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8:25 2004/12/31【それでは良いお年を】

来年も良いインターネットでありますように!
 

20:20 2004/12/30【1年を振り返る】

1年前のお正月ごろに、今年の抱負としてどんなことを掲げていたのかを思い出してみると、「就職を決める」「今年こそ北海道に初上陸する」「一度で良いからラーメン二郎に行ってみたい」「家にあるエロゲを全部コンプする」等がありました。さて、年の瀬となりこれらの目標にどれだけ近づくことができたかを振り返ってみるに……。

全て達成していました。

ちょっとこれ、凄くね? ちょう凄くね?
自分で言うのもなんだけど、並々ならぬ努力によって獲得したこの実現力、そして結果に裏付けられた能力、自信と誇りを持ってもバチはあたらないと思うんですよ。

というか、ぶっちゃけ今年の抱負はちょっと低く設定しすぎましたね。自分のキャパシティを不当に低く見積もっていました。私の実力を考えれば、更にもっと高いところにゴールを設定したって、必ず実現できたと思うんですよ。そういうわけで来年は、努力のしがいがある実力相応の抱負を掲げて、実現に向けて更なる努力を続けていこうと思います。来年の大晦日にも、「全て達成していました」と日記に書けることを願います。いや、私が本気になればそのくらいできるはず、必ず書いてみせます!

来年の抱負:ヨン様と結婚。
 

0:02 2004/12/24【スケジュール】

メリークリスマス! らしいですね。(ものすごい勢いで月陽炎をプレイしながら)

ところで今年度の私の年末年始の予定ですが、

〜22日 バイトA
23日 バイトB
24日 バイトA
25日 バイトB
26日 バイトB
27〜31日 バイトA
1日〜2日 帰省
3日〜 バイトA

という素敵スケジュールになっています。
だってさホラ、年末年始なんてどこに行っても混んでいる上、値段もつり上がっていたりするじゃないですか。そんな時に遊びに行くだなんて、金と時間の無駄ですよ。ここはガッツリ稼いでおいて、後日になってから、他のみんながあくせく仕事しているのをわき目に、オフシーズンの激安料金でのんびり遊びに行ってこそ、レジャーを100%楽しめるってもんですよ。

問題は、その「後日」の予定がさっぱり立ってないってことなんですけど。
 

1:15 2004/12/23【大人になる】

たとえば、小さい頃はヒラヒラのついたドレスばかりに惹かれてばかりいたけれど、少し大人になるとむしろドレスが安っぽく感じて、和服に魅惑されてしまう不思議。まるで自分の身体に刻印されていた歴史が目覚めるような瞬間。

昨日は冬至だったわけですが、私は一人暮らしになってから初めて、冬至の日にちゃんと柚子湯に入りました。

もともと食い意地がはってるので、「カボチャを食べる」ってところまでは毎年ちゃんとやっていたんですけど、うちのお風呂は狭いユニットバスなので、普段はいつもシャワーで済ませてしまうのです。この調子じゃ「冬至に柚子湯」なんて伝統はもう二度と守られないだろうなーと思っていたのに、なぜか今年は無性にやってみたくなってしまいました。大人になると、伝統の価値が分かってくるってことなのでしょうか。

そういえば食生活に関しても、ここ数年で好みが全く変わりました。少し前までは、ほとんど洋食しか作らなかったし、刺身なんてどこがそんなにありがたい食べ物なのかさっぱり理解できなかったんですよ。それが今では、「今日はちょっと奮発しておいしいご飯を食べよう」って思った時は、自然とお寿司やお刺身に手が伸びるようになってきました。やっぱりこれも、大人になるにつれて日本人としての先祖代々の嗜好を思い出していくってことなのかもしれませんね。血って不思議です。

……いや、違うかも。よく考えてみたら、柚子湯に入りたくなったのは、湯船に浸かりながら柚子の皮を浮かべた焼酎を飲んだら美味しいだろうなーと思いついたからだし、生魚が好きになったのは、日本酒の味を覚えて、おつまみとして必要になったからだったかも。
おそるべし酒の力。これからも日本の文化を守り続ける原動力となってくれるのは、もう酒しかありません。
 

