしています。基本的には、本来なりたかったジャンルに近い職に就いたほうが幸せだと思うんですよ。本来パイロットになりたかったのなら、教師になるよりは整備士になったほうがいいだろうし、本来政治家になりたかったならエンジニアになるよりは公務員になったほうが良いと思うのです。それを、たまたま○○学部を卒業して○○の資格を持っているから、という理由で現実的になれそうな職業を目指してしまうのは、自分自身を欺きすぎではないでしょうか。
 

……えーと、転職、かな。(遠い目)
 

0:50 2007/02/22【もののあはれ】

「逆にそれってアリかもね」みたいな若者の言葉遣いが、最近よく取り沙汰されておりますが、この「逆にアリ」っていう発想をカウンターカルチャーとか言葉の乱れと呼ぶのは、自分としては抵抗があります。

思うにこれって、古くは清少納言に始まり、吉田兼好、千利休、松尾芭蕉などの賢人たちから受け継がれてきた「をかし」「わび」などの発想に近いのではないでしょうか。日本人って、もともと「みんなは桜は満開がいいって言ってるけど、散っちゃったところも逆に良いんじゃね?」とか、「華美な装飾が施された器ばっかりもてはやすやつもいるけど、俺は素朴な器も逆に面白いと思うね」みたいな価値観をわざとズラしてみせるような主張が好きだったじゃないですか。現代語の「逆にアリ」は、その「をかし」「わび」の精神が脈々と受け継がれているという証なのです!

というわけで、現在の若者こそが日本の伝統文化の継承者であると言ってみたらどうでしょうか。ほら、逆にアリじゃないっすかね?
 

0:42 2007/02/19【モテ化作戦】

服装に気を遣わないヲタ、には正確には3種類ほどあると思います。
まずは、1.オサレなんかに労力を割きたがるやつはつまらない人間だ!と思っている確信犯(誤用)タイプ。それから、2.なんとかしたいと思ってはいるんだけど、なかなか機会がないのよねえ、というタイプ。最後に、3.本人的には頑張ってオサレしてるつもりなんだけど、センスの問題で傍から見ると全然ダサい、というタイプ。ちなみに私は2に近い3ですかね。(一番救いがないパターンです)

だから、ダサヲタをオサレに変えようと思ったら、タイプごとに対策を変えなくてはいけません。確信犯(誤用)タイプに対しては、オサレすると良いことがあってそれが最終的に自分の内面にもプラスになるんだ、と暗示をかけなければいけません。機会がないタイプには機会を与えてあげればいいです。センスがないタイプの場合はちょっと難しいですが、自分だけの判断で服を買わないようにアドバイスすればなんとかなるでしょう。

というわけで私も、自分の判断で服を買うのをやめることにしました。うちの職場は私服なんですけど、いつも「あんた、いつまでも学生みたいな服を着て…」と先輩たちに苦い顔をされている(自分では仕事っぽい服を選んでるつもりなのに……)ので、オサレ女子と一緒に丸井に行って、OLっぽい服を選んでもらったのです。

で、その服を着て職場に行ってみたんですけどね。やっぱり反応がイマイチなんです。相変わらず垢抜けないわねぇ、と。自分で鏡を見ても、いかにも茨城の奥地から上京してきたばかりの大学生みたいなだーと思うのです。
つまり、何が悪いのかがハッキリ分かりました。
私の場合、垢抜けていなかったのは「顔」だったのです。だから何を着ても駄目だったのです!!!
 

で、原因が分かったのは良いですけど、この後どんな対策をすればいいのでしょうか。整形?
 

1:34 2007/02/09【ブスキャラ】

飲み会で「おお、今日もマリちゃんは綺麗だなあ。それに比べてハナコ、お前相変わらず色気ねえな」みたいな会話が繰り広げられたとして、この状況だと実はマリちゃんはどうでもいいからとりあえず持ち上げてるだけだったりするので、ハナコの役のほうが居心地がいいし、オイシイ立ち位置だったりするわけですよ。

「色気のないほう」の役なんだから一見簡単そうだけど、実はスーパー難しいんですよね。まず、ブス呼ばわりされても笑って流せる程度には自分は美人だと思いこまなければならない(この時点ですでに私には無理)。他にも、適度な汚れ話のストックがなければいけない等々、高度なコミュニケーション能力が必要であり、実現するためには男性側の手助けも不可欠なのです。

よくあるモテ指南本には「とにかく褒めろ」としか書いてないけど、褒めるのは2人っきりの時だけでいいから、集団の時はむしろブスキャラ扱いくらいが心地いいのよね、と思ってる女の子は多いはず。
つまり、あれだ。女の子の「ハナコ役になりたい!」空気を読み取って、すかざず「お前色気ねえなー(頭をぐりぐり)」とか出来る男子はモテると思うんですよ。ただし、一歩間違えるとただの嫌な奴になってしまうので、素人にはお勧めできません。
 

1:40 2007/01/31【盲点】

仕事でとある書類のエクセルファイルを弄っておりまして、その書類の日付の部分だけ変えて印刷したものを会議資料として配りたかったのですが、何か変なマクロがくっついてるせいで、どうしても日付の部分が編集可能にならないのです。

データファイルを無理矢理メモ帳で開いてみたり、ない知恵を振り絞っていろいろ試行錯誤しても、どうしても日付を直すことが出来ませんでした。そこで自力で解決するのを諦めて、隣の上司に「これ日付が変えられないですよねー、困りましたねー、どうすればいいんでしょうか」と話しかけてみたのです。

「ああ、そこって変えられない設定になってるのよねー。どうしても変えたいときは、こうすればいいのよ」

上司は、まずデータをデフォルトの日付のまま印刷して、その紙の日付の部分に修正液を塗り、おもむろに新しい日付をペンで書き直してみせました。
あ。
 

0:29 2007/01/23【文化系】

「あたし自分が理系だからさー、文化系男子の良さってイマイチ判らないんだよねー」 という友達の発言を聞いて、あれ?と思ったのです。

「文化系」と「文系」って、よく同じような意味で使われていますけど、実際は違いますよね。
「文化系」は「体育会系」と対になっていて、インドアな感じの人。「文系」は「理系」と対になっていて、数学や理科よりも国語や社会のほうが得意な人、を表す言葉のはずです。

だから、たとえば家に閉じこもって数学ばかりやっているのが好きならば「文化系かつ理系」ということになるし、得意科目が社会で趣味がサッカーならば、その人は「体育会系かつ文系」ということになるはず。

したがって、理系男子好きの人が文化系男子が好きになったとしても、全然矛盾はしないのです。文系と文化系は全く違った概念なのですから。字面が似ているせいで意味まで混同されている言葉の典型的な例ですね。
 

ちなみに私は、理系かつ文化系な感じの男の人が好みですので、該当者の皆様方におかれましては、どうぞよろしくお願いします(?)
 

