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0:12 2006/06/27【力関係】

どうして男の人って、恐妻家ぶりたがる人が多いのでしょう?

我が夫の人を含め、知り合いの既婚男性のほとんどが、ことある毎に「うちのカミさん恐くってさー」と言うのです。本人は照れ隠しのつもりなのかもしれないけど、「恐い」なんてレッテルを勝手に貼られたほうは迷惑極まりないです。せっかく自分なりにがんばって、毎日笑顔で料理作ったり掃除したりしてるのに、その努力を否定されたような気分になるじゃないですか。

そんな時に、堂々と自分のパートナーを誉めて女を立ててあげられる人って、男らしくてかっこいいと思うのです。もちろん自分に誉められる要素なんて微塵もないことは承知ですよ。でも普段、会社では怒られる、友達からはバカにされる、ネットでは叩かれると、生きていて良いことが全然ないわけでして、せめて家族からぐらい「よく頑張ったね」と言われてみたい、と思っても罰は当たらないんじゃないですか。

ここをご覧のリアル知り合いの皆様におきましては、くれぐれも夫の人の言うことを鵜呑みにして私を怒ってばかりの女だと思わないようにお願いいたします。恐いというのは濡れ衣なんです。信じてください。基本的に私は、優しいはずです。ただ、時々ごく稀にほんのちょっとだけ怒りっぽくなることがあるだけなんですよ?
 

2:20 2006/06/26【努力と結果】

「努力」っていうのは自慢にも自虐にもなる不思議な言葉です。たとえば「私はぜんぜん勉強していない」と言った場合、「だから私はダメだ」という自虐にもなるし、「勉強してない割りにはそれほど悪い点じゃなかった私ってすごいでしょ?」みたいな自慢にもなりうるわけでして。
また、「スキンケアなんてしてないよ」って台詞も、「こんなんだからいつもブスでモテないんだ」って自虐にもなれば、「スキンケアしなくてももともと肌が綺麗だから十分いけるでしょ?」って自慢にもなるわけです。

実際にその人がどんな結果を出してるのかが分かれば、どっちの意図で言ったのか想像できるのですが、特に文字でのコミュニケーションだと、その人が本当はどんな顔をしているのかも、学校でどんな成績なのかも分からないので、誤解が生じやすくなります。あいつって何となくムカつく奴だ、と元々思っていれば、その人が自虐の意図で発した言葉でも、「自慢しやがって」と受け取られてしまうこともあります。だからネット上で確実に自虐したかったら、努力の有無について自虐するよりも結果の有無について自虐したほうが、変な誤解をされなくていいのかもしれません。
 

まあ私の場合は、「努力もしなければ結果も出していない」人なので、そんな心配は無用なんだけどな。
 

1:38 2006/06/23【「する」と「である」】

○○さえやってれば絶対に明るい未来が保証される、っていう○○をみんな求めています。そんな都合の良いものはどこにもないのに。
○○に入るのは、ダイエットだったり、仕事だったり、ジム通いだったり勉強だったりするわけですが。

幸せになるためには「何をすればいいだろう」と考えてしまうところに罠があります。何をすれば、と言っている時点で既に何かをしなければいけないことが前提となっていて、「今は何もしないで待ったほうがいい」という重要な選択肢が抜け落ちているからです。だから、じっとしていたほうが良いときでも、居ても立っても居られなくてつい動いてしまい、ますます事態を悪化させてしまうのです。

そこで今度は、幸せであるためには自分が「何であればいいだろう」と考えてみます。そうすると、本当に必要なものだけが見えてきます。

幸せになれる人間より、幸せであれる人間のほうが、持続するぶんよりいっそう幸せなわけで。たとえばそこに必要なのは、家族の笑顔だったり、友達との楽しい時間だったり、意外と身近なものだったりするんですね。あるかないかも分からない遠い夢を追う前に、今となりにいる人を守ってあげられる人になりたいと思うのです。
 

0:54 2006/06/21【濃密コミュニケーション】

人を憎むとか、悪口を言うとか、そういう他人に大してあからさまにネガティブな態度をとるのが苦手なタイプです。それこそ犯罪レベルの嫌がらせでもされない限り、滅多に「あいつキライ」ってなることがありません。

といっても、決して心が広いわけではなくて、単にどうでもいいと言うか、めんどくさいだけなのだと思います。

だって憎むとか悪口とか、かなり濃密なコミュニケーションですよ? 協調性皆無の私が、特に好きなわけでもない相手とそんな濃密に関われるわけありません。愛想笑いしながら適当に相槌を打っていた方がまだ体力を消耗しないで済みます。