20:08 2004/12/21【山陰山陽旅行記3】

山陰本線をひたすら乗り継いで、出雲にやってきました。時は10月、出雲は神有り月ですから、参拝するのに一番良い季節です。

出雲大社方面へ行くバスに乗ったのですが、大社周辺にはいくつもバス停があり、どこで降りれば一番便利なのかいまいちよく分かりません。運転手さんに聞いてみたところ、大社横のバスターミナルで降りると便利ということ。お礼を言うと、運転手さんはこう続けました。

「どこから来たの?」
「東京です」
「東京から縁結び? 気合入ってるねー」
「え?」

私、実は知らなかったのですけど、出雲大社って縁結びが有名な神社だったらしいのです。
その後、バスを降りておみやげ物やさんの前を通っても、売り子さんたちは私を見るなり、
「縁結びのお守りはこちらですよー」
「縁結びのお土産に○○クッキーいかがですかー」
と次々に声をかけてくるのです。いやちょっと待て。まさかこの神社、来る観光客全員が縁結び目的ってわけじゃないだろうに。なぜ私だけに、こんなに声がかかるんですか。そんなに私が縁がなさそうな女に見えるんですか。馬鹿にしないで欲しいものですね。まあ、実際ないけどさ!

だいたい今時、恋愛成就の願をかけたがる人って、西洋風の占いやおまじないのほうにハマるんじゃないでしょうか? わざわざ神社に来る人なんて、果たして居るのかと……居たーーーー!!

「はーい、梅田発、縁結びツアーの皆様はこちらに集合してくださーい」
バスガイドさんの声がしたほうを振り向いてみると、何やら微妙な年齢、かつ微妙な体型の女性の方々が30人ほど並んでいました。出雲の人から見たら、私もこの方々と同類に見えるんだな、とわが身のスペックの低さを見せ付けられて絶望した瞬間でした。

*

気を取り直して日御岬です。結果的にはここが、地形マニアの私にとっては今回の旅行で一番印象に残った場所になりました。

だって凄いんですよ。この辺は海岸段丘として岩が露出しているのですが、その岩が、直径5センチくらいの細長い五角柱を束ねたような構造になっていて、上から見ると一面の五角形のタイルが敷き詰められているみたいだし、横から見ると今にもボロボロと取れてしまいそうな細い柱が連なって縦じま模様になっているのがハッキリと見えます。そんな奇景が見渡す限り一面に広がっているのです。この世のものとは思えない風景、とはまさにこのことです。圧倒されて時が経つのも忘れてしまい、ずっと立ちすくんでいました。

ぶっちゃけ、出雲大社なんてただのちょっと大きい神社じゃないですか。似たような大きな神社は日本全国どこにでもあるじゃないですか。でも、日御岬みたいな風景を見られるのは、多分ここだけですよ。島根に行ったらまず日御岬に行くべし! ブラボー日御岬! くたばれ出雲大社!(縁結び縁結び言われたことをまだ根に持っています)

*

帰りのバスを待つ間、暇そうな切符売りの人に話し掛けられました。

「これからどこに行くのー?」
「松江のほうに行こうと思ってます」
「松江に行くんだったら、うちのバスと同系列の私鉄(一畑電鉄)がすぐそこから走ってるから、それで行ったほうがJRよりも近いし安いよ」
「えー、どうしようかな……(JRのフリー切符を使っているのでJRのほうが安いんだけど)。そっちの電車に乗ると、何か面白いことあるんですか?」
「特にないけど、あえて言うと坂道でもないのに無駄なスイッチバックがあるってことで鉄道ファンには有名だよ!」

や、それは果たしてセールスポイントなの? 汚点じゃないの? 切符売りさんには申し訳ないのですが、予定通りJRを使って移動することにします。
ちなみにこの一畑電鉄って、赤字路線として有名らしいですね。
社 員 必 死 だ な 。
 

23:51 2004/12/17【山陰山陽旅行記2】

秋吉台に向かうために乗った美祢線は、たった一両の趣ある電車でした。線路の両側には、窓から手を出せば触れるくらい近くに切り立った崖があります。そして電車のすぐ下を、線路と平行に流れる小川。おそらくこの僅かな平地は、本来この川のためだけに用意されたものだったのでしょう。走っているうちにだんだん自分が川になっているような気分になってきます。なるほど、こんな場所に無理矢理線路を通しても、確かに一両で十分だろうし、電車の本数が異様に少なくて接続が絶望的に悪いのも納得です。