1:29 2007/01/12【異言語】

私の配属されてる課は、20代は自分しかいなくて、30代はゼロ、かろうじて40代が1人いて、あとはみんな50代の女性ばかりというこのすごい環境でして、普段から話の通じなさっぷりに困惑しています。まず世間話のネタもないし、冗談言ってもマジレスされるし、ボケても誰も突っ込んでくれません。一体どうすればこの人たちとコミュニケーションがとれるのでしょうか。

そこれ思い出したのがうちの母なんですけど、彼女と私は価値観が違うとか文化が違うとかいうレベルを軽く超越して、言葉が通じません。
たとえば私がカレーを作っていて、それを母が手伝おうとするわけじゃないですか。そこで私は「じゃあ母さんは、じゃがいもの皮剥いて」って頼んだとします。

ところが母は、皮を剥いたあとに断りもなく一口大に切ってしまうんですよ。私はじゃがいもがまるごと1個ごろっと入ったカレーを作りたかったから、わざわざ皮だけ剥いてくれと頼んだのに!

反対に、私が母の料理を手伝うことがある時も同じような事件が起きます。母に「じゃがいもの皮剥いて」と言われて、言われたとおり皮だけ剥くと、「気が利かないわねー。切ってくれたっていいじゃない」と怒られるわけです。てめーが皮だけ剥けと言ったからそうしたんだろ。切るとこまで手伝って欲しかったのなら、最初からそう言えと。

で、この母は50代半ば。
私の課の人たちの主年齢層も50代半ば。

あー、そりゃ言葉通じねーや。なんか諦めがついてきた。
 

0:03 2007/01/11【ぶっちゃけ商法】

近所のスーパーで時々ソテー用豚肉がすごく安くなるのですが、試食するとそこそこ柔らかくて美味しいのに、買ってきて家で作るといまいち固くなってしまうのです。
もちろん、焼く前にうんと叩けば柔らかくはなりますが、そのかわり薄くなって食感が変わってしまいます。

そこで試食販売のお姉さんに、
「焼き方のコツとかあるんですか?」
と聞いてみたところ、
「やー、ぶっちゃけ試食用のは少しいい肉使ってるんですよね」
という答えが。

ちょwwwwおまwwwww

「でも、焼く前に裏表を50回ずつフォークで刺すと、厚さは変わらずに同じくらい柔らかくなりますよー」
と言うので試してみたところ、本当に美味しくなったので、これからも買い続けようと思ったのでした。
ん? そういう戦略だったのか?
 

23:47 2007/01/09【新年】

あけましておめでとうございました!

私は「1年の目標」を立ててもなかなか達成できない、それどころか正反対の結果ばかり出してしまうタチでして、それを逆手にとって去年は、「太る」「浪費する」「更新しない」という目標を立ててみたのですが、こういう時だけはなぜか全て達成されてしまったので、世界は本当に不自由だと思いました。

今年の目標はただ1つ、
「そろそろまた小説を書いてみる」
ということです。昔はここも小説サイトだったわけだし、初心に戻って、軽いテキストよりもきっちりした小説を書きまくっていこうかと。やるときは徹底的にやるのが私の主義なので、毎日とは言わないまでも2日に1回は小説コーナーを更新できるようにしたいですね。
 

ええ。私は「1年の目標」を立ててもなかなか達成できない、それどころか正反対の結果ばかり出してしまうタチでして。
 

9:01 2006/12/24【クリスマス】

クリスマス雑文祭参加しました。
 

1:29 2006/11/30【始まりと終わり】

もの作りに関わりたい、と言ったときの「もの」とは何だろうと考える。
別に崇高なゲージツ作品を作りたいわけではない。(もちろん作れるものなら作りたいけど)農産物や、工業製品や、建築物でもいいから、そういう「もの」を作ることに関わる仕事がしたいなあ、と思う。

多分その「もの」の定義は「始まりと終わりのあるもの」のだ。始まりと終わりがあって初めてそのものの全体像が明らかになり、思考の対象となりうる。思考の対象になるということは、その存在が保証されることだ。始まりと終わりがあって初めて、そのものは本質的に存在していると思う。

だから私は、連載小説を読むのがあまり好きでない。終わってないものを読んでも、それについて評価を下すことは許されない気がして、だから何も語ることができず、読んだ気がしないのだ。仕方ないので、大抵は連載が終わって最終回の評判を確かめてから一気にまとめ読みすることにしている。

ただ、困るのは人間と接するときだ。生きている人間は、当たり前だけどまだ終わっていないから、その全体の姿はわからない。だから全ての評価は「保留」である。しかし連載小説とちがって、死んで評価が定まるのを待ってから友達になることはできない。

それは、人間対人間の関係が、主体と客体ではなくて、主体と主体の関係だからだ。二つの主体が互いに微妙な作用と反作用を与えながら共に進んで行くことに、終わりは必要ではない。ただ、始まりがあればいい。だからもっともっと創ろうじゃないか、始まりを。
 

22:44 2006/11/26【働きニート】

「働きマン」を読んでいて思ったのですが、そろそろ日本で「働きニート」という言葉が市民権を得ても良いのではないでしょうか。

「よく働いたと思って死にたい」なんてこれっぽっちも思っていない、それどころか「働いたら負け」であると確信している、なのにかかわらず、いろいろな事情でよく働いてしまっている、そんな試合に負けて勝負にも負けているような存在を、「働きニート」と呼びたいと思います。
働きニートの増加、これこそが今後の日本経済にとってゆゆしき問題であります。まず彼らはクビになったら生活できないし、ボーナスの査定が減っても困るので、目に見える業績は上げようと頑張り、そのためだったら休日出勤でも徹夜残業でも厭いません。しかし根本的に仕事に対する誇りがないため、長期的なビジョンなんて持っていないし、自分の仕事が大変になるような新規事業には反対します。こうして会社側は、高い残業手当を払いながら、少しずつ蝕まれていくのです。

その点、働かないニートは無害です。親には迷惑がかかっていますが、そのへんは家庭内の問題ですし。親の財産をどんどん使ってくれることは、社会から見ればマネーサプライを増やしてくれているわけで、景気回復に貢献してくれています。

ニートとして生まれてきたのだからニートとして死ぬべきです。途中から社会人になることを強いていたら、歪みが生じて当然です。だから、「働きニート」には生活費を支給して、「働かないニート」という本来あるべき姿に戻してあげることが健全な社会ではないでしょうか。そのような社会だったら、犯罪も減り、豊かな社会になるのではないでしょうか。というわけで、まずはモデルケースとして私に生活費を支給して、「働かないニート」に戻してみませんか。贅沢は言いませんよ! ほんの月50万円くらいあれば十分ですから!
 