なので、ちょっと価値観が違うだけで他人を嫌える人って、すごいと思うのです。真剣に相手と向き合おうとしてるからこそ衝突して、期待通りにならなければイライラしたり、苦情を言ったりするわけですよね。私だったらなんとなくこの人とは話が通じなさそうだなって思った瞬間に個人主義モードが発動して、人は人、自分は自分よねーと逃げてしまうので、嫌いにならなくて済む代わりに成長もしないのです。

その、だから、職場の某先輩がいつも私を見るたびに服が駄目だ、態度が駄目だ、書類が駄目だ、声が駄目だ、目も耳も口も駄目だ、と頭の先から爪先まで文句をつけてくるのは、きっとその先輩がすごく熱い人で、他人と真摯に関わりたいと想っていて、私に対してももっと距離を縮めるために障害を取り除かなくちゃと考えているからこそ、細かいことでも気になって言ってしまうのだと思います……そうなのだと……思います……。(半泣きで)
 

0:17 2006/06/20【反面教師】

失敗は成功のもと、と昔の人は言いました。でも実際まわりを見てみると、もちろん失敗をバネに成功するケースもたくさんあれど、失敗した人に限って次もその次も同じ失敗ばかりしている、というパターンが同じくらい存在していると気づかされます。

どうも、失敗を今後への糧とできるときと、一度失敗すると「失敗癖」がついてしまうときがあるみたいです。
自分の場合、失敗しても懲りないで繰り返してしまうのは、挑戦しなくちゃいけない切望の具合と、挑戦するためにかかる労力がつりあってないときのように思います。あったほうが良いのは分かるけどなかったとしても自分的には別に構わない、って程度の資格試験を受けるのに、プライベートを全て犠牲にしなきゃいけないような努力を要するとしたら、そんなの途中で挫折するに決まってます。そんなたいそうな資格は、その資格をとらないと人生お先真っ暗、くらいの強烈なモチベーションがなくちゃ無理です。

○○するべきだ、と世間であまりにも言われるので、自分自身も○○したがっていると思いこんでしまうことがあります。モチベーションが湧かないのなら、素直にそれを認めて、気持ちに見合う程度の、簡単で小さなことから始めればいいのです。挫折して失敗癖がつくより、小さな成功を少しずつ重ねていったほうが、最後には大きな山にできるのではないでしょうか。
 

1:46 2006/06/19【望み】

喜びよ永遠に続け、悲しみよ早く消えろ、恋人よ愛してる、そんな言葉は百万回も言い古されています。耳を塞いでもまだ聞こえてくるくらい、世界に満ちあふれすぎています。

でもちょっと待って、もしかしたら違うんじゃないの? 喜びは消えて、悲しみは続いて、恋人を愛せなくなるのが本当なんじゃないの? と、世の中の美しい言葉に居心地が悪くなり、建前に疑問を抱き、本当のことを考えてみようよと叫ぶのが、表現という名の抗いだと思うのです。「そうね、愛って素晴らしいよね、その通り、その通り!」と連呼するのが表現だとは思いたくありません。

たとえば音楽とか芝居とかそういう分野は、盲目に「その通り!」と同意することが出来ない規格外品にとって、唯一の居場所だと思っていました。「お前らなんて大嫌いだ! 世界よ滅びろ!」と言っても唯一許される場所なんだと。だけど実際にステージを見ると、そこに立って喝采を受けている人は、やはり「その通り!」と叫んでいるだけなのです。

今やインターネット世界にも光が当てられてしまって、自由に異議を唱えられる場所がどんどん少なくなっています。でもここだけは、「NO」が言える場所として、何があっても残しておきたいと思うのです。
人々に向かって、違うんだ本当はそうじゃないんだって、言いたがっているあなた。どうか負けないでください。あなたのような人が、本当は必要なのです。
 

1:03 2006/06/18【水分】

お腹と背中が突然痛くなったので、慌てて病院に行って超音波検査を受けたところ、「腎結石」という診断を受けました。左の腎臓のちょうど真ん中あたりに、直径3ミリほどの石が出来ているということです。

原因は水分不足だから、意識してお水を飲むように、と言われて帰ってきました。

おっかしいなぁ。水分だったら毎晩おいしいお水をたくさん飲んでますよ?
 