美祢駅で降りてから、バスが来るまで30分ほど時間があったので待合室でボーっとしていると、たった一人の駅員さんに声をかけられました。私が各駅停車の電車だけで東京から来たことを話すと、同志を見つけたとでも言わんばかりの嬉しそうな顔で、切符や鉄道の薀蓄を熱く語ってくれました。適当に相づちを売ってると、最後には大事そうにしまっていたオレンジカード(もちろん使用済みだけど)までいただいてしまいました。なんつーか、相当暇なんだな、この駅。
ちなみに、いただいたのはSLやまぐちのオレカなんですけど、これって珍しいものなんでしょうか? もしも欲しい方がいらっしゃったら差し上げますのでメール下さい。

*

というわけで、何かが東洋一らしい鍾乳洞、秋吉洞にたどり着きました。(何が東洋一なのかは不明です)
確かに私が今まで行ったことのある鍾乳洞の中では、桁外れに大きいです。まず天井が高いし、道の幅も広い。ただ、ここまで広いと逆に冒険って感じがしなくて物足りないような……。

と思っていると、300円の追加料金を払うと「冒険コース」を歩けるという看板を見つけてしまいました。迷わずお金を払い、そっちの道へと進みます。

えー、結論から言えば、甘かったです。東洋一をナメていました。
首からカメラをぶら下げ、大きなショルダーバックを抱えて傘まで持った状態で歩ける道ではなかった。勾配は急だし、足場も少なくて非常に滑りやすくなっています。水にぬれてドロドロになっている床に這いつくばるようにして進まないと普通に滑って頭を打って死にそうです。
何度も立ち往生して、もう生きては地上に帰れないんじゃないか、父さん母さん今までありがとう、と思いながら15分。無事、冒険コースから脱却できた頃には、私のズボンも鞄も靴も見事に泥まみれになっていました。すれ違う人々は、ことごとく振り向いて、頭の悪い子供を哀れむような目で私を見ていました。頭が悪くてすいません。つーか、今回の旅行で遭難しかけたの、これで3度目です。学習能力ゼロです。

*

昼食は、秋吉台名物らしい「河童蕎麦」というのを食べました。茹でてから炒めた茶蕎麦に薄焼き卵と牛肉を乗っているという、いかにもイロモノ的なブツだったのですが、そこそこ美味しかったです。ちなみに、食べたお店では同じ歌手の演歌がずっとBGMに流れていました。もしかして、山口県出身の歌手なのか、それとも山口県に関する曲なのかな?と思って歌詞を聞きとってみると、
「越後平野は〜♪ 冬景色〜♪」
いや、それ山口とはこれっぽっちも関係ないし。
 

23:59 2004/12/16【更新】

クリスマス雑文祭、2本目。
 

1:52 2004/12/15【山陰山陽旅行記1】

年内には書き終わりたいこの旅行記、大阪と兵庫は既に行ったことがあったので素通りして、山陽本線を下っていきます。

姫路でどうしても乗り継ぎがうまくいかなくて、1時間の空白の時間が出来てしまったため、途中下車してみると、正面に姫路城っぽい建物が見えました。おお、これは都合が良い。姫路らしさを味わえそうだし、それなりに観光しても1時間で帰って来られそうだと勘違いしてしまった私は、天守閣の見える方向に向かって歩き始めました。

ところが、なぜかいつまで経ってもたどり着きません。
あれ、もしかして姫路城って意外と遠い?
思っていたよりもはるかに大きな建物だったので、遠近法のマジックで近くに見えただけ?
いやいや、私の目測が間違っていたなんて、そんなことはあり得ません。確かにちょっとだけ方向音痴ではあるものの、全ての道はローマに続いてるんだし、大丈夫、たどり着けるはず。と、言い聞かせるように呟きながらも、なぜか急に小走りになる私。走り続けて15分、やっと敷地の中に入ることができました。そこにあったのは……。

動物園でした。
ちょっと待て、なんで城の中に動物園があるんだ。それ明らかにおかしいですよ。いや百歩譲って動物園があるのは良いとして、姫路城はどこから入ればいいんですか姫路城は。