15:31 2006/11/25【メタうるさい】

実家に帰った時、私がリビングで読書をしてると、母が話し掛けてくるわけですよ。
「ちょっと聞いてよあの音、先週から向かいの空き地で工事してるのよね、うるさくて困っちゃう。ダッダッダッダッダッてほら。朝から晩までやかましいわよね。いつ終わるのかしら。そういえば最近、隣の赤ちゃんがよく泣いてるのが気になってしょうがなくて。昼間だけならともかく夜中でも泣きだすのよね。あ、ほらまた泣いてる。ほら聞こえるでしょぴーぴーって。ああうるさい。うるさいわよねえ」

あの、そう愚痴るあなたの声のほうが数十倍はうるさいですよ!

つーか工事の音も赤ちゃんの声も、読書に没頭していた私は、うるさいどころか気づいてすらいなかったわけでして。ゼロで除すると数十倍どころじゃない。母さんの声のほうが無限大倍迷惑です。本当に迷惑です。頼むから私の邪魔をしないでくれ。読書くらい落ち着いてさせてくれ。あーうるさい黙れ黙れ。ねえそう思いませんか父さん。うちの母さんの愚痴り癖、どうにかなりませんかね。ああうるさい。うるさいわよねえ。
 

「そう愚痴るお前の声のほうが数十倍はうるさいよ!」と父さんに怒られました。
 

2:13 2006/11/18【光】

人に読まれることを前提として書かれた文章は「社会語」で出来ているけれど、自分のためだけに書いた文章は「自分語」で出来ている。これは両方とも、一見すると同じ日本語っぽいので見過ごされがちだけれど、本質は全く異なっている。

出来ることなら「社会語」を喋りたい。他人に何らかの作用を与え、また自分にも反作用が返ってくる。これこそが言葉の愉しみである。概念と概念が、自らの存在を賭けてぶつかり合う、こんなダイナミックなコミュニケーションは、「自分語」の世界で生きていたら絶対に起こらない。

だから、言葉には光を当てなければいけない。外の空気と触れさせて、少しずつ「社会語」に変えていかなくてはならない。そして自らが望みさえすれば、光はここまで届くだろう。私は、インターネットのある世界に生まれて良かったと心から思う。
 

1:48 2006/11/17【審美眼の鍛え方】

学生の頃の自分は、かなりのコーヒー中毒で、朝から晩まで常に手元にコーヒーを置いておかないと落ち着かないレベルでした。少ない仕送りから大量のコーヒーを確保しなければいけないので、味なんか構ってられません。缶コーヒーだろうがインスタントだろうが、とにかくコーヒーでさえあれば何でもいいのです。

が、これじゃコーヒー好きどころかただのカフェインジャンキーです。せめて味や香りの違いくらい分かるようになって、文化を嗜んでるという口実を作らないとみっともない。そう奮起してから、「1杯300円以上のコーヒーしか飲まない」ことを自分に課して、1ヶ月継続しました。

で、1ヶ月後に、ためしに自販機の100円コーヒーを飲んでみると……うわ、不味い。なにこれ不味すぎて飲めたもんじゃない。なぜ以前の私は、こんな不味いものを毎日飲んでも平気だったんだろう、と首を傾げてしまいました。

良いものをたくさん味わって、それに舌を慣れさせていれば、プロ並は無理だとしても、ある程度の善し悪しの区別はつくようになってくるみたいです。これは、物作りの技術や芸術分野での審美眼でも、同じことが言えるのではないでしょうか。
 

というわけで、私は最近「いい男の見分け方」を習得したいと思っておりますので、そのためにはいい男とたくさんお付き合いしなければいけません。このサイトをお読みのいい男の皆さまにおきましては、ぜひご協力をお願いしたいところです。
 

2:08 2006/11/16【プライド】

プライドを捨てて取引先の社長に土下座するのは、自社内でのプライドを保つためかもしれないし、プライドを捨てて姉のお下がりのブランド品をもらうのは、友達へのプライドを保つためかもしれない。

要は本当にプライドのない人なんていないのではないか。みんなそれぞれに守りたいと思う場所を持っていて、それを維持するために、他の場所での可能性をばっさりと捨ててみせるのだ。

それは、「時間がない」と言ってばかりの人の構図に似ている。誰にでも1日24時間が平等に与えられているわけで、時間がない人なんていない。ただ、人それぞれ優先順位があって「あなたに費やすような」時間がないだけだ。

あいつはプライドがないとか、あいつはいつも忙しくて付き合ってくれない、とか嘆くより、プライドを見せてもらえる側、時間を費やしてもらえる側になれるような価値のある人になりたいものだ、と思う。
 

1:35 2006/11/14【御礼】

文学フリマにご来場いただいた皆様、心よりありがとうございました。
おかげさまで、短歌集「Yes, I know」は完売いたしました。
何もないサイトですが、これからもよろしくお願いします。
 

1:57 2006/11/07【反論】
たとえば、私が「やっぱりウイスキーはスコッチよね。バーボンなんて不味いもの飲めないわ」なんて言ったとして。
そこで、へえそうなんだーと頷かないで欲しいんですよ。
「ちっちっ。分かってないなぁ。よし、着いてこい。俺が本当のバーボンというものを教えてやる!」
ってくらい熱い反論が欲しいわけですよ。
好きなものを否定されたら悔しいですよね。あなたの「好き」は、ちょっと他人に切り捨てられただけで覆されてしまう程度のものだったんですか。違うでしょ? だったら男らしく戦いましょうよ。この際、とびっきり美味しいバーボンをご馳走してやって、「ごめんなさい、バーボンは不味いと思っていた自分が間違ってました」と相手に土下座させてやるくらいの勢いでいきましょうよ。
 

ところで、松阪牛って不味いですよねー?(とびっきり美味しい松阪牛をちょう期待しながら)
 

16:54 2006/11/04【出ない話】

最近、妊娠してるわけでもないのに下腹がぽっこりしていて、ズボンがキツいんです。
ああ、そういやここんところ便秘気味だもんなー。ここは一つ、便秘を治して身も心もスッキリしようかなー、と思い、禁断のコーラックに手を出すことにしました。

しかし、コーラック効果でトイレにこもったあとも、下腹ぽっこりは大して変わらず。

あれ。 ひょっとしてこれ。え? 脂肪?
 