3:09 2006/06/09【勘】

言わなくてもそれくらい察して仕事しろ、とよく怒られます。
でも、それって違うと思うのです。言われなくても察するが、良いこととは思えないのです。

まず、人の勘なんていい加減なものです。当たることもあるけど、外れることだってあります。その証拠に我々は、目が合っただけで「あの人は自分のことを好きなのかもしれない」と思いこんでしまったり、絶対上がると感じて買った株が暴落したりするじゃないですか。そんな「勘」なんて信用できないものに拠って動くなんて、怖くてとてもできません。

それに、長年連れ添った家族とかなら、相手の言いたいことを聞かなくても正確に言い当てられるかもしれませんが、我々が社会で面するのは、育ったバックグラウンドの全く違う他人ばかりです。無言で分かり合えたら奇跡ですよ。雰囲気だけじゃ到底分かり合えないからこそ、意思疎通するために言葉があるんじゃないですか? 言葉をいかにして正確に使うか、小学生の頃からさんざん教わってきたでしょ?

だから自分は、「言わなくてもやる人」を信用しません。「言えばすぐやる人」のほうが価値があると思うのです。「言えばすぐやる」ことこそが、誤解を最小限に抑えて、みんながハッピーになる近道だと思うのですが、違うのかなぁ。

まあ、私自身は「言われないときはもちろん、たとえ言われても仕事をやらない人」なので関係ない話でした。すいません。
 

1:21 2006/06/08【無駄な時間】

最近まで私は、限りある時間を有効に使わなきゃと焦っていて、「何かを得られる行為以外は極力やらない」という自分ルールを課しました。そして、映画や小説は情緒が豊かになるし語彙も増えるだろうから○、NHKスペシャルやノンフィクション本も知識が増えるから○、バラエティ番組やゲームはその場は楽しいけど終わってから何も残らず、時間の浪費だから×、みたいな基準ができました。

でも今思うと、バラエティ番組やゲームでも、ちゃんと得るものはあるんですよね。しかも、かなり大切なものが。
それは「友達」です。
「本当の無駄な時間など存在しない」という事実に気づかなかったせいで、友達と芸能人について楽しく雑談したり、ゲームで盛り上がったり、という貴重な時間を失ってしまいました。んでもって、肝心の語彙や知識や情緒は豊かになったかと言われると、なぜかそっちもさっぱりなのです。だから今の自分には何もありません。

もしかしたら、私の欲しかった「語彙や知識や情緒」っていうやつは、友だと過ごす一見して無駄な時間とセットにすることで、はじめて消化されるようなものだったのかもなーと思います。これから少しずつ、テレビやゲームにも触れてみようと思っているのですが、もう手遅れでしょうか?
 

23:58 2006/06/04【ステノトロフォモナス・マルトフィリア】

眼鏡男子ブームがわき起こったのは良いのですが、そのおかげで世の中にはモテ気取りの眼鏡男子ばかりになってしまい、愛すべき非モテ眼鏡たちが一掃されてしまいました。どちらかというと私は、異性に興味のないヲタク眼鏡男子が好きでしたので、まったく生きづらい世の中になったものです。

と、ここのところずっと萌えとは無縁だった私の生活に、再びときめきの神様が舞い降りたのです!

それは、仕事関係の打ち合わせの席で起こりました。私以外はほとんど理系技術者という集まりだったんですけど、途中で「ステノトロフォモナス・マルトフィリア」という微生物が話題になり、参加者たちが「だからステノトロフォモナス・マルトフィリアが……」「そんでもってステノトロフォモナス・マルトフィリアが……」と話し始めたのです。

きゅん。

やばいよステノトロフォモナス・マルトフィリア。あなたの名前を聞いた瞬間、頭からつま先まで電気が走ったみたいなショックを受けました。ステノトロフォモナス・マルトフィリアについて語る男子、かっこいい。かっこよすぎる。めちゃ萌える。

考えてみれば、私が眼鏡眼鏡と主張してから2年ぐらいして眼鏡男子ブームが起こったわけでして、この調子でいくとあと2年後くらいには女子の間でステノトロフォモナス・マルトフィリアブームが起こるのではないのでしょうか。「眼鏡」「白衣」「スーツ」等と並ぶ萌え要素として「ステノトロフォモナス・マルトフィリア」が認知され、ステノトロフォモナス・マルトフィリアもののライノベとか、ステノトロフォモナス・マルトフィリア系の恋愛ゲームとかがたくさん発売されて世界は萌えで満たされてウハウハなんてことになるに違いありますごめんなさい。
 

21:32 2006/05/28【すっぴん出勤】

「社会人なんだから、学生の時みたく気が向いた時だけに100円ショップのアイシャドウ付けるだけ、みたいな心構えじゃダメだ。出勤する時は、身だしなみとしてメイクもちゃんとやらなくちゃ!」と奮起してから1年。

こつこつと足りないアイテムを買い揃え、とうとう基礎化粧品からパウダー、ネイル、リップに至るまでの最低限セットを、全てまっとうなブランドで揃えることができました。えへ。やればできるじゃん私。これでこそ一人前の社会人です。もう垢抜けないなんて言わせないぜ。

ただ問題なのは、「1年前から」集め始めているのに、一番最初に買ったものも含めて「全て」がなぜか新品同様だということです。
だって、使ったらなくなっちゃうじゃんね?
 