結局、天守閣の入り口にたどりついた時にはタイムリミットが来てしまい、再びダッシュで駅に戻ったのでした。何の罪もない象さんやキリンさんに対してこれほどの殺意を感じたのは初めてです。

*

岡山では後楽園に寄りました。これでやっと、水戸の偕楽園、金沢の兼六園と合わせて日本3大庭園を制覇したことになります。

せっかくだから、偕楽園・兼六園・後楽園のそれぞれの特徴をまとめて比較表でも作ってみようかとも思ったのですが、見事に記憶がこんがらがっていてどの景色がどこで見たものだか分からなくなっていたため、断念しました。

えーと、池と島があったのってどれだったっけ?(多分全部ある)
梅林を見下ろせるような小高い丘があったのは?(多分全部ある)
あと、なんかでかい松が綺麗だったのってどれだったっけ?(これも多分全部あてはまる)
つまり、その、平たく言えばどこも同じようなもんです。無粋でごめんなさい。

*

広島に着いた頃には夕方になっていました。早く行かないと、暗くなって写真が撮れなくなってしまいます。慌てて駆け込んだ路面電車は満員。広島ってけっこう都会なんですね。

原爆ドームは、まずその小ささに驚きました。ドームって言うくらいだから、野球のドームとまではいかなくてもちょっとした講堂くらいはあると思っていたのに、普通の民家に毛の生えた程度の小さな建物でした。でも、さすがにその存在感はずっしりと重くて、遠くからちらっと見えただけでも目が離せなくなるほどです。さすがにこの場所では、無神経なことをする気にはなれません。観光客のほとんどは、騒がず静かに眺めていました。

ただ1箇所、メリケン人っぽい観光客のグループだけは「オー! ワンダフル!」とかはしゃぎながら記念写真を撮ってましたけど。ワンダフルじゃねえよ。
 

23:29 2004/12/10【よくなくす】

本当にオサレな人は、服よりも小物にこだわりを持っていると言います。
また、本当にオサレな人は、流行に惑わされて他人の真似をするのではなく、自分から新しい提案をしていく人だとも言います。

ところで、去年の私の話になるのですが、ちょうど今から1年前、冬が始まった頃、自分的には予算オーバーしていたけれど、思い切って5000円の手袋を購入しました。ところが1ヶ月も使わないうちになくしてしまったのです。新しいのを買うお金はなかったため、仕方なく100円ショップで適当なものを購入し使うことにしました。
しかし、なぜかその100円ショップの手袋も、1ヶ月も経たないうちに片方をなくしてしまったのです。慌てて衣装ケースをひっくり返すと、何年前に買ったのかも覚えていないような、自転車用の防寒手袋が出てきました。もともと自転車に乗っているときくらいしか使わなかったので、仕方なくそれ以降はこの自転車用手袋を使用していたのです。

と・こ・ろ・が。しつこうようですが、この自転車用手袋も、どういうかわけか程なくして片方を紛失してしまいました。これで本当に、我が家には両手揃った手袋がなくなってしまったことになります。幸いその時点で3月。だいぶ暖かくなってきたので、そのまま手袋を着用するのはやめてしまい、春になり、夏が過ぎ、秋が訪れました。

そして、再び凍れる冬がやって来た今、どれだけ手が冷たくかじかんでも手袋はありません。……ん? いや待て、手袋、あるじゃないか! 100円ショップで買った片方と、自転車用の片方が! 片手と片手を合わせれば両手。つまり、今私の両手を温めるために必要なものは、ちゃんと揃っているのです。

そこで日記の冒頭に戻るわけですが、ひょっとして、左右で違う手袋するのってオサレじゃねー? ねえ、オサレじゃねー? 
今まで誰も思いつかなかった斬新なテクニックですよ。明日から、右手に100円ショップのピンクの手袋、左手にやたら厚くて防水仕様のブルーの手袋をはめて通勤することにしますので、そんな私を見かけた時は「よっ! テキストサイト界のファッションリーダー!」と呼びかけてください。
 