1:58 2006/10/31【住めば都】

住めば都、という言葉は「慣れると愛着が湧いてくる」程度の意味に使われることが多いけど、実際のところ別に愛着なんて湧かなくても、長く住んでいればそれだけ住みやすくなってくることは、何ら不思議ではありません。

なぜなら、引っ越したばかりはまだどこにどんな店があるのかもよく分からないけれど、しばらく経つと、コーヒーの美味しい喫茶店も、焼酎の品揃えの良い酒屋も、冷凍食品の安いスーパーも、土日も診療してくれる病院も分かってきて、自分の欲求を満たしやすくなってくるからです。情とか思い入れとかあいまいな概念を持ち出さなくても、住んでるうちに自分の必要なものがどこにあるのかが分かってきて、その町は都になっていくのです。

人や組織に対して愛着があるから無下にできないとか、情が湧いてしまって離れられないというのも、実は愛や絆みたいな運命的なものではなくて、「自分の必要なものがどうすれば出てくるのか分かっている」だけなんじゃないかと思うこともあります。欲しいものがどこにあるかの知識なんて、場所が変わってもどうせすぐに覚えるのに、「愛着があるから離れたくない」と言ってチャンスをみすみす逃してしまっては、勿体ないですよね。
 

1:47 2006/10/24【節目】

矛盾した考えを持っていることが、必ずしも間違っているとは思いません。「太りたくない、でも食べたい」「働きたくない、でも給料欲しい」等々、正直な感情ほどその実は矛盾を孕んでいるものです。

インターネットでよく話題になるのは、「他人の心を打つ文章が書きたい、でも自分が書きたいことを書きたい、それでもって批判はされたくない」という壮大な矛盾で、私自身も例に漏れず、よくモニタの前で「どうしてみんなアタシのことを分かってくれないのっ!」と悶々としております。要するに自分が書きたいことをありのまま書いて、それをホメられるのが一番の理想なわけですが、現実としてそんなご都合主義はありえないわけで。特に自分の場合、世間との感覚がだいぶズレていて、自分が良いと思うものを提示しても周りには全然反応してもらえないし、逆に「これ良いよ」と提示されたものを見て感心した試しがないという絶望的な状況。

最近は、「自分と似た人の心を打つ文章が書きたい」が正解なのかなと思います。私自身が書きたいものを書いて、それを面白いと思ってくれるような、そんな可哀想な思考回路を持っている人が、たぶん広い世界には1人か2人くらいはいるはず。その人から「良かったよ」と言われればそれでいいのかな、と。

問題は、サイト運営8年目の今になっても、そんな奇特な人に出会ったことは一度もない、という点でありますが。

*

というわけで、いつの間にか100万hitを越えていました。この程度の数字、今では全然珍しくもないのでしょうけど、自分にとっては身に余る光栄だと思います。垂れ流し日記しかないサイトなのに、見にきてくださって本当にありがとうございます。
 

1:32 2006/10/17【船】

価値観を根本から覆される体験を何回も繰り返していけば、だんだん柔軟な考えになっていく、というのが普通のパターンのはずだ。
でも自分の場合は、今までの価値観をひっくり返される出来事が続くほど、「もう疲れた、もうたくさん、今度こそこれが最後」と思って、どんどん腰が重くなってしまう。

安住の地を得て楽になりたい、という考えがそもそも間違っているのかもしれない。世界は常に移り変わっているのだから、心地の良い場所だって日ごとに移り変わっている。動きたくないのなら波風を受ける覚悟しなくてはいけないし、それが嫌なら常に先を予想して嵐のない場所へ移動を続けなければいけない。

あるいは、独りで対峙しようとせず、大きな船に乗ってしまったら。自分の足で踏ん張らなくても、風に乗って流れていくことができるのではないだろうか。摩擦は船がかわりに引き受けてくれる。もちろん労力がゼロになるわけではないけど、1人で歩くよりはだいぶ楽になるのではないだろうか。

その船には、家庭とか会社とか、地域社会とか、そんな感じの名前が似合う。
 

14:19 2006/10/15【理由】

テキストサイト衰退の理由っつったら「インターネットの一般化なんちゃらでブログやSNSがかんちゃらした結果云々」ってフレーズをもう数万回聞いてる気がしますが、最近ふと思ったのは「日本の景気回復」というのも理由の1つにあるんじゃないかと。

不景気だったころは、外で遊ぶ金もないし家に閉じこもってインターネットで世界に向けて呪いの言葉を吐き続けているだけだった人たちが、景気回復にともない収入が増え、仕事も忙しくなった結果、希少な自由時間にはネットなんかやるよりもイベントや旅行に行ったりするようになってしまったのでは、という説。

つまり最近更新してないサイト管理人は、毎日仕事が終わると異業種交流会とか行ってドンペリとか飲みながらどっかの社長とか読者モデルとかと交流して、連休は意気投合した仲間でチャーター便でハワイとか行ってプライベートビーチで笑いあっているに違いありません!
 

私ですか?
ここ半月はずっとyoutubeでシムーンとウテナとFateと見てました。
 

0:51 2006/09/29【副産物】

物語とは、倒れた人間が起きあがる過程で生まれてくる副産物のようなものだ。なので、既に起きあがってしまった人が何かを書こうと思ったら、もう一度無理矢理にでも倒れなくてはいけない。

だから物書きはマゾが多いのかと。
 

22:28 2006/09/25【理解すること】

何事でも、一般化・抽象化して考える癖がある。ある書類を作らなければいけない時は、まず書類一般の作り方を思い出してから書くだろうし、ある人に好かれたいのならば、まずは一般的に好かれる立ち振る舞いを試してみるだろう。場当たり的にやみくもに行動するよりは、まず一歩引いて一般論を考えてみたほうがずっと効率がいいはずだ。

そういう姿勢を、偉ぶっているとか上からものを見ているとか批判する人もいるけれど、正直、どうしてそれが偉ぶることになるのか分からない。生きるためには動かなくちゃいけないし、動くためには不完全でも世の中を理解していなければいけない。そして、理解するためには、似た事象ごとに分類して、それぞれの傾向と対策を考えなくてはいけない。
1つ1つみんな違うよね、で終わらせてしまっては新しい問題に対処できない。それじゃ何も理解できていないのと同じだ。どの水道から出る水も同じ性質を持つ「水」とい物質なのだと語れるようになって初めて、世界という暗闇に光が差し込むのだから。