1:28 2006/05/27【切る、伸びる】

結婚式の前に顔を剃ったときに、おでこの上の生え際あたりの、前髪なんだか産毛なんだかあやふやだった毛も少し剃ってしまったんですよ。
それが最近中途半端に伸びてきてしまい、3センチくらいの妙に短くてツンツンした前髪と化しています。すごく変なのでいっそのことまた剃ってしまいたいという衝動にかられながらも、ここは我慢して伸ばさなくちゃと思い直してがんばっています。

で、事情を知らない友人に会うと、必ず訊かれるのです。「前髪切りすぎた?」と。

確かに見た目上は、「切りすぎた前髪」そのものなんですけど、かたや「伸びてきてしまった」ものと「切りすぎてしまった」ものが外観上区別つかないというのは面白い偶然だなーと感心したのでした。じゃなくて、頼むから早く伸びてくれ。
 

12:42 2006/05/21【めんどくさい】

考える、ということは、つまり現状に対して何らかの疑問を抱いて「本当にこのままで良いのだろうか?」と問いかけることです。現状に満足しているのなら、わざわざ考え込む必要などないのですから。

つまり何かを考えるということは、それだけで現実をに対して異議を唱えることであり、現実を生きている人々を敵にまわすことになります。

だから、トラブルが嫌なら何も考えなければいいのです。「めんどくさい」「どうでもいい」という言葉は無用なトラブルを避けるための魔法の文句です。学生のころの私は、ご存じのとおりこの一言が言えずに「どうして? ねえどうして?」と言ってしまうが故に世間に迎合できず、いつも孤立してしまって、それ故に余計に悩み考え込んでしまう悪循環にハマっていました。

でも今の私は違います。なんつったって社会人ですから。余計な体力を使うわけにはいかないのです。考えなくても影響がないところでは、なるべく体力を温存しなければいけません。メイクやお洒落なんてめんどくさい。職場の人間関係に気を遣うなんてめんどくさい。仕事を覚えるのもめんどくさい。ああ、何もかもがめんどくさい。めんどくさいったらめんどくさい。
 

……今度は「めんどくさがりすぎ。もっとちゃんと考えなさい」と怒られました。
 

11:50 2006/05/20【左の呪い】

最近、なぜか身体の左半分だけが不幸に見舞われます。玄関で躓いて足の小指を強打したのも左足だったし、朝遅刻しそうになってダッシュした時に痛くなるのも左の脇腹だし、季節はずれの蚊に刺されたのも左手だったし、知覚過敏の起こるのも左の歯だし、なぜか持病の肩凝りも左側のほうがひどいのです。

あまりにも全てが左側なので、単なる偶然とは思えなくて、いろいろ心配になってきました。もしかして、左側だけに何か良からぬものが取り憑いているんじゃないかと。それとも脳の半分だけが発酵してるとか、身体の左側に血を送り出す動脈が詰まってるとか、変な病気になっているんじゃないかと。

ところで先ほど、キッチンでお湯を湧かしながら野菜を切っていたのですが、沸騰したので鍋を持ち上げた瞬間、まな板と包丁がバランスを崩して落ちそうになりました。止めたいのはやまやまですが、何しろ熱湯の入った鍋を持っているので、この手を離すともっと大変なことになるのは目に見えてます。まな板と包丁はそのまま落下し、私の「右足」に直撃。大きなあざと3センチほどの切り傷を作ってしまいました。

よかった、やはり左側だけが続いたのは単なる偶然だった。ああ、よかったよかったな!(右足からダラダラと血を流しながら)
 

0:54 2006/05/18【ダメ出し】

たとえ99パーセントちゃんと出来ていても1パーセントでも抜かりがあると、勝ち誇った顔で「ここがダメじゃないの!あなたの仕事は全然ダメね!」と言いにくる職場の先輩。