0:51 2004/12/10【オリジナル】

創作は模倣から始まる。

もしかして生まれながらの大天才なら、いきなりオリジナルの芸術作品を作り上げることが出来るのかもしれないけれど、凡才の私は、今まで見たことがあるものしか描けないし、読んだことのある言葉しか語れない。

だから、小学生で創作を始めたばかりの頃は、かなりパクりに近い「作品」を作っていた。好きな中原中也の詩の語尾をちょっと弄っただけのものを「自分の詩」と称して友人に見せていたこともあるし、3つ4つの好きな小説から好きなシーンを切り取って強引に繋げただけの物語を書いて悦に浸っていたこともある。

やがて大人になるにつれ、「3つ4つの作品から切り貼りした小説」のかわりに「20、30の作品を元にした小説」を構想し始め、更に時が経つと「100、200の作品から得たイメージを組み合わせた小説」を書くようになった。ここら辺まで来ると、そろそろ「オリジナル」だと言ってしまっても差しつかえないだろう。盗作とオリジナルは必ずしも相反するものではなくて、むしろ盗作の延長上にオリジナルはある。何割以上似ていたらパクり、なんて明確な線を引くなんて出来ない。

だから今は、「どのくらい似ているか」よりも、むしろ「発表されたかどうか」という線引きの基準に注目してみたいと思う。友人同士で回し読みしている時はまだ盗作ではない、不特定多数の目に触れるようになった瞬間に盗作になってしまう、という側面について考えてみたい。

幸い、中原中也そっくりの詩を書いていた頃の私は一介の田舎臭いガキであり、ホームページを作る技術もなかったし(というか、そもそもまだインターネットがなかった)、同人誌を作るお金もなかった。作ったものを発表する機会がなかったので、それによって誰かの権利を侵害してしまったり、抗議を受けたりすることもなかった。

安倍なつみにとって不幸だったのは、「発表の手段を持っていた」ことにある。本来だったら友達同士で回し読みしただけで終わったはずの創作初心者の習作が、彼女が歌手として有名であったが故に、印刷されて流通ルートに乗ってしまったということ。もちろん本人の社会人としての常識のなさが今回の問題を引き起こした主原因なのだけれど、そんな誰もが語り尽くした責任を繰り返し追求したって、意味のあるものは生まれて来ない。

「好きな詩を書き留めたノート」が数冊しかない今は、彼女は他人の言葉しか語れなかった。しかしあと何年か待って数十冊になれば、きっとオリジナルの域に達した輝く言葉を紡ぎ出せるようになったはずなのに。歌手として旬なうちに利用できるものは利用しなければいけない、みたいな芸能界の論理のために、その日が来るまで待ってあげることができなかった事情を思うと切なくなる。
 

0:13 2004/12/09【更新】

めちゃくちゃヒサブリに短歌集なんて更新してみた。
 

8:10 2004/12/08【久々の創作】

クリスマス雑文祭参加しました。
 

1:30 2004/12/04【紀伊旅行記2】

さて、「まだ行ってない都道府県を制覇する旅」次のターゲットは和歌山県です。本当は白浜に行ってみたかったのですが、電車の本数が極端に少ないため断念し、比較的交通の便の良い高野山に向かうことにしました。

高野山は観光とお寺の街で、現在人口は約5000人、そのうち約1000人がお坊さんだそうです。確かに街を歩いていると、そこらじゅうにお坊さんがいます。というか、お坊さんしかいません。

最初の頃は、「わー、お坊さんハケーン!」といちいちシャッターを押していたのですが、最後の頃にはだんだん目が慣れてきて、むしろ「わー、お坊さんじゃない人ハケーン!」とカメラを向けたいくらいの気分になってきました。

高野山の一番の見所と言えば、なんといっても奥の院です。ここに供養塔を立てると成仏できると言われているらしくて、思いつく限りほとんどの歴史上の有名人物の供養塔がすごい勢いで立ち並んでいました。

面白いところでは、キリンビールの供養塔、ロケットの供養塔なんかもありました。ただ、どうしてもこれは相容れないだろうと思う代物が一つだけ。

いやちょっと待て、しろありって、こっちから悪意を持って殺傷してるわけで。ちょっと都合良すぎじゃないですかその供養は。オチまで用意してくれているなんて、つくづく高野山はとても親切な観光地でありました。
 
 
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