それとも、他人や世の中を理解しようとすることそれ自体が傲慢なのだろうか。そうかもしれない。だけど私は、たとえ非難されてもあなたを少しでも理解したいし、あなたと仲良くなりたいのだ。あなたにもっと近づく足場を確保するためには、あなたが男なのか女なのか、大人なのか子どもなのか、どのような文化的バックグラウンドを持っているのか、そういう取っかかりとなる要素を知りたいと思うのだ。
 

2:12 2006/09/23【気が若い】

90歳まで秒読みが始まっているうちの祖父、最近ボケ防止のために週に一回デイサービスに通うようになったそうです。

今までの祖父は、近所に友達もいなくて家でひねもすテレビを見ている生活だったので、外に出るようになって少しは生活に張りが出るんじゃないか、と思い、「デイサービスどう?仲間とかできた?」と電話で訊いてみると、

「仲間? 来てるのはみんなヨボヨボばっかりだぞ!」と。

おじいちゃん! 鏡! 鏡!
 

23:40 2006/09/20【自然体】

カラオケに行くと、よくそんな声を出せるねーと驚かれます。普段はそれなりに低い普通の声で話しているのに、歌うときだけは2オクターブくらい高くなって、年甲斐もなくキモいアニメ風の声になってしまうので。

だけどその驚きには、大いなる先入観の罠が潜んでいます。人間には高音アニメ声はそう簡単に出せないという思い込み。更に、日常的に露見する姿が自然体で、イベントの時だけ露見する姿が作り物であるはずだ、という偏見。

普段の声が作り声で、カラオケの時のアニメ声が地声なんですよ?
 

23:16 2006/09/19【分かりやすい標識】

今日友達に批判されても、反論を思いつくのが3日後になってしまうほど、トロいというか、瞬間判断力がない私、高速道路で頭上を過ぎ去る案内標識を見て数秒でどっちに曲がるか判断するかなんて高度なことができるわけありません。

例えばよくあるこういう標識。

運転中のテンパってる時に見ると「え? 右? あれ? 左?」間違いなく混乱します。先のことはどうでもいいからとりあえず今どっちに曲がれば横浜に着くかだけ教えてくれればいいのに。シングルタスク人間のことを全然分かってない。
 

あと、うちの近くにはこういう場所もあるのですが、何回通っても慣れません。ええー、どっち?どう違うの? 間違ってたらどうしよう、と完全思考停止。

だからそういう場合は、図示することだけにこだわらず、要点のみ書いてくれれば分かりやすくていいと思うんです。


 

そういえば最近、首都高速あたりの複雑なところを走っている時に、下記のような感じの標識に出会いました。完全に私の情報処理能力を越えていたのできちんと再現出来てないのはご容赦ください。

複雑さもこのレベルまで来てしまうと、いくら分かりやすく書き直そうとしても無駄です。1つ2つの情報でさえ処理し難い運転中に、3つ4つの情報を数秒で判断できる人なんて果たしているのでしょうか。徒に混乱させても、ドライバーが焦って事故が増えるだけです。いっそのこと開き直ってこう書いちゃった方が、読み手の心にもゆとりが出来て、「分からないものは仕方ない」と潔く諦められるのではないでしょうか。



 

1:44 2006/09/19【秋】

ここ数日で急に涼しくなりましたが、こういう秋の涼しい風を感じると、なぜか大学時代のことを思い出します。

夕方になると、夏の間は全開にしていた研究室の窓から、思いの外冷たい風が流れてきて、ああそういや夏は終わったんだなーと思ってそろそろと窓を閉めます。そして、キンモクセイの微かに香る芝生の上を自転車を漕いで、今日の夕飯は何を作ろうかなーなんて考えながら家を目指すのです。ほんの少し前まで日常だった風景。

夏の匂いは、高校の部室の匂いでした。じっとり湿った肌に絡みつく、ジュースが発酵したような酸っぱい匂いと、放置された誰かの靴から蒸発してくるカビ臭い匂い。猛暑の日に、街角の自販機とその隣のゴミ箱の近くに寄ると、いつも「ああ、部室の匂いだなあ」と思います。

春のイメージは、なぜか中学校と結びついています。当時住んでいた社宅からは、バスで40分揺られて通学していまいた。入学式の日、初めて降りたバス停の前には和菓子屋さんがあって、店頭で桜餅が売り出されています。花びらの舞い散る校門を抜けて、芽吹いたばかりの広い中庭をひとり散策した中学1年生の春。
 

……で、この順番でいくと、私の社会人時代を象徴する季節は「冬」ってことになるわけですが、この冬はいつになったら明けますか?
 

16:00 2006/09/10【厳しい人】

我が職場の上司が、頭が良い・真面目・自分にも他人にも厳しい、という、立派だけど上司にすると大変なタイプであることは以前書いたと思うのですが、庶務の手続きの関係上、できれば今日中にその上司の銀行口座番号が必要になってしまいました。

あ、あのー、すいません、できれば今日中に、銀行口座を。とお願いすると、厳めしい顔つきをして「そういうことはもっと早くから前もって準備しておくべきだぞ!」などと低い声で怒鳴った後、携帯電話を取り出して、自宅にかけて聞いてくれました。

上司「もしもし、俺だが……(ここで突然、声色が2オクターブ上がる)あ、ゆうくん? パパだけど、ママいる? そうか。じゃあね、ゆうくんにお願いなんだけど、パパの机の上に、ミッキーちゃんが書いてある赤いご本があるの分かるかな? そう。じゃあゆうくん、いい子だから、そのご本を開けてね、最初のページに数字が書いてあるでしょ。それを読んでくれる? そうそう。ありがとう。あと、ママが帰ってきたら、パパは今日遅くなるって言っておいてね。じゃあね、バイバイ」

課員一同「……(ポカーン)」

上司「(もとの2オクターブ低い声に戻って)じゃ、口座番号はこれだから、早く処理しとけ」

やっぱり私、この人とならうまくやっていけるかもしれない、と思うのでした。
 

23:13 2006/09/06【落書き】

※注意。この日記には、DEATH NOTE4巻のネタバレが若干含まれています。

いろんな人に面白いから読めと言われたので、ものすごく今更ですが、近所のネットカフェで「DEATH NOTE」とやらを読んでみました。
ふむ。主人公の性格がイマイチ感情移入しにくいけど、確かになかなか面白いな、と思いながらページを進めていって、ついに4巻にさしかかったのですが。この4巻を開いて最初に目に入ったのは、誰かが悪戯で描いたと思われる落書きでした。ページの左上に鉛筆で、何といいますかその、男性特有の身体の一部分の絵が描いてあったんです。

まあネットカフェだし、品のない落書きくらいするやつがいてもおかしくないか。そう思ってページをめくると、次のページにも、そのまた次のページにも、そのまたまた次のページにも、同じように物体Xが描かれています。いや、よく見ると全く同じではありません。ページ毎に少しずつ絵の角度が変わっていくのです。1ミリくらいずつ左へ移動したと思うと、その後はまた右に移動したり。
そう、つまり落書きは、物体Xが左へ右へと揺れる様子のパラパラ漫画になっていたのです!