で、先日私が事務局をつとめた某イベントは、毎日のように終電帰りで必死にチェックして、一字の誤字もないように、一秒の時間オーバーもないように、一人も来れない参加者が出ないように死ぬ気で頑張って調整して、よし今回こそは誰にも文句言わせないからな!見てろよこの野郎!と思っていたのです。思っていたのです。
が、終わってからその先輩はつかつかと私に向かって歩いてきて、勝ち誇ったようにこう言いました。

「あなた、スカートの裾にしわがついているわよ? ほんと、あなたの仕事は全然ダメね」
 

0:59 2006/05/17【紙一重】

舞台に立つ人を見ていると、表現には「求愛」と「威嚇」があるような気がする。異性の愛を求めるときの、滑らかで情熱的な表現、そしてライバルを怯えさせて退かせようとするための力強くまっすぐな表現。楽器や、筆や、トゥシューズは、時に装飾品であり、時には剣である。

だけど不思議なことに、私が魅力を感じる男性は、いつも求愛の表現をしている男性とは限らない。むしろ異性になど見向きもせず、雄々しい雄叫びを上げて血を流している姿に強く惹かれることがある。つまり求愛と威嚇は紙一重なのだ。たぶんその2つがちょうど重なったところに、理想の表現、みたいなものがあるのだろう。
 

1:06 2006/05/16【欠点】

うちの課長はスーパーマンです。

事務職なのに現場の技術の議論にもバリバリついていって言い負かすこともあるくらいですし、仕事も速く、頭もキレて、古いしきたりにとらわれずいつも的確な判断をし、厳しくて怖いけれど部下の信頼も厚い人です。
いつもスキがなくて、文字通りエリートで、近寄りがたいくらいパーフェクトな人なのです。

先日、ランチでたまたまその課長の隣の席に座ってしまいました。 無視するわけにもいかないので、当たり障りのない世間話などしながら食べていると、課長、なぜかコールスローサラダに混ざったにんじんを、1切れずつ丁寧に避けて残しているんですよ。

「課長? それ……」
「……」
「にんじん……」
「……」
「あ、あのアレルギーとか?」
「……」
「……」

私、この人のこと好きになれるかもしれない、と思った瞬間でした。
 

0:56 2006/05/15【コビトさん】

先月分のお給料は、口座名義を新姓に変えた関係上、振り込みの手続きが間に合わず現金でいただきました。

で、それを封筒ごと自宅の簡易金庫に入れておいて、お財布が涼しくなってきたら2枚くらいずつ補充する方式で生活していました。

わたしの脳内ではまだ10万円くらい残っていたのに、さっき補充しようとして封筒を開けてみたら、なぜか最後の1万円札でした。どうやらお茶目なコビトさんが勝手に使ってしまったみたいです。
 

そういえばほんの2ヶ月前の今頃は、結婚祝いの頂き物のお酒類と、新婚旅行のオーストラリアで大人買いしたワインと合わせて、ダンボール2箱分以上お酒があったはずなのですが、気がついたら残りあと1本になっていました。
もちろんたまにナイトキャップでちびちび飲んではいましたけど、自分としては、多くて週に1本くらいしか消費してなかったつもりなのですが。
ああ、そうか。これもコビトさんが勝手に飲んじゃったのか。

最近、我が家にコビトさんが出現する頻度がとても高くなっている気がします。まったくコビトさんったら、オイタばかりで困りますよねえ?(小首を傾げながら)
 

1:33 2006/05/14【脳内悩み相談室】

八方ふさがりで、どうすればいいのか分からなくて思考停止してしまうことが時々あります。

そんな時、悩みを抱えているのが自分自身ではなくて誰か適当な友達であると仮定して、その人から悩み相談を受けたとしたら、自分はどう答えるのかを考えてみます。

すると不思議と、さっきまであんなに身動き取れなくなっていたのに、いくつかの解決策が思い浮かんだりするのです。根本的な解決は図れないとしても、「とりあえず仕事はやめるな」とか「とりあえず上司に相談しろ」みたいな、当座の間どうすればいいのかくらいはアドバイスできます。

当事者になると、簡単な答えでも見えなくなってしまう。外から見ないと見えないことがたくさんある、ということです。
 

0:55 2006/05/13【言霊】

言葉の魔力が最大限に発揮されるのは、その言葉が現実から「少しだけ」ズラして使われた時だと思います。

たとえば、誰が見ても明らかに無罪潔癖の人に対して「この犯罪者!」と言っても失笑されるだけです。言われたほうもちょっと首を傾げるだけで、大したダメージは受けないでしょう。また、誰から見ても明らかに犯罪者の人に対して「犯罪者!」と言うのも、言われたほうは「そうですけど何か?」と思うだけです。この言葉が最も効果的に人を傷つけるのは、相手が実際に軽犯罪すれすれのことをしたことがあって、見つかって怒られたらどうしよう、と怯えている時です。

ホメ言葉も同様です。誰から見ても明らかに美人の人は、「美人だね」と言われても、まあ悪い気はしないでしょうが飛び上がるほど嬉しくは思わないでしょう。逆に、私のような明らかなブスヲタは、何かの拍子に「美人だね」と言われることがあったとしても、見え見えのお世辞なのでかえって情けなくなるだけです。私のようなブスヲタをいい気分にさせるためには、現実からあくまで「少しだけ」ズラした、「流行に流されてなくていいね」とか「現代のゲーム文化について詳しくていいね」みたいな感じの言葉なのだと思います。そういうわけで、よろしくお願いします。(何を?)
 

1:16 2006/05/09【クリップ】

職場ではなんでもかんでも紙の書類ベースで処理をするので、「クリップ」の使用量がハンパではありません。

毎日大小無数のクリップが消費され、その一部は取引先に送られたり、あるいは倉庫行きになったりして、それ以外はしばらくクリップ入れの中で眠った後に再び別の書類に使われていきます。

毎日使うクリップが味気なかったらつまらないじゃん、いうポリシーのもと、私はいつも自費ででカラフルなかわいいクリップを購入し、他人宛てに出す書類に使いつづけていました。

苦労の甲斐(?)あって、最近マイクリップが少しずつ職場全体を侵食しつつあるようです。他の課員の机上のクリップ入れに、ちらほらと私の買ったカラフルクリップが混ざっているようになってきました。

そして今日ついに、堅物で有名な課長が作った正式の申請書類に、見覚えのあるオレンジ色の星型クリップが使われているのを発見。

勝った!
 

0:39 2006/05/08【引き継ぐ】

あなたの仕事は一言で言えば○○だ、そのためには3つの要素があって、そのうち1つ目の要素を満たすためには次の5つのステップを踏んで事務手続きをすることが必要なんです。

と、階段を1段ずつ降りていくように説明をしてもらえば理解できると思うのですが、自分が「とりあえず私の仕事は“環境保護”らしいぞ」という最上段から恐る恐る降りて行こうとしている時に、「じゃあこのデータ打ち込んで。それ終わったらこれね。あ、それじゃない。こっちだってさっき言ったでしょ。どうして分からないの?」形式でいきなり最下段から物を言われても永遠に分からないので困ります。

逆に私が、自分的には完璧に順序立てて分かりやすく説明したつもりの時でも、「で、全然分からなかったんだけど結局今は何やればいいの?その次は?」と言われてしまうことが多くて、たぶん階段を上がりながら理解する人と階段を降りながら理解する人がいるんだなーと実感しました。いわゆる帰納と演繹ってゆうやつですね。って書きながら、ああこれ昔のif→itselfの文章っぽいなーと思って自分で懐かしかったので、時は過ぎるのは早いものだと思いました。
 

2:19 2006/04/30【notの美学】

完璧なものには惹かれません。
完璧は、ゼロと同じです。見るべきところが見つからず、素通りするだけです。どこか傷があるから、立ち止まって触ってみたり、愛でてみたり、あるいは塩を塗ってみたくなるのです。

*

学問だろうと芸術だろうと、およそ大抵の人の活動は、
「まだまだ違う、私が望んでいるのはこんなんじゃない」
という気持ちから生まれてくるものだと思うのです。
だからそう簡単にイエスと言っちゃだめだ。言ったらそこで止まってしまう。
ただ一度、死ぬ直前にイエスと言えるような、そんな人生が理想だと思います。
 

1:00 2006/04/28【せつない】

平日はほとんど終電まで職場に拘束されていて、帰ったら即ガン寝、という生活をしているので、友達に何かちょっとしたトラブルが起きているらしいという話を耳に挟んでも詳細を確かめることすらままならず、週末になって「あれって結局どうなったの? 何か私に手伝えることある?」と聞いてみても既に収束したあとだった、というパターンが多い。

私が仕事を休んででも駆けつけていたなら何か役に立ってあげられたかもしれないのに、と悔しい気持ちになったり、私がいても何も出来なくてかえって邪魔なだけだったらろうからこれでよかったんだ、という気持ちになったり。

でもやっぱり居たかった。たとえ何も出来なかったと分かっていても、、居たかった。
 

23:51 2006/04/26【互換性】

真に客観的な言葉など存在しない、なんて今更主張するようなものでもなく、どんな言葉にも「私(発言者)が思うに」「私(発言者)が見聞きしたところによると」等の接頭語がついているのだ、ということはまあ、事実です。