レム「死神を殺す方法は・・・人間に恋させる事だ」
※イメージ画像

ミサ「私はあなたの目になる」

ミサ「もう我慢できない。殺して」

ライト「僕がキラかもしれない」

 

笑いすぎて死ぬかと思いました。さすが死のノート。
 

7:40 2006/09/04【効率】

一人暮らしをしていた頃、私はあまり「味噌汁」を作りませんでした。別に嫌いなわけではないのですが、味噌汁って鍋と椀をいっちょ前に占領する割りに、とりわけ栄養に優れているわけではないし、味噌汁だけではおかずにならないからもう1品は作らなきゃいけないし、なんか料理として効率が悪いんですよね。

しかし結婚してからは、ほとんど毎日味噌汁を作るようになりました。だって味噌汁って、材料なんて余った野菜一切れあればいいし、切って煮るのに5分もあれば十分。手間暇をぜんぜんかけていないのに、ちゃんと「1品増えた」感があって、ただご飯の隣に佇んでいだけでなんとなく真っ当な和食卓に見えるようになるじゃないですか。すごく効率がいいおかずだと思うんです。

つまり、「効率」なんていかにも客観的っぽい言葉も実際はどんだけ主観的なんだよ、というお話でした。
 

0:39 2006/08/30【身の程】

先日は私の誕生日でありまして、旦那様がプレゼントを買ってくれるというので、前から欲しいと思っていたけど高くて買えなかったお店の鞄をおねだりしてみました。
するとお酒のせいもあり気が大きくなっていた旦那様「どれでも好きなのを買っていいよ」と言ってくれるじゃないですか。そこで私もすっかりいい気になって、そのお店に入ると値札を一切確認せず、自分にいちばん似合うと思った鞄を買ってもらったのです。

家に帰ってから検索してみると、私が自分にいちばん似合うと思って選んだ鞄はそのお店ではダントツでいちばん安い商品だったことが判明し、やはり安い女には安い鞄しか似合わないんだなーと、自分の身の程をかみ締めたのでした。
 

1:28 2006/08/29【笑いのツボ】

職場に、どう頑張ってもまるで冗談が通じない、笑ってるところを見たことがない先輩Aがいるのです。

なんか悔しいじゃないですか。絶対にこいつを笑わせてやる!と思って、ない智恵を絞っていろいろ試してみたんですよ。しかし敵は手強いです。昔の失敗談などを面白おかしく話してみても、周りの他の人は笑っているのに先輩Aだけは大まじめな顔で「あら、どうしてそんなバカな失敗しちゃったの? もうちょっと考えて行動したほうがいいんじゃない?」みたいな説教を始められてしまうし。ランチの時にどう見ても冗談だと分かる言い方で「ビール頼みたいくらい暑いですよね」と言ったら「何言ってるの、仕事中にアルコールなんてとんでもないわ!」と怒り始めるし。

ところが、その先輩が今日、初めて笑ったのです。とある別の同僚が、企画の希望が通らなくて不機嫌になってたところ、その人に対して先輩Aがひと言。

「あーら、なにスネちゃって。まるでスネ夫君ね、あっはっはっはっ(大爆笑)」

世の中にはまだ私には理解できないことが沢山あるのだなーと思った瞬間でした。
 

23:30 2006/08/24【焼き畑】

裏の裏の裏の裏の裏の裏を読もうとしているうちに、だんだんわけわかんなくなってついカッとなってガソリンかけて火を付けて、全てが燃え尽きたあとの焼け野原を歩いていたら、小さな花が一輪だけ咲いているのを見つけてハッとして「ああ、これが答えだったのか」と思うような、そういう感覚が割と好きなんですが、だからといってまだ裏の裏くらいしか読んでないうちにめんどくさくなって火を付けても焼け跡からは何も生えてこないし、ちゃんと面倒な手順を踏んだとしても、何度も繰り返し焼き畑をしていると、すぐに何も生えてこないのです。

答えが降ってくる瞬間というのはそれだけ奇跡的な尊い瞬間で、たぶん自分自身が成長していく1ステージにつき2回までみたいな回数制限があるのかもしれません。だからこそ、大切にしなきゃいけませんね。
 

22:17 2006/08/23【パラドックス】

たとえば「私を好きな人のことは嫌いになり、私を嫌いな人のことは好きになる」というルールを決めたとして、そこで「私は私自身のことを好きになるべきなのか」という問題を解こうとしてみますと、仮に好きになった場合、自分は「私を好きな人」になってしまうので嫌わなければいけなくなるし、だからと言って嫌ってしまうと今度は自分が「私を嫌いな人」になってしまうために逆に好きにならなければいけなくなるし、だからといって好きになると自分は「私を好きな人」になってしまうので嫌わなければいけなくなるし、だからと言って嫌ってしまうと今度は自分が「私を嫌いな人」になってしまうために逆に好きにならなければいけなくなるし……と悶々と考えていたら危うく夏が終わってしまいそうだったので、とりあえず仕事帰りにスイカ買ってきて家の中で一人スイカ割りしました。Ho!サマー!