それなのに、一見して客観的っぽい言葉とぽくない言葉があるのは、要するにその時使った「私」という言葉にどのくらい互換性があるかどうか、とりわけ傍聴者にとっての「私」(つまり傍聴者自身)との互換性がどの程度あるのか、にかかっているわけです。

*

ところで友達には、厳密には「友達」と「仲間」がいて、「友達」は向き合って見つめ合ってるような関係、「仲間」は隣合って同じ方向を見てるような関係です。

自分は「仲間」づきあいは好きだけど「友達」を作るのは割と苦手です。それは、「仲間」のほうが、互いに使う「私」に互換性があるからです。あれ食べたいよね、ここ行きたいよね、の主語は自分でも相手でも構わないわけで。

でも、本当にスリリングで創造的な関係は「友達」のほうなのかもしれません。全く互換性のない2つの「私」のぶつかり合い。学ぶところも大きいはずですから、どんなに疲れても「仲間」のもとに逃げ帰らずにしっかりと火花を受け止めて立ち続けることが将来のためになるはずです、と自分に言い聞かせて職場の不毛な人間関係に耐えています。しぬ。
 

2:23 2006/04/24【もしもの自分】

「他人」っていうのはつまり、「もしもの自分」なのです。

想像してみましょう。もしも今と反対の性別で生まれてきたら。もしももっと美人に生まれていたら。もしもあの時の受験で第一希望に受かっていたら。あるいは全部落ちていたら。もしも生まれた家が実際よりも少し裕福だったら。あるいは貧しかったら。そうしたら、私はこんな風に育っていたのかもしれない、というモデルケースを、他の人の中に見いだしてるのかもしれません。

誰かが、他人の悪口を言ってるのを聞くとものすごくイライラするのは、悪口を言われているのが本当の赤の他人ではなくて、「もしかしたらそうなっていたかもしれない自分」だからです。たとえば、あの時たった1本のバスに乗り遅れていたり、ある夜の温度がたった1度低かったりしただけでも、私は彼に、彼女になっていたかもしれないじゃないですか。なっていないと誰が言い切れますか。もしもその悪口に同調なんてしたら、自己否定に繋がりかねないのです。

自分が自分であるという事実は、それだけを根拠にして生きるためにはあまりもにデリケートで、脆すぎます。本当はみんな、紙一重の淵に立っているのですから。いつ、どんな些細なきっかけで反対側の奈落に吸い込まれてしまうか分からないのですから。

そして、だからこそ私たちは、繋がっていようとするのだと思います。繋がっていれば、たとえ誰かが足を踏み外しても、両脇の人が足を踏ん張って支えてくれます。もちろん私も、あなたが落ちそうになった時は全力で踏ん張ってみせます。だからこれからも私と、繋がっていてください。私と、繋がって、いてください。
 

1:12 2006/04/22【転び癖】

革のヒール靴って、「転び癖」がついてしまうんですよね。一度「ガキッ」ってやっちゃうと、その部分の革が伸びてしまうので、いつも同じ場所から重心が狂ってバランスを崩してしまうのです。

今日は、通勤用に買ったばかりの靴に、いきなり転び癖を付けてしまいました。いったん癖がついてしまうとその後は1日1回のペースで躓いてしまうので、そのまま坂道を転がり落ちるようにダメになってしまうことでしょう。高かったのに……。

そういえば、人生においても「留年癖」とか「転職癖」とかあるらしいと聞きました。一度やっちゃたことは、未知への恐怖感が消えるせいか、二度目もなんとなくやりやすくなっちゃうみたいで。
私の場合は「1年でやめる」癖がありまして、大学院とかサークル活動とかバイトとか軒並み2年目に突入した途端にやる気を失ってそのまま自然消滅してしまうことがよくありました。

さて、社会人2年目に突入したばかりのifでありますが、昨年度は1年で2回しか遅刻していないのに、今年度は4月だけで既に2回遅刻しています。そのまま坂道を転がり落ちるように……いやそんな……?
 