 

1:28 2006/07/30【抱負】

たとえば、たまたま入ったレストランのメニューに、
・フライドチキン
・フライドフォアグラのキャビア添え
・フライドパペパペポ
があったとしたら、迷わずパペパペポを選べるような大人になりたいです。
 

0:03 2006/07/25【法律脳と経済脳】

法律学の得意な人は経済学が苦手で、経済学が得意な人は法律学が苦手。自分の友達を見ていると、だいたいその法則に当てはまっているように思います。

更に言うなら、法律が好きな人は、数学だと命題論理とか場合の数・確率あたりが好きで、経済派の人は関数系に強いように思えます。

つまり論理って、「言葉の論理」と「グラフの論理」があるんじゃないでしょうか。「ある」と「ない」を組み合わせた言葉の論理で出来ているのが法律、X軸とY軸で位置を示そうとするグラフの論理で出来ているのが経済学(とりわけ、ミクロとかマクロとか大学で習うようなやつ)なのではないでしょうか。どっちの論理を好むかで、「法律脳」なのか「経済脳」なのかが決まるのです。

私ですか? 「日記脳」ですが何か?
 

23:46 2006/07/23【恋が足りない】

最近、何かインターネットが物足りないと思っておりまして、何だろうと悩んだところ、「文中リンク」だという結論に達しました。

や、文中リンクと言いましても、「今日は××ちゃんと遊びに行きました」みたいに旧知の相手に張っても仕方ないんですよ。もっとこう、ちょう大好きでいつも見てるけど恐れ多くてBBSになんか書き込めないみたいな憧れのサイトに、さりげなく文中で「○○さんがこんなことを書いていたけど、私もすごく共感しました」みたいに文中リンクを張ってみて、気づかれちゃったら恥ずかしいし困るなー、いやむしろこの想いに気づいて欲しい、うそ、やっぱ気づきませんように!とかきゅんきゅんして、でも万が一見てくれて、その上何かの間違いで返事をくれちゃったりしたらどうしよう、いやそんなあの人が私なんかを相手にしてくれるなんてありえないし、とかドキドキしながら相手のサイトをつい何度もチェックしちゃうような感じ、あれですよ。文中リンク、すなわちロマン。そして恋。(※ちなみに、私と今の旦那様の馴れ初めはだいたいそんな感じです)

どうも日記サイト界隈では、ネット上ので馴れ合いは慎むべし、みたいな風潮がありますが、日本の少子化対策のためにも、こういう文中リンクは推奨してしかるべきです。合コンして即日お持ち帰り、なんて即物的な恋よりもよっぽど奥ゆかしい日本的な愛情表現じゃないですか。

そんな風に、ここをご覧の素敵眼鏡男性の皆様も、密かに想いを寄せている女性管理人のサイトにこっそり文中リンクとか張って想いを伝えてみてもいいんじゃないでしょうか。いいんじゃ、ないかなあ。(期待に満ちあふれた目でリンク元解析ページでF5連打しながら)
 

0:48 2006/07/23【味音痴】

ある日のお昼、疲れていて自炊するのが面倒だったけど、ラーメンの買い置きもないし、とりあえずパスタくらいは茹でて、レトルトのソースをかけて食おうと思ったんですよ。

流しの下の物入れを探してみたらレトルトの明太子ソースを発見したので、ゆで上がったパスタと明太子ペーストを混ぜるじゃないですか。更に添付の海苔をふりかけるじゃないですか。そんで食べてみたら微妙に味が薄いんですね。まあ、でも所詮レトルトだしこんなもんだろう、むしろやる気がない日の昼食としては上出来なほうだろうと思って、最後まで食べたんです。満腹、満腹。ごちそうさまでした。
 

皿を片づけようとして、流しの前に「仕上げ用だし醤油」と書かれた袋が余っているのを発見しました。
 

0:18 2006/07/20【不公平】

殴られたら殴り返さないと、憎まれたら憎み返さないと不公平だ、という考え方がそもそも間違っている。殴ったほうは、その時点で業を背負っていて、長い目で見れば社会からの制裁も受けるはずなんだからやり返さなくてもイーブンなんだ。もしも殴り返してしまえば、その瞬間自分もまた業を背負うからやっぱりイーブンでしかない。

……というのがいわゆる理想論ではあるのだけど、現実はなかなかそうはいかない。殴られても我慢して殴り返さなかった自分のほうがなぜか社会から冷たい仕打ちを受けてしまったりする。

そして、これこそが本当の問題だ。つまり、少なくとも「殴られたこと」が不公平なのではない。それに対する周囲の反応が不公平なのだ。怒りの対象を間違えてはいけない。さもないと、解決の方法も間違ってしまう。
 

0:42 2006/07/19【看板】

肩書き、というものは意外と精神の安定に貢献してくれるらしい。昔クラスにわけわかんない不気味な奴が転校してきた時、あいつは「オタク」だから、と定義した瞬間に恐いものではなくなったように、自分自身も何らかの肩書きがあると、それだけで居場所が出来たような気持ちになる。

思えば私が大学を卒業してからついうっかり院に進学してしまった理由の一つも、肩書きがなくなるのが恐かったからかもしれない。「大学生」でなければ「社会人」でもない、名前のない暗黒の溝に落ちてしまうのが恐くて恐くて、土壇場で「院生」という名前にすがってしまった。

でも実際退学してみると、肩書きなんてなくても生きていけることが分かった。その気になれば「フリーター」とか「ニート」とか適当に名乗ることもできるし、「○○家の娘」とか「○○大学の同窓生」とか「日本人」とか「文章書くのが趣味の人」とか、自分の居場所を示す言葉はいくらでもある。

現在はかろうじて「社会人」という肩書きを持っているけど、そんな肩書きで自分が規定されるとはもはや思わない。なぜなら、唯一かつ最強の肩書きが、「私」だからだ。
 

0:21 2006/07/17【好きすぎる】

どうも私は友達から「日本酒好きな人」と思われているフシがあります。しかし実は酒類の中で一番苦手意識があるのが日本酒なのです。特に日本酒度の低いお酒は、ねっとりとした甘酸っぱさが舌にからみついて離れない感じがどうしても好きになれません。

苦手だからこそ、自分が美味しく飲める銘柄と飲めない銘柄を見極められるようになりたい、あわよくば克服したいと思って、積極的に試飲イベントに参加したり、居酒屋で見慣れない銘柄を見つけるたびに試してみたりしているので、結果的には「日本酒好き」に見えてしまうんですね。

逆に一番どんな時でもぐいぐい飲めてしまうお酒はワインなんですけど、こっちは好き故にワインでさえあれば何でも良くなってしまって、国産の安いやつでも気にしないので、知識があまりにも貧弱でよく呆れられます。

そういえば私の友達で食に関して一家言持っている人には、偏食だったりアレルギーで食べられる食材が限られていたりする人が多いのです。以前どこかで「映画が好きすぎる監督は良い映画を作れない」という文書を読んだことがありましたが、あまり愛しすぎないほうが技術や知識がつきやすい、というのはあながち嘘ではなさそうです。
 