0:58 2006/04/21【絡まる】

PCのコード類というのは、どうしてこう、果てしなく絡まっていくものなのでしょうか。

外付けの諸々を見境なく増設し続けていたら、とうとうPCの裏で絡まったコードが直径10センチ以上の塊を作るまでになってしまいました。さすがにそろそろどうにかしないと変な電波が出てくるんじゃないかと思ったので、塊の解体を試みることにしました。

えーと、これは何だ、マウスか。いったん抜いておいてあとでまたセットしよう。こっちは何だ、外付けHDか。これは常時使うから抜くわけにはいかないな。で、こっちのはSDカードリーダね。使用頻度はそこそこ高いなぁ。あ、このコードはデジカメ直結用だ。SDカードリーダがあるんだから要らないよね、抜いちゃえ。

そんな感じで整理していって、最後に1つだけ、どうしても何に使っているのか分からないコードがありました。なんだろうこれ。LANの線もHDウォークマンも全部チェック済みだし、いくら考えても何のためのコードだったのかさっぱり思い出せません。分からないってことは、使ってないってことなのかもしれません。PC裏を美化するチャンスです。えーい、抜いちゃえ!

と、抜いたその瞬間、PCの電源が「プチッ」と切れたのでありました。
あ。
 

1:30 2006/04/19【お金ってすばらしい】

「仕事やめたい」とは1日300回くらい思っていますけど、「仕事やめよう」とはまだ一度も思ったことがありません。
それは、仕事が面白いからとか、やりがいがあるからとかでは全然なくて、要するにカネですよカネ。なんだかんだ言って、やっぱり定収入があるって凄いことです。お金もらえるなら多少不条理な思いをしたり嫌みを言われたりしても我慢できちゃいます。

だってお金があれば、お腹が空いても米を買えなくて、小麦粉を練って焼いて醤油つけて食べたりしなくて済むんですから。

お金があったら、すきま風もゴキブリも入り放題の安アパートで、連日連夜隣の部屋の韓国人の謎の雄叫びで目を覚まさなくてもいいのですよ!

ほんとにお金って素晴らしいです。
お金さえあれば、たまたま手に入れた格安航空券でアメリカまで行っちゃったのはいいけど宿泊代が払えなくて、適当なホテルのロビーで宿泊客の振りして休んでいたところを見つかってつまみ出されなくて済むんです。

今まで吉野家で卵を追加注文できたのは仕送り日だけだったけど、自分でお金を稼いでいるんだと思えば毎回だって卵をつけられるんです!

お金があるって……素敵なことですよね?
(ちなみに全て実話です)
 

0:59 2006/04/18【本日のディナー】

結婚したのは良いものの、相変わらず会社では他と桁違いに忙しい罰ゲームみたいな部署に配属させられているため、なかなか夫のためにじっくり料理することができません。

そんな時、実家から大量の味噌が送られてきました。薄味で添加物の少ない味噌なので、賞味期限も短く、早く消費しなければいけません。そこでこの機会に、いろんな食材をみそ漬けにしてみる実験をしてみました。


まずは定番、卵黄。生の卵黄を1晩漬けておくと透明なゼリー状の塊になり、上等な半熟卵のような風味になります。日本酒にもぴったり。


アボカドは、味的には良かったのですが、ちょっとしょっぱくなりすぎてしまいました。漬ける時間は2、3時間で良いのかも。


イクラのみそ漬けも、意外と良いです。歯ごたえと熟成された風味が加わり、深みのある味になるのです。


そして今日のメインディッシュ。
素晴らしい仕上がりになりました。素材からして最上級なのに加えて、普段の澄ました姿とのギャップや、味噌に隠れたチラリズムがたまらなくセクシーです。


君の瞳に乾杯!
 

0:41 2006/04/17【タイミング】

え、えーと、あけましておめでとうございます?(あ、それはかろうじて言ってあるか)

さて、サイトをやっている皆様でしたら、誰もが一度は「自分のサイトを閉鎖するとしたらどんな時か」と考えたことがあると思います。
やはり更新停止したまま放置しておくのは潔くない。更新できないならできないで、はっきりと閉鎖したほうが良いのではないか、と。

私の場合も、いくつか閉鎖のタイミングについて考えていました。
・就職を期に閉鎖する。
・エイプリルフールに「閉鎖します」と更新し、冗談だと思わせておいて本当に閉鎖
・結婚した翌日に寿閉鎖
の3つの案が有力だったのですが、気がつけば就職してからは1年以上経っているし、エイプリルフールからも2週間が経っているし、ネゲットした彼氏と結婚式を挙げてからももうすぐ2ヶ月が過ぎようとしているわけでして、なんというか、完全にタイミングを逃してしまった感がありますので、申し訳ありませんがもう少しサイトを続けさせていただこうと思いますので、今年度もどうぞよろしくお手柔らかにお願いします。
 

0:45 2006/02/01【読書感想】

ここに参加しました。
 
 
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