0:37 2006/07/14【価値】

私には才能がない、だから私は価値のない人間だとか。
私は人の役に立てない、だから私は価値のない人間だとか。
そう思ってしまうのは、どこかで「才能のない他人」や「私たちの役に立ってくれない他人」を価値のない人間だとバカにする気持ちがあるんじゃないだろうか。他人のことをどうでもいいと思っているからこそ、他人が自分のことなどどうでもいいと思っているに違いない、と思ってしまうのではないだろうか。今「思ってしまう」を4回言った。ややこしい。

もしも世界の数十億の人々がみんな、それぞれ価値のあるかけがえのない存在なのだと思うことができるようになったなら。その時には自動的に自分自身も「みんな」の中に入ってしまうわけで、自分自身にも何らかの価値があるのだろうと認められるようになるのかもしれない。やみくもにに自己肯定しろということではなくて、他人を肯定できるなら、その肯定は自分自身に跳ね返ってくるということだ。
 

0:42 2006/07/13【押しまつがい】

先日、学生時代の友人たちと久しぶりにカラオケ行った時のことです。そうしたら、社会人にもなると新曲をチェックする暇もなくなってしまったし、昔からの持ち歌はいい加減に歌い飽きてしまったしで、二回りくらいした時点でみんなレパートリーが尽きてしまったのです。

ついにメモリ曲が0になり、最後の1曲を歌い終わると、沈黙と共にびみょーな倦怠感が漂います。そこで「なんだよ、おまえら盛り上がらないな。よーし俺がバンプでも歌って盛り上げてやる!」とメンバーの1人が言いだしました。

おもむろに歌本を広げ、リモコンに番号を入力し、送信する彼。が、なぜか流れてきた音楽は、バンプではありませんでした。
「残〜酷〜な天使のテ〜ゼ♪」
えーえーえー?
誰もが冗談だと思って笑っているところ、一人だけ狐につままれたような顔をしているのは、その曲を入力した張本人。どうやら彼は、歌本巻頭の「おすすめ曲リスト」から、バンプの曲を選ぼうとしたところ、本当にたまたま隣に書いてあった番号を間違えて入力しまったようです。

で、どうなったかといいますと、一同、おそらくバンプとか歌うよりもはるかにずっと盛り上がり、さっきまでの倦怠感が嘘のような大合唱と相成りました。
今日の教訓:どうせヲタなんだからヲタらしく。
 

0:26 2006/07/12【考える】

ここ数年、昔のような濃厚な友人関係を築くことが出来ないのは、他人に本音を見せられなくなってしまった私のほうに問題があるんだよなぁ、とは分かっているんですよ。

でも、そもそも本音って何なのよ。たとえば自己評価の話なら、「私もう駄目かも」と「私まだいけるかも」の両方が気分によって入れ替わっているのが事実なわけで、どっちも本音だし本音じゃない。だから聞かれても「うーん」としか答えられません。
世の中の大部分の問題は、保留フォルダに入ってしまっていて、何かの事件の折にちょっとだけそのフォルダから飛び出すことがあってもまたすぐ戻っていきます。前提が曖昧なまま結論を下すのが恐いのです。前提なんて一生曖昧のままなのに。たぶんこれがいけないのです。

証拠が足りないから断言できない、と言って逃げるのではなく、もっと自分の本心に耳を傾けて、直感的な好き嫌いの封印を解くことができるのなら。あるいは、必要な情報が出そろう前に感情だけで判断して動いてしまうことができるのなら、周囲にもっと食い込むことができるのでしょうか。地に足をつける、という意味が最近よく分からなくなってきました。
 

22:18 2006/07/09【旅に出る】

家や職場や行き慣れた町にいると、自分の周りに余計なものがたくさんひっついているような気がする。自分がこれからどんな道に進むべきなのか、自分のやるべきことは何なのか、みたいな深刻な問題を考えようとすると、その余計なものによって誘導されて、判断が狂ってしまう。

だから、じっくり考えたい時は遠いところに行くといい。最低限、初めて行く喫茶店とか、いつもは降りない駅とかでも良い。できれば電車で3時間以上かかる場所とか、言葉の通じない外国なら一番良い。遠いところに行くと、自分の周りの余計なものがそぎ落とされて、より純粋な存在になれたような気がする。

しかし、一つだけ忘れてはいけない、より純粋に思考して結論を出したとして、その後あなたは再び余計なもので溢れる町へと帰らなければいけないのだ。余計なものとは、時にとても大切で、愛しいものなのだから。
 

0:36 2006/07/04【隙間の美学】

本当に伝えたいものは、言葉と言葉の隙間の、ずっと奥のほうにある。言葉の表面に見えるものは、答えと似てはいるけど少しだけ、そしてその少しが致命的にズレている。だから隙間を探さなければいけない。見つからないのなら、自分で言葉を重ねて隙間を作らなければならない。

たとえば愛してるという台詞を言わずに愛を伝えることが表現ではないか。死にたいという言葉を使わずに死にたい気持ちを表すために、我々は詩を詠んだり、絵を描いたりするのではないか。

キャンバスに大きく「愛」という文字が印刷されている。私はどうしても、これを表現であると認めたくない。古くさくて時代遅れな考えなのかもしれないけれど。
 

13:51 2006/07/02【ワールドカップ】

世間ではワールドカップワールドカップと大騒ぎみたいですね。
私はお祭り騒ぎは大好きなので、何かイベントがある時は踊らなや損損!と思っています。が、スポーツと名の付くものに関して全く知識を持ち合わせてないせいでイマイチ話についていけなくて悔しい思いをしています。

こんな私でも、祭りに参加して踊る方法はないものか。考えた結果、次のような結論に達しました。

・グループリーグ1戦目
オージービーフのステーキ、ブルーチーズソース。

・グループリーグ2戦目
ロールキャベツのザワークラフト煮、クロアチア風。

・グループリーグ3戦目
ガーリックライスと白身魚のココナツミルク煮、ブラジル風。

・決勝トーナメント

フランス風、ポークソテーと鰺のマリネ。

ウクライナ風、ボルシチとワレーニキのパセリバターソース。

アルゼンチン風、ラザーニャ。

やばい。ワールドカップちょう楽しい。
今晩はポルトガル料理に挑戦しようと思います。和食至上主義の旦那が「そろそろ味噌汁が飲みたい……」と目で訴えているのは気づかなかった方向で。
 
 